歩んだ足跡、弾けた衝撃   作:マザリーニ枢機卿

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死んでません。遅れてすみません。
ちょっとずつですが書くのはやめません。次も恐らく遅くなりますが、何かの次いでに待っていただけると嬉しいです。


9

 

 皐月賞を終え、次の天皇賞春まで1週を置く間にトレセン学園では春のファン感謝祭が行われた。出店もそこそこにはあるものの、イベントのメインは様々な各種競技であり、どちらかといえば体育祭の側面が強い。

 

 無論ディープインパクトは今年のクラシックウマ娘に1番乗りしたこともあってほぼ全ての競技担当者から参加を希望された。そして彼女はゴールドシップ主催の「ゴボウしばき合い対決」なる競技に参加することを選んだ。なんでも優勝賞品であるカフェテリア1年間スイーツ食べ放題パスが欲しかったのだそう。小柄に見えてこの子は結構食うんだよなぁ。

 

 ゴボウは食べられこそすれ、素の状態ではただの太い木の棒だ。もし仮に俺みたいな人間がウマ娘の力でしばかれでもしたら、あっという間に挽肉の出来上がりである。という訳でウマ娘たちにとっても痛みは免れない競技であることは明白であるのだが、集まったメンツは錚々たるものであった。主催者のゴールドシップをはじめ、大食いで知られるオグリキャップやスペシャルウィークなど、DTリーグやシニア級で輝かしい活躍を見せるウマ娘たちだ。いくら実力のあるウマ娘でもスイーツの魅力には敵わないらしい。山崎と森マンがやってたやつよりも殺伐としている。

 

 多少なりとも体を張る競技ではあるので流石にルールはしっかりと整備されている。何本かゴボウの入ったカゴを背負う点は同じだが、頭には紙風船のついたヘルメットを被り、それを破られた方が負けというルール。急所がヘルメットの紙風船という関係上、大柄であるほど有利な競技である。言い換えるなら小柄なディープには些か不利な競技だといえる。もしヒシアケボノあたりと対戦することになったらどうするつもりだろう。まぁこの競技にヒシアケボノは出場していなかったけどね。

 

 

 しかし、意外にもと言えば失礼だが、この競技の台風の目となったのは他でもないディープインパクトである。

 

 

 下バ評を覆し、3回戦までは余裕の試合を見せる。持ち前の瞬発力と小柄ゆえの小さな的に対戦相手は全く対応できていなかった。

 

 

 そしてベスト8に進出、この大会の有力候補とされたうちの1人、チームスピカのスペシャルウィークとの対戦。

 

 

 

『BEST8! Special Week versus! Deep Impact!!』

 

 

 

 プラ◯ドやん。レ◯ー・ハートどっから連れてきた? これ一応学生の競技ですよね? 気づいたら観客も見学に来たウマ娘じゃなくて、服の隙間から刺青を覗かせ、ネックレスやピアスをギラギラとさせた、いかにもといった風貌でBre○king Downのオーディションに来てるような人たちばかりになっていた。怖いなぁ。うちの生徒を攫ったりしないよな?

 

 

 

 

 

 

 私がこのスペシャルウィーク先輩に抱いている印象は大食らいということ。目にする場所は二つしかなく、一つは学園のカフェテリアで同世代の仲間たちや、同じく大食らいとして知られているオグリキャップ先輩と天高く積み上げられた白米を食べているところだ。

 

 二つ目はレース場だ。温厚の代名詞のような人柄と聞いた彼女はGI4勝の豪傑、ポロポロと落とすレースもあるけれど勝負どころでは絶対に間違えない強さがあるウマ娘だ。

 

 

 

「よろしくお願いします」

 

「・・・・・・」

 

 

 

 挨拶をしても返してはくれないが、決して無視をしているわけではなさそうだ。彼女の目線は私にしかなく、他のことに一切気を取られる様子はない。私も一応はGIウマ娘だが、これほどの相手はレースにもいなかったと思う。だが今はレースではなく、スイーツ食べ放題をかけたゴボウのしばき合い。私だってスイーツは欲しい。

