実家に帰って来たので、いつものルーティーンを実行しようと思う。
まずはニヴの世話から。
「にゃーにゃー、ゴロゴロ、にゃーにゃー」
今日のニヴは威勢がいいな。
おれはニヴを抱きしめながら、その辺にあったチョコレートをひとつまみし、パソコンを立ち上げた。
セレズニア速報で、マジックの最新情報をチェック。
マジック最強プレイヤー「YASO」のプレイ動画が上がっていれば、それを視聴。
そして、マジック・レジェンダリー・オンラインを起動。
これがおれのルーティーンだ。
そのサイクルに1時間の受験勉強が入れば、少しは大学のランクを上げられるかもしれないが、もう遅い。いまさら勉強したって結果はわからない。
おれはマジックに賭けると決めたんだ。
大学なんてくそくらえ。
大学なんかで人間の立派さは決まらない。
……ときれいごとを言って現実逃避を正当化してみる。
いいんだ、これで。気にするな。おれはマジックの世界に生きるプレインズウォーカーなんだ。
なあ、ニヴ。お前もそう思うだろう?
「にゃーにゃーにゃー」
ニヴはキーボードをひっかくばかりだった。
おれはニヴを床に下ろすと、パソコン画面に集中した。
まずはセレズニア速報のホームページだ。
このサイトは白と緑のセレズニアカラーを愛する管理人が立ち上げたホームページで、世界最速でマジックの情報を紹介している。
学校のあるおれは世界最速でマジックの情報を確認できないから、このサイトはありがたい。
ある情報によるとセレズニア速報の管理人は早期退職して40歳前から悠々自適な生活を送っているらしい。うらやましい限りだ。
おれも総資産10億円とかの家に生まれていれば、働かずにマジックばかりしていられたんだろうなと思うよ。
セレズニア速報には、一大情報としてとあるニュースが紹介されていた。
内容は以下のようだ。
マジック・レジェンダリー・オンラインにアクセスできない問題が発生しています。詳細は調査中とのことです。
「何だと?」
おれは声に出した。おれの人生のすべてであるマジックのオンラインゲームにアクセスできないというのは、おれの人生の終わりを意味することだ。
ふざけるな、そんなことは許されない。
ウィザーズ社め、ろくでもないカードをデザインしている暇があったら、さっさと何とかしろ。おれの人生がかかっているんだぞ。
「ともかく試してみるか」
おれは自分のアカウントでマジック・レジェンダリー・オンラインにアクセスしようとした。
その時だ。
おれは目の前で何かが弾ける感覚を覚えた。
どうなったんだ?
わからない。自分でもわからない。だが、なんかおかしい。突然、おれの体がなくなったみたいだ。
意識はある……だが、体がなくなったみたいになった。
まさか心臓発作で倒れた? 脳梗塞か?
よくわからないが、これまでに感じたことのない感覚になった。
「ほう……」
誰かの声が聞こえて来た。
目の前は真っ暗で、何も見えない。
「我が結界の先に入ってくる者がいようとはな。唯一閉ざされし世界「地球」にはプレインズウォーカーの灯を持つ者は存在しないと思っていたが、これは予想外だ」
誰かがおれに何かを言っている。低い声、荘厳な声。邪悪な響きのある声だった。
「だが、灯は小さいようだ。我が支配を止めるに値せぬ。クククク、だが、我が手下としてはちょうど良い存在だ。喜べ、貴様を我が奴隷にしてやろう」
一体何者なんだ? ともかく手も足も動かない。何も見えない。
「地球は我が手中に収まる。貴様はそのためのドローンだ。受けるがいい、我が洗脳」
誰かがそう言うと、今度は耳をつんざくような音が飛び込んできた。
頭がおかしくなりそうな響き。やめてくれと叫びたいが、手も足も出ない。何もできない。ただただ、気が狂いそうな音を受け続けるしかなかった。
しかし、ふと突然その音が止まる。
「なに?」
予想外だったのか声の主も驚きの声を上げた。
「我が魔力がかき消された。この魔力……リチャードか」
リチャード?
