ピッコロ大魔王をご都合主義全開で救う話 作:Tentacle
不覚だった。
より強くなる為に人間どもを煽っていたら、まさか自分まで封印されるとは。
なんとか三百年経つ前には出てこれたものの、時間の流れに逆える肉体を持っていなかった私は老いて弱くなってしまった。不幸中の幸いとでも言うべきか、封印を説いた連中は使えなくもない悪党だったので不要になるまで利用してやることにした。
『あいつ』が作ったドラゴンボールとやらを使わずにいたかったが、手段を選んでいられるような状況ではない。百年単位の遅れを取り戻そうと思ったら反則技の一つや二つ、使って然るべきだろう。
ふと外を見れば特に特徴のない晴天と、そこそこ緑の大地が視界に入る。彼女が封印される前は、もっと青々としていたような気がするのは記憶違いだろうか。
ほんの一時間ほど前に確認したところ、あの水晶は相変わらず傷一つなく大地に鎮座し、中の肉体もあの頃と寸分の違いもなくそこに在った。魂は最後確認した時と同じように他所にいるらしい。確か、調べ物をしているとかだったか。魂が抜けた肉体に初めて気づいた時は思わず辺りを焼き払いかけるくらい動揺した。肉体に残されたメッセージがなければ人間達をほっぽって水晶の破壊に集中していたかもしれない。
先ほど飲み干したグラスに視線を戻すと、いつかの彼女の声が蘇る。
“体鍛えるなら、体が必要としてるものしっかり食べないと。健康的な食事した方が絶対効率いいよ”
一度、そこらの人間が作った『真っ当な食事』と言うものを口にしたことがある。そうするに越したことはないと思って、間違いなく安全だと思えるものを食べた。しかし、驚くほど味がしなかった。彼女がその場にいれば全力で止めに入るほどの調味料をつけたらようやく味覚が反応した。理屈はわからない。だが、これを期に食事の内容は大きく変化した。
彼女が作ったものであれば、ちゃんと味がするだろうか。怒るだろうか、心配するだろうか、いつもの全身検査をやり始めるだろうか。
視線を手にやれば、無数の皺がそこにあった。
“ピッコロが生きたいなら、私がなんとかするよ”
「…私がまず封印を解かないことには、どうにもならんだろう」
ぼそりと漏れた独り言に反応した配下は無視した。
*
なんだ、この人間は。
タンバリンが倒したかと思いきや、逆に倒され。大魔王自ら心臓を止めてやったと思いきや、復活して。
「き…貴様、化物か…!」
「それはおたがいさまだ!」
年老いた状態でも勝てる相手だったはずだ。若さを手に入れた自分ならものの数秒で倒せる相手だったはずだ。それなのに、それなのに。
「この勝負は、どっちかがバラバラにならなきゃ終わらねえよ…」
「無論、貴様だ…!」
何故、まだ立っている。何故、まだ戦いを挑んでくる。
ピッコロ大魔王に敗北はない。あってはならない。絶対に、あってはならないのだ。たかが人間如きに、負けるわけにはいかないのだ。ここで止まるわけにはいかないのだ。
“ごめんなさい…ごめんなさい、ぴっころ…”
それなのに、この人間はしつこく食らいついてくる。
片脚潰しても、即座に対策して蹴り返してくる。確実に私の力を削いでいく━━━!
