妖精もの   作:皮 

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赤蛮奇はその酒を柳の下にこぼした。


Record holder

 赤蛮奇が気づいたのは夜の人里だった。

 誰も居ない道の真ん中で満天の星空を見上げた彼女は自嘲し、自分が集落のどの辺りに立っているのか確認して舌打ちした。

 

「新記録ね」

 

 彼女はろくろ首であり、この種における夢遊病の[[rb:罹患者 > りかんしゃ]]は伝承に残るほど多い。

 赤蛮奇はまさにその典型。眠りへ落ち、次に目を開けると見知らぬ場所へ棒立ちになっていた事などしょっちゅうだった。

 夜風が髪をなぶるに任せて[[rb:辟易 > へきえき]]とした表情を浮かべる赤蛮奇がふと腰の辺りをまさぐり、指がかちりとした手触りを見つけ出すともう一度舌打ちした。

 探り当てたのは小さな瓶。中身は酒、それも並みの妖怪ならばすぐさま潰れてしまうほど強い酒だ。

 出歩きたくない夜に飲み潰れてしまうために用意してある酒を、夢中の赤蛮奇はわざわざ持ち出して来たらしかった。

 夢遊病のせいもあり、彼女に言わせれば過去は墓と同じく眺めるだけ無駄な物ではあったが、こうまで無様が連なれば見るだけでも腹立たしくなったのだ。

 

「一番役に立たない物を。痴れるにせよ程があるでしょうに」

 

 漏れ出た独り言に対して三度目の舌打ちをした時、赤蛮奇の目へ似つかわしくない物が見えた。

 一件の家の前でうろうろしている小さな影が、閉じられた雨戸のあたりでじっとしているのだ。

 かと思えば小走りで次の家へ移り、同じく閉められた扉を観察しているようだった。

 咄嗟に近くの曲がり角へ隠れた赤蛮奇は影を妖精だと見抜き、どうやらそいつは人間の点けた灯を辿っているのだと見当をつけた。

 本来の赤蛮奇であれば、この辺りですでに家路へついていただろう。

 小さな悪戯者の動向を知ったところで時間の無駄だと、ひねたろくろ首は考えていたはずだった。

 だがその夜、赤蛮奇は妖精へ向けて歩き始めてしまった。

 塞いだ心に何か快いものを注ぎ足しておきたかったのかもしれぬし、事実、己の中で何者かを驚かせるという妖怪の性が首をもたげているのを彼女は感じていた。

そして抜き足で妖精の背後まで近づいた赤蛮奇は、大きく勇ましげな声を出して妖精を脅しつけた。

 

「おい!」

 

 妖精は声も出さずにその場で飛び上がると、頭から雨戸へ突っ込んでいった。

 木がたわむ音と妖精の悲鳴が混ざる予想外の大音があたりに響き渡り、束の間味わっていた赤蛮奇の悦びも即座に吹き散ってしまった。

 妖精はよほどおかしくなったのか、そのまま家の中へ逃げようと手足をバタバタさせて雨戸を掻きむしり、かと思えば器用にへばり付いてガタガタと鳴らした。

 動転した赤蛮奇が背後から妖精を抱きしめるも一向に収まらず、家の中で人間が騒ぎはじめる気配まで漂ってきた。

 夜の里中で意味も無く大騒ぎをする愚かさを考える暇もあらばこそ、赤蛮奇はさっさとそこから逃げる事に決め、妖精の頭をポカリとやって静かにさせると腕の中にかつぎ込んで遁走した。

 それからかなり走った後、長い塀の下で妖精が目を覚まして暴れだしたため、赤蛮奇は相手を開放した。

 妖精は意外にもすぐ逃げ出さず、赤蛮奇の風体をじろじろと眺めて言った。

 

「人間かと思えば妖怪じゃない。夜中の人里を妖怪がうろついてるなんて聞いてないよ。そう言えば来る途中、里の外れに魔法使いも居たっけ。ええと、宴会でも近くでやってるの?」

 

 魔法使いと聞いた赤蛮奇の脳裏に白黒人間の姿が浮かんだ。人里でよく見かける魔法使いだったが、またぞろ博霊の巫女とつるんで何かをやっているのだろう。

 関わるのは面倒だった。

 

「そんなのは知らない。私は偶々こっちに出てきて、その、あんたが脅かしてくれって言わんばかりにうろちょろしてたんじゃないか。そうよ、あんたが居たせいだ。人間の住処にへばり付いて無防備にフラフラとされてたんじゃ、脅かしたくもなるでしょう?」

