歩んだ足跡、弾けた衝撃   作:マザリーニ枢機卿

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 ディープインパクトによる日本ダービーの勝利。それはまさに衝撃的なものだった。この一文だけでは紛らわしいので衝撃的であったのはディープインパクトが勝ったこと自体ではなく、彼女の勝ち方であったと付け加えておく。

 

 いつも通り出遅れた形でスタートし、道中も後方で待機。第4コーナーの手前で先団を飲み込み始める。一方で弥生賞でのアドマイヤジャパンのようにインコースを通り、全くロスなくレースを進めたソルフィエスタ抜け出すが、坂を登り切る前にディープがかわす。結局2着になったソルフィエスタを5バ身引き離しての勝利。

 

 

 この勝利により、僅か5戦で無敗の二冠ウマ娘になったディープインパクトの話題性は凄まじいものとなっていた。

 

 トゥインクルシリーズは国民的な人気を誇るとはいえ、この日本には他にも人気を集めるコンテンツは山ほどある。スポーツなら野球にサッカー。芸能界にも優れたアーティストは数多くいる。しかしそんな日本のエンターテイメント全てを今引っ張っているのがディープインパクトであると言えるほどには有名になったと思う。明るい話題ばかりではないこの日本では、とりあえずディープの動向を報道していれば暗いニュースで沈んだ気持ちを払拭できるとメディアは考えているのか、彼女の一挙手一投足が取り上げられていた。

 

 これから無敗の三冠が掛かる秋の菊花賞に向けて休養・調整をしていくので、夏の間はその熱が幾分か収まるだろう。しかしこれからGIのシーズンになれば恐らくテレビをつければどの局でも彼女が出てくるはずだ。

 

 

 そして、俺はダービートレーナーになった。多くのトレーナーが夢見るような存在に、1年目で、初めての担当でなったのだ。

 

 もちろんディープがダービーウマ娘になったことは嬉しい。だが俺には達成感がなかった。俺がしたことといえば彼女の力に乗っかっただけ。ウイニングイレブンで日本代表をワールドカップで優勝させたときのような、ただただ非現実的な光景の映るモニターを見ているような気分だった。

 

 

 

 俺は彼女の力になれているのだろうか。

 

 

 

 だが、そんなことを考える時間はなく、ましてやダービートレーナーになった実感を噛みしめる暇などあるはずもなく、俺はトレーナーとしての仕事に忙殺されていくことになる。

 

 以前よりも多くの取材の申し込みの電話に対応することとなった。俺の方は別にどんなに忙しくなろうと構わないが、そのような取材がディープのトレーニングであったり、もしくは彼女の私生活に差し障りがあるようでは問題だ。先方が邪魔をしないのだとしても彼女は好奇心が旺盛で、周りにカメラなどがあると興味津々といった様子になってしまう。気が散ってしまう。

 

 ちょっとした仕事であれば俺の判断で断ることもできるのだが、ディープインパクトのためだけの特番を組むとか、番組のゲストに呼びたいだとか、そんなデカい仕事の場合には、当然俺の一存では決められない。大抵は秋川理事長が通してしまうのだが、以前URAの業務執行理事だかが出向いてきて打ち合わせを行なったことがあった。つまりディープインパクトはURAの上層部すら動かしうる影響力を持っていると言える。

 

 とても一年目のトレーナーがさばくようなウマ娘ではないが、事実彼女のトレーナーは俺。精一杯ディープインパクトが目指す目標を達成するためのサポートをするだけだ。

 

 しかしながら俺が緩衝材として奔走してはいるものの、やはりどうしてもディープもレース以外のことで忙しくなりつつある。そういえば最後に彼女とちゃんと話したのはいつだっただろうか。

 

 

 

 

「俺にですか」

 

「そう、ぜひ君に頼みたいんだ」

 

 

 

 あまりにも驚きすぎて普段私生活で使っている方の一人称が出てしまった。

 

 相変わらずトレーニング以外の仕事に忙殺されている俺のトレーナー室への訪問者は二人。学園の中では中堅ほどのチームのトレーナー、そしてもう一人は彼のチームとトレーナーの名を全国区に押し上げたウマ娘である。秋シニア三冠を三連勝で奪い取った去年のURA賞年度代表ウマ娘、ゼンノロブロイだ。この二人と俺とは全くもって面識はない。

 

 最初に目に入るのは特徴的な三つ編み、そして半月型のレンズ。その奥からは不安そうな視線が俺を指す。ここまでなら人間の少女とも相違ない。だが頭頂部のそれは彼女が何として存在しているかを明確に語っていた。

