ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
誕生
満身の力を一点に込めて、打つ。
打つ。
打つ。
打つ。
打つ。
骨が折れ、皮が裂け、血が噴き出す己の腕の脆さが腹立たしい。握ることすらままならなくなった拳は、腕ごともぎ取り、再生して真新しいものと取り替える。
そうしてまた、一撃に持てる力の全てを込めて、打つ。
もう何本腕ダメにしたのか、考えるのも馬鹿らしかった。自分に負けないくらい大きい目の前の青い水晶には、未だ傷一つつかない。諦めへと己を導く不安を振り払い、次こそはと打ち込む。
水晶の中にいる彼女は、眠っているかのように微動だにしない。だが、分厚い水晶越しであっても、魂からかすかに漏れる悲痛な声だけは聞き逃さなかった。
《…ころ……ぴっ、ころ…》
彼女もまた、足掻いていた。時折感じ取れる魂の震えがそれを伝えてくれる。治療の際に彼女の魔力を多量に取り込んだからか、そのあたりに関しては随分と敏感になった。
苛立ちも込めながら打てば再び腕が血みどろになり、悪態をつきながらまたちぎり取って再生した。同時に、少し体がふらつく。
「ちっ…!」
水晶に手をつき、寄りかかった。焦っても仕方ないと数度深呼吸した後、現状を再確認した。
自分が調べた限りでは、本当にただ封印されているだけだ。少なくともそこに関しては嘘をついていないらしい。殺したくないのであれば、洗脳なり記憶を奪うなりすれば手間もかからず楽だったろうに。それが難しいのか、はたまた都合が悪いのか、精神操作の類は見当たらない。
同じ大きさの岩であれば瞬く間に壊せるのに、眼前の水晶は末代まで祟りたいくらいに硬い。しかし、まだ絶望には程遠い。
「…まだ、やりようはある」
『あいつ』よりも気が遠くなるほど上位の、神族。彼女の為でなければ飛びかかることはおろか、身動き一つしなかっただろう。悔しいが、それほどの実力差があった。蟻が太陽に戦いを挑むような力量の差…いや、もはや自分の認知を遠く彼方においていくようなレベルだ。
それに対してこの水のように透き通った憎たらしい青水晶は、自分でも強度を推測できる程度には脆い。今はまだ傷もヒビもないが、『アレ』と比べれば笑いたくなるほどに脆い封印だ。封印されているのが彼女でなければ本当に笑ってしたかもしれない。
かつての自分であればまだ焦っていたかもしれない。だが、だが今は、彼女が作ってくれた『時間』がある。
魂の接続はまだ切れていないが(何かを試しては失敗する度に髪の毛を引きちぎらんばかりにキレ散らかす魔女の姿は記憶に焼き付いている、嫌な意味で)、魂そのものはほぼ正常な状態にまで回復している。魂が何らかの事故で崩れる心配がなくなった今、寿命を迎えるまでまだ数百年ほどある。
「…流石に百年以内には目標を達成したいところだ」
あまり長々と待たせるようなことはしたくない。後で埋め合わせができるとはいえ、数百年の孤独は自分もごめんだ。
絶望するにはまだ早いと、自分の力でまっすぐ地を踏みしめる。効率の良い自己強化の方法を頭の中で並べ始めたその時、全身を悪寒が襲った。
知っている気配だ。
極力認識せずにいたかった、自分と吐き気がするほど似ている気だ。
彼女が封印されてしまった為に、結界が効力を失ってしまったのだろう。かまっている暇など微塵もないこの時にくる、その間の悪さにしばらく忘れていた怒りが噴き出す。
八つ当たりしたい気持ちを堪え、こちらの状況など感知したくてもできないであろう彼女に一度視線を戻し、また数度深く呼吸して自分を落ち着かせる。怒りに身を任せれば無駄に時間を使ってしまう。どうせ大した用ではないだろうから、冷静にさっさと済ませてしまうのが正解だ。