「ならないよ!」

「なるさ。どうせあんただって、悪戯でもしようとして家を覗き見してたくせに」

「覗いてなんかない。光を見てただけだもの! 悪戯は、まぁその、今はあんまりやる気無い。一人だし」

 

 いかにも奇妙な妖精であった。嘘をついているのだろう、灯なんぞぼんやり眺めて風流がる生き物でもあるまいと、赤蛮奇は決めつけて続けた。

 

「何でこんな場所に? 仲間と喧嘩でもしたの?」

「まさか。偵察に来たのよ。いつも同じ場所で網を張ってたんじゃ、獲物もこっちもマンネリだからね」

「妖精は皆で固まって行動するもんだと思ってたけど」

「そうなの?」

 

 惚けた返答に赤蛮奇は眉をしかめる。妖精の中でも気の抜けた個体なのだろうか?

 それにしては瞳の輝きが尋常ではないように思え、困惑を隠しながら言った。

 

「知らないよ。ただ、こんな時刻にひとりで堂々と人里をぶらつくなんて妖怪でもやらない。不慮の事故ならともかく、見つかったら面倒なことになるじゃない」

「面倒なことにならない理由がある。私は光を操れるからね。自分を隠すなんてお茶の子さいさい」

 

 胡散臭そうに赤蛮奇が妖精を見た。

 

「信じてないね?」

「どうやって信じろっていうのよ。そんなことができるのなら、さっきも姿を消していればよかったじゃない」

「消すまでもなかったし、光が面白かったから忘れてたのよ。証拠を見せてあげるわ!」

 

 そういって妖精が腰のあたりから何かを取り出して腕を大きく回すと、すぐさま顔を除く全身が消えた。

 

「へえ。触ってもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

 妖精の居た場所を赤蛮奇が調べてみるとそこに身体は存在していた。

 手触りからすると姿を消す大きな布のような物を頭から被っているようであり、よくよく見れば被り物の隙間から漏れているのか、髪の毛であろう幾つかの筋が月光に照らされ淡く色付いていた。

 

「なにこれ。妖精がこんなの作れるの」

「光を操るのは十八番だからね」

 

 姿を消すだけで光を操るは無いだろうと口にしかけた赤蛮奇へ、ふと悪戯心が湧き上がってきた。

 大方どこかで拾い物をしたのであろうこの不思議な布を手に入れて、いい気になっている妖精をかついでやるべく赤蛮奇は言った。

 

「実は私も姿を消すことのできる妖怪でね。ところであんたはその顔も隠せるのかしら」

「もちろんよ」

 

 妖精の顔がすっぽり消える。すると赤蛮奇の胴が首をその場に残したまま動き出し、塀の曲がり角の向こうまで走り去った。

 首だけとなった赤蛮奇がさも感心した風を装って言った。

 

「大したもんね。私は不完全で、首か胴体の片方しか隠せないの。見てごらん」

 

 妖精が再び顔を出し、赤蛮奇を見て驚く。

 

「綺麗になくなってる。ねえ、首も隠して見せてよ」

「ああ。笑わないでほしいんだけど、隠す時に誰かに見られていたんじゃ巧くできないんだ」

「そんなことで笑わないったら」

「あと、首のほうを隠すと私の声が聞こえなくなる」

「なるほど、声も一緒に隠しちゃうのね。まるでルナみたい。構わないからやってよ」

 

 妖精の顔がぐるりと壁の方を向いた。見ていないというサインらしい。

 赤蛮奇の胴体がなるべく音を立てぬよう小走りに戻ってくると、首は離れた塀の上へ静かに飛んでいった。

 そうして妖精の顔の前へ手を差し出すと相手は振り向き、歓声を挙げた。ひとしきり騒がせた後に手真似でもう一度壁へ振り向かせ、首を元に戻してから赤蛮奇は言った。

 

「頭を隠すとお互いの声が聞こえなくなるの。巧くないでしょ?」

「いいえ、いいえ。大したものよ。見えない部分が全く消えてしまうところなんて、あなたの方が上手だし」

 

 素直な返答を赤蛮奇が心の中で嘲っていると、妖精はおずおずと言った。

 

「あなた、私と一緒に来ない? ここの偵察に」

「一人じゃなくなるけどいいの」

「二人でやった方が安全だし、楽しいじゃない」

 