 

 動画で走っているところしか見たことのなかったウマ娘だが目の前に来てみると意外に小さかった。身長としては隣のトレーナーの肩の高さほど。何よりレースのときに感じた印象が違った。レースではもっと闘志というか殺気じみたものを感じていたのだが。

 

 

 

「ロブロイの次走は宝塚記念。そこでの結果にもよるけど、夏以降は欧州への遠征を考えている。そこで、僕に代わって君にロブロイの欧州遠征に同行してほしいんだ」

 

 

 

 トレーナーがゼンノロブロイの頭にポンと頭を乗せると彼女は、あたふたとした挙動を見せ始めた。しかし俺にとってそんなことよりもっと聞き捨てならないことがあった。

 

 欧州。この言葉を聞いて滾らないトレーナーはいないはずだ。ダートを主戦とするウマ娘の世界の舞台がアメリカやドバイ、サウジだとするなら、芝を主戦とするウマ娘にとって世界の舞台はイギリスやアイルランド、そしてフランスなどだ。シーキングザパールによるモーリス・ド・ゲスト賞の制覇を皮切りに、世界最強を夢見る多くのウマ娘とトレーナーが欧州へと旅立った。

 

 ゼンノロブロイが日本ウマ娘界の現役最強の一人であるのは間違いない。現時点で日本が世界相手にどれだけ戦えるのか気になる。自分の担当ではないのが残念だ。

 

 だが俺の目の前にいる男は、そんなウマ娘の欧州挑戦に、あまつさえどこの鹿の骨かもわからぬような新人トレーナーに預けると言い出したのだ。

 

 

 

「お・・・・・・私に代わってほしいのはなぜでしょうか」

 

 

 

 一人称をまた間違えそうになったが目の前のトレーナーも、ゼンノロブロイも全く気にしていなさそうだった。

 

 

 

「それはもちろん、あのディープインパクトを育てたトレーナーだからさ」

 

「ゼンノロブロイさんはそちらのチームにとって重要な勝ち頭、という現時点で日本最強とも言えるのに、なぜ海外遠征という大事な時期に、言ってしまえば部外者の私に任せようとするんです?」

 

「そうだなぁ、何から説明すべきかな」

 

 

 

 目の前の男は苦笑い気味に言い淀む。俺に何を言うべきかを考えているようだが、説得の材料を探すというよりは「何も分かってないから一から説明してやるか」とでも言いたげであった。

 

 

 

「海外遠征を他のトレーナーに任せるのは珍しいことでもなんでもないんだ。トレセン学園のトレーナーはいつだって人手不足、ってのは知らないわけじゃないだろ?」

 

「は、はい」

 

 

 

 ウマ娘を指導するトレーナー、この職業が人気であるということは言うまでもない。それも国民的興行であるトゥインクル・シリーズに所属しているウマ娘の担当トレーナーというのは花形の中の花形と言える。

 

 そんなトレセン学園ではその人気に見合わない人手不足が悩みの種であるという。トレーナー試験の難易度からそもそも人が入ってこない。例え入れたとしても担当ウマ娘の挫折に耐えられる人間もまた、そこまで多くはない。かく言う俺だって中央のトレーナーには一浪してなってるわけだし、それにディープが挫折してしまったときにトレーナー職から降りないとも言い切れない。

 

 だから複数のウマ娘によるチームを指導して結果を出しているようなトレーナーは本当に凄いし、一握りしかいないというのがわかる。先方もそういった手合いだ。中堅チームとは言ったものの、ワンオペで10人以上のウマ娘達を抱えている。途轍もなく細かい目の篩を何個も通り抜けている。

 

 その一方で俺とディープはマンツーマンだ。2人きりでまったりやってるお前には理解できないだろうがこっちは大変なんだよ、ってことか。

 

 

 

「そりゃもちろん僕が行けるなら行きたい。でも僕には他に担当する子たちが山ほどいてね。放っては行けないんだよ。だからと言ってロブロイを一人で行かせると言うのも少し心配なんだ。そこに一人しか担当していないトレーナーがいて、しかも担当ウマ娘は休養するというじゃないか」

 

「しかし」

 

「君のところのディープインパクトは無敗の三冠を目指しているんだろう? シニア級に入って、ゆくゆくは海外に挑戦したいはずだ。その時のためのノウハウを得られる貴重な経験だとは思わないか?」

 

 

 

