ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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欲しかったのは共感だけ




涙の泥道

 

 

◀︎◁◀︎

 

 

 よく晴れた、いつもの荒野での日常風景だった。

“━━━ムギさん、どうしてドラゴンボールを使わないの?”

“へ?”

子供の方のピッコロが孫悟飯と共に修行する日々の中、ムギ殿が持ってきた昼食を食べ終えて片付けている最中のこと。

“ドラゴンボールを使えば、ピッコロさんのお父さんも生き返るよね?”

“あー…”

どう説明したものかと頬を掻く彼女の代わりにピッコロが口を開く。

“ドラゴンボールで甦ることができるのは一年以内に死んだ者のみだ、先代には使えない……が、母上であれば間接的に使うことはできるはずだ”

“うん、まあ…やろうとしなかったわけじゃあないんだけども…”

何なら私も最初は直接生き返らせるの無理だって忘れてたし、と言うムギ殿はかなり居心地悪そうにしている。

“何がダメだったの?”

“んーとね……やろうとすると、体が動かせなくなっちゃうんだよね”

“動かせないの?どうして?”

“私を封印したやつがこれ以上余計なことするなよって『縛り』をつけてさ、ピッコロを甦らせようとしたり何たりするとストップ入るんだよ”

“そんな…!”

残酷すぎると瞳を潤ませる幼子の髪を、彼女は優しく撫でた。

“正攻法は無理だろうけど、多分抜け道はあるからさ…例外って、宇宙規模で見たらそこそこあるんだよ”

困った笑みを浮かべるムギ殿を見ているピッコロの眉間に皺が寄り、爪が掌に食い込む。死からの復活が不可能ではないこの世界で、たった一人が許されぬ理不尽。じわじわと自身の死が迫る中、母の幸福に助力すらままならぬ状況は歯痒いなんて言葉では足りないだろう。

 そこで、決意に満ちた顔で孫悟飯が言った。

“…じゃあ、僕がドラゴンボール使う!”

驚きでムギ殿もピッコロも目を見開く。

“ご、悟飯くん…それは…”

“ムギさんには使えないなら、僕がやればいいんだ!神龍に『ピッコロさんのお父さんを生き返らせるにはどうしたらいいか教えてください』って言えば、きっと何かわかるよ!”

善性に輝く瞳は明るい未来を微塵も疑っていない。そこまで言い出すとは思わなかったと言わんばかりに固まっているピッコロに対して、ムギ殿は周囲の者の反対を想定しているのか不安げな様子だ。

“僕がブルマさん達にお願いして、お父さんを生き返らせた後でいいからって言えば━━━”

 

突然、小さな体の動きが全て止まった。

 

“あ゛っ!?”

体を引き攣らせてその場に崩れ落ちる孫悟飯を見て、弾かれたようにピッコロが駆け寄る。

“悟飯!どうした!?”

“い、いだっ…が、ぁっ…!”

“母上、これは一体…!?”

ピッコロが振り向いた先には、脂汗を流して静かにうずくまっているムギ殿がいた。それで思い至ったのだろう、彼は腕の中でのたうち回る弟子に向き直って止めに入った。

“悟飯!『諦めろ』!”

“ぎっ!?…ぴ、ころ、さ…?”

“ドラゴンボールのことを諦めるんだ!早く!”

困惑しながらも言う通りにしたのだろう、ほんの数秒後には孫悟飯の体から力が抜けた。

“ぴ、ぴっころさん…いま、のは…”

“オレも想定外だ…!母上!”

まだ呼吸が整わない幼子を抱えたまま、ピッコロが母に駆け寄る。同時に脱力していた彼女は、なんとか落ち着こうと深呼吸を繰り返している。

“母上、体は…”

“だい、じょうぶ……慣れてる”

最後に一度ゆっくり息を吐いたムギ殿は、ピッコロに寄りかかりながらも何とか立てるようになった孫悟飯にそっと手を伸ばした。

“…ごめんね、悟飯くん。知らなかったの”

壊れ物を扱っているような手が震え、空よりも早く彼女の瞳から雨が降り注ぐ。

“こうなるって、知らなかったの”

 

“ごめんねぇ…!”

 

心臓が握りつぶされるような悲痛な声が、耳にこびりついた。

 

 

 

 

 

 

 慣れでなんとかなるようなものではないと、文献で読んでいる時点で伝わってきた。

 

“ぐ、がっ…!あ゛ぁああああああ!!”

その声に込められたのは、決して痛みだけではない。怒り、恐れ、願い、悔しさ…這いずることすらままならぬ体で、それでもなお彼女は前へ進もうとしていた。土に汚れ、涙も汗も唾液も拭わずに。

“い゛っ、かせて…!行かせてよぉ…!”

一度離れてしまった戦場へとUターンしようとした瞬間、彼女は銃に撃たれた鳥のように空から墜落した。一つ、また一つと命が消えて逝く度に、奥歯が砕けてしまいそうなほど食いしばっている。

 もしムギ殿がピッコロの願いを聞かずにその場に留まっていたら、そちらでこうなっていたのだろうか。先代同様、子の方も眼前で彼女を失うことになったのだろうか。

“あっ……”

 サイヤ人達の次に大きかった気が、急速に萎んでいく。この時の私は戦場にばかり注目していて、ムギ殿がどうしているかなんて考えもしなかった。そんな余裕なんてなかった。

“っ…!”