 姿を消せる同士と分かって親近感が湧いたものか、狎れた声音となった妖精を見下ろして赤蛮奇は心の内で考えた。

 もう少しこの妖精を馬鹿にして、面白くない夜の溜飲を下げるべきかもしれぬ、と。普段の自分であればもう少し、などと考える事自体が稀であることを忘れて赤蛮奇は言った。

 

「いいわよ。少し夜風に当たりたかったし、ちょうどいいわ」

 

 妖精は顔を輝かせて赤蛮奇にまとわりつく。余りに無邪気な反応を立て続けに受けてきた赤蛮奇は妖精を持て余し始めたのか、瞳には困惑した色が浮かんでいた。

 

「じゃあ行きましょう! 私、サニーミルクっていうの。サニーでいいわ」

「赤蛮奇。何するの」

「さっきみたいに光を見て歩きましょ」

「何が面白いの、それ」

「だって、話に聞いた『カイテイ』みたいなんだもの!」

 

 赤蛮奇が記憶の底から海底の文字を引っ張りだしてくるまでしばらくかかった。何しろ最近ではとんと使う機会の無かった言葉だ。

 赤蛮奇はサニーに対しての認識を改めることにした。不可視の布といい、妖精にしては知恵深いのかもしれぬ。

 歩きがてら一方的に話すサニーが言うには、夜の里の不自然な静けさはとても珍しいのだという。

 虫や葉が立てる音、木々が根から吸い上げる水の音、風が裂けては集まる音の消えたこの場所はあまりに静かで、まるで。まるで……。

 どこか別の場所へ当てはめようとして、サニーは海底を思い出した。

 幻想郷に存在しない海の底、幾千尋もの水を落ちた先に辿り着く地はまさしくこのような所ではないだろうか、と。そして海底には星のように宝石が散らばっているのだ、ともサニーは言った。

 里の灯りはまさにそれ、闇に光る色とりどりの綺羅星を無邪気に見て回っていたのだった。

 赤蛮奇は適度に相槌を打ちながら妖精に付いて回った。

 サニーが口にする単調な感想は本来の赤蛮奇であれば聞くに耐えられぬ物であったにも関わらず、彼女は常に聞き、サニーの煌めく瞳にたじろぎさえした。

 赤蛮奇は己を知っていた。

 ろくろ首がどうしようもなく人間と離れることのできない妖怪であり、そのくせ人間からは忌避される存在であることをよく理解していた。

 天狗や河童のように人から外れて社会を築く道は選べず、かといって人の生活圏で同類と群れようものなら根絶されるのは目に見えている。

 どちらともつかない立場の中で、彼女は全てを軽く拒絶する事によって距離を置き、生きる道を選んだ。

 だがいくつかの偶然からサニーが赤蛮奇の拒否する前に目の前へ立ってしまい、同道し、柳の下のデュラハンは今宵、自分の知らぬ角度からの視点を手に入れてしまった。

 [[rb:盲 > めしい]]が目を開けば怯むのは当然。だがその眩しさに慣れて見る世界の真新しい事と言ったら。

 夜の中で二人の会話は途切れることなく続いていく。

 人の暮らしに疎いサニーだったが、赤蛮奇という答を返す存在を見つけてからは仕舞われていた疑問が溢れ出た。

 あれは? これは? どうして? なぜ?

 赤蛮奇の口からは相槌の代わりに返事が、返事の代わりに説明が紡がれるようになり、やがてひとつの灯を巡る度に月が深く傾くようになっていった。

 いくつかの家では検分しようと近づくや折り悪く光が途絶えたが、その頃の二人にとってはお互いの笑いを誘うちょっとした不幸でしかなく、代わりに家人へ多少の悪戯を支払う事で良しとした。

 透明のまま家の中へ入り込んで意味ありげに声や音を立ててみせ、怯える住人にそっと触れるか息を吹きかけて脅かした。

 そのうちの二つは赤蛮奇自身が行い、年季の入った驚かせ方はサニーの尊敬を生み、ろくろ首は胸を張って応じてみせた。

 久方ぶりであったろう、自らが引き起こした怪異を誰かに自慢したのは。

 サニーが次の家へ向かって早歩きで向かう姿を眺めつつ、さてそれがいつぶりの事だったのかを思い出そうとし、記憶を遡る行程で赤蛮奇の興奮はゆっくり引いていった。

 過去は墓。いかに見目麗しかろうと、死した自らを掘り起こして冷えぬ者があろうか?

