ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話   作:Tentacle

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小さいけれど、確かな一歩




可能性の申し子

 

 オレ達の世界に帰ってから探し回ったけれど、結局ムギさんの存在は影も形もなかった。もしやと思って母さんに聞いても青天の霹靂と言わんばかりの反応をされた。

“ぴ、ピッコロ大魔王に奥さんかぁ……あまり人のこと言えないけど、どこが良かったのかしら…”

“母さんは見たことあるんですよね?”

“あるけど、テレビ越しよ。おっそろしい大魔王だーってことぐらいしか知らないわ”

ああでも、と悟飯さんの写真を見ながら母さんが独り言のように付け加える。

“子供の方は悟飯くんに骨抜きにされてたから、わからなくはないかも。随分と人が良いみたいだし”

大粒の苺を大事にゆっくり味わって食べながらお礼をどうしようかと悩む母さんは、いつもより少し幸せそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 過去に戻ったらまずは感謝だけでも伝えようと思っていた。でも想定外のことが立て続けに起こってしまって、ムギさんの所在を聞く余裕すらなかった。どこにいるんだろうとチラッと考えた瞬間はあっても、非戦闘員寄りであろう彼女が戦場にいないことに特に疑問を感じなかった。

 だからドクター・ゲロの地下研究室で再会した時は、その場に凍りついてしまうほど驚いてしまった。

「む、ムギさん!こんなところで何を…!?」

「クリリン…と、トランクス。久しぶり」

特に慌てた様子もなくこちらに手を振ると、彼女は培養カプセルらしきものに視線を戻した。液体の中に浮かんでいる小さな胚は間違いなくセルだろう。

「ムギさん離れてください!そいつは━━━!」

「セルでしょ、知ってる」

「!?」

何故知っているのかというのは当然気になるにしても、それ以上に何故何もせずに見つめているのか理解できなかった。ソレが何なのか知っているのなら、すぐにでも手を打たなければならないのはわかっているはずだ。

 

《知らないふりの演技が上手いな、トランクス。そしてクリリン》

 

突然頭の中に知らない声が響く。

「て、テレパシーか…!?となるとこの声は…!」

《そう、この私…セルだ》

まだまともに体が出来上がっていないのに流暢に会話して見せるその生命体に、さぁっと顔の血の気が引いていく。今の時点でここまでできるなら、体が出来上がった後にタイムマシンの操作なんて簡単にやってのけるだろう。

《私が説得に応じないからと、随分と過剰な脅し役だな星の魔女》

「失礼な。私にここら一帯破壊する力がないとでも?」

《ふむ……だが、やはり信用ならないな。お前にメリットがない》

「口はどんどん達者になっていくのに、なーんでわかってくれないかな…」

まるで危機感のない口ぶりに混乱する。自分がおかしいのかと一瞬勘違いしてしまいそうなほどに、ムギさんから警戒を感じられない。

「ヤムチャさんを治した後にどこに行ってたのかと思ったら、ずっとここにいたのか…」

「報連相すっ飛ばしてごめん。急いでたから」

「急ぐ?」

クリリンさんの発言からして、どうやら彼女はすでに長時間ここにいるらしい。そしてセル相手に何らかの説得を試みていた。

「だって…殺すつもりで来たんでしょ、この子を」

見透かすような冷めた目に息がつまる。クリリンさんもうっすら冷や汗をかいている。

「二人が来る前にわかってもらおうとしたんだけど…ねえ、何がそんなに嫌なの?信用しないも何も、このままだとそこから出ることなく死んじゃうのに」

《確かに私の状況は絶望的だ。生き残るにはお前に頼る他ないだろう》

「そこまでわかってるならもういいじゃん!」

《お前が出した条件を飲めば、私は『セル』ではなくなる。それは私が生まれた理由を自ら否定することになる》

そこまで聞いて、ようやく状況を理解した。

 

 ムギさんがセルに関する情報をどうやって手に入れたのかはわからない。でもそれを頼りにこの研究所に辿り着いて、なんとかセルを保護しようとしている。人間を食べて成長する、世界を滅ぼせるほどのパワーを手に入れられる化け物を。

「生まれた理由にこだわるのはわかるけどさ、死んで殉じるほどの理由なの?」

《…質問が理解できない。作られたモノが作られた理由に基づいて機能を果たそうとするのは当然のことだろう》

「貴方は機械じゃなくて自分の意思を持った人間でしょ、人造なだけで」

《………》

「別に悟空と戦うなって言ってるわけじゃないの。戦って勝つだけなら殺す必要はないし、死んでほしいだけなら戦う必要すらない。ナメックの血を継いでる時点で、待っていれば勝手に悟空が寿命で死ぬからね」