“ピッコロ”
棒を弾き飛ばし、今度こそと全てを込めた。
「終わりだーっ!!!!!」
*
何が起こったのか理解するのに、1秒ほど時間がかかった。
見たことがないほどの大穴が胴に開き、勝利の歓声が聞こえる。
「な…なんてことだ…」
信じられなかった。あの人間が。この結果が。
しかし、現実は現実。目を逸らしたくても、事実は変えられない。
「く…くっくっく………み…見事と言うしかないな……」
とてつもない困難を乗り越えた、その成果は称賛に値した。自分が未だ至らぬ領域に届いたのだから。
なんとか残った力を振り絞って最後の足掻きをした。もう私は、これ以上どこへも行けない。しかしそれでも、成し遂げなければいけないことがある。
「我が子よ…いつの日か、父の恨みをはらしてくれ……!」
我が子はきっと、私よりも強くなる。私では届かない場所へたどり着く。そして必ず、彼女を解放してみせるだろう。
残されたほんのわずかな時間を無駄にはすまいと高速で走馬灯が過ぎていく。大魔王として生きた日々はあっという間に通り過ぎ、ただのピッコロであった頃の約二十五年間で脳裏が埋め尽くされる。
“ピッコロおかえりー!今日は美味しそーな魚取れたからシンプルに焼いてみたよ!”
“へ?あっ、違う違う。これフツーの雨、うん。そういう季節なだけ”
“だーーーーーもうっ!!あいつしっつこいわ!!トリモチかっての!切り捨てといて未練タラッタラじゃん!”
“新発見、あぐらかいたピッコロの膝の上は座り心地がかなり良い”
“…珍しく口の端にご飯粒ついてるけど、どしたの?”
“うっ、うるせーーーー!!旦那に夢見て何が悪いんじゃーーーーーーーーー!!”
“ピッコロ〜”
“ピッコロ!”
“ピッコロ…”
“だーいすき…ふへっ、改めて言うとなんか恥ずかしいねぇ”
彼女しかいない記憶に、なんの不満も感じなかった。本当に、本当にそれだけで満足していた。あんなことが起きなければ、あの森からほとんど出ることなく一生を終えていたかもしれない。ああ、そうであったならどれほど━━━。
“ねえ、ピッコロ”
“あのね、一昨日の━━━”
突然、あの日の記憶が鮮明に蘇る。酸欠しそうになっても何かを伝えたがっていた彼女を思い出し、直後に頭に焼き付いているあの『最悪の日』の情景が浮かんだ。
“…ここで殺されない奇跡に感謝しろ、魔族。変わりすぎた歴史にこれ以上の改変を加えれば、元に戻らなくなる”
“そもそも何故『そこ』なのだ?魔女よ、より良い世界を願うならばもっと別に方法があったはずだ”
その瞬間、初めて点と点がつながった。
「お…おおおっ…」
ああ、この瞬間だったのだ。この未来だったのだ。
彼女が変えようとしたのは、彼女が恐れたのは、歴史を歪ませてでも消してしまいたかったのは、『ピッコロ大魔王』の誕生と封印、そして死だったのだ。
彼女が何よりも現実になってほしくないと願っていた結末を、彼女を封印した『アレ』がそうあるべしと守ろうとした未来を、私はまんまとなぞってしまったのだ。
「っ…ムギ……!」
自分の手で助けられなかったどころか、自分の感情ばかり優先して彼女を最も傷つける選択をしてしまった。
無視すればよかったのだ、天界の椅子に偉そうに居座る『あいつ』の言葉など。別の方法でいくらでも発散し忘れることができたはずなのだ、人間への憎悪など。
大魔王になどならなくても救えたはずなのだ、水晶の中に閉じ込められた彼女は。人間を排除しなくても取り戻せたはずなのだ、あの穏やかな日々は。
『ピッコロ大魔王』ではない誰かになれることを、私は知っていたはずなのだ。
「ム、ギ…!」
泣いてしまうだろう。怒ってもおかしくはない。天気は間違いなく大荒れだ。
失望させてしまうだろうか。馬鹿だのなんだの喚くだろうか。許しを乞うても、門前払いされないだろうか。
もう一度、呼ばせてくれるだろうか。
もう一度、呼んでくれるだろうか。
何度も泣かせてしまう私に、何度も間違える私に、それでもと手を伸ばしてくれるだろうか。
記憶の中のムギの笑顔が霞んでいくと同時に、意識が途絶えた。
ご都合主義全開と書きましたが、サクサク上手くいくとは一言も言っておりません。