ぼくらのマジック・ザ・ギャザリング   作:やまもとやま

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5、炎の決断

 翌朝。

 今日は少々特別な日だ。

 おれの人生で初めてとなる女子と二人きりで会う日だ。

 

 別にデートでもなく、ただの介護デイサービスみたいなものだが、それでも女子と二人きりで会うとなると、少しは気持ちが高まる。

 とはいえだ。

 

 まずはこれを始めなければな。

 

 おれは起床と同時にパソコンを起動させた。

 女子と会う特別な日だろうと、たとえ、世界が滅ぶとしても、おれはマジックをやる。

 

 昨日、オンラインゲームに接続できなくなっていたが、復旧していることを願う。

 

「にゃーにゃー」

 

 ニヴも目覚めて、おれの膝の上にやってきた。

 

「頼むぜ。復旧していてくれ」

 

 おれは胸を高まらせながら、マジック・レジェンダリー・オンラインを起動した。

 

 ドン。

 

「そのプログラムは現在応答していません」

「ちくしょー!」

 

 おれは朝から声を上げていた。

 昨日の今日。まだマジック・オンラインは復旧していなかった。

 

「なめてんのか、コラ。マジックはおれの人生、おれの命同然なんだぞ。おれからマジックを取り上げるなー」

 

 ウィザーズ社め、やる気があるのか、コラ!

 

 画面に向けて怒り狂っても仕方ない。わかってはいたが、つい感情が表に出てしまった。

 マジックができないとなると、おれの気分は消沈。おれの渾身のチャネルボールが魔力消沈X=1で消された気分だ。わかるやつがいたら嬉しい。

 

 消沈していても、時間は過ぎていく。約束の時間まではあと1時間しかない。

 

 今日は月渡羽陽という無駄に真面目な美少女と神聖泉駅前で会うことになっている。

 バスを経由するから、あと27分以内に家を出なければ間に合わなかった。

 

 仮にも女子と会うわけだから、最低限の身だしなみは整えておこう。

 おれは久しぶりに窓ガラスの前に立った。

 

 自分のクローン顔なんて見たくもない。

 ラザーヴも、おれの姿になれと言われたらうんざりしてディミーアギルドを出ていくだろうなと思いつつ、おれはできる限りの身だしなみを整えた。

 

 おれのできる限りの身だしなみ。

 

ーーーーーーー

 

 洗顔 (U)

 

 ソーサリー

 

 あなたは追加コストとして、洗顔材を使用してもよい。

 クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは+1/-1あるいは-1/+1の修正を受ける。

 これの追加コストが支払われていたのなら、その修正値の値を2にする。

 

ーーーーーーーー

 

 少しはさわやかな顔になっただろうか?

 

ーーーーーー

 

 ただの櫛 (G)

 

 アーティファクト - 装備品

 

 装備しているクリーチャーは+2/+0の修正を受けると共にトランプルを得る。

 装備 (1)

 

ーーーーーー

 

 少し前髪を立たせて攻撃的なヘアスタイルにしてやったぜ。

 

ーーーーーーー

 

 母親の香水 (B)

 

 ソーサリー

 

 バイバック (1)

 クリーチャー1体を対象とし、それの上に-1/-1カウンターを1つ置く。

 

ーーーーーーー

 

 変なにおいがする。逆効果だったか?

 

 以上だ。

 できることはした。

 あとは野となれ山となれ。

 

 おれはバスの時間に間に合うように家を出た。

 天気は快晴。

 

 おれはいつもどおり、バスに乗り込んだ。

 先週、満タンにチャージしたから、料金は問題なし。

 神聖泉駅までは10分と言ったところか。

 

 ちょっとバス内が騒がしいな。

 なんだ?

 

 おれの隣のおばちゃんがでかい声で話をしている。

 

「ひどいことになってるで。爆発したそうよ、ほら、見てみ」

 

 おばちゃんがスマホを隣のおじちゃんに見せていた。

 

「また放火か?」

「どうなんやろな。最近多いものね」

 

 どうやら、放火事件があったらしい。人生落ちぶれた無敵な人の最期の灯か。悲しいものだな。

 でも、そういうやつを見ていると、いつも未来のおれを見ているようで不安になる。

 ダメなやつは容赦なく、ダメダメダメをひたすらぶつけられるからな。落ちこぼれにもいくばくかの救済がほしいところだが、この国は「自己責任」の四字熟語ですべてを正当化してしまったんだ。

 

「ただの放火やないで。20軒いっぺんに焼けたって」

「クーデターか?」

 

 おばちゃんの話では、無敵の人間のカミカゼアタックではなかったようだ。

 20軒か。それは少々異常事態だな。おれのスマホでも確認してみるか。

 

 おれは適当にネットニュースを開いた。

 

 ニュースでは、「東京で一斉火災発生。原因は不明」と出ていた。

 ずいぶんと規模がでかいな。何があった?