 

 

 

 

「オメーら準備はいいな?」

 

 

 

 レフリーとしてなぜか参加者のゴールドシップ先輩がいる。しかしそんなことに気を取られていて勝てるような相手ではない。

 

 スペシャルウィーク先輩はその確認に静かに頷き、私もまた「はい」と返事をする。

 

 

 

「構えてぇっ!!」

 

 

 

 背中のカゴから何本もあるゴボウの一本を手に取り、剣道のように構える。対面のスペシャルウィーク先輩もそれに倣う。

 

 相手はどっしりと構え、こちらを睨みつけている。こちらの攻撃をしっかりと受けた上で、重い一撃を叩き込もうとするに違いない。

 

 

 

「始めぇッ!!」

 

 

 

 

 ぱすん。

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 歓声が上がりきる前、本当に試合開始直後。そんな音が私の頭上で響きもせず照明の光に溶けていく。レフリーも、対戦相手も、この場所にいる全員の視線が私の頭上にあった。自らの頭上の状況を理解するにはそれで十分だった。

 

 

 

「しょっ、勝者! スペシャルウィーク!」

 

 

 

 あまりのスピードに私は捉えることもできなかった。これが、これが──

 

 

 

「スイーツの、力・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 ディープインパクトに勝利したスペシャルウィークは準決勝でも同じように瞬殺、決勝に進出した。その一方で反対のブロックの準決勝にて、なぜかこの大会のレフリーも兼ねているゴールドシップがオグリキャップとの30分以上にも渡る激闘を制した。決勝はチームスピカの対決となった。

 

 レフリーはバンブーメモリーに交代し、決勝ともあって会場の興奮は最高潮。ゴングが鳴ると鎖に繋がれていた怪物が解き放たれたかのような殺気と気迫を振りまくが、そんな印象とは対照的にリングの2人はじわじわと間合いを窺う。

 

 最初に動いたのはスペシャルウィーク。瞬き一回分にも満たない瞬発力でゴールドシップとの間合いを詰める。右手にはかなり長めのゴボウ、ストライドの大きいゴールドシップに対して不利を埋めようとしたのだろう。

 

 しかしそれに対処できない者はそもそも決勝まで上がっては来ない、そう言いたげにゴールドシップもまたゴボウでガードする。

 

 

 だがそれはフェイント!

 

 

 

「なっ・・・・・・!」

 

 

 

 スペシャルウィークはガードされる直前、右手のそれを手放す。ゴールドシップの目線はそれに釘付けとなっていたため、反応が僅かに遅れるが、相手はその刹那の隙を逃しはしない。さすがに予想していなかったようでゴールドシップは完全に面食らったような表情に変わる。

 

 

 

「左か!」

 

 

 

 スペシャルウィークの本命は左、それもゴールドシップの手足の長さを逆手に取り、短めのものを使ってインファイトに持ち込む気だ。

 

 これにはゴールドシップと言えど反応が遅れる。少なくともゴボウによるガードは間に合わない。

 

 

 

 がっ。

 

 

 

 何の音かと思った。ほとんど木の棒とも言うべきそれがヘルメットに当たる、にしては音が鈍かった。

 

 スペシャルウィークの左手には真っ二つになって短くなったゴボウ。ゴールドシップの方はと言うと口をモゴモゴといわせているようだ。

 

 

 

「まさか・・・・・・」

 

「多分そうです。噛み砕いたんですね。スペシャルウィーク先輩のゴボウを」

 

 

 

 俺の疑問をディープは補完してみせた。

 

 手に持つゴボウでのガードは間に合わないと瞬時に判断し、首だけを動かしてスペシャルウィークの左に対応し、噛み砕いた。

 

 それぞれの個性や能力を存分に発揮した素晴らしい攻防であった。レースでやれよな。

 

 

 

 そしてその攻防から堰を切るかのように壮絶な打ち合いとなった。戦略も何もない、ただ自身の身体能力にものを言わせた瞬発力、相手の攻撃に対応し続ける集中力、そしてそのやりとりをし続ける根性、スイーツへの執着。

 

 

 最初は馬鹿にしていたけど割と本気で心躍らせる場面だ。Ab○maとかに企画持って行ったら普通にやってくれるんじゃないの?

