神聖泉駅前は、かなり大きな炎が上がっていた。
身の危険を感じるほどの熱気が漂っている。
人々はどちらに逃げればいいのかわからず、あちこちで悲鳴を上げていた。おれも悲鳴を上げて逃げ出したいところだったが、このまま逃げるわけにはいかない。
神聖泉駅のどこかに月渡がいるかもしれないのだ。
おれのことなんて無視してさっさと逃げてくれていればそれでいいのだが、そうでなければ、おれのせいで月渡が危険な目に遭うことになる。
月渡なんて、おれの人生に何の関係もない。
そりゃそうだ。おれにとって、重要なわけがない。高校を卒業すれば、きっと二度と会うこともないだろうよ。
おれはたぶん同窓会なんて出ないし、月渡ほどの女なら、どこかの男と一緒になって、ややもすると海外移住なんかもするかもしれない。
そう、おれにとってどうでもいい高嶺の花。ただのブラックロータスに過ぎねえんだ。
だが……。
男というのはどうしようもないバカな生き物みたいだ。
手の届かないブラックロータス……そんなものにも、手を伸ばしてしまうものなんだ。
頭でわかっても、体が動かねえ。逃げるより先に、月渡を探してしまう。もうおれの体は男のどうしようもない残念なクソDNAに支配されちまってどうしようもない。破壊不能を持った支配魔法みたいなものだ。
おれは神聖泉駅の改札をくぐった。
「お客さん、そっちは危険です。火災があったんです」
「え?」
「こちらへ避難をお願いします。私もこれから避難するところです」
駅員が狼狽気味に呼び止めて来た。
「こっちに待ち合いの友人がいるかもしれないんです」
「みんなもう避難しました。君の友達もおそらく。さあ、こっちへ」
駅員はそう言ったが、改札の向こうにはまだ数人の人影がいる。
だとしたら、行くしかないだろ。
おれは駅員の説得を打ち消して、改札の向こうに向かった。
向かったはいいが……。
やばいことになってしまった。
煙だ。煙が立ち込めて来た。
あたりがすっかりと煙に包まれてしまって、道がわからなくなってしまった。
神聖泉駅はめったに来ないから、こうなるとどっちに何があるかもわからねえ。
煙を吸い込むと、一酸化炭素中毒で死ぬという予備知識があったから、おれはやばいと思った。
おれ、このまま死ぬかもしれない。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
それに、いまは走り続けるしかないだろ。
「おーい、誰かいるか?」
おれは柄にもなく大声で叫んだ。
すると、近くで声がした。
「誰かいるのか? こっちだ。出口はこっちだ。来い。わかるか?」
男の声だった。おれはその声のほうを向いた。続いて、女の声が入ってきた。
「今の声、稲妻君? 稲妻君なの?」
おれを呼ぶ声。その声は昨日学校で何度も聞いたものだった。
間違いねえ、月渡だ。
おれは声のほうに走った。どうやら、男と一緒らしい。
「急げ。煙が充満してる」
もう一度、男の声がした。距離は近かった。
やがて、男の顔が煙の中に浮かび上がってきた。
そこには頼りがいのありそうなイケメンがいた。
「良かった。逃げ遅れたら助からないところだったぞ。さあ、おれについて走れ」
イケメンはそう言うと、出口のほうを指さした。
その近くに月渡と何人かの客の姿があった。
おそらく、このイケメンが取りまとめて、逃げ遅れた客を誘導していたのだろう。
おれには真似できないリーダーシップ。同じ男として嫉妬してしまう。しかし、いまはそんなこと言っている場合ではない。
月渡はおれの姿を見てホッと息をついた。
「良かった。稲妻君、どうなったかすごく心配してたから」
月渡は本当にホッとした表情でおれの姿を確認していた。本当におれのことを心配してくれていたようだった。
「おい、急げ。出口はもうすぐだ」
「行こ、稲妻君」
おれは月渡に続いて、走り出した。
出口の階段が見つかると、日の光が差してきて、煙も薄くなった。
もう安心だ。
一時はどうなるかと思ったが、イケメンの完ぺきな誘導によって、事態は事なきを得た。
出口を抜けると、すべての客が安心して、笑みを浮かべた。
すると、客の中年女性がイケメンに感謝の言葉を伝え始めた。
「あなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
女性に続いて、他の客も感謝の気持ちを伝え始めた。
「本当に死ぬかと思った。君が勇敢に私を導いてくれたおかげで助かった。ありがとう、本当にありがとう」
「いえいえ。それにまだ安心するのは早いです。火の届かないところへ」
男はさらりと感謝を受け止めると、事後も完ぺきに努めようとした。
もう命の心配もないから、おれの心は嫉妬という濃霧に包まれていた。
別に、このイケメンに張り合う気もねえし、もとから、おれが英雄になれるなんて思ってねえけど、やっぱ同じ男としてここまで格差を見せられると、悲しい気分だ。
