『ゼンノロブロイが捉えた! タップダンスシチーも粘っている! 内からガンマレクイエム、真ん中からはツムギプロミネントが3番手に上がってきているが、勝ったのはゼンノロブロイだ! 暮れの中山、有馬の舞台を制したのはゼンノロブロイ!』
「ロブロイ先輩すごいですね。GI3連勝なんて。しかもレコードですよ」
「そうだな。結構短いスパンでこの仕上がりは凄いと思う」
ディープのデビュー戦から冬休みを挟んで、新年を迎えた。学園内の話題と言えば専らゼンノロブロイの有馬記念制覇か、ウィンタードリームトロフィーについてで、ディープを話題に挙げるものはいなかった。
昨年のURA賞の年度代表ウマ娘はこの目覚ましい活躍を見せたゼンノロブロイが選出された。更には最優秀ジュニア級ウマ娘にはマインハーベストが選ばれた。
担当が1人しかいないトレーナーにはチームの部屋などは無いため、中庭でディープとイヤホンを分けあってスマホを一緒に見る。画面の中ではゼンノロブロイが眼鏡の奥に涙を浮かべている。
URAがGIレースの動画をウマチューブに投稿してくれるので、簡単にチェックできる。便利だよなぁ。
秋シニア三冠を達成したゼンノロブロイが現役最強のウマ娘だということに疑いはない。しかし今年からディープインパクトもクラシック級に入り、順当に行けばこのゼンノロブロイをはじめとした強豪にもぶつかっていくことになるだろう。そのときはどうなるか。
「ディープも人のこと言ってられないぞ。上がり3Fが33.1なんて数字を出したんだ。次の若駒ステークスでめちゃくちゃマークされる」
「そんな、偶然ですよ。あのときは無我夢中で」
「メイクデビューでこの数字を出したことに意味があるんだよディープ。しかもあのレース、本気出してなかっただろ?」
「違います。 私、一生懸命走ってました。・・・・・・まぁ、もうちょっと走りたいなとは思いましたけど」
この子の心肺機能が優れているのもあるのだろうが、実戦で2000mを走ったというのにあまりにも余裕があった。ウイニングライブが終わった後ですら、汗を全くかいていなかった。
『私のこと、もっとレースに出してください!』
そしてあの言葉。ウマ娘がそういうことを考えるのは何も不思議なことは無いのだが、あの時のディープはいつも通りではなかった。何かに取り憑かれたような、と言えば抽象的過ぎるだろうか。
「そうだ。あの有馬記念、ソウルシャウトも出てたんだってな」
「はい・・・・・・。シャウト先輩、みんなの前では凄く明るく振る舞ってましたけど、部屋に戻ってからはずっと泣いてて、お菓子をいっぱい食べてました。私も食べさせられました」
君のお腹が少し出ているのはそれが原因か、と問い詰めたい自分を押し殺してディープの話を遮らないように努める。・・・・・・やっぱり気になるなぁ。赤いジャージから少しだけはみ出る白い肌がどうしても目につく。どんだけ食わされたんだよ。
「・・・・・・そうか。今はそっとしておいた方がいいか」
「いえ、たくさん話を聞いて、たくさん慰めてあげた方が元気になると思います」
「そっか」
去年の暮れの有馬記念、逃げウマ娘のタップダンスシチーが引っ張り、前方で粘り強く先行したゼンノロブロイが直線で先頭に立った上でのレコード勝ち。後方に控えたソウルシャウトは9着だった。
これだけ見れば上位のウマ娘たちは歯牙にも掛けないだろうが、彼女の上がり3Fはレースに出たどのウマ娘よりも速い34.2だった。結果は残念だったが彼女にとって収穫のあったレースだと思う。
とは言え他所のウマ娘を気にかけているほど俺は器の大きい人間ではないし、ディープ自身と仲が良いことを考慮に入れてもそれはディープに対して不誠実であろう。
「よし、次の若駒ステークスだが、デビュー戦と同じ2000mだが、レース場は阪神じゃなくて京都だ」
「どっちも右回りですよね。何か違うところがあるんですか?」
「よく聞いてくれた。俺は質問されるのが大好きなんだ」
「それは良かったです」
俺がディープの好きなところはここだ。他の人らは俺がこういうと大体ウザそうな顔をするのだが、ディープはそんなことは一切なく受け入れてくれる。
