歩んだ足跡、弾けた衝撃   作:マザリーニ枢機卿

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※下書きが間違って投稿されてました。これが正規のやつ(語彙力)です。


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『ウマ娘』

彼女たちは、走るために生まれてきた。

ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と

共に生まれ、その魂を受け継いで走る・・・・・・。

それが、彼女たちの運命。

 

この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、

まだ誰にもわからない。

彼女たちは走り続ける。

瞳の先にあるゴールだけを目指して・・・・・・。

 

 

 ウマ娘というのは不思議な存在だ。身体の形も、顔つきも、頭の良さも人間とほとんど同じ。だが人間とは違う形の耳を持ち、人間には無い尻尾を持つ。そして人間と彼女らとの最大の違いは、彼女らが人間を遥かに凌駕する身体能力を持っているということだ。

 

 時速60kmを超えるスピードで走り、何枚も重ねられた瓦をいとも容易く叩き割り、どの重機に使うんだと真剣に考えるくらいの巨大なタイヤを平気で引っ張り続けたり。なぜ人間がウマ娘に滅ぼされなかったのかと疑問に思う程度には力の差を感じる。

 

 

 そんな彼女たちを語る上で欠かせないのがレースだ。同じコースでライバルたちと競い合い、各々の夢を掴まんとするウマ娘たちの憧れ。特にレースシリーズの最高峰である「トゥインクル・シリーズ」、さらにそこで輝かしい結果を残した者たちによる夢の祭典「ドリームトロフィーリーグ」は国民的なエンターテイメントととなっており、目にしたことのない人はまずないと断言できる。

 

 

 

 かく言う俺もそんな神秘的な存在にどうしようもなく心を奪われたうちの1人だった。なぜ人間の大きさでそれだけのスピードを出せるのか。どのようにして生まれてくるのか。彼女たちについてはわからないことだらけだったが、それがかえって俺をウマ娘という存在に夢中にさせた。

 

 そんな俺がトレセン学園のトレーナーを目指すことになるのは、そこまで不自然なことでもなかっただろう。だがその道のりは容易ではなかった。

 

 とにかく勉強量が多い。過去のレースの結果、特定のレースの勝因の分析、レース中や練習中での重篤な怪我の例及びその原因の考察。更にはコースごとの特徴、対抗ウマ娘の戦績や調子を鑑みて自分の教える子にはどのような作戦を授けるか、ペースと芝の状態からそのウマ娘はどれくらいスピードを出して走り切れるのかなどだ。単に文系とか理系とかで括りきれないので多角的な知識が求められる。

 

 人生で一番勉強したと思う。大学受験などメではなかった。トレセン学園におけるトレーナー志望の倍率は3桁台は当たり前、時には4桁にも乗るという非常に狭き門だ。

 

 パソコンもゲームも漫画も、受験に邪魔になりそうなものは文字通り捨てた。最低限の連絡が取れないと困るのでスマホからガラケーに変えた。大学進学を機に始めた一人暮らしの部屋で、小さな座卓に参考書や問題集をいっぱいに広げて、知識を詰め込んだ。徹夜は意味がないと言われたのでちゃんと睡眠はとった。その分起きている時間のほとんどは勉強に費やした。

 

 朝も昼も夜も、ウマ娘のことだけを考えた。でも俺にとってはそこまで苦痛ではなかった。確かにゲームとかは出来ないし、友達とも遊べないのは寂しいが、ウマ娘に関わる仕事をしたいという気持ちの方が強かった。

 

 

 

 そんな俺がトレセン学園のトレーナーになるのも時間の問題だって?

否だ。新卒の年に受けたトレーナー試験には落ちてしまった。当然といえば当然。日本中のウマ娘ジャンキー共が寄り集まってくるのだ。俺はT大ではないが、もしもT大の試験を受けていたならこういう感じだったのだろうと思ったくらいだ。しかしそのまま諦められるほど俺は大人ではなかった。とっくの昔に死んだお婆ちゃんはウマ娘だったらしいし、負けず嫌いが遺伝しているんだろう。

 

 一人暮らしの部屋を引き払って地元に戻り、実家の親に土下座し、バイトをしながら勉強を続けた。中央のトレーナー資格の受験を受ける俺と付き合いたいと言ってきた女の子と別れ、お気に入りのニットを毛玉だらけにし 、ゴミ箱はシャーペンの芯が入っていたケースでいっぱいになるほど、とにかく手を動かした。

 