月渡もさぞかし、このイケメンに惚れ込んだだろうな。別にどうでもいいけどさ。そう、どうでもいい。さっきも言ったろ。月渡なんておれにとっちゃ、高嶺のブラックロータス。
関係ねえ。そう関係ない。関係ないんだ。関係ないと言ってるだろ。月渡が何を思おうがおれにとっては、マジでどーでもいい。
そのとき……。
突如、地面がめくれ上がった。
ガス爆発かと思うような、すさまじい音と共に、目先の地面が跳ね上がり、おれは思わず、目を閉じて顔を覆った。
客らも月渡も悲鳴を上げた。
「ぎゃははははははは、いいぜ。地球の空気は心地いいぜー」
爆発の後、その地面から何かが出て来た。
出て来たのは……。
人だ。
ただの人。40代ぐらいの寂れたおっさんだ。
だが、様子がおかしい。眼が血眼になっていた。この事態でおかしくなってしまったのか。
というより、派手にめくれ上がった大地から出て来た時点でおかしいやつに決まってる。
「ボーラス様、ドローン1号。任務完了しましたよ。あとはおれの好きにやっていいっすよね?」
男は突然うわ言のようにしゃべり始めた。
「ありがとうございやーす、ボーラス様。地球人の体を使って、地球人の女と遊ばせていただきやす。地球にろくな女はいるかな……」
男はそう言うと、ぎろりと血眼をおれのほうに向けて来た。いや、おれの隣にいる月渡が狙いか。
「いた!」
男は完全に月渡を標的にすると、ゆらりと歩き出した。
「そこの姉ちゃん、おれとあそぼーぜ。最高のゲームを教えてやるぜ。苦しめる声を100回は唱えさせてやるからよ。だいじょーぶだいじょーぶ、これは機知の戦いだから、死にやしねーよ。無限の快楽を味わわせてやるからさ」
男は意味不明なことを言いながら、狂人のように向かってきた。意味不明と言ったが、おれには全部理解できた。こいつ、相当なマジックオタクだ。おれの30年後の姿を見ているようで悲しくなった。
男が近づいてくると、みな畏怖の念を持って、男から離れるように後ずさった。
そんな中、イケメンが勇敢に前に出た。
「そこの人、何をする気だ?」
「なんだ、てめえ。引っ込んでろ」
「そうはいかない。僕にはみんなを避難させる義務がある」
イケメンはどこまでイケメンの風格で対応した。おれには絶対になれないリア充の背中が目の前にはある。
「すっこんでろ」
男はそう言うと、右手を突き出した。
力感のない素人の突きだった。
対して、イケメンは格闘技の心得があるのか、的確なガードでその突きを阻止した。
だが……。
現実離れしたような現象が起こる。
イケメンが何メートルも吹き飛ばされた。おれは振り返っていた。
振り返った先に、イケメンが叩きつけられていた。
なんだこれ?
映画の撮影か?
ブルースリー主演のドラゴンボールでもやってんのか?
そんな光景に、おれは言葉を失った。他の者も同じだった。みな言葉を失う。
「くくくく、致命的なひと押しだったな。おれをやるなら、カードでやれってんだ」
男はそう言って、おそらく、おれにだけ理解できる物言いで言葉を放った。このマジックオタク、とんでもねえぞ。何者なんだ。
あれか?
マジックオタクも40年やれば、そんなふうに力がつくのか?
仙人が山にこもって神通力を身につけたように。じゃあ、おれも?
「姉ちゃん、あそぼうぜー。おれの火と氷の剣を味わわせてやるからよー。げはははははは」
「い、いや、ちょっと、来ないでください……」
男は月渡だけを狙って歩み続けた。誰も近づけない。そりゃそうだ。あの格闘技の心得がありそうだったイケメンが一撃ですっ飛ばされたんだ。近づけるか。
だが、誰も近づかないから、月渡は無防備。足がすくんで怯えているから、逃げることもできずにいる。男に捕まるのは必至。
どうする?
おれ、どうする?
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究極の選択 (1)(R)
ソーサリー
以下から1つを選ぶ。
・クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それは速攻を得る。それは可能ならば、この後逃げる。
・クリーチャー1体を対象とする。ターン終了時まで、それはトランプルを得る。それは可能ならば、この後攻撃する。
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なんだよ、このクソ呪文は……。
そんなクソ呪文をデザインしたウィザーズのデザイナーは後で社長室送りにしてやるからな。
唱えてしまったらもう選択肢なんてねえよ。
おれは男なんだから。馬鹿げていてもやるしかねえだろ。
おれは月渡の前に出た。
人生で初めて、両手を広げた。
こんな体験、この先二度とないだろうな。やばいモンスターと対面して、女の前で両手を広げるなんて、この地球次元にふさわしくないしな。
人生最初で最後の勇ましいおれ。
このあとどうなるかなんて知らない。もう知らねえよ。やけくそなんだよ、これは。
やけくそだ!
ゆけ、おれのボールライトニング!