 夜も更けたちょうど丑三つ時の辺り、路地裏で赤蛮奇は完全に醒めた。

 ここでひとつ思い出さねばならぬ事がある。

 妖怪や妖精に成長はない。だが変わることはありうる。

 過去に赤蛮奇は拒絶によってそれを成し遂げたが他にも変化を促す情動はいくつかあり、中でも幻想郷においてありふれていたのは好奇心であった。

 普遍する決闘遊戯と深く結びついていたゆえにどの種においてもその発生が容易であり、赤蛮奇自身とも決して無縁ではない(今宵のように)。

 強い酒の酔いが冷めた者の眼で、赤蛮奇は次の灯へ向かうサニーの後ろ姿を見た。被った布から溢れ出る髪のあたりがきらきらと光っている。

 妖精は確かに好奇心の強い種族だが、人間の幼子のように無知からくる偏執的な知識欲を持っていただろうか?

 サニーのそれはまるで夜通し燃えている炉、明々と照らされた薪をくべる手のために燃え続ける火を思わせた。

 

「少し休まない? 私は歩き疲れたわ」

 

 赤蛮奇はそう言って脇の路地裏に入り込み、壁に背をもたれた。追ってきたサニーの不満をかわし、腰から細い酒瓶を取り上げる。

 

「ごらん。来た道も、振り返ってみれば新鮮な景色に早変わり。ついでに軽く月見といきましょう」

 

 サニーがしぶしぶといった調子で頷きつつも、そこは幻想郷の妖精らしく瓶を見て喉を小さく鳴らすと、赤蛮奇は口元を隠して寂しげに笑った。

 

「一人用で猪口は無いから、先にどうぞ。強いから一口ずつ、含むようにして飲んだほうがいいよ」

 

 言われたとおりにして酒を飲むサニーだったが、それでも顔がみるみるうちに上気していき、三度ほど瓶を口に運ぶと陽気に騒ぎだした。

 赤蛮奇が一口酒を舐める間にはもう半眼となって体を左右に揺らす始末。

 妖怪を酔い潰すための酒だ。妖精が参らぬはずがない。

 

「今日は世話になったね。もうロクに聞こえちゃいないだろうけど」

 赤蛮奇が言った。

 

「おー」

「懐かしかった。いい気持ちを思い出させてもらったよ。だからお礼にさ」

 

 赤蛮奇の指がサニーの喉元に優しく絡まると、妖精はくすぐったいのか笑いつつ、その手を指で包み込むようにして握った。

 

「あんたがこのままでいる内に、ね。おやすみ、サニー」

「お? おやすみぃ」

 

 ろれつの回らぬ返答を聞くや赤蛮奇の表情は一瞬で冬と化し、苛烈な強さで掌からサニーの生命力を吸い始めた。

 ろくろ首が人間から恐れられた業のひとつに吸精があり、赤蛮奇はサニーに対して、彼女の全てを汲み取る勢いでそれを行ったのだ。

 サニーがまばたきを一度した時にはもう命の底が見えるほど奪い去られていたが、妖精の表情は恍惚としており、そのまま横倒しに崩れ落ちた。

 赤蛮奇はその体を抱き上げると、里の外へ向かって道なりに歩き始めた。

 彼女の足が止まったのは、太陽の訪れを知り夜がその踵を返し始めた頃、丈短い草が広がる原へ分け入ってしばらくしてからの事だった。

 目の前には先客が――赤蛮奇も人里で見かけた事のある人形師の魔法使いが座っており、お互いが何を思っているのかわからぬ顔をして相手の目を見つめている。

 

「先に一つだけ。私はその子の制御と操作を行っていないから、あなたがどんな目にあったのかなんて知らないわ」

 

 アリスが言うと、赤蛮奇は頷いた。

 

「一本の糸であそこまで複雑な人形繰りができるなんて思ってないよ。なんでこんなものを作ったのか、それを教えてもらうために来たの」

 赤蛮奇はサニーを地面に下ろし、透明布をどけた。

 そこから見えた妖精の身体は魔力が抜けたためか、今では所々に――瞳、唇、関節に人形である証が見て取れた。

 

「いいわ。人形を持ってきてくれた駄賃に教えてあげる」

 アリスは言った。

 

 魔女の夢は自律人形の作製だった。自ら考え、動き、それでいて霊長ではなくヒトガタのままでいる存在を作り出すための道程の最中において、アリスへ今回の閃きを与えたのは外界からもたらされた書物だった。