マジックの生みの親のあのリチャード?
「始末したと思っていたが、しぶといやつめ。肉体を失ってなお、我にたてつこうとは。クククク、だが肉体無き貴様に何もできることはない。地球が我が手中に収まる未来は誰にも変えることはできぬのだ」
声の主はそれだけ言うと、そこからいなくなった。何も見えないが、邪悪な気配がなくなったのを感じとることができた。
しばらくして、視界が戻ってきた。
手が動く。足が動く。ニヴの声も聞こえる。
「なんだったんだ、今のは……」
夢でも見ていたのだろうか。夢か現実かもよくわからない経験だった。
しかし、体のほうは何ともなかった。
立ち上がって跳んで、しゃがんで、特におかしなところはない。脳梗塞で倒れたというようなこともなさそうだ。
「ニヴ、おれは生きてるよな?」
「にゃー?」
ニヴは不思議そうな顔をした。
◇◇◇
改めて、おれはパソコン画面に向かった。
画面には、「このプログラムは応答していません」と表示されていた。
「くそ、本当にログインできないのかよ」
おれは何度も試したが、どうしても「このプログラムは応答していません」と出るばかりだった。
おれの人生からマジックが失われてしまった。
とはいえ、嘆いていてもどうにもならない。復旧するのを待つしかない。
とりあえず、ツイッターで情報を確認してみよう。
おれと同じ熱心なマジックファンたちが次々と不満のコメントをしていた。
おい、つながらねえぞ。
レアカード購入したばかりなのに、ジェム返せ。
ウィザーズはいつも怠慢だ。社長室で叱られろ。
みな、マジックがしたいのにできないことにストレスをためているようだった。
ほかのコメントも確認しておこう。
これはニコル・ボーラスによるサイバーテロだ。
ははは、ニコル・ボーラスって……。
だいたい、ニコル・ボーラスは牢獄領域で眠ってるんだ。外に出てきたりしねえよ。ゲームの話に突っ込んでも仕方ないが。
「ちぇっ、せっかく模試が終わってマジックができると思ったのに」
マジックで遊ぶモードになっていたので、それができないとなると、他のことは何もやる気が起きなかった。
おれはしばらくボーっとしていた。
ややあって、今日あったことを思い起こした。
「そういえば、明日9時に写真を撮らされるんだったか」
月渡のお節介で、明日9時に神聖泉駅前に9時集合だったか。
嫌だな……。
日曜日にクラス1位、2位を争う美少女と出会う。
それをうらやましいなどと言うやつはまともなやつの証拠だよ。
おれは女子慣れしてないし、そもそもおせっかいであってデートでも何でもないしな。
マジで嫌だ。基本的に人づきあいが嫌いなおれがいきなり女子を相手にできるわけない。
おれは生まれてこの方、一度も女子とまともに関わった記憶がない。
おれのトラウマは小学3年生の時だ。
隣の女子と手を取り合って踊りながら歌を歌うみたいな、くそみたいな音楽の授業があった。
そのとき女子が突然こう言った。
「手つなぐのが嫌」
その女子は特別潔癖症だったそうなのだが、しかしだ。おれははっきりと拒絶されたのだ。
その女子の気持ちはたぶん女子全員の総意だったと思う。
あの拒絶でわかった。おれは女子に近づくことが許されない存在ってね。
それ以来、おれは女子とまったく関わることがなくなった。
そのまま高校3年生まで来た。
だから、女子と会うなんて嫌だ。
月渡も卒業アルバム作成のために嫌々おれと会うしかないのだろう。
考えただけで憂鬱になる。
現実というのはつくづく残酷だなと思う。こんな残酷な社会じゃ、生きる望みも希望も何もなくなってしまう。
それでも、マジックがあれば……とおれは今日まで生きてきたが、そのマジックも封じられた。
おれの人生はステイシスロックが完全に決まってしまった。
まあでも、明日には復旧してるかもしれないし、今日のところはさっさと寝るか。