 

 こんな日にこんな大事件が起こるとなると、写真を撮ってる場合じゃないな。とはいえ、おれにできることなんて家でテレビを見ていることぐらいだからな。

 こんなことは、世界一高給の日本の消防隊に任せておけばいい。

 

 ところが、おれがその事件の当事者になった。

 

「あれ見てみ、あれ。燃えてる!」

 

 おばちゃんが外を指出したので、おれのその方向を見た。

 ちょうど、目の前の高層ビルが爆発を起こしていた。

 

 初めてこういうテロ事件みたいなものを目の前で見たので、さすがに驚いた。

 このあたりは大丈夫なのか?

 

 まもなくバスが停車した。

 

「乗客の皆様、ただいま東京都から避難警報が発令されました。当バスはここでストップします。えーっと、それから……」

 

 バスの運転手があわただしく電話をしながら、乗客に訴えかけた。

 

「乗客の皆様、いま本部に連絡をいたしましたところ、火災はここ一帯で発生しているようです。ここから先は危険なようです。当バスはここから引き返します」

 

 運転手は緊急時の状況に狼狽していた。

 客もざわつき始めた。

 

「降ろせ。おれはパチンコに行くんや」

 

 こんな状況でも、客の中にはのん気なことを言う者がいた。

 

「しかし、お客さん、危険ですよ。火災が」

「知るか。ビッグバンで滅んでも、ワシはパチンコに行くんや」

 

 狂った老齢の男がそう言った。

 狂っているが、おれには何となく共感できることがあった。おれもビッグバンで滅んでもマジックをやると思う。

 

「ともかく開けますけど、現場には近づかないようにお願いしますよ」

「ええい、どけどけ」

 

 男は降りて行った。

 

「当バスはここから引き返します。他のお客様でここで降りられる方はいませんか?」

「うち、降ります」

 

 何人かが降りることを選んだ。

 おれも……降りることにした。

 

 月渡が神聖泉駅で待っていたら、危険でもおれが来るまで待っているかもしれない。

 あんまり関わったことないが、月渡は真面目な性格だ。

 このまま、約束をドタキャンしたら、おれが死神になっちまうかもしれない。

 

「降ります」

「お気を付けくださいね」

 

 おれは神聖泉駅前の手前で降りた。

 

「マジか、なんだよこれ」

 

 おれは周囲を見渡して驚いた。本当にあちこちに高層ビルが燃えていた。

 おれが向かうはずだった神聖泉駅のほうは、このあたりよりさらに大きな炎が上がっていた。

 

 人々は神聖泉駅のほうから走って逃げていた。

 どうする?

 

 やっぱ逃げるか?

 

 いやでも……約束だろ、9時にって。

 

 いやいや、何言ってる。こんなどうでもいいことで、おれの人生を危険にさらすのか?

 

 月渡なんてただのろくに会話したこともない同級生に過ぎないだろ。

 どうなろうが、おれの人生に関係ないだろ。

 おれの人生はマジックやって、自堕落に暮らして、寂しく死んでいくって決まってんだろ。

 

 こんなとこでリスク取るなよ。

 なにフルタップで英雄的援軍を唱えようとしてんだよ。ここは冷静に2マナ構えて安全に行くべきだろ。

 

 見ろ、あんなに火が上がってる。テロリストの仕業だったら、銃を持った怖い覆面男が出てくるかもしれないだろ。

 

 ここはパックレテ逃げるのが正解だ。

 おれの家族が巻き込まれてるんじゃない。赤の他人だ。ただのさまようものだ。さまようもののためだけに、英雄的介入を打つな。そんなもん除去させとけばいい。

 

 こんなときに何考えてんだ、アホか。

 考えるな。

 考えず、感じろ。

 

 いま、おれがやるべきこと。

 

「ちくしょー!」

 

 おれは走り出した。人々のゆく方向の真逆を目指して。

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