ディープが俺をウザいと思いつつそれを表に出していないだけではないかとも考えたが、もし本当にそうだったのなら俺はトレーナー寮の自室にてしばらくの間横になるだろう。
「一番違うとこは直線だな。阪神は直線にエグい坂あったろ?」
「エグいってほどではないですけど、確かにちょっと脚にくるかなって感じでした」
「それであの末脚だから凄いんだけどな。京都はそういうのが無い平坦な直線なんだ。つまり─」
「差しが決まりやすい、ですね」
「その通り。瞬発力に富んだウマ娘、つまりディープみたいなのにとっては勝つのに打ってつけのコースってわけだ」
このレースは6人中4人がオープンウマ娘、キャリアが1戦しかないのはディープインパクトだけだ。しかし勝利への疑念は無いと言っていい。
2000mでの適正は前のレースの結果から心配は無い。急勾配も特に無いから後方から追い込んでくるディープにとって理想的なコースだ。正直言ってメイクデビューのクオリティを維持できればディープが負ける要素はないと思う。例え相手がゼンノロブロイだったとしても。
「まぁ状況的にはチャレンジャーだが、やりやすいようにやってくれ。ディープならそれで十分に勝てると思う」
「はい」
この子の能力は非常に高い。それは俺が一番わかっている。だからうまく導かなければ、彼女にとって有害な雑音が増えることになる。
ちなみにお腹は出ていても、この日のトレーニングもディープは完璧にこなしてみせた。ついでにお腹も引っ込んでた。
━
教室のドアを開けるといつもより視線を感じる。一体どうしたのか私にはわからないが、そんなに見られると少し恥ずかしい。
自分の席についてからもやはりどこか目線を感じていた。
「ディープちゃんっ」
「・・・・・・どうかした? フィエスタ」
私に話しかけてきたのはカラフルなハットが目につくウマ娘のソルフィエスタだった。まだ同じレースに出たことは無いけれど、入学してから仲良くしてくれている。・・・・・・あまり上手くない弾き語りを聴かせるのはやめてほしいけれど、それ以外は良い友人だ。
そして彼女の近くには招き猫やら金の鯛、そして沢山のお守りを抱えたシンパシーもいる。またフクキタル先輩から開運アイテムを貰ってきたようだ。
「どうかしたじゃないよー! デビュー戦圧勝じゃん! 僕ウマチューブで動画見たんだー。かっこよかったよ!」
「うん、ありがとう。でもあのときは夢中で何が何だかわからなかっただけで」
「ムム・・・GIウマ娘が・・・オープンや条件戦のレースに出走したとき・・・のようでした・・・」
「そうそう、あの走り凄かったよねー。ディープちゃんのおかげでまた新しい曲が書けそうだよ!」
「そ、それは良かった・・・・・・」
「もう・・・アンプとマイクは・・・二度と使わない方が・・・みんなの耳の為に・・・なります・・・・・・」
「間違い無いわね! メンコを付けてないとアンタの歌で鼓膜が破れちゃう!」
「何をー!」
横からソルフィエスタを揶揄う声の主はヴァイオラだ。この2人は何かにつけて言い争いをしている気がする。本人たちは仲良くなんかない! とは言うけれど、結構な頻度で一緒にいるところを見るし、実際は喧嘩するほど仲がいい的なアレだと思う。
「最近スペ先輩といい感じだからって調子乗らない方がいいよ!」
「言っとくけど、私の方が先にスペ先輩と仲良くなったんだから! その辺忘れないでよね!」
「たった1週間だけ僕より入寮が早かっただけじゃないか!」
しかし両方ともスペシャルウィーク先輩に惹かれているのだから仲良くすればいいのに、それが原因で2人はいつもいがみあっている。
ソルフィエスタが自分で作った曲を披露し、ヴァイオラと言い争い、シンパシーはテスト問題の予想をしている。これが私のクラスのいつもの日常だ。本当はフィエスタとヴァイオラが言い争いをしているときに必ず止めに入る子がいるのだが、この場にはいない。フィエスタもそれに気づいたようだ。
「あれ? そう言えばマインは? 僕は今日見てないんだけど。ディープちゃん見た?」
「私は見てないなぁ」
「ムム・・・・・・マインさんは・・・自主練に・・・・・・行っています・・・」
「それって誰かに聞いたの? それともいつもの勘?」