 その甲斐あって同期が社会人2年目を迎える年、俺はトレーナー資格の試験に合格。そしてこの秋から日本のウマ娘界の中心、トレセン学園で勤務することと相なったわけだ。

 

 

 

 

「歓迎ッ! 君が新しいトレーナーか! ようこそ、我がトレセン学園へ!」

 

 

 

 秘書の方に通された理事長室にいたのはどう見ても小さな子供だった。扇子と室内で被っている帽子の上には何故か猫が。初見の人にはそのようにしか見えないはずだ。

 

 しかし俺はここに来るために必死こいて勉強してきたのだからわかる。この人は正真正銘、トレセン学園の理事長である秋川やよいその人だ。ちなみに理事長というのだから若く見えるだけで実際のお年はかなりいっているとか言われているが、この人は普通に若い人だ。流石に見た目通りの年齢ではないらしいのだが、多分俺とそこまで変わらないはずだ。

 

 

 

「ここで働けることになって光栄です。秋川理事長」

 

「驚嘆ッ! 私を子供扱いしないのは珍しいぞ! よく勉強してきているのだな!」

 

「勉強量とウマ娘への思いは誰にも負けないつもりなので」

 

「感心ッ! それでこそ我が学園のトレーナーにふさわしいな!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 挨拶を終えて、秘書の人に明日から数日間のトレーナー研修があると伝えられた。

 

 トレーナーの仕事の目的は単純明快、ウマ娘を育て、レースに勝たせてあげることだ。しかしそのためには様々な準備をしなければならない。まずウマ娘たちの適性や脚質を考える。芝とダートのどちらが得意なのか、どこでレースを進めたいのか、もしくはどの程度の距離を走り続けることができるのか。そしてそこからどのような練習をさせるのか。

 

 知識としてそこまでは知っているものの、実際にやるとでは全くもって違ったものになってくるだろう。

 

 

 

 研修を終えるといよいよ担当ウマ娘のトレーニングに入る。いきなりかと思われるだろうが、トレセン学園へ配属される前にURAの本部でトレーニング指導の研修はしっかりやってきたのだ。

 

 後は担当になってくれるウマ娘を探してスカウトする。のだが・・・・・・。

 

 コースにはまばらにしかトレーナーはいない。この9月は中等部や、高等部に編入してくるウマ娘が多く、彼女らを吟味する時期だ。本当に稀だがローカルシリーズで結果を出したウマ娘が地方から来るってこともある。

 

 が、いかんせん良さそうなウマ娘はみんなリギルとかスピカみたいな強豪のチームにスカウトされてしまった。そのためスカウトを待つウマ娘たちがいる学園のコースには俺を含めて3人しかトレーナーが来ていない。

 

 走っているウマ娘たちはそうしたトレーナーからの指名から漏れた、言い方を悪くすれば売れ残りだ。しかしながらこうした期待されていなかったウマ娘がとてつもない成績を残すなど、掃いて捨てるほどの数の例があるし、そういうのも散々勉強してきた。

 

 そうこうしてる間に俺以外のトレーナーは1人も居なくなってしまった。他の人に気を遣わずじっくりと観察できる。これから模擬レースをやるそうだ。終わるまで見ときゃ良いのに、みんなバ体だけ見て帰ってしまった。

 

 

 がしゃこん。ゲートが開き、ウマ娘たちが一斉に飛び出す。1人だけ少し出遅れた娘がいた。

 

 

 どの娘も悪くない。さすが中央のウマ娘って感じ。地方とは全体的にレベルが上な気がする。だが、あまりピンとくる娘は──

 

 

 

 風。

 

 

 

 何の変哲もないレース展開。固まったバ群。それなのに俺はある一点だけ、ある1人のウマ娘だけを見ていた。

 

 それは例えばシンボリルドルフやマルゼンスキーやミスターシービー、あるいはオグリキャップ。過去にいたこれらのウマ娘を初めて見たときのことを不意に思い出した。1人だけ違うことをしているとも思えるもの。三女神によって勝利が既に決められているような走り。彼女はそれをしていた。

 

 何故俺はそのような感覚に襲われたのか。見た目には至って普通。なんなら他のウマ娘にのまれそうな小柄なウマ娘だ。

 

 だというのに俺は外ラチに駆け寄って身を乗り出して見ていた。彼女が負ける場面が全く想像できない。これはもう確信に近いものを持っていた。彼女が1番にゴール板を駆け抜けるということに。

