ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
生きた証が欲しいとか
誰かに称えてほしいとか
そんなのはさほど重要じゃない
どうせ落ちぶれた命だ
私は、弱い。
どうしようもなく、私は弱くて愚かだ。
自覚していたようで、何度も何度もこの事実を顔面に叩きつけられている。ただ居場所が欲しかっただけなのに、たったそれだけだったはずなのに、どうして間違えてしまったのだろう。
この星を、この星の生きとし生けるもの達を愛して生きたかった。嫌いになりたくなかった。自分の内にある『ソレ』を肯定したくなかった。認めてしまったら、『ソレ』に支配されてしまいそうで恐ろしかった。
私は、『私』を愛しきれなかった。信じきれなかった。そんな確かな土台がない状態で他者を愛そうとした所で、上手くいくはずもないのに。
諦めてしまった。向き合わねばいけないのに、逃げてしまった。地上で日々を生きる人間達はそれと共に生きているというのに。過ちを犯しながらも、どれほど遅くとも、時折逆走してしまうことがあっても、前へ歩むことをやめなかったのに。
私が持て余して恐れて切り離した
*
私にできることなぞ、とうの昔にほとんどなくなってしまった。
「オレが何の為にこんなところへ来たか、わかっているだろうな」
「わかっておる」
もはや、私が私で在り続ける意味すら失われようとしている。自業自得の結果だ。
「正直言って、融合する日がやってくるとは思ってもいなかったがな」
「融合ではない。お前はこのピッコロがスーパーパワーアップを成し遂げる為のきっかけに過ぎない」
ああ、そうとも。必要とされているのは私ではない。私という踏み台を以て到達する高みだ。私が長年積み重ねてきた知識は役に立つかもしれないが、私の意思は邪魔になるだけだ。
「今、この地球に必要なのは神などではない。やつらを倒せるほどのスーパーパワーを手にしたオレなんだ!」
本心では、私と融合なんてしたくもないだろう。己の生きたいように生きると決めた以上、私とは極力無縁でいたいはずだ。自分の、自分の両親の不幸の原因と排除以外の理由で関わりたいと思う子供はいない。きっと、ムギ殿がどう思うかと悩みもしただだろう。
「…わかった…この身をお前にやろう」
それでも必要なことだからと、ここまで来たのだ。自分にとって楽な道ではなく、正しい道を選んだのだ。
「ただし……ひとつだけ、頼みがある」
であれば、私も向き合わなければいけないことがある。
「頼みだと…?貴様、よりにもよってオレに━━━!」
「お前にしか頼めんのだ!私が、私でいられる内に…!」
虚をつかれて止まったピッコロに、私は最期の頼みを告げた。
「どうか…どうか、私が壊してしまったものを、お前の両親が確かに手にした理想を、見せてほしい」
驚愕は、すぐに怒りに塗りつぶされた。
「ふ、ふざけるな!!誰が、誰が貴様なんぞに!」
彼の爆発的な激情で震える大気に怯えるポポの声が聞こえる。だが、ここで退くわけにはいかない。こうなることはわかっていた。
「お前の怒りは尤もだ!私にそんな権利はない…願うことすら、烏滸がましい…!」
自らの弟子にすらあまり話さず、自分の内で大切に守ってきた記憶だ。親から受け継いだ想いと願いを胸に足掻き続けきたピッコロが、そう簡単に許すわけがない。融合して私の意識が微かでも残ろうものなら、意地でも隔離するだろう。
「だが…だが、私は知らねばならんのだ…!自分が何を壊したのか、知らなければならないのだ!己の罪と、真に向き合うために!」
もう今しかない。ここを逃したら、向き合いきれずに終わってしまう。なりふり構っていられる状態ではない。
「この通りだ…!頼む…!」
「なっ…!?」
私が頭を下げねばならぬ者達は数多くいる。そんな中、それができたのは今目の前にいるたった一人だけだ。それも謝罪ではなく、嘆願の為に。
「仮に融合して知れたとしても、意味がないのだ…!」
地に伏して床に頭をつける私を見たピッコロから動揺が伝わる。土下座するなど、夢にも思わなかったのだろう。そこで更に、私にとっても想定外のことが起きる。
「ピッコロ……ミスター・ポポからも、お願いする」