「違います・・・・・・所謂・・・第六感というもの・・・です。第六感は・・・・・・存在します・・・」
「シンパシーの勘は当たるからね」
マインハーベストは今のところ私たちの世代で最も期待されているウマ娘だという。朝日杯フューチュリティステークスをレコードで勝ったと彼から聞いた。今の私たちの世代で3人しかいないGIウマ娘の1人だ。
その輝かしい経歴とは裏腹に争いは好まず、誰かが喧嘩をしていたら真っ先に止めに飛んでくる子だ。
私はソルフィエスタの裾を掴んでこちらを向かせる。
「ん、どうかした?」
「ねぇ、フィエスタ。聞いてもいいかな」
「あれ? ディープちゃんが僕に質問なんて珍しいじゃない」
「GIウマ娘になるってやっぱり難しいのかな」
そう問いかけるとフィエスタの時間が止まったかのように動きを止めた。
「当然じゃないか!」
いきなり私に顔を近づけて大声を上げる。周りの子たちもびっくりしてる。いつも歌を歌っているから声量も大きいんだ。
「いきなり大声を出さないで・・・」
「この日本に何人のウマ娘がいると思ってる? 」
「え、知らない。何人いるの?」
「や、僕も知らないんだけど」
「なんだ」
「そんなのはどうでもよくて! とにかくいっぱいいるの! その中でも重賞を勝ってる子はほんの一握り! ましてGIを勝つのは強さだけじゃなくて運も必要なんだ」
「運?」
「例えば天気でしょ、他の子たちの状態。あとあんまり言いたくないけど病気や怪我で出られなかったり・・・・・・レースを途中で諦めなきゃいけなくなったり」
私は足首が細いからと、彼はバンテージを巻いてくれたり、私の足の爪のケアまでやってくれる。あれは私が怪我をしない為にしてくれていることなのはわかっている。
時速60キロから70キロで走るウマ娘にとって脚元の不安は即ち重大な怪我、場合によっては命を落とすこともあると彼から耳を酸っぱくなるほど聞かされた。私がそうなることはあまり考えられていないかもしれない。
「ジュニア級のGIは朝日杯しかないから、私たちの世代のGIウマ娘は今のところマインしかいないけど、重賞ウマ娘だって数人しかいないよ。僕たちの周りで他に重賞ウマ娘なのはジャパンくらいか」
「ねぇ、フィエスタって確かマインハーベストと走ったことあるでしょ。どんな感じだった?」
私がそう言うとフィエスタは何か思い悩むことでもあるかのようにシンパシーの方を向いて、そこからもう一度私へ向き直した。
「僕がマインと一緒に走ったのは新潟ジュニアステークスだったんだ」
・・・・・・
『──近年ではあまり見ないゆったりとしたペースで、各ウマ娘が直線に入りました!』
あのときはあんまり大きく引き離す子もいなくて、バ群が詰まってるレース展開でさ、僕は一番後ろ、マインは中団よりちょっと前くらいでレースを進めてたんだ。
新潟レース場は日本一長い直線があるから僕みたいに差しを得意とするウマ娘が有利なわけ。だけど、
「直線が勝負! 前の子たちがもうすぐダレる! ここが仕掛けどころっ!」
『大外からはソルフィエスタが差を詰めてきているが──』
新潟の長い直線。一番後ろで脚をためて追い込みをかける。先団で粘っていたウマ娘はスタミナがなくなってスピードが落ちるはず。
追い込みをかける。追い込む。追い込む。
だけどその子との差は縮まらない。寧ろ広がっていく。
『さぁここでマインハーベストが捉えて先頭に立つ! マインハーベストだ! マインハーベストが制しました!』
『マインハーベスト! クラシックに向け視界良好! 3連勝で新潟ジュニアステークスを制しました!』
僕よりも前でレースを進めていたのに、僕よりも速い差し脚を見せた。能力の違いをはっきりと見せつけられたみたいだった。
その後彼女が朝日杯をレコードで勝ったと聞いても、僕は特に驚かなかった。
・・・・・・
「とまぁこんな感じだったよ」
「強そうだね」
「GIウマ娘は・・・・・・伊達では・・・ないですね・・・・・・」
GIでレコードで勝ってみせたウマ娘。私たちの世代の一番の有望株。彼女と一緒に走ったら、私は何を感じられるのだろうか。彼女との勝負に勝てば何を見られるのだろうか。
「面白そう・・・・・・」
「ん、なんか言った?」
「何でもないよ」
━