 

 

 ウマ娘たちの一団が第4コーナーから最後の直線に入る。大体のウマ娘はここらからラストスパートをかけるのだが、彼女は違った。第3コーナーのあたりから既にスパートをかけ、後方からいつの間にか先団に取り憑いている。

 

 400mを過ぎたあたりで先頭に躍り出る。他のウマ娘たちより早くに仕掛けているのに脚色は衰えない。寧ろ加速し続けている。

 

 離す。

 

 離す。

 

 離す。

 

 結局、2番手から5バ身ほどの差をつけて彼女が1着になった。

 

 圧倒的。直線では読んで字の如く「影すら踏ませなかった」

 

 幸か不幸か、そのレースを見ていたのは新人トレーナーの俺1人だけ。

 

 

 レースが終わったウマ娘たちに近づいていく。驚くべきことに他のウマ娘たちが膝に手をつき、息を切らしている中で、あれだけの走りを見せたその娘だけは汗ひとつかかずに涼しい顔をしていた。

 

 彼女は少し暗めの鹿毛という至って普通の毛色に、通常のウマ娘と比べ小柄な体躯。何から何まで見た目だけは普通だったが、人は見た目によらないという言葉はウマ娘にも適応されるらしい。

 

 

 

「ち、ちょっといいかな」

 

「・・・・・・何か」

 

「今の、凄い走りだった。なんか色々と脳裏に浮かんだよ。君は、 その、どこのチームなのかな」

 

「チーム・・・・・・」

 

 

 

 鹿毛の彼女はその場で考え込むような仕草をとる。そして俺の方を向く。

 

 その黒曜石のような瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。この娘は特別だとすんなりと理解させられた。

 

 

 

「それって入らなければいけないものなのでしょうか」

 

「・・・・・・え?」

 

「私はチームに入らずとも、こうして走り続けられるのなら不満はありません。この学園にも思い切り走れるような環境を求めてきたということもありますし」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

「?」

 

「つまり、どのチームにも入っていないの? スピカとかリギルとかでもなく?」

 

「そういうことになります」

 

 

 

 この娘はどのチームにも入っていない。俺が見る限りでは重賞制覇どころか複数のGIレースを獲れるレベルの逸材にしか見えない。それをこの学園のトレーナーは誰もこの娘をスカウトしなかったってことか。

 

 

 

「チームに入る、つまりトレーナーにスカウトされると何ができるっていうのはわかる?」

 

「いえ、あまり覚えてなくて・・・・・・」

 

「トゥインクルシリーズに出場ができるんだ」

 

「クイックル・・・・・・」

 

「それは床掃除のやつだから。トゥインクル。トゥインクルシリーズに出ると他のウマ娘とレースができる」

 

「他の子と、ですか?」

 

「そう、他のトレーナーが選りすぐりで育て上げたウマ娘たちと勝負して、誰が1番速いかを決める。出てみたくないか?」

 

「そう、ですね。私の実力を試せる良い場所だと思います」

 

「だから・・・・・・」

 

 

 

 その先の言葉が喉の奥に刺さった小骨のようになかなか出てこない。代わりに俺の頭に“新人”だとか“才能”だとか、もしくは“怪我”といったワードが渦巻いていた。

 

 こんな逸材を最初に育てることができるなんて、そうも思ったが、本当に自分でいいのかという疑念が生まれた。これほどのウマ娘、強豪のチームで育てれば間違いなく強いウマ娘になる。それにもし自分が担当した末に怪我で予後不良にでもなった日には・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・君には素晴らしい才能がある。それは強豪チームの下であれば更に輝く。必ずだ。俺が保証する」

 

「・・・・・・」

 

「ツーブロックにして飴ちゃんをタバコみたいに咥えてる愉快そうなおっちゃんか、眼鏡で黒髪の見るからにキツそうな女の人にでも走りを見せてやれば必ずスカウトしてくる」

 

 

 

 流石にそこまでやってなお見逃す様では強豪チームを率いるどころかトレーナーとして失格と言わざるを得ない。

 

 自分が今言っていることは、将来必ず後悔することになるとわかっている。それでもこの才能を自分で潰すよりはマシだと自分で自分を納得させた。誰も気づかなかった才能だ、俺が独り占めしたい、そんな思いは理性で抑え込んで、踵を返しその場を後にしようとする。

 