ある意味幸運だったのかもしれない。この光景を見ていたら死ぬに死ねなかっただろう。痛みと怒りと悲しみに震え、地面に爪を立てて今にも爆発しそうな彼女の姿なんて。

“ぐ…ぅゔっ……”

 黒雲がゴロゴロと音を立てながら、戦場へと急速に集まっていく。何を、と身構える前に白光が轟音を立てて空を引き裂いた。

 

“ゔあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!”

 

痛みはまだ、続いているはずだ。常人であればもがき苦しみ、自分の周囲すらわからなくなるほどの痛みだ。慣れでなんとかなるとは思えない。しかし現実として、ムギ殿は激情を糧に痛みをねじ伏せて報復している。

 星の魔女の視線がこちらに向くことはない。彼女の矛先はサイヤ人に向けられている。そもそもこれは過去のリプレイでしかない。それなのに私は、震えている。敵を焼き尽くさんばかりに雷を地上に叩きつける様に、恐れ慄いている。

 

 次の瞬間、同じモノが自分にも襲いかかってくるのではないかと怯えている。

 

 止まらぬムギ殿に対応して痛みの度合いが更に上がったのだろう。電気の大砲を撃ち込んでいた彼女が、ビクンと飛び上がるように反応したきり地面に伏して静かになった。

 ブレーカーが落ちたかのように身じろぎ一つしない姿を見ても、私の心臓は早鐘を打ち続けていた。土が詰まった爪がいつこちらを引き裂いてくるのかと、馬鹿げたことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 大勢の亡者を自らに繋いで、ムギ殿が何度も何度も占いババの館へと足繁く通う。

 数百年彷徨い続けていた魂達の心は擦り切れて、最も強く残っていた想いを剥き出しにして好き勝手動いている。肉体を失っているとはいえそんな存在を数百数千と引き摺って行くのは、それだけで疲労困憊する苦行と言えるだろう。

 

“お願い、子供は…子供だけは!”

“死にたくない…死にたくないよぉ!”

“にいちゃんをかえせ!”

“俺が何をしたって言うんだ…”

“やっと夢に手が届いたのに…どうして…!”

“たった一人の倅をよくも…!”

“皆とこれから暮らす家だったのに”

“畜生!なんで死ななきゃいけねえんだ!”

“わしの村…わしの村が…”

“熱い!痛い!助けて!”

“あの日、謝りに行くはずだったんだ”

“殺してやる…道連れにしてでも…!”

“指輪はどこ…?あの人がくれた、大事な指輪…”

“まま…ぱぱ…”

 

しかしそれ以上の罪悪感が、彼女を押し潰さんばかりにのしかかってくる。ムギ殿が引き連れているのは全て、ピッコロとその配下の犠牲者達。彼女が阻止しきれなかった、正しく歴史通りに起きてしまった大事件の爪痕だ。

“む、ムギ様!今日はもうお休みくだされ!そんな足もおぼつかない状態で━━━!”

“もう二往復、だけ、だから…本当に、それで今日は終わり。ね?”

 あの世と掛け合って人員を寄越してもらったのか、館には大勢の鬼達が集まっていた。時折暴れ出す魂に苦労している様子だが、なんとか秩序は保っている。

“やめた方が良いオニ!自分の顔、鏡で見るオニ!”

“ちょ、ちょっと息整えれば、大丈夫だから…”

汗が止まる様子のないムギ殿の肌は血の気が引いたかのように白く、目の下のクマが余計に濃く見える。なんとか食事は取れているのか、はたまた無理矢理栄養摂取しているのか、痩せた様子はない。

“今日の分、終わったら…すぐ、帰って、寝るから。ね?”

僅か十分ほどの休憩と水分補給ののち、彼女は若干ふらつきながらも犠牲者達の回収に戻った。その背中を見送る占いババは、今にも泣き崩れそうな顔をしていた。

 

 最後はもう気合と根性だけで体を動かしていたのだろう、自宅へ帰ろうとしたムギ殿が何もない所で足をもつれさせて転んだ。受け身すらろくに取れなかった彼女を占いババが強引に館の客間に泊らせたが、ベッドの上であっても安らぎは遠い。

 悪夢にうなされて深夜に飛び起きた彼女は、日中延々と運んでいた魂達のように生気がなかった。ペタ、ペタペタと不規則な足取りでなんとかトイレに辿り着くと、倒れ込むようにして便器に寄りかかって胃袋を空にしていく。勢いよく落ちていく吐瀉物の音と苦しそうな咳が、人気のない廊下に虚しく響いた。

“……ごめん、なさい…”

弱々しい、幼子のような声の謝罪ははたして誰に向けられたモノなのだろうか。

 小さく丸まった背中を摩ってやることもできず、ただただ見ることしかできない自分が、酷く恨めしかった。

 

 そんな権利なんて、持ってもいないのに。

 

 

▶︎▷▶︎

 

 






それじゃ誰も救えないや

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