「と、いうわけでマインハーベストと走ってみたいです」
「マインハーベストね・・・・・・」
トレーニングの前に出し抜けにディープが俺にそう言ったのだ。現時点での世代の頂点と戦いたいと。
「君は俺と初めて会ったとき、誰にも負けたくないって言った。もしかしたらマインハーベスト相手に負けてしまうかもしれない。何せ最優秀ジュニア級ウマ娘だからな。それでも良いのか?」
「最初はそう思っていました。私は走れるだけで良いけど、できれば負けたくないって。でも実際のレースで走ってみたら全然トレーニングと違くて、もっと強い相手と走ってみたくなったんです」
「強い相手と戦いたい・・・・・・。君がそう言うなら、本当にやりたいことなんだよな」
「はい」
またこの目だ。何かに取り憑かれたような目。その黒曜石のような色に吸い込まれそうな感覚を覚えて軽く眩暈がした。
レースという舞台はこのディープインパクトというウマ娘を変えてしまったのかもしれない。そしてその舞台に立たせたのは俺だ。であるならば彼女の希望を叶えるのが俺の仕事だと思った。
「わかった」
「ありがとうございます」
「聞いてると思うけど、マインハーベストは今のところ今年のクラシックの有力候補だ。一番早いとこで言うとクラシック第1弾の皐月賞のトライアル、弥生賞かスプリングSに出てくる可能性は高い」
「弥生賞・・・・・・重賞レースですね」
「これまで以上の相手が出てくるだろう。だけど調子を落とさなければ問題なくそこまでいけるはずだ。その為にも今はまず若駒ステークスで結果を出していこう」
「わかりました」
━
「うぐぐぐぐぐ・・・・・・!」
「あの・・・・・・」
自分の全霊を右手に込める。しかしその先には一切動かない。まるで岩を相手にしているかのように感じる。目の前にはディープインパクトの困ったような顔。
「はぁぁぁぁ!」
「ちょっと・・・・・・」
目の前の景色が白くなってきた。力を入れすぎたのか頭もクラクラしてくる。しかしこれに負けるわけにはいかないのだ。大人として、男として、そしてトレーナーとして。
痺れてたのは右手だけだったが、右腕全体に痺れが広がってきた。
「まだ、まだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いい加減にしてください!」
「あっ」
ぐいっ。
繋がれた俺とディープの右手、彼女がこともなげに動かすとまるで風に吹かれた葉のように俺の右手は彼女の動きに従い、情けなく俺の右の手の甲は机についた。
赤子の手をひねる、とはよく言うけれど本当にそれを日常生活で実感することになるとは思わなかった。ウマ娘と腕相撲をすることが日常生活であるかと言われれば微妙だが。
「強すぎる。とても勝てない」
「レース前の腕相撲に何の意味があるんですか?」
「ごめん。今日も1番人気だって聞いて、俺の方も緊張してきちゃって。気を紛らわせたかった」
「私を信頼していないんですか?」
「違う・・・・・・違うよ! そうじゃない。このレースでもデビュー戦みたいに勝ったらどうなっちゃうんだろうって想像したら、ちょっと来るものがあってな」
「私は勝ちますよ」
こともなげに、ディープインパクトはそう言ってみせた。そして今の彼女にはそれを実現させるだけの力があると俺も思った。
彼女を地下バ道まで見送った後、自分もスタンドへと向かう。そのときの彼女の後ろ姿はとても大きく見えて、俺はそれを恐ろしいとすら感じた。
━
「お前は誰が来ると思う? ディープインパクト以外で」
「わかんね。他のウマ娘があいつに勝つ想像がつかねぇ」
「だよな」
スタンドではそのような話が聞こえた。レース関係者から今日の若駒ステークスではディープインパクトが圧倒的な1番人気に推されていると聞かされた。実際に俺の周りでは誰が勝つか、というよりもディープがどのように勝つかということ重きを置いたことが喋られていた。
当のディープは気合い十分といった表情で、軽くその場でジャンプしている。脚の状態を確かめたいのだろうか。
スタンドに見覚えのある後ろ姿がひとつあることに気づいた。黒みがかった鹿毛をショートカットにしているトレセン学園の制服を着たウマ娘だった。