 するとある場所から全く動けなくなる。いくら足を出しても前に進む気配はない。振り返ると彼女が俺のYシャツの袖を掴んでいたからだと気づいた。マジですげーな。指先でちょっと摘まれてるだけなのに全くそこから動かない。人間はウマ娘には敵わないんだなぁ。

 

 

 

「ちょっと?」

 

「あなたはトレーナーさんではないんですか?」

 

「いや、俺も一応トレーナーだけど」

 

「では、あなたではダメなんですか?」

 

 

 

 その娘はさも当たり前のことを聞くかのように首を傾げる。こちらの苦悩も知らず見上げてくる。俺の身長は一般的なものだが、なにぶん彼女は背が小さいので自然と見上げるような格好になる。

 

 

 

「いやーどうかな。俺は新人なんだ。君を高く評価してるからこそ、自分の手に余るっていうか・・・・・・」

 

「私からすればそんなことはどうでも良いんです」

 

「そうだけど、やっぱり俺みたいな新人トレーナーじゃ君の力は発揮できないんじゃないか、って思うんだよ。やっぱりそこはノウハウの蓄積とかもある大きなチームであれば君の才能は必ず──」

 

「でも、今まで誰も、1人として私に声をかけたトレーナーさんはいませんでした。あなた以外は」

 

「そりゃこのレースは俺以外には見て・・・・・・えっ? 今なんて言った?」

 

「あなたが新人でも関係ないと言ったんです」

 

「違うよ。誰にも声をかけられなかったって・・・・・・」

 

「そのままの意味です。こうして話しかけてきたのはあなたが初めてです。付け加えるならあなたがさっき言っていた、『愉快そうなおっちゃん』も『キツそうな眼鏡の女の人』も私の走っている模擬レースを見にきていました」

 

 

 

 驚き。それ以外の感情はなかった。この娘を中央のトレーナーが揃いも揃って見逃したってのか。彼らの顔には目玉じゃなくてビー玉でもついているのだろうか。

 

 俺が必死こいて勉強して、やっとの思いで掴んだ中央のトレーナーという道。その果てがこれだというのだろうか。それとも俺が推し量ることのできない事情があるとでもいうのか。

 

 

 

「・・・・・・気が変わった。他のトレーナーはアッパラパーばかりのようだ。そんな奴らに君を育てて欲しくない」

 

「では・・・・・・」

 

「そうだな。俺に君のトレーナーが務まるのか正直不安はあるけど、それ以上にここで君を逃してしまったら俺は一生後悔しそうな気がするんだ、だから」

 

「・・・・・・」

 

 

 

 もう引き下がることはできない。この娘のトレーナーになれば彼女の不振、もしくは怪我に対して責任を負わなければならない。その重責に耐えられるのか、今はまだわからないけれど、それでもこの言葉はちゃんと言うべきだ。

 

 

 

「君さえ良ければ俺の担当になってほしい」

 

「・・・・・・喜んでお受けします」

 

「君の夢や、目標を叶えるために全力を尽くすのが俺の仕事だ。何かある? そういう、夢や目標が」

 

「私は走れるならそれで良いです」

 

「ほんとに?」

 

「でも、せっかく走るなら誰にも負けたくないです。一番最初にゴールできた方が気分は良いですから」

 

「誰にも負けない、か」

 

 

 

 そのときの彼女はやはりただならぬ気のようなものを感じ取れていて、それがただの願望というだけでなく、それを実現し得るという予感をも俺に与えていた。

 

 

 

「よし!これからバリバリレース出て、勝ちまくって、どうせなら君をスカウトしなかった奴ら全員に後悔させてやるぞ!」

 

「おー」

 

「おーはやらなくてよかったんだが。俺だけ舞い上がったのに合わせてもらって凄く恥ずかしい」

 

「私もやりたかったので」

 

「ならいいか。・・・・・・そうだ聞き忘れていた」

「なんでしょう」

 

「君の名前を聞かないまま担当になってくれって言っちゃったよ。教えてくれるか?」

 

「私の名前は、ディープインパクトです」

 

「めっちゃ強そう」

 

「そうでしょうか」

 

「いやマジで。無敗のウマ娘におあつらえ向きって感じ。俺の名前は──」

 

 

 

 これが彼女との、そして俺のトレーナーとしての人生の始まりだった。

 

 ディープインパクト。

 

 彼女がその名前の通りに、俺の、そして多くの人々に“深い衝撃”を与えることをこのときはまだ誰も知らない。

 




続くかどうかはモチベと反応次第(小声)
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