ようやく、模試が終了した。
数学も英語も国語も社会も全部ズタボロだったが、これで解放される。さっさと帰ってマジックをしよう。
おれは終了と同時に教室を出た。
「稲妻君、明日、9時に神聖泉駅だよ。忘れないでね」
「ああ、はいはい」
月渡の念押しに適当に返事をして、おれは教室を出た。
嫌な約束をしちまったもんだ。
言っておくが、この約束は美少女とデートみたいなそんな形式のものじゃないからな。
これは友達のいない、帰宅部のクラスのはぐれ者を何とかしてやろうというお節介だ。いわば、要介護生活者が介護を受けるデイサービスみたいなものだ。
この歳でそんなお節介を焼かれていると先が思いやられる。
将来か……。
たしかにおれの将来はどうなるんだろうな。
高校を卒業して、適当な大学に行くことになると思うのだが、大学に行く意味って何だろうな?
周りが何となく進学するから、おれもその流れに乗って……おれの大学進学の動機はそんなもんだ。
そんなもののために、何百万円も費やすんだから、ばかばかしいと思う。
だが、今更就職活動なんてするわけにもいかない。だいたい、おれにろくな就職先なんてないだろうしな。
どこかのコンビニでアルバイトでもすることになるのだろうかね。
まるでうまくやっていける気がしない。
いっそニート、ひきこもりにでもなるか?
子供部屋にこもって、毎日ゲームばかりするダメ人間。
ろくに勉強しないだけで落胆するおふくろのことだ。さぞかし、絶望するのだろうな。
もうやめだ。
将来のことを考えていたら頭がおかしくなる。
先送りだ、先送り。
現実逃避するなと言われるかもしれないが、今のおれに何ができるという。おれに、明るい将来を描く力などないんだ。考えるだけ無駄だ。
あーあ。
おれにもプレインズウォーカーの灯が灯ったらな。
トレイリアに行って、紅蓮術を学ぶんだ。そして、シヴのヘルカイトを召喚して、世界平和のためにファイレクシアと戦うんだ。
なんて、これが本当の現実逃避だ。
現実と虚構の区別がつかなくなったら、人間としておしまい。おれはまだそこまでは堕落してねえ。
まあでも、堕落した者になる日もそう遠くない気がするよ。
そんなふうに暗いことを考えていると、どこからともなく、おれの心を表現するような物悲しいピアノ音が聞こえて来た。
この曲は……。
おれはピアノ演奏が聞こえてくるほうに、何かに導かれるように向かった。
たどり着いたのは音楽室。
音楽室の隣には楽器などが収納されている部屋があって、おれはそこの戸がわずかに開いているのに気づいて、そこから中に入った。
そこから音楽室の様子を盗み見した。
誰かがピアノを演奏していた。
かなりの腕前だ。
それもそのはず、演奏者は世界的ピアニストだ。
テイサ・エイデリア。
イタリアからやってきた留学生で、すでに世界的ピアニストの一人だ。
学年はおれの1つ下の2年生だが、風の噂をいくつか聞いたことがある。
病の身で、余命を宣告されているという話や日本のアニメが好きで、そのBGMを手掛けたいとか何とかと言った話。
おれはエイデリアのほうに視線を向けた。
彼女は全身から儚い波動を放っていた。
生と死の境目にいるようだった。
彼女の奏でる音色も生死の狭間に流れるような流れを持っていた。
いまは明るくてキャッチーな曲が流行っているが、エイデリアが奏でる曲はその対極にある響きだった。
だが、おれの心にはよく響く曲だった。ちょうど、おれの心と同化するような曲だったから。
静かだな。これが静寂を奏でる曲というやつか。
おれはふいに、その曲に聞き入っていた。
その時、突然曲が止んだ。
目を閉じて聞き入っていたおれは目を開いた。
奏者のエイデリアの鋭い視線がまっすぐおれのほうに向けられていた。
おれはまずいと思って、とっさにその場から逃げ出した。
逃げ出す必要があったかはわからないが、ともかくおれの足は逃げ出していた。
そのまま、おれは何事もなかったかのように学校の正門を抜けた。
そこへ来て、おれはようやく後ろを振り返った。
エイデリアの曲を聞いていたからか、学校全体がオルゾフ教の神殿のように見えた。ああ、ゲームの話だ。
◇◇◇
電車を伝って、おれはようやく家に帰って来た。
ふう、今日は疲れた。模試を受けたという以上の疲労感があった。
それでも、自室に戻ったらさっそくパソコンを起動させるつもりだ。
いかなる時でも、おれはマジックと共にある。
おれが自宅への角を曲がろうとしたとき、突然目の前から人が出て来た。
突然だったので、おれは急ブレーキで立ち止まった。
「ああ、失礼」
「いえ」
「……」
その人がどんな人か、おれのボキャブラリーで端的に言うと、「聖トラフトの霊」みたいな人。それでわかってくれた人は、僕の友達だ。
聖トラフトの霊は音も立てずに、おれの横を通り抜けていった。本当に幽霊かと思った。
あんまり関わらないほうがいいと思ったおれはすぐに家に戻ろうとした。
だが、聖トラフトの霊が突然声をかけてきた。
「そこの少年、ちょっといいかい?」
「え?」
おれは立ち止まって振り返った。
聖トラフトの霊はしばらく、おれのことを観察するように見た。なんだよ、この人は。
「ほう……」
「……?」
なんだよ、ほう……って。なんかの宗教の勧誘だったらお断りだぜ。
「灯が見える」
「は?」
「小さいが、まもなく覚醒する。3人目だ」
聖トラフトはわけのわからないことを言ってきた。
「君とはまた会うことになるかもしれないな。そのときにまた話そう。しかし、これだけは覚えておいてほしい。まもなく地球次元は邪龍の神の手によって闇に沈むことになる。そのとき、君は闇から地球を救い出すカギの1つになる」
聖トラフトはそう言うと、おれに背中を向けて、音を立てずに歩き去って行った。
なんか変な人に出会ってしまったな。また会うことになるとか言っていたが、二度と会いたくない。