「おい、あんちゃん。なんの真似だ? ああ?」
こ、怖い。
勇ましく月渡の前に出て、かっこよく決めたはいいが、その次の瞬間には、足が震え始めた。
何も考えず行動したのが悪かった。だが、それ以外の選択肢がなかったんだ。
どうする?
「どけ、にいちゃん。おれを怒らせると、永遠に地獄界の夢を見ることになるぞ」
目の前の男はいかれた目でにらみつけてきた。マジックオタクの類友とはいえ、こいつは狂人。「無駄だ。おれは常に解呪の2マナを構えている」などと冗談を返す空気ではなかった。
「どけ!」
男が拳を振り上げた。
先ほど、勇敢なイケメンが吹き飛ばされるほどの一撃。おれに耐えられるはずがない。
おれは目を閉じて覚悟した。し、死ぬ覚悟ってやつだ……。
しかし、おれの体には何の衝撃も起こらなかった。
「ぐおっ、この光は……」
「光?」
おれは目を開けた。
目の前には……。
聖トラフトの霊風味のおじさんが一人立っていて、うっすらとした光を放っていた。
その光に目がくらんだのか、男は後ろに数歩たじろいで、目を押さえていた。
おれはあっけに取られていた。
すると、聖トラフトが振り返る。
「目覚めの時だ、少年」
「……?」
突然、おじさんが何かをおれに言った。当然だが、おれは反応に困った。
「己の心を研ぎ澄ますんだ。見えるはずだ。灯が」
「灯……?」
このおじさんは一体何者なのか?
ただ1つ言えることは尋常な存在ではない。
だってそうだろう?
突然、目の前に現れて男をたじろがせたんだ。
すでにファンタジーな雰囲気に包まれたこの世界に、また不思議なものが現れた。
おれはもう夢だと思い込みたい。夢であってほしい。
退屈な現実だとぼやいていたが、こんな破天荒な世界よりもそっちのほうがいい。やっぱ、こういうことが現実に起こると、戻りたくなるんだよな、もとの退屈な日常ってやつに。
「君ならばやれる。そして、この世界を助けることができる。この世界はもとの世界よりも185分早く進んでいる。今ならば、世界を巻き戻すことができる。この時間のねじれを解除できる」
時間のねじれって……この聖トラフトもマジックオタクかよ。
プレイヤーの少ないマジックに、こうも連続でマジックオタクが現れると、さすがに夢としか思えない。
夢なら言われるがままだ。
灯とやらがおれの中にあるという設定の夢ならば、探せ。
おれは目を閉じた。
む、むむむむ?
見える。たしかに見えるぞ。あれが灯か。
熱い。真っ赤に燃えている。こんな熱い炎がおれの心の中にあったのか。ナイスな夢だ。
その炎を掴めばいいんだな。
いくぜ、うおおおおおお!
おれは何かを解放するように力み、体の外へ力を解き放った。
何かを解き放つことができた気がした。
「目覚めた。ついに灯が目覚めたぞ。少年、君は灯争大戦の戦士だ」
聖トラフトがそう言う。
もう夢ならノリを合わせるぜ。
「おれの名は稲妻ライト。超音速の雷、ライトだ」
どうだ、言ってやったぜ。
「うむ、その力、赤マナと青マナの織りなすイゼットの雷。そうか、君はイゼットの願いを受けて生まれた子であったか」
おれはイゼットだったのか。まあ、赤単一筋でやってきたが、イゼットは嫌いじゃないぜ。
「ぐぬぬ、プレインズウォーカーだと?」
男はそう言うと、うろたえた表情を見せた。
だが、男はすぐにまた卑しい笑みを浮かべるようになった。
「くくくく、地球次元にもプレインズウォーカーがいたか。地球人は灯を失ったと聞いていたが、わずかに残っていたか。だが、しょせんはボーラス様の敵にあらず」
男はそう言うと、再び、胸を張って対峙してきた。よくできた夢だな。おれはニコル・ボーラスに立ち向かうプレインズウォーカーの設定なんだな。
「そう、地球人はみな灯を失った。眠りについた97%の脳の中に灯の力を封印したんだ。しかし、その目覚めを迎えようとする者が地球には33人存在する。少年はその一人だ」
聖トラフトがそう説明した。なんだか少し科学的な話だな。
「くくくく、超音速のライトとか言ったか。おれはボーラス様より灯の力を分け与えられた「新緑を染める者、鈴木」だ」
新緑を染める者、鈴木。
ダサいな。会議室の場で没になったデザインの1つなのか。
鈴木は手を前に突き出した。
「おれはこれから貴様にデュエルを申し込むぜ。BO1の一本先取だ」
鈴木がデュエルを申し込んできた。
「くくく、プレインズウォーカーなら勝負は断れないぜ」
どこかで聞いたフレーズに乗せて、鈴木が勝負を仕掛けてきた。
おれはどうすればいいんだ?
どうするもこうするもない。おれもプレインズウォーカー。
マジックの勝負は断れない。
いいだろう。
「受けてたとう」
「その意気だ。少年。こやつを倒せばボーラスの魔力を封じ込めることができる。東京に平和が戻る」
聖トラフトがそう説明した。
「だが、すべての勝負はアンティだ。おれが負けたら、東京はあきらめてやろう。だが……お前が負けたら、東京はボーラス様のもの。そして、後ろにいるねえちゃんはおれのもの。ぐふふふふふ」
鈴木はそう言って卑しく笑った。
なるほど、アンティか。
なんだか割に合わないアンティだな。おれが勝っても、おれが何かを手に入れるわけじゃないのに、鈴木が勝てば、東京と月渡を持っていくだと。
「あ、あの、稲妻君……?」
震えるような声を背中に受けたので、おれは軽く振り返った。
そこには、いったい何がどうなっているかわからないと言いたげな月渡の姿があった。
誰だってそうだ。こんなむちゃくちゃな世界を冷静に受け入れることができる者なんていない。
しかし、そんなどうしていいかわからないという月渡の心の中に、恐怖心を見て取ることができた。
月渡はいまこのファンタジックな状況を怖がっていた。
ならば、おれは……。
「安心しろ、月渡。おれが必ずお前のことを守る」
「……」
かっこよく言ってやった。まあ、夢だしな。
そのとき、月渡の不安げな瞳が揺れるのがわかった。
落ちこぼれ高校生。要介護高校生。そんなおれだが、夢の中だけでも、そんな光景に巡り合えたのだから、この世界に感謝してやってもいいな。
さて……。
デュエルだったな。
言っておくが、おれは強いぜ。
勉強もスポーツもダメなおれだが、マジックだけは負けるわけにはいかねえな。
「では、始めるぞ。おれの先行だ!」
お前が勝手に先行取るのかよ。サイコロはなしか。まあいい、来い!
おれは鈴木と対峙した。