『あいつ』が自分のすぐ上まで来た時、微かだが息を飲む音が聞こえた。そう言えばその辺に使えなくなった腕を処分することなく転がしていたことを思い出す。
「…捨てたモノに何の用だ?」
自分の背後に降りてきたソレに振り向かずに聞いたが、返答はない。
「見ての通り、私は忙しい。貴様にかまっている暇など微塵もない。用もないのに来たのならとっとと去れ」
苛つきながらも言葉を促せば、ようやく重い口が開いた。
「……そんなに、彼女を解放したいのか」
言葉の意味がわからず、振り向いて顔を見た。あの時と変わらない、嫌悪と警戒がそこにあった。こちらの理解が追いついていないのに気づいたのだろう、語気を強めて今度は吐き捨ててきた。
「そんなに力が欲しいか、ピッコロ!!」
思考が停止した。
「………は?」
言い方からして、彼女を解放することで力を手に入れることが目的だと思われているらしい。
確かに、力は欲しい。彼女を解放して、さらに『アレ』の再来に備えるためには途方もない力が必要だ。『アレ』以外にも、彼女が前から悩んでいた詳細不明の未来の件もある。己が持てる全てだけでなく、彼女が持てる全ても使い、それでもまだ足りないかもしれない。手に入れられる全ての力が必要だ。だが…この水晶を壊したいのは、私が真に求めているのは━━━。
「あの時、どんな手を使ってでもお前を封印しなかったのはわたしの失敗だった…あれほどのお方がわざわざこの星に降りてきてまで何を阻止したのかはわからないが、それをお前が台無しにするのを許してはいけないということは確かだ!」
そこまで行って、ようやく私は思い出した。
「その水晶から離れろ、ピッコロ!!」
彼女がいない『世界』に、自分の居場所などなかったということを。
「っふ……くくくっ…」
ああならば、それならば。
「何がおかしい!?」
躊躇も、遠慮も、気遣いも…情け容赦に連なるモノは、何もいらない。それを向けるべき相手なぞ、自分の背後にいるただ一人しかいないのだから。
「ははははははははははは!!これを笑わずにしてどうしろと言うのだ!?」
そんなにお望みならなってやろうじゃないか。貴様らが、そうであろうと信じる私に。
「放っておけばコレを解放することに集中していたであろう私の視線を、わざわざ他に向けおって!」
「なっ…」
己の敵となれば、彼女にとっても害ある者になる。先に掃除しておいた方が何かと安心だろう。排除しているうちに力もついてくるはずだ。一石二鳥にも三鳥にもなる話じゃないか。
「せいぜい指を咥えて見ているがいい…無数の人間達が、断末魔を上げただの肉塊になる様をなぁ!!」
「待てピッ━━━!」
目眩しを放ち、全速力でその場から離れた。あいつが側にいる状態で彼女から離れることに抵抗がなかったと言えば嘘になるが、手を出すことはないと確信できるので今だけは堪えた。
まずは大きな街を一つ滅ぼす。森の中に引きこもって修行し続けた自分の実力を測り、私がとてつもない脅威であることを全ての人間に知らしめる為に。
人間達が持てる全てを使って抗い、私がそれを片端から潰していけば、自然と私は強くなるだろう。そうして何もかも討ち倒したその先にまだ平穏はないだろうが、確実に近づいているはずだ。人間達がいなくなればこの星にかかる負荷も減って、彼女も楽できるはずだ。
あの二十五年足らずの緩やかな日々とは打って変わってやることがたくさんある。だが、成し遂げてみせる。
かつて、消滅一歩手前まで弱っていた私を救ってくれた彼女のように。
私と共に在りたいという願い一つで困難に立ち向かった彼女のように。
私という『いきもの』を認め、決して蔑ろにせず…そして、愛してくれた彼女ように。
「さあ、人間どもよ!恐れ慄け!!」
「今ここに、『ピッコロ大魔王』は誕生する!」
理由は違えど、堕ちていく。