 今後ディープがこのまま活躍を続ければ、その先には欧州挑戦という選択肢が必ず挙がってくるだろう。シーキングザパールやタイキシャトルが作った海外挑戦への道、そして日本のウマ娘レース界に携わる全ての人が抱える世界一への渇望。そのためのノウハウは垂涎ものだ。だがそれではゼンノロブロイをディープのための踏み台にするようではないか。

 

 気に食わない。

 

 

 

「まぁ、ぜひ考えておいてほしい。ここでの返事はいいからさ。宝塚記念の後とかでも」

 

「待ってください」

 

 

 

 言いたいことだけ言ってさっさと引き上げるようなポーズを見せたので引き留める。彼がこっちの事情を一切考えずにこの話を持ってきたことは百歩譲るとして、それを差し置いてでも確認しなければならないことが俺にはあった。

 

 

 

「この話はそちらのゼンノロブロイさんも納得してのことなんですか?」

 

「もちろんです」

 

 

 

 ここで返答したのはトレーナーの方ではなくゼンノロブロイの方だった。先ほどまでの落ち着きのない様子から一転、確固たる意志は言葉だけでなく彼女の眼鏡の奥からも読み取れた。

 

 話をする相手をゼンノロブロイに切り替える。

 

 

 

「ディープインパクトはこのままいけば君とシニア級で当たると思う。君の欧州遠征を俺に任せるというのは敵に塩を送ることになると思うんだが、君はそれでいいのか?」

 

「自信がおありなんですね」

 

「それで負けるようなら私の実力不足です」

 

「そんなことでは英雄になんかなれません」

 

 

 

 眼鏡の奥、彼女の瞳の異様な輝きはディープと同じものだった。

 

 

 

 

 「検討させていただきます」という偉い立場の方々が頻繁に使うような返答をすると二人は帰っていった。ゼンノロブロイの方は退室のときにぺこりとお辞儀をしていて礼儀がいいと思った。

 

 海外遠征、ディープインパクト、無敗の三冠。この他にも様々な事柄が頭の上を走り回っている。いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。もしかしたら俺の心はもう既に傾きかけているのかもしれないのだ。

 

 

 

「トレーナーさん」

 

「ぁ、え」

 

 

 

 デスクを挟んだ対面にはいつの間にかディープインパクトがいた。細かい次走は未定だというのに連日の取材やら、テレビやら、ぱかチューブやらで忙しい日々を送っているはずなのに、その疲れを全く表に出さない。彼女の艶やかな毛並みにも、深い色の瞳にもそれを映すことはない。

 

 月並みな表現ではあるが、その小さな背にどれほどの重圧がのしかかっているのか。彼女はもはやスーパースターの領域にいる。しかし同時に彼女がたった14歳の中学生であることも忘れてはいけない。今年24の若輩者が言うことでもないかもしれないが。

 

 

 

「お客さんですか? トレーナー室の前ですれ違いました」

 

「あぁ、ゼンノロブロイとそのトレーナーだよ。知ってるだろ?」

 

「えーと」

 

 

 

 いや、いやいやいや。トレーナーがわからないのは全然いいけど、去年の年度代表ウマ娘じゃん。今んとこ日本ウマ娘の最強候補の一人で、いずれ倒すべき相手になり得るウマ娘じゃん。というか俺と一緒に有馬記念の動画見たじゃん。なんで思い出そうとしてるのよ。そんな探さないといけないとこにしまっとかないでよ。

 

 

 

「去年の年度代表ウマ娘だよ」

 

「あー」

 

「一緒にぱかチューブで見たじゃないか」

 

「うーん」

 

 

 

 いまいち要領を得ていなさそうな「うーん」であった。絶対に忘れている。

 

 

 

「そんな人がトレーナーさんに何の用なんでしょうか? トレーナーさんのチームに入りたかったりして」

 

「・・・・・・」

 

「えへへ。なんちゃって」

 

 

 

 ディープにしては珍しい、お茶目な冗談のつもりだったんだろうが、当たらずとも遠からず。意外にも意外。ストレートを続けた後のフォークを見たような気分を味わった。そして若干毒のある冗談であった。

 

 

 

「ほらいつものやつだよ。ディープが凄いだけなのに何故か俺の方も評価されてるってやつ。秘訣なんかないのに教えてくれとかなんとか」

 

「そうですか、それならよかったです」

 

 

 

 嘘をついてしまった。俺のいつもの悪い癖、というわけではない。俺はディープに初めて嘘をついた。一方のディープインパクトはというとトレーナーに嘘をつかれているとは微塵も疑っていない様子。なぜそんな嘘をついてしまったのか、それは多分、結論を出すことを先延ばしにしたかったからだ。