「・・・・・・よぉ。傷心旅行か? ソウルシャウト。いや、傷心ってのはちょっと違うのかな・・・・・・」
「アンタか。別にそういうわけじゃないよ」
「じゃあ単純にルームメイトの応援に来てくれたのか。ディープの応援に」
「そんなとこだね」
トレセン学園のトレーナーとしては明らかに授業なりトレーニングなりをサボってまで京都にまで来ていることを咎めるべきなのだろうが、自身も敗北を味わったばかりであるのに、それでも後輩の、ルームメイトの応援に駆けつけた子を責めることはできなかった。
この場所に来た理由が別にあったとしても、それは俺が知ることはないだろうし、応援に来てくれただけでありがたいから別に何だっていい。
ディープはたくさん話してくれとは言っていた。ソウルシャウトも何も変わってないように話している。しかし今の彼女は下手に手を出してしまったらすぐ壊れてしまいそうな脆さが垣間見えて、薄情ながら俺はそれに対して自分の担当がもしもそうなってしまったらどうしよう、としか考えられなかった。
「何も聞かないんだね」
「わざわざ聞く必要はないって思って。それにそういうのは自分のトレーナーにするもんだろ」
「意外と冷たいんだ。プイちゃんにもそうしてないだろうね」
「まさか。君がディープのルームメイトじゃなきゃ気にしてなんかないよ」
顔は見ない。だから今ソウルシャウトがどんな顔をしているかは俺にはわからない。それがわかるのはきっとターフの上のディープだけだ。
『京都レース場、第10レース、若駒ステークス。ジュニア級オープンクラスで争われる一戦です』
『7番のビビットビジョンがゲートに収まって態勢完了』
『スタートしました!』
がこん。
正面スタンド前にあるからゲートの開く音はいつもより大きく聞こえた。
ディープはゆっくりとゲートを出た。前走と同じように後ろからレースを進めるつもりらしい。
レース開始早々に2人のウマ娘が逃げを打ってくる。5番のラブユーブランデーと6番のテイエムヒットべだ。それも序盤から飛ばして既に後方集団から10バ身は離している。
「まずいな・・・・・・」
「どうして? プイちゃんが万全ならあれくらいどうってことないじゃん」
「どうかな・・・・・・あんだけ離されてちゃ直線に入ったときには手遅れってことになるかもしれない」
直線は平坦で差しが決まりやすいとは言ったが、裏を返せば逃げを打ったウマ娘にとっても粘りやすいということでもある。それに京都レース場は中山ほどではないが直線の距離が長いとは言えない。
第3コーナーの前にある坂である程度差は縮まるだろうがそれもどこまでか、ってところか。
そうこう言ってる間に向こう正面に入り、その時にはざっと20バ身くらい離されていた。
しかし坂に入ると逃げ勢の勢いは弱まり、後方集団がジリジリと差を詰めてきた。馬群が徐々に凝縮してくる。
息ができない。なんて胃に悪いレースなのか。
『第3コーナーに入って、先頭はテイエムヒットベとラブユーブランデーが凌ぎを削る! そこから3バ身ほど開いてライトマイウェイが様子を伺う! 4番のディープインパクトはまだ後方にいます!』
ここで差し切り勝ちでもしたらどんなことになるか見当がつかない。しかし先頭との差は9バ身くらい開いている。あの子が負けてしまうのか、既に400を切っている。
目を閉じてしまおうか、そんな風に考えていると隣にいるソウルシャウトから肩を揺すられる。
「見て!」
『ラブユーブランデーがここで先頭に変わって、ライトマイウェイも追っている。そして! ここで来た!』
『ディープインパクトだ!』
『200mを通過して一気に加速!』
最初、人間がウマ娘を見た時このように感じただろう。「こんなに速く走る者がいるのか」と。そして時代を重ね、ウマ娘という存在がこの世界に馴染みきったこの日、彼女は人々に衝撃を与えた。
それは、いつかと同じように「こんなに速いウマ娘がいるのか」と。
ディープインパクト衝撃の末脚!』
『ディープインパクトが一気に先頭に立った! 強い! 強すぎる!!』
「飛んでる・・・・・・」
誰かはわからない。だけどここにいる誰かが確かにそう言った。彼女は飛んでいる、と。
『ディープインパクト! 圧倒的な力を見せて今、ゴールイン!』