ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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欲にまみれた常人のなりそこないが、僕だった




後の祭り、でも

 

 心配するポポを振り払い、体を引きずってあの部屋に足繁く通った。

 出てくる度に寝込み、悪夢にうなされ、横になっている時間は増えたのにまともに睡眠が取れない日々が続く。無理矢理にでも水は摂取しているので、生命維持はなんとかできている。罪悪感のあまり死にたくて仕方ないが。

 

 

 

◀︎◁◀︎

 

 

 

 人間達を恐怖のどん底に突き落とす大魔王として振る舞う傍ら、ピッコロは毎日ムギ殿の元へ通った。

 ある日は封印の魔術に関して、山のように積み上げられた書物を何時間も休まず読み続けた。水晶を背もたれにして、一文字残らず全て覚えようとしているのかと疑うほど熱心に。側に置かれた飲み水らしきものはほとんど忘れられ、夕日が空を焼き始めた頃に配下の魔族達に引き剥がされるようにしてようやく切り上げていた。

 アジトに戻る直前にちらりとムギ殿に向けられた顔は、酷く寂しげだった。

 

 ある日はあの時のようにまたがむしゃらに拳をぶつけ、一向に進展しない状況への苛立ちを封印にぶつけていた。荒い呼吸の合間に途切れ途切れの罵詈雑言が零れ落ち、役目を果たせなかった諸腕(もろがいな)達が無造作に放り投げられて草花と土を汚していく。

 腕がダメならば脚はどうだと全霊の一撃を続けるその姿は、滝のような汗を流しながら苦悶に満ちている。道着のズボンから血が滲んだと同時にその場に崩れ落ちても、尚も足掻かんと爪を立てて耳障りな音を樹海に響かせた。

“…ムギ……ムギ、すまないっ……!私が弱いばかりに━━!”

 その声色は、先ほどまで強烈な攻撃を繰り返していたとは思えないほど、必死で罪悪感に満ちていた。

 

 ある日はざあざあ止むことなく降り注ぐ雨の中、ただただムギ殿を見上げていた。ずぶ濡れになるのも構わないで、無言で、身じろぎ一つしないで、じっと見つめていた。隠しようもない疲労が顔に表れていて、虚に沈んだ光のない瞳が瞬きすら億劫だと言わんばかりに開きっぱなしだった。

 ピッコロの気は暗く深い穴の底に放り込まれたかのように、寒々しいほどに静かだ。今の彼と目線が合おうものなら、深淵へと引き摺り込まれてしまいそうだった。

 その目に涙はなく、強くなっていく雨足が彼の両頬を絶えず流れ落ちていった。

 

 あまりにも、救いがない。彼の人生の後半はまさに地獄だった。希望の灯火は霞んでしまいそうなほどに弱く、一歩進んでは十歩下がるような成果のない日々を、それでもピッコロは生きた。私が悲痛さのあまり絶叫してしまうような道を進み、生きて欲望 (ねがい)を叶えようと止まることなく足掻いた。

 死の直前のほんの数秒、諦めたくないとムギ殿に手を伸ばし続ける想いの源泉が愛でなければなんだと言うのか。彼の理想が悪だと言うのならば、この世に善人などいない。

 選んだ道はどうしようもなく間違っていたが、目指したものはこの上なくありふれていて愛おしいものだ。手に入れた全てを奪われるなんて目に遭わなければ、選ぶことなんてなかった道だった。

 

 

 そして、その間違った道を選ばせたのは他でもない私自身だ。

 

 

 

▶︎▷▶︎

 

 

 

 間違えてばかりだ、私は。

 謝りたい。過去の自分を殴り飛ばしたい。あのお方に異を唱え、二人の平穏を守りたい。終わりのない苦しみから皆を解放したい。しかし、それは叶わない。私が今更足掻いたところで起きたことは変えられない。過去に戻ったところで、苦しみが無かったことになるわけではない。何かできるタイミングはとっくに通り過ぎて、眼前に広がるのはあり得たかもしれない未来の残骸ばかりだ。

 万物を見守る神にはなれず、明日へ向かって生きる只人にもなれず、内側が腐って埋まることのない風穴が広がっていくばかり。ピッコロもその子供もムギ殿も痛みを胸に歩き続けていて、私は遥か後方から彼らの逞しい背中を見ることしかできない。

 自分が未熟なのはわかっていたが、こんなにも弱いとは思っていなかった。思いたくなかった。自分は正しく変わり、成長したのだと信じたかった。

 

 ピッコロの後はムギ殿の苦難の今を見ることになる。そして、それを全て見てもまだ終わりではない。

 全てを受け止めた果てに、私はどんなに辛くて苦しくても考えなければならない。こんなにも無力で愚かだった私に、何ができるのかを。例え数千年後も許してもらえなかったとしても、例え自分の贖罪の果ての結果を知ることができなくても、幸福を取り戻した彼らの姿をこの目で見ることが叶わなくても、それでも行動を起こさなくてはいけない。

 だって、自分が蒔いた種を何一つ刈らずに終わっていいはずがないのだ。そんなことが許されていいわけがない。この世界はそこまで落ちぶれていないし、希望は確かにあるはずなのだから。私が自らの悪行の責任を取らずに終わるなんて、それこそ理不尽だ。

 ほんの少しでも、彼らの旅路の苦難を減らしたい。わずかでもいいから、苦痛の一部を肩代わりしたい。

 

 

 何か一つくらい、正しいことをして終わりたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 ふと下界を見下ろしたら、辺り一帯を花畑に変えてしまったムギ殿を見る機会に恵まれた。母の日のプレゼントをもらった嬉しさのあまり、星の魔女の力が軽く暴走したらしい。赤い布がなんなのかまでは把握しきれなかったが、それが何に似せてあるのかはすぐにわかった。

「…そんなにも、そうして想うのか貴方は」

 

 ああ、叶うのならば。私に願うことが許されるのならば。

 

 

 最高の一瞬の中にある貴方達を、少し離れたところからでいいから、この目で見たかった。

 

 






生身の僕で、君の神様になりたかった

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