妖精もの   作:皮 

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ルナチャイルドがやって来ました。


alone?

 ルナチャイルドは夜の森の中、木陰から小さな広場を様子見していた。一人で散歩をし、拾い物まで見つけた帰り道に、人里の妖怪寺にいる雲の妖怪が月光浴をしている所に出くわしたのだ。

 こちらも珍しく一人でぶらぶらしていた雲山が、風に飽いたとばかりにここへ腰を下ろしたのはつい先刻の事。しばらくすると妖精は好奇心に負け、ゆっくりと近づいていった。

「こんばんは」

 間の抜けた妖精の挨拶に雲山は一瞥だけを返した。沈黙と、冷えた夜気だけがその場で流れる。

「こんばんは」

 先程よりも大きな声でルナチャイルドは呼びかけるが、小山のような身体から返されたのはまたもや視線のみ。しんとした静けさの中、見上げているうちに腹が立ったのか、ルナチャイルドは音を立てずに雲山の背後へ回り込むと、いきなりその身体を掌いっぱいに毟り取った。

 そうして一目散に逃げ出そうとして、妖精は驚いて立ち尽くした。彼女の手の内の雲がすっかり無くなってしまっていたのだ。雲山はもちろん気づいていたが、しらしらと流れる雲をじっと見ている。

 こうなるとルナチャイルドは躍起になり、手を、足まで使って雲山の身体に変化を与えようと振り回し、その度に細かい霧がふわりと解け、月の明かりでぴかりと光った。繰り返すうち、妖精はいかにも無邪気に笑いさえしたのだが、すぐに目的を思い出したのか渋い顔をして黙りこくった。

 ルナチャイルドは一番近い木の根元へ進み、今夜の拾い物をそっと置くや雲山の元へ駆け戻ると、頭から入道の中へと飛び込んでいった。そうして内側でめちゃくちゃに暴れ回り始めた。

 なんとかしてこの場所から吹き散らしてやろう、それができぬまでも掻き乱してやろうという意志に満ち満ちた動きだった。手足から髪の毛、衣服、口まで使ってルナチャイルドは暴れた。思い切り雲を吸い込んだ時には盛大にむせたが、それでも諦めずに暴れ、息を吸い込み、再びむせた。

 雲山はそれでも無関心であった。あるいは、妖精に呼吸器が存在したのかと疑問を抱いたかもしれぬ。が、すぐに忘れた。さすがに弾幕を張るようであれば説教の一つでもしたかもしれない。

 そうはならなかったが。妖精は疲れ果てて雲山の下から這い出てくるまで、人間のように四肢だけで暴れきったのだ。

 ひどい呼吸をして、しばらくうつ伏せのままで地面に伸びていたルナチャイルドだったが、急に立ち上がると、うって変わってゆったりと歩いた。三度入道の前へ、勝利者の顔をして。

 空のてっぺんを眺めていた雲山だったが、違和感にはすぐ気づいた。風、虫、木。音という音が全て途絶えていたからだ。何事かと首を左右へ巡らせ、下を向いた時に初めて原因を思い知った。

 腰に両手を組み、大いばりで見上げてくる妖精がいた。静かで、勝利に満ちた表情のルナチャイルドは大きな口を開けて、何かを喋った。雲山には聞こえなかった。他のあらゆる音と同じく、声も根絶やしにされていたからだ。

 ルナチャイルドは怪訝な表情を作り、もう一度同じ唇の動きを繰り返してみせ、己のミスに気づいたのか狼狽した。辺りの音を消すのが彼女の能力であり、それを用いて無視をする雲山に一杯食わせたところまでは良かったが、勝利宣言まで消しっぱなしでは締まらない事この上ない。雲山も、驚きを苦笑へと変えてしまっただろうか?

 雲山はなお驚いていた。取り乱してさえいた。過去からの一撃は、彼の拳よりも重かったろう。ルナチャイルドの聞こえぬ声は、遥か昔に出会った少女の声で確かにこう言ったのだ。

 

『見越し入道、見越したり!』

 

 未だに音を消したままで右往左往する妖精に、雲でできた巨大な手がふわりと被さる。怯えたルナチャイルドが見たのは、彼女の頭に置かれた月の光をたっぷり含む掌と、その向こうにある歯を剥き出しにした笑顔。

 そして、雲山は眼から光線を幾条も出して広場を吹き飛ばし、さっさと空へ飛び去っていった。やられたなりのお返しのつもりであったろう。へたり込んだルナチャイルドは狙わずに、ただ脅かしたつもりだったが、妖精は散歩の収穫を朝まで探す羽目になった。

 

 

 

 翌日、一輪が白蓮を訪ねた。

「姐さん。音を消し去る術ってありますか」

「あります。ただ、邪道に使うのは許可できません。用途を聞いてもいいですか」

「それが」

 一輪は、訳がわからないといった顔で告げた。

「雲山の頼みで。周りの音を消して、私から大声で話しかけてくれって言うんです」

「はて。心意の修行でしょうか?」

「教えてくれないんです。すごく楽しみにしてるのは分かるんですけど」

                                    (終)




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