 

 なお、試合は引き分け。というか決着する前に両方とも電池切れ。両者優勝ということで2人にカフェテリア1年間スイーツ食べ放題パスが贈られた。

 

 

 

 

 

「やぁ、久しぶりだね、シャウト」

 

「・・・・・・来てたんだ」

 

 

 

 クラスの出している出店での自分のシフトは終わり、かと言って特に予定も無いため(ディープのイベントとシフトが被ってしまった)ぶらぶらとしていると、見覚えのある顔が見慣れない服装をして校門近くに立っていた。ロングパンツにノースリーブ、まるでバリ島やらグアムにでも住んでいそうな人の服装。おまけにどこぞのお忍び有名人のように大きな丸型サングラスまで着けている。まぁ彼女が有名人であることには疑いの余地はないのだが。

 

 

 

「シャウトの活躍はよく聞くよ。この前の大阪杯では惜しかったそうじゃないか」

 

「いやいや、アンタほどの活躍じゃないよ。アタシの方はGIの一つだって勝てていないし」

 

 

 

 そう言うと彼女は少し困った顔をした。よく考えてみればアタシと彼女は性格が真反対なんだ。彼女はあまり物事に執着しない。才能も努力も彼女にとっては特別なものじゃなくて、望んだものは何でも手に入れていた。アタシは逆。欲しいものは手が届くまで執着するのだ。

 

 

 

「そんなこと言われても困っちゃうか」

 

「そんなことないさ。シャウトの気持ちはわかるよ」

 

 

 

 去年まで、去年のクラシックの主役は間違いなくアタシの目の前にいるウマ娘だった。そして確かにアタシはこの娘と一緒に走っていた。

 

 NHKマイルカップと日本ダービーという狂気の沙汰としか思えないローテーションにて圧倒的な強さを見せつけた。ちなみにGI勝利の2回ともレコード、訳がわからない。

 

 かの有名な「死のダービー」で次々と辞めていく娘が出てきても、この娘が神戸新聞杯に出てきて、また戦えると思った。だけど結局そのレースで怪我をして引退してしまった。彼女が走った8度のレースのうち負けたのは重賞初挑戦の3着、たったそれだけ。あとは全て1着。

 

 

 そんなウマ娘がアタシの気持ちをわかるはずなんてない。この焦りを、自分自身の無能に苛まれる気持ちを彼女に理解できるはずはないのだ。

 

 

 

「どこ行きたい? 色々あるよ。同じ部屋の後輩ちゃんがなんかイベントに出るって言ってたよ。まぁその子の出番は終わっちゃったみたいだけど」

 

 

 

 アタシは色んな考えを振り払って問いかける。彼女は薄く褐色がかったその顔を、困惑の色を少し混ぜたような笑顔に染める。

 

 

 

「困ったな。去年までいたんだから知っているよ。君はもう私のことを忘れてしまったのかな?」

 

「そういうわけじゃないけど」

 

「そういっても本当にこの学園は久しぶりだな。」

 

 

 

 華やかな記録を打ち立てて潔く去っていった彼女、特にパッとせず、それでもこのトゥインクルシリーズにしがみつくソウルシャウト《アタシ》。一体何が違うというのだろうか。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

『──今、“最強の大王”が降臨した! このウマ娘は強い!!』

 

 

「はぁっ・・・・・・! はぁっ・・・・・・!」

 

 

 

 膝に思わず手をついてしまうのは、5月とは思えない暑さと、レコード決着するような速いペースのレースだったから。そして、勝ったウマ娘を讃える場内アナウンスと歓声が少しでも耳に入らないようにするためだ。そんなことをせずとも心臓のドクドクという音が全身に響いているので、歓声の類いが聞こえるような状態ではなかった。

 

 

