環境汚染が進んでいない澄んだ川、明らかに手入れされていない大きな木々、空から舞い落ちる花弁、そして電波の通じない最新型のスマートフォン。
「また『飛ばされた』か……」
僕は誰に言うでもなく呟いた。
僕が変な所に飛ばされるのは2回目だ。この現象は神隠しとでも言うべきなのだろう。神様やら妖怪やらが絶世の美女たるこの
一度目に神隠しに遭った時はフリーホラーゲームのように脱出のためのヒントが散りばめられた密室だったが、今は知識からしかヒントを得られない森林、それも山中だ。
知識といえば火を起こす知識しか持っていない僕にどうしろというのだろうか。
『握る』『開く』の動作しかできない義手では火を起こすのも難しいだろう。
どこぞの錬金術漫画のように自由に動く義手が実現している時代に生まれていればまだマシだっただろう。
「ウダウダ考えても仕方ないな」
重い体をゆっくりと前に持ち上げ、疲れ切った足で地面を踏む。
数十秒前まで寝ていたとは思えないくらいに疲弊している。
数ヶ月前……いや、十数年前からずっと精神的に病んでいるのを加味すれば当たり前なのだろう。体だけでも健康を維持していたが、やはり不健全な精神と健全な肉体だとプラマイマイナスだ。
健全な精神は健全な肉体に宿るというのは間違いだということに気付かされた。健全な精神がないと健全な肉体は得られない。
そもそも、この言葉は健全な精神は健全な肉体に宿れかしというのが正しいらしく、意味としては「健全な精神は健全な肉体に宿ればいいな」といったもので、そもそもただの願望だったわけだ。
と、歩きながら不健全なことを考えている一方、上空には我田引水の天狗が一人。
「この辺りにいるのはー……人間?いや、さっき感じたのは人間の出せる妖力ではなかったですね。ですが――――もし、そんな人間が幻想郷に来たのならば、大きなネタになりますね」
後に得た情報によれば、彼女の名前は『
鴉天狗の新聞記者で、博麗大結界とやらが作られる前からこの幻想郷という土地に住んでいる、所謂古参というやつだ。
一つ断っておくと、『博麗大結界』『幻想郷』という用語や地名は後に得た情報で、現時点では僕は何も知らないか弱い少女だ。
現時点では面識もないこの少女は、この僕目掛けて急降下していった。
自分に向かって飛んでくる未確認飛行物体にようやく気付いた僕は思わず腰を抜かして体制を崩し、仰向けに倒れ込んでしまった。
一本歯下駄を、履いた、少女が、飛んできた。背中に、翼が、生えている。
目から脳味噌に飛び込んできた情報が多すぎる。
一度神隠しに遭った身ではあるが、亜人系統は見慣れていない。
「いきなり申し訳ありません。私、新聞屋の鴉天狗、射命丸文と申します。質問ですが、先程の妖気はあなたのものですか?」
飛来してきた彼女は僕が混乱しているのを気にも止めずに話しかけてきた。
「あ、あ、あ、あの……はい」
とりあえず質問に答え、一旦脳を落ち着かせる。
「本当ですか!?」
射命丸文と名乗った少女は目を白黒させて驚く。
ここで僕は今答えた質問の内容をやっと理解した。
この少女、僕を妖怪か何かだと勘違いしているのか?