「は…」
「ぽ、ポポ!これは私の問題だ!」
私の隣に並んで、長年一緒にいた付き人が同じように額を床に擦り付ける。
「ミスター・ポポも悪かった。神さまにちゃんと向き合った方が良いと言えなかった。神さまが嫌がること、したくなかった」
黒い体が微かに震え、一瞬鼻を啜るような音も聞こえた気がする。罪悪感のあまり臓腑が潰れるような気分になりながらも、私は土下座の体勢に戻った。ここまで来たらもうなるようにしかならない。
狼狽えたピッコロは何かを堪えるかのような数分唸った後、地を這うような声でようやく返事をした。
「…見せるものはオレが選ぶ。一回きりだ」
「あ、ああ…!十分だ…!」
顔を上げればこちらを射抜きそうなほどの鋭い眼光をよこされたが、構わなかった。立ち上がるのは違うなと正座したまま待つ事さらに数分、選出している間に落ち着いたらしい彼が言葉短かな合図を送った。
「……行くぞ」
そうして、最後の記憶巡りが始まった。
◀︎◁◀︎
自然豊かな樹海の上を、風を感じながらゆったり飛んでいる。時刻は陽の位置からして午前中、正午まではまだ時間がある。少し前に朝食を食べたので空腹感もない。
目当ての気は相変わらず警戒心のかけらも感じられず、何をしているかまではわからないが機嫌が良いらしい。それなりに近づいたところで地上に降り、そこからは散歩でもするような足取りで草木の間を抜けていく。切れ切れに聞こえてくる鼻歌は当初意味不明だったが、距離が縮まるにつれて一週間前も彼女が歌っていた童謡であることに気づく。
よく飽きないなと思ったところで、いくらか離れたところの木の枝に視線が吸い寄せられた。
そこに、彼女がいた。
程よく熟した木の実を選んで、ちまちまと摘んでは抱えている籠に入れている。ふわりと通り抜けた風がさわさわと木の葉を鳴らし、彼女の髪と服の裾をいくらか巻き上げていった。
その場から動かず、ただ静かに眺める。特別な理由はない。そうしたくて、足を止めた。その場に増えた人影に気づくことなく、彼女は歌を止めて摘んだ木の実をじぃっと見つめだした。
“どんなもんだったっけ……いっただきまーす!”
そんな独り言の後に一粒二粒口の中に放り込み、ほんの数噛みしただけで顔の中心に皺が寄る。
“すっっっぱい!いやこんな酸っぱかったっけ?ジャムばっかで完全に忘れてたわ…”
その様子がどうにもおかしくて、吹き出しそうなのをどうにか堪える。堪えきれていなかったかもしれないが、少なくとも彼女には気づかれていない。
もういいかと更に数メートルほど近づいてから、口を開いた。
“ムギ”
ピッコロの声とはとても思えない、優しい声だった。
私にはどうやって出しているのか全くわからない、甘さのある声だった。
その声を、彼女は聞き逃さなかった。
“ピッコロ!”
世界の色が鮮やかになる。彼女の感情に呼応して周囲の自然の生気が更に満ちていったのか、それともただ彼女の笑顔が眩しすぎたのか。
“おっかえりぃ〜〜〜!”
目を輝かせて、跳ねるようにこちらに飛んできて、満面の笑みで遠慮なく抱きついてきた体は、ほんのりと花の香りがした。それを当たり前のように受け止めて抱え直していると、後を追うようにふよふよと籠も近くに寄ってきた。
“修行捗った?朝ご飯食べた?”
“ああ。朝食は冷蔵庫のフレンチトーストと果物でよかったのか?メモがなかったが”
“うっそマジで?完っ全に貼ったつもりだった…合ってるから大丈夫!”
彼女はご機嫌なまま抱えられている。あまりにも嬉しそうな様子につい思ったままに口が開く。
“たかが一日半の不在だろう。予定からズレたわけでもあるまいに”
“いや〜、結構久しぶりだったからさ”
“そうか?”
“そうだよ〜、えっとね……多分半年ぶり!”
“そこまででもないな”
“そこまででもありますぅ、寂しかったですぅ”
膨れっ面で頬を突いてくる彼女の手を捕まえるも、すぐに振り解かれて首の後ろに両腕が回される。
“一日一回は顔見ないと、なんか落ち着かないんだよね。いるのが当たり前だから”
“そう、か……そうだな”
抱えた体は柔く温かく、花の匂いも相まって微睡みそうになる。彼女がいないと少しばかり冷えるのは確かだ。
“で、木の実採集は終わったのか?”