《孫悟空と戦わなければ、私の方が優れていると証明できない。殺さなければ、いずれ私を超えるために再び挑みにくる》

「再戦の何がダメなの?負けたらまた勝てるように頑張ればいいじゃん。悟空なら、それこそ死んだ後でも大歓迎だよ。殺し合いじゃない試合ならいくらでも喜んでやるだろうし」

《それでは終わりがない》

「終わってほしいの?悟空を倒した後に何かやりたいことがあるの?」

《それ、は……》

「あったとして、悟空を先に倒さなきゃいけない理由は何?」

伊達に話し込んではいないのか、セルが若干押されている。呆気に取られてクリリンさんの方を見ると、何かを察したかのように緊張を解いていた。

「く、クリリンさん…」

「あー、トランクスは意味わかんないよな……知っていれば、ちょっと考えるだけでわかるんだ」

何をと問う前に、さらにムギさんが畳み掛ける。

「私はさ、最初の方でも言ったけど、貴方にここで終わってほしくないの。この地球の誰よりも、貴方にはたくさんの可能性がある。何にだってなれる、無限の選択肢がある!…それをこんなところで潰してほしくないって、たったそれだけの話がどうしてわからないの?」

《その可能性が、お前にとって価値のあるモノなのか?》

「少なくとも、ここで貴方を死なせずに済んだら明日のご飯は不味くないね」

《……なんだそれは。個人的な感情の話ではないか》

「その感情一つで、人間は死を選ぶよ。簡単に」

まるで、そんな選択をしたことがあるかのような言い方だった。それを感じ取ったのかセルが再び黙る。

「もっと感情的な話をしようか。私はね…生まれた瞬間から殺すしかない『悪』なんて、認めるわけにはいけないの。絶対どこかに生きる方法が、認めてくれる誰かと生きられる世界があるって信じてるから」

 ああ、そうか。

 

 この人は、どうしても無視できなかったんだ。

 

「たったそれだけのことがとても難しい人はかなりいるだろうし、頑張っても道半ばで死んじゃう人も少なくない。私じゃあ対応しきれない人なんて、そりゃあ星の数ほどいると思うよ。でも…でも、だからって死んでいいことにはならないよ」

神から分離した『悪』とただの夫婦でいられたこの人が、まだ何も悪事を成していない『悪』を見殺しにできるはずがない。きっと、他の人造人間達に対してもどうにかならないかと考えている。

「予め用意された『自分』を捨てるって、とても怖いことだと思う。これからどうなるか全くわからないわけだし……でも、大概の人間は自分の未来の正確な予定なんて持ってないし、作っても土台からひっくり返されるなんてよくあること。それにぶちぶち文句言いながらも、皆なんとか成長して生きてるんだよ」

随分と人が良さそうだと笑っていた母さんを思い出す。自分の師匠のことを懐かしく話してくれた悟飯さんを思い出す。

「そこらの貧弱な人間がやってのけてることを、貴方ができないわけがない。違う?」

ムギさんはただ、当たり前のように人と明日を信じて走っているんだ。

 

 数分の沈黙の後、ため息のような音が頭に響いた。

《…お前の魔力と血を分け与え、その上で必要な知識と技能も教えるという約束は、まだ有効だろうな?》

「っしゃあ!!待ってました!手こずらせやがってこんちくしょう!!」

《おい、急に猿に退化するな》

「賢いくせに変に躊躇した人のせいですー!」

《イレギュラーな存在を警戒していただけだ》

なんて人だ。自分がとんでもないことをやってのけたとわかっているんだろうか。

「ははっ…伊達に大魔王の嫁さんやってないなぁ」

クリリンさんはセルを味方に引き込むことに、全く抵抗感がないらしい。まあ、元々悟空さん達の敵だった人は仲間に多いから今更なんだろう。

「私は科学方面さっぱりだから、ブルマさん達のサポートは必須になるとして…何か有益な情報とか提供できそう?周囲の文句蹴っ飛ばせそうなやつ」

《有益な情報か……そこに放置されている人造人間十六号、十七号、十八号の設計図の解説と、その他コンピューターに教え込まれたドクター・ゲロの研究知識はどうだ?》

仰天するオレ達に向けられたムギさんの勝利のピースサインは、地下室に太陽が昇ったのかと思うほど晴れ晴れしていた。

 

 

 

***

 

 

 

《もはや私に『セル』を名乗る資格はないだろう。別の名前が欲しい》

「私がつけていいの?」

《お前が一番呼ぶだろうからな》

「なるほど…じゃあ……」

 

 

「これからよろしくね、パッシバ」

 

 






可能性、をもじりました


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