 

 宝塚記念を見てから決めればいいか、と一旦ゼンノロブロイのことについて考えるのはやめることにした。嘘をつく癖はないが、物事を先延ばしにするのは確かに俺の悪い癖であった。

 

 

 

 

 宝塚記念。トレーナー室よりずっと狭い自室のテレビにその文字が映し出される。その文字の背景には新緑のターフ上でレースの始まりを待つウマ娘たち。

 

 いくらトレーナーとウマ娘に対する交通費を学園が無尽蔵に出してくれると言っても、そう簡単に東京から兵庫までを行き来できるわけではない。この間の天皇賞・春の現地観戦は特別なケースだ。そもそも重賞をはじめとしたビッグレースは基本的に日曜開催なので、普通に次の日には出勤である。だから今回はテレビでの観戦となる。

 

 ちなみに休日にレースのある日におけるトレーナーは休日出勤扱いとなり、代休が付与される訳だが、中央のトレーナーには代休を使っている余裕などない。大規模なチームは悲惨なものだ。リギルとかはサブトレーナーいるからまだしも、スピカとかはあの人が完全にワンオペで回している。使ってない代休日数が丸一年くらいありそう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 春秋グランプリの一角であるこのレースは有馬記念と同様、ファン投票の上位10人が優先出走権を与えられ、残りの枠はこれまでのレースにおける収得賞金の総計によって出走権が与えられる。

 

 得票数1位は昨年の年度代表ウマ娘、ゼンノロブロイ。順当と言えば順当。唯一にして最大の懸念点を挙げるとするならばブランクで、彼女は昨年末から約半年ぶりの出走となる。レコードを叩き出して勝利した昨年の有馬記念の走りを維持しているのであればまず負けることはないだろうが、それを維持できているかどうかは部外者の俺にはわからない。しかし確かに存在するその懸念が彼女を2番人気に留めたのだろう。

 

 得票数2位はありがたいことに我らがディープインパクトが獲得した。我らがっつってもマンツーマンなんだから俺とディープしかいないから「我が」って言う方が正しいのだろうが、女子中学生を私物化するみたいで気持ち悪いので控えた。

 

 昨年ほどの高温ではなかったものの、レコードタイを出すほどのタフなレースになった日本ダービーからあまり間が空いておらず、表には出さないもののディープにも疲労が蓄積しているのは間違いないということで出走を回避した。彼女からすればシニア級の猛者たちと戦えることからも出走回避に対して多少の抵抗があるかとも思ったが、驚くほど素直に納得してくれた。

 

 それ以外のファン投票上位を獲得したウマ娘としては前年覇者にしてこのレースの1番人気タップダンスシチー、エリザベス女王杯2連覇のアドマイヤグルーヴなどが挙げられる。出走するウマ娘のほとんどが重賞を制覇しており、GIウマ娘も5人参戦している。

 

 上半期の総決算にして、ゼンノロブロイの欧州行きの可否を判断するレースだ。そして同時に俺が欧州行きに同行するかどうかも問われるレースである。

 

 

 

『阪神レース場、スタンドは白一色。既に夏レースの趣きです。古豪による2連覇か、年度代表ウマ娘のGI 4連勝か。どちらが勝っても史上初の快挙です』

 

 

 

 ゲート入りを嫌がったスイープトウショウが先にゲートに入れられる。何やらゲート内で喚いているので、レースのスタートを待つウマ娘というよりかは監獄に入れられた血の気の多い囚人という方が合っている気がする。

 

 ゼンノロブロイがゲートに入り、最後にタップダンスシチーが入ると大歓声が挙がる

 

 

 がこん、と音を立てゲートが開くと一斉にウマ娘達が飛び出す。

 

 

『タップ出た! タップ綺麗に出ました』

 

 

 

 好位をキープしたいであろうタップダンスシチーは大外枠だったが好スタートを決めて、すんなりと4番手につく。その少し後ろ、中団の内ラチ沿いをゼンノロブロイが行く。

 

 

 

『向こう正面に入りまして先頭に行ったのはネビュラマスト、1000mは1分ちょうどで通過! 去年よりは遅いペースです』

 

『外からはスイープトウショウ、後方はバラバラです。アドマイヤグルーヴ、それから4番のソウルシャウト。最後方にはスティルインラブ!』

 

 

 3コーナーに向かうにつれて、徐々にバ郡が凝縮していく。その中で見覚えのある黄色の勝負服のウマ娘がいた。ソウルシャウトだ。後ろから2番目から3番目あたりでアドマイヤグルーヴを伴って前に迫って行く。