 追い込みを選択したアタシにとって有利なレース展開だったのに。

 

 相手はNHKマイルからダービーという強行軍だったというのに。

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

「は・・・・・・?」

 

 

 

 こっちは息も絶え絶えだってのに、なんでそんなに平気でいられるんだよ。ふざけるな。ふざけるな。

 

 そう言いたいのに、肺に空気を取り入れるので精一杯で、口から出る音は言葉として成り立たない。

 

 

 

「素晴らしいレースだと、それ以外に表しようがない。ソウルシャウト、君は私の心を確かに満たしてくれた!」

 

「な・・・・・・言って・・・・・・」

 

 

 

 何を言っている。そんな短い言葉すらも結ぶことができない。

 

 こっちが辛そうにしているのに、向こうはまるで意に介さず、演技のような口上を並べ立てる。彼女の口から出てくるアタシへの称賛は、嫌味にしか聞こえなかった。

 

 相手のことは全く気にせず、ただ自分の感じたことのみを高らかに謳う。なるほど確かに“大王”だと、そう思った。

 

 

 

「また一緒に走ろう! ソウルシャウト!」

 

「・・・・・・ざけんな」

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

「アタシ、ダービーの時そんなこと言ったっけ?」

 

「言ったさ! せっかくこの私が褒めてあげてたのに『ざけんな』だなんて失礼しちゃうな! まったく!」

 

「覚えてないし、相変わらず偉そうだなアンタは」

 

 

 

 嘘だ。あんな屈辱は忘れたくても忘れられない。だからといって今さらあの時の雪辱を果たすこともできない。

 

 だからこの子とは普段から馴れ馴れしくしようとはしなかったけど、どうやらアタシは“王様”のお眼鏡に適ったようで、向こうからよく付きまとわれ、事あるごとに併走を申し込んできた。

 

 

 

「次出るのは天皇賞春だったかな?」

 

 

 

 何の脈絡もなしに話を変えてくる。この娘とじゃ会話のキャッチボールなんてものは成り立たない。それでもこの娘がそれなりにアタシに懐いてるのは、アタシがいきなり話題を変えても上手く対応できるからだろう。

 

 

 

「そう。ちょっと長いかもって思うけど選んでられない。GIを獲りたい」

 

「ディープインパクトがいるからかな?」

 

 

 

 どきりと胸の中が一際大きく弾む。この子と友達付き合いしていく中で、一定の頻度で突かれたくないところを突いてくるような発言がこの子の口から飛び出してくる。

 

 それもなかなか大きなダメージになってあとを引きそうなものばかりだった。そしてそれは今も健在だったことを、その発言と共に私に叩きつける。

 

 

「そういえばシャウトの同室の『後輩ちゃん』って、今年クラシックの世代だったかな。もしかしてそうなのかな?」

 

「・・・・・・後輩がクラシックでGIウマ娘になってるのに、同室の先輩であるアタシがいつまでもモタモタしてられないっての」

 

「いいね。前までの君も良かったけど、今の君も素晴らしい」

 

「なに気持ち悪いこと言ってんの」

 

 

 

 すると彼女は少しだけその表情に憂いを混ぜてみせた。

 

 

 

「レースも他のことと同じだと思ってたんだ。すぐ出来るようになって、そしてすぐ飽きるんだって。でも違った。怪我をして引退したのに、現役の時よりレースの瞬間に焦がれることがあるんだ」

 

「・・・・・・だからここに来たってわけ?」

 

「そう! 実際今の君はどうだ! 君は褐色ではないが、それでも出会った頃よりずっと魅力的だ!」

 

 

 

 まるであのダービーの時のように彼女は目を輝かせる。だがアタシはあの時のようにむやみに感情を昂らせたりはしない。

 

 

 

「ありがとう。お世辞でも気持ちは受け取っとくよ」

 

「お世辞なんかではないよ。私は虚言など吐かない。私はいつも正直なのさ」

 

 

 

 いや、目を輝かせているとも違う。その時の彼女の目つきと言ったら、まるで未来すらもその目に見えているようだった。

 

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