ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
今回はちょっと短め
“━━ムギ!ムギ!!”
地獄は、終わらなかった。
“っ…!があ゛ァあ゛あ゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア゛っ!!”
あのお方が去った後、ピッコロは水晶を壊そうと半狂乱になった。言葉にならない叫び声をあげながら、目を血走らせて必死に拳を叩き込む姿は哀れを通り越して恐ろしい。いつもの彼であれば十発も殴れば今の自分で成せるかどうかわかるだろう。だが、その冷静な判断力は消し飛んでしまっている。時折殴る場所を変えたり水晶を観察したりしているようだが、肉体酷使を止める様子はない。
みしみしと悲鳴をあげる腕に嫌な予感がしていたら、突然嫌な音を立てて血を吹き出した。
「ひぃっ!?」
まさか肉体が耐えきれないほどの力で殴っていたとは思わず、短い悲鳴が漏れる。心臓が止まりそうなほどの衝撃をこっちは受けているのに、ピッコロは苛立たしげに舌打ちするだけだ。
“この、程度で━━!”
そう言うと彼は傷ついていない方の手でそれを掴み、何の躊躇もなく引きちぎって放り投げた。そして間髪入れずに腕を再生させると、何事もなかったかのように水晶殴りに戻った。脳内麻薬で痛みを感じなくなっているのだろうかと疑うほど、スムーズに。
どれほどそうしていただろうか。腕が十本以上犠牲になったところで流石に疲労が勝ったのか、一旦手を止めて水晶に寄りかかった。幾ばくか頭も冷えたのだろう、今度は呼吸を整えながら封印をじっくり調べている。あれだけ攻撃を受けていたにも関わらず、水晶は返り血を多少浴びたくらいでかすり傷ひとつついていない。
しかし、ピッコロはまだ諦めていなかった。
“…まだ、やりようはある”
あのお方の後であれば、どんな難題も突破可能に思えてくるだろう。実際私から見ても、水晶破壊の難易度はさほど高くない。十分難しいが、一生かけてもできないなんてことはないだろう。最悪、一定以上の強さの者を何人か集めればなんとかなる。
ふと、ピッコロの表情が和らぐ。
“…流石に百年以内には目標を達成したいところだ”
その瞳に込められた感情を、私は持ち得ていない。何百年と生きていながら手に入れられなかった…いや、
その行動そのものが間違いだとは思わない、今でも。神になると決めた以上、その手の感情はこの星の為にならないので捨てる他ない。そういう選択ができない者に、神になる資格はない。よくある取捨選択、より望ましい選択をすればいい。ただそれだけの話だ。
突然、ピッコロの表情がまた険しくなる。嫌悪に染まった顔は先ほどとは異なる苛立ちを見せている。その理由はすぐに思い至った。むしろ、何故今の今まで忘れていたのか。襲いかかってくる強烈な不安に内臓が反応して、食物を必要としない体が吐き気を訴える。
見たくない。
見たく、ない。
だがそれは許されない。許してはいけない。ここで逃げたら意味がない。自分が犯した罪を見据え、その果ての惨状の凄惨さを理解する為にはこの先こそが重要なのだ。
上空で散乱している腕とこちらに視線を向けない背中を見る私と、今ここにいる私。現時点で感じ方に大きな乖離がある。あの頃の私は、本当に何も見えていなかった。何も見ようとしなかった。
“…捨てたモノに何の用だ?”
封印されているムギ殿を見て極力冷静であろうとするピッコロに対して、私はあまりにも無知で残酷だった。
“……そんなに、彼女を開放したいのか”
ようやく来訪者に目を向けた彼は、困惑していた。それ以外の何に見えるのかと言わんばかりの顔で、質問の意味をまるで理解していなかった。それを当時の私は、馬鹿にされていると感じた。
“そんなに力が欲しいか、ピッコロ!!”
“………は?”
ぽかんとしている彼に、私は怒りのままに言葉をぶつけていく。自分が正義だと強固に信じて。
“あの時、どんな手を使ってでもお前を封印しなかったのはわたしの失敗だった…”
やめろ。
やめてくれ。
“あれほどのお方がわざわざこの星に降りてきてまで何を阻止したのかはわからないが、それをお前が台無しにするのを許してはいけないということは確かだ!”
止まってくれ。
ほんの一瞬でいい、考えてくれ。
眼前の男の表情を見てくれ。
徐々にピッコロの顔から表情が抜け落ちていく。じわじわ、じわじわと、彼が纏う空気が暗く沈んでいく。自分のせいなのに、自分がしでかしていることのせいなのに、彼に折れないでくれと祈る。気を確かに、強く持ってくれと乞い願う。
その願いは、当然ながら、虚しく幻影の中に響くだけに終わった。
“その水晶から離れろ、ピッコロ!!”
見開いた赤い瞳の奥で、何かがバラバラに砕け散った。
▶︎▷▶︎
ふらふらと、
「か、神様…!」
相当酷い様相なのだろう。ポポがどこからともなく現れて体を支えてきた。それを振り払いたい気持ちはあっても、四肢にまともに力が入らない。他者に頼る権利などないのに、足を引き摺るので精一杯で言葉すら出てこない。
気づいたら自室のベッドの上で、ぐるぐる回る天井をぼんやりと見つめていた。
丸三日、私はあの部屋に戻れなかった。