 内容の多くは意味の分からぬ専門用語で記されており、それでも想像力と判断力を用いて強引に読み説いていく内、知能についての興味深い見分――意思や知能は膨大な成否の積み重ねに過ぎないという意見を掬い上げた。

 石は石であり、空気ではない。また一は一であり、十ではない。

 こういった単純な応答を砂粒として積み重ねると山が造られ、山が十分に固まったならば矛盾を風として吹き込んだところで芯は揺るがず、そこへ概念を雨として降らせたならば自然と芽が生え、やがて[[rb:柳緑花紅 > りゅうりょくかこう]]となって山を染め上げる。

 これが即ち、知覚と知恵と知慮。

 アリスは書物からこの霊感を導き出し、人形の魂の有無がどうであれ、まずは知の受け皿を作るに越したことはあるまいと判断してその作成に取り掛かった。

 モデルは比較的単純な妖精と定め、外をぶらついて最初に出会った顔見知りの者、サニーミルクを選んだ。

 アリスの家へ軟禁して自我に関する十万ほどの設問を無理やり応答させながら、用意した記録容器へ流し込んだ。

 疲労困憊したサニーミルクへ対価の酒をどっさり持たせて開放する頃、質問を送り込めば自動的に『はい』と『いいえ』と『わからない』を回答するだけの中核が完成していた。

 あとは人形の本体を作る間に次々と問題を流し込み、頃合いを見て『わからない』に対して答えを挿入する。

 完成した本体と蓄積された擬似知能を混合させて誕生したサニーミルク人形の出来栄えに満足したアリスは、次にこの試作品を単独で動かしてみる事にした。

 それから改良を加えて満を持してから、人形は今夜人里へ出発させられたのだった。

 もし妖精の知り合いに見つかっても言い逃れできるように、それらしい理由を刷り込んで。

 

「この子の世界は今日の宵口に生まれたと言えるわ。人形は自らをサニーミルクだと思っているし、私に関しての認識も森に住む魔法使い程度の物。貴方への知識も似たようなものでしょうから、もし悪戯の標的にされたのであればご愁傷様」

 

 アリスの言葉を赤蛮奇は鼻で笑った。

 

「どうでもいいね。それより、人形が今夜見知った事は解剖する気なの?」

「解析よ。するわ。覗き見みたいで嫌だったから、第三者と関わりにくい夜の人里を実験場に選んだんだけれど」

 

 二人の間を夜風が舞った。

 

「気に食わなくても私は知るわよ、ろくろ首。研究の成果を貴方のために捨てたりなんてしない」

「かまわないよ。あんたがどう思うなんて、私に関係のないことだし」

「それは良かった」

 アリスが言った。

「良かったついでに、どうやって人形につなげた糸を断ち切ったのかも聞かせてもらえないかしら? 見えぬよう、切れぬように魔法をより合わせた自信作だったの」

「私の願いをひとつ容れてくれるのであれば、駄賃として教えないこともない」

「言いなさい」

 

 赤蛮奇の視線が少しの間、人形へ落ちた。

 

「サニー、の人形はもう使わないで。壊せなんて言わないから。誰かを模った人形の恐ろしさが分からない訳じゃないわよね」

「サニーミルクと知り合いだったの?」

「いいえ。でも、まるでこの子みたいなんでしょ。その妖精は」

「私への侮辱ね。本物のサニーミルクへ影響を与えるようなヘマを、万に一つも私がやると思う?」

 

 アリスは赤蛮奇を見据えたが、すぐに首を横に振った。

 

「でも、わかったわ。約束する」

 

 アリスが頷くと、赤蛮奇は言った。

 

「あの糸は好奇心を呼び起こすための物だね。教えておいてあげるけど、私みたいな人間へ近しい妖怪、特に一芸しか無いような奴はそいつに敏感よ。

 どうやって獲物の好奇心をたぐり寄せるかに生命が掛かってるからね。

 最初のうちは糸が付いてるなんて思いもしなかったけど、好奇心は短時間に何度も汲み出せる物じゃない。

 一度疑問さえ湧けば、あとはおかしな部分が見えてくる。妖精観察が足りなかったよ、あんた」

「耳が痛いわ」

「そして私が触れない糸を切れたのは、糸が操作するはずの好奇心を殺したから。結んだ糸の片方を紐解いたの」

「酔いや眠りであの糸は切れない。そう作ったわ」

「好奇心を殺すのに必要なのはその二つじゃない。

 快楽よ。私達の吸精は快楽を伴うの。溢す勢いが強ければ強いほど」

 

「なるほど」

 アリスは言った。「勉強になった」

 