“まだ。暇つぶし兼ねてたからのんびりやってた”
“ジャムも作るんだろう。とっとと終わらせるぞ”
“はぁい”
作業に戻る流れなのに、彼女は降りる気配を見せない。どうやらワガママが許される限界までしがみつくつもりらしい。その子供っぽさに対して湧き上がるのは少々の呆れと、溢れ返りそうなほどの温かな何か。
これにはどうにも勝てないと甘やかしてしまう自分すら、悪くないと思えた。
▶︎▷▶︎
現実に戻っても、身動きが取れなかった。
平穏があるのは知っていた。自分の手では決して届かない一つの理想があるとわかっていた。その光景が美しければ美しいほど私の罪が重くなると、身構えていた。
「…これが、貴様が壊した『ありふれた日常』だ」
当人の記憶をそのまま見る形なので、はっきり視認できるのはムギ殿の表情だけだ。しかし記憶の中の『ただのピッコロ』は、目を細めて口角をわずかに上げていた。噛み締めるように、ほんのわずかにムギ殿を抱える腕の力を強めていた。彼女が飛びついてくる直前には手の爪が短くなり、修行を終えてまだピリついていた気が接触一つで大海原のように緩やかになった。
頬の上を塩水が滑っていく。ほんの一雫なんて可愛らしいものではなく、はらはらと小川のように流れ落ちていく。本当に、美しかった。眩いほどに煌めいて、それでいて春の陽光のように温かくて、胸が苦しくなるほど愛に溢れていた。
「お…おおおっ…」
まだ彼が引き返せる段階で退路を叩き壊したのは、紛れもなく私だ。精神的に追い詰められながらも正しい選択をしようとしたピッコロにトドメを刺して突き落としたのは、他でもない私だ。この星と生きとし生けるもの達を愛して生きたかったと願いながら、最悪の例外を作ってしまったのは、私だ。
「すまない…!すまない、ピッコロ…!!私が、私が弱かったばかりに…!」
誰よりも真っ先に、私が愛さなければいけなかったのに。
「貴様の謝罪も涙も、今は何の価値もない……もっと早ければ、違ったんだ…!」
吐き捨てるような言葉に返せるものはなかった。私の過ちが呪いのように彼らの人生を蝕んでしまった上に、もう私にその呪いを解くことはできない。
「…私、は……神に、なるべきではなかったな」
「か…神さま…」
「神殿に来たことを後悔しているわけではない。ただ…『この私』では、なってはいけなかったのだ……」
いつか、ムーリ殿に聞いたムギ殿の言葉を思い出す。
“そもそも自分の嫌いなところから逃げたやつが神になれた時点で、どう考えてもおかしいんですよ。人間が好きなら、人間を見守るのなら、人間の悪性…人間の欲望もきちんと受け止めないと”
私がピッコロと分離しなかったら、あるいは分離した後でもきちんと向き合えたなら、どんな神になっていただろうか。少しは胸を張れるような神になれただろうか。今感じている無力感が減っただろうか。本当の意味で、私と自分を救えただろうか。
「…頼みを聞いてくれて感謝する。どうしても、必要だった」
涙を拭って立ち上がり、地球の為に戦わんと力を求めてやってきた戦士と向き合う。
心残りはある。後悔もある。できなかったことは山のようにあって、功績はあまりにも少ない。だが、ここで終わりだ。時間切れになってしまった。やれたやれなかったとは関係なく、終わらなければならない。
「最後まで面倒をかけてすまなかった、ミスター・ポポ」
通常の融合であれば私の知識だけでなく意識も幾ばくか残り、ピッコロの人格にも影響が出る。この状況で更なる苦行を押し付けるわけにはいかないので、その辺りはこちらで少し調整する。具体的にはピッコロが自由に出入りできるのはあくまで私の知識だけにし、それに付随する余計な記憶と感情は封じる。自らの記憶を思い返すのではなく、他者の記憶を第三者視点で覗くような形になるように。
融合しながら自らを封印していく中、ほんの一瞬、都合の良い幻覚が見えた。
ただの空想と呼ぶにはあまりにもそれらしくて、突然見えた本物だと言うにはタイミングが良すぎた。
ありふれた幸福の中で小さくも確かに微笑む、
僕は神様にはなれなかった