 

 3コーナーに差し掛かるとタップダンスシチーが勝負を仕掛けた。ロングスパートを敢行する。

 

 

 

『さぁ早くも!早くもこの辺りでタップダンスシチーが先頭を捉えている! 去年と同じような格好になっている!』

 

『ネビュラマストが2番手で抵抗する!』

 

『ゼンノロブロイは内で脚を溜めている!』

 

『真ん中からはエイブラハムと外からスイープトウショウ!』

 

『タップダンスシチー先頭ですがエイブラハム! 真ん中からエイブラハム! エイブラハム!』

 

 

 タップダンスシチーは4コーナーから最終直線に入って逃げ切りを図るが、エイブラハムに絡まれて苦しそうに顔を歪ませている。

 

 

 

『外からなんとスイープトウショウ!』

 

『外からなんとスイープトウショウが先頭に変わる!』

 

『真ん中ゼンノロブロイ! ゼンノロブロイ!』

 

 

 

 一方のゼンノロブロイ、レース序盤から一貫して距離ロスのない内側を通る完璧なレース運びを見せる。前も空いている。しかし伸びない。やはり半年のブランクはそう簡単には埋まらないか。

 

 

 

『外からソウルシャウトが突っ込んでくる!!』

 

 

 

 完全に勝ちパターンに入ったはずのスイープトウショウに、先ほどまで後ろにいたはずのソウルシャウトがいつまにか絡みに行っている。まるでワープかのような猛烈な追い込みでスイープトウショウを追い詰める。

 

 しかし、距離が足りない。

 

 

 

『先頭!スイープトウショウ!』

 

『ソウルシャウト!』

 

『ゼンノロブロイ!』

 

 

 

『なんとスイープトウショウだ!!』

 

 

 

 

 

 勝ったのはスイープトウショウ、ティアラ路線のウマ娘が宝塚記念を制するのは史上2人目の快挙である。勝利後のウィナーズサークルにてトレーナーにベタベタされるのを嫌がっていた。

 

 2着のソウルシャウトは末脚が光るもクビ差で届かなかった。これでGIの2着は昨年のダービーに続いて2回目。相当悔しいのか天を仰いでいながら歯を食いしばっているのがテレビ越しでもわかる。

 

 そして3着のゼンノロブロイ。最終直線での動きが悪かったように見えたが、実は1着のスイープトウショウとは2バ身も引き離されていない。半年のブランク明け、そしてその初戦からGIレースという心身共にプレッシャーのかかる場面であっただろうが、俺のトレーナーとしての評価としては全くもって悪くない走りをしたと感じている。

 

 全く問題がないとは言えないが、欧州に行ったとしても、十分に勝ち負けができるウマ娘だと思う。後は俺がどうしたいかだ。

 

 

 

 

 夕方、16時になろうとしているのに空はまだまだ明るい。

 

 6月も下旬、春のシーズンが終わり、トゥインクルシリーズでは2週間後には夏シーズンが始まる。夏のレースはどちらかと言えば、例えばクラシックに間に合わなかった新勢力などが秘めたる力を発揮する舞台という意味合いがあるように思う。

 

 ディープは史上2人目の無敗の三冠ウマ娘への挑戦として菊花賞を目指して秋から始動する。菊花賞のトライアル競走である神戸新聞杯に出走する予定である。つまりこの夏シーズンは素通りだ。

 

 今日はディープのトレーニングもオフの日。だというのに俺はグラウンドに出ていた。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ、びっくりした。君か」

 

 

 

 ゼンノロブロイのトレーナーは、彼からすればいつの間にか隣にいたであろう俺に驚いて声がひっくり返る。だがしかしすぐに平静を取り戻したようだ。俺が彼に近づくような用事は一つしかない。

 

 

 

「アポ取ってたっけ?」

 

「それはそちらが来られたときも取ってないです」

 

「・・・・・・それもそうか。ならお互い様だ」

 

「はい」

 

「ロブロイの件についてだよね。答えは出たってことでいいのかな」

 

「はい」

 

「俺にゼンノロブロイを預けてください」

 




お久しぶりです。前回の更新より1年以上経ってしまいました。申し訳ありません。
このシリーズを書き始めた頃はまだ大学生でしたが、今では社会人です。大学時代から多少忙しくはなりましたが、時間的な余裕はそこそこある方だと思っていますので、遅くなった理由としましては「サボっていた」という一点に尽きます。
今後も書いていきますので、引き続き読んでいただければこれ以上ない喜びです。
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