「もういいかしら。さよなら」

 

 赤蛮奇はさっさと肩を巡らせて歩き去ろうとして立ち止まり、迷う素振りを見せながらサニー人形へ振り向き、遂に言った。

 

「静かに死ね」

 

 温もりの欠片すらない声だったがアリスは静かで完璧な目礼を返し、それを忌々しそうに見てから赤蛮奇は夜の布を掻き分けるようにして帰っていった。

 

 

 

 

 

 下り坂へさしかかった太陽が地上をぼんやりした光で照らしている中、久しぶりに人里へやって来た赤蛮奇がぶらぶらと歩いていた。

 何をするでもなく散策していた彼女だったが、まばらな人影の先にいるはずのないサニーの後ろ姿を見つけると顔を強ばらせ、すぐ苦笑した。

 あの魔法使いが約束を破るとは考えにくかったし、本物のサニーが何かの拍子に昼の里中へ迷い込むことも無いわけではない。

 そこで無造作に妖精の背後へ近づいたあたり、この時の赤蛮奇は先日の夜をまだ引きずっていたのかもしれぬ。

 

「何してる」

 

 赤蛮奇の性格を考えれば気楽な調子で声をかけたとは考えにくい。どこか強張った声であったと解釈するのが妥当だろう。

 また彼女とサニー人形が過ごした時間を考えてみると、顔には浮かべ慣れぬ優しさがあったのは間違いない。

 かと言って後悔や悲哀が無かったとは考えにくく、あるいは後ろめたさすら感じていたかもしれぬ。

 或いはその全てが添えられたものか、いとも凄まじい複雑な陰を刷いた赤蛮奇の顔にじっと見つめられたサニーミルクはあっという間に恐怖した。

 見知らぬ妖怪にそんな顔をされて耐えられる者は少ない。

 当然サニーミルクは姿を消して脱兎のごとく逃げようとしたが、妖精の動きを知悉してしまっていた赤蛮奇は彼女を透明なまま、慌てて捕まえた。

 

「悪かったよ。何もしないから」

 

 優しい声音で話しかけた赤蛮奇は、暴れるサニーの透明衣をまずは脱がしてしまおうと掴んだ布を力づくで剥がしたが、宙に舞い上がったのは一枚の白いドロワーズだった。

 赤蛮奇は狼狽した。意図しない物を剥がしてしまった困惑、なにより身体の下から上がる叫び声は彼女の望んだものではなかった。

 

「あっ」

 

 焦燥して動かす手が掴むを幸いに次々と投げ捨てていったのは、リボン、靴、上着、靴下、千切られた下着。

 

「あっあっあっ」

 

 赤蛮奇は知らなかった。人形のサニーに持たされていた透明となる布は、妖精が能力を行使した際に自己矛盾を起こして人格の破綻に繋がらぬようアリスが用意した品であり、本物のサニーは正真正銘、自らの意志で光を自ら操る事ができた。

 サニーは初めから、赤蛮奇の探している布など被っていないのだ。

 なおも混乱して宙空から布切れを撒き散らずその肩へ背後から大幣がそっと乗せられると、赤蛮奇は青くなって動きを止めた。

 

「調子に乗ってなくても馬鹿度胸ね、アンタ。白昼堂々と里中で何してんの」

 

 博霊霊夢の声を聞くと同時にサニーが透明から元に戻り、半裸のまま霊夢にしがみついてわんわん泣きはじめた。

 霊夢と一緒だった霧雨魔理沙が妖精を引き寄せて自分のケープをかける間、赤蛮奇は下を向いたまま、ぶるぶるぶるぶる震えていた。

 

「とりあえず理由を聞かせてもらおうかしら。後から聞くとなると夜になるだろうし」

 霊夢が言った。

 

「み」

「み?」

「見たかったんだ」

 

 赤蛮奇は偽らずに答えた。彼女はサニーをもう一度だけ、近くで見たかったにすぎぬ。

 だが霊夢はそう受け取らなかった。返答の代わりに身体を目一杯地面へ沈み込ませてから両掌を大地に叩きつけ、その反動と全身のバネと霊力を使って加速させた両足裏を赤蛮奇の顔へねじり込んだ。

 跳ね上がって米粒ほどになった赤蛮奇へ霊札が雲霞のごとく追いすがり高みへ押し上げていく光景を見て、泣き止まぬサニーの頭を撫で続けながら魔理沙が言った。

 

「新記録だな」

                                    (終)




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