それはまずい。妖怪やら怪異やらに仲間だと勘違いされたらロクなことのならないだろう。
「あ、いや、違います。僕は人間で……」
「だからですよ!あんな妖力を宿した人間が外の世界にいるなんて大スクープです!取材、いいですか?」
「あ、いや、まあ、いいですけど……」
殺されないだけマシだろう。
好戦的な奴じゃなくてよかった。
「特に右手から強い力を感じますね……触っていいですか?」
むしろそんな力を感じるところを触って不意打ちされる可能性を考えないのだろうか。とはいえ、断るのも無粋というものだろう。
「いいですよ。減るもんじゃないし」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
文さんはそう言うと僕の義手をベタベタと遠慮なしに触ってきた。
この義手は外見や質感は本物と見分けがつかないほど精巧にできている。
手首から下に一本の黒いラインが入っていること以外に不自然なところは一つもない。
「うーん、触ってみる限りなんの変哲もない手ですね……そんな力があるとは思えない……内側からは強く鋭い剣のような妖気を感じるんですが……」
ここまでピンポイントに当ててくるとは。
この義手には強力な妖刀が仕込まれている。
無銘だが、使用者の殺気によって水を放つその性質から『南総里見八犬伝』より引用し、『無銘村雨』と名付けられた。
その妖気とやらは決して僕の力じゃない。強いて言えば、この刀を2兆4000億円で落札した僕の財力が、僕の力だ。
いや、その力も僕のものではないのだろうが。
とりあえず、この娘は安全そうだ。
少なくとも悪意で僕に近づいたわけではないだろう。
「それじゃ、種明かしをしよう」
「種明かし、ですか?」
僕は左手で右の手のひらを掴み、360度回転させた。
すると、肘から手首に伸びていた黒いラインから、白い刃が飛び出す。
これこそ無銘村雨。妖気の正体。
妖気の正体を察したのか、文さんは目を輝かせてカメラのシャッターを切った。
「
と、ふざけてみたが文さんにはあまり通じてない様子だ。
キョトンとしている。『馬鹿じゃねえの』の顔じゃないのは救われたが。
「と、とりあえずよくわからないネタは置いておきまして、次はインタビューです。まず、名前を教えて下さい。それと、貴女はどうしてこの幻想郷に来られたんですか?」
こんなところ、自分から来た覚えはないのだが……。
とりあえず、この場所が幻想郷ということはわかった。
「名前は雨中輝。ここに来た理由はわからないよ。神隠しにでも遭ったんだろうね」
「神隠し、ですか……まあ、ありえなくもないですね」
ありえなくもないのか。
どんなところなんだ、ここは。
「次の質問。この刀はどういう経緯で手に入れたんですか?」
「オークションで落札したよ。貯金が消し飛んだけれど、いい買い物だった」
ついでに親に借金もした。
「最後の質問です。実力を私に示してくれますか?」
「実力ゥ?喧嘩を売っているという解釈で大丈夫かい?」
だとしたら断るが。
「あれ、ご存知ありませんか?スペルカードルール」
「いいや、全くわからない」
「それならば、レクチャーしましょう」
ここで文さんの解説が入る。長いので要点を纏めると
・殺し合いを遊びに変えるためのルール
・技を使う回数を宣言する
・カードの使用を宣言(技名を叫ぶ必要はなく、カード自体にはなんの力もない)し、基本的に『弾幕』と呼ばれる飛び道具を放つ(弾幕である必要はない)
・体力が尽きるかすべての技が攻略されたら負け
・戦闘の勝敗よりも美しさに重点を置く
「という勝負です。幻想郷ではかなりメジャーな遊びですよ」
ここまで聞くと面白そうな遊びだが、一つ気がかりなことがある。
「……死なない?」
「結構死にますね。当たりどころによります」
「なーるほど、まあ格闘技も同じだろうし、軽く一枚でやるか。紙とペンちょうだい。」
「メモ用紙ですが、どうぞ」
僕は即興で技名を考え、スペルカードに記した。
「準備はいいですか?」
「できてるよ」
両者共に紙を取り出し、気合を入れて腹から叫ぶ!
「妖刀『無銘村雨』!」
「岐符『天の八衢』!」
文さんが飛翔してそう叫ぶと、空中に青白く光る玉が文さんを中心として多重の円を描いて出現し、鳥の羽根のようにゆるやかに落ちてくる。
その光景はまるでイルミネーション――――いや、星空とでも言うべきか。
そして弾丸の幕と形容できるように威力も高い。玉が当たった木は当たった部分が削り取られている。
この威力の攻撃を自分に直接仕掛けてこない辺り、美しさに重きをおいていることがわかる。
対して僕のスペルカード、妖刀『無銘村雨』は殺意によって村雨に生じた水を超高速で放ち、敵を切断するという『美しさに重きを置く』という主旨を度外視した技。ついでに『殺意』を抱かなければ使えないという欠陥付きだ。今回は相手が経験者だから殺す気でかからないと勝てないだろうからそのつもりで行くし、逆にあの威力の攻撃に当たれば確実に死ぬ。
格闘技と同じだと言ったのは誰だ。
とりあえず様子見で数発の水を飛ばすが、軽く避けられてしまう。
当たり前だ。ある程度距離がある上に相手は立体的に移動できる。
これを当てるのは無理ゲーというやつだろう。
僕は悟った。
「負けるだろうな……」
続く