歩んだ足跡、弾けた衝撃   作:マザリーニ枢機卿

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「今日の弥生賞はこの中山レース場2000m・・・・・・皐月賞と全く同じ条件でのレースになるから、実力を推し量る舞台としてはこれ以上ない」

 

「どうした急に」

 

「圧倒的1番人気のディープインパクトは初めての中山、というか関東。一方でアドマイヤジャパンは前走の京成杯で同じ中山の2000mで勝利を収めているから好走が期待できる」

 

「そうだな。付け加えるなら2番人気のマインハーベストは1600mまでしか経験がなく、今回は400m長い。これがレースにどのように影響するか」

 

 

 

 やけに説明口調な男性二人の会話に混ざりたいのを我慢しつつ、ディープの本馬場入場を見守る。

 

 今日は曇り、雨が降るかとも思ったがなんとか留まり、芝も良バ場で保ってくれた。今日はなぜかめちゃくちゃ寒いけど。正直言えば重いバ場でのパフォーマンスも見ておきたいところだったが、クラシックのトライアルでそんなことも言ってられない。

 

 今日も今日とてディープは1番人気。しかしこれまでのレースとは訳が違う。GIウマ娘のマインハーベスト、そして前走の京成杯、田んぼみたいな極悪不良バ場での激走を見せ重賞制覇を果たしたアドマイヤジャパン。彼女らを抑えての1番人気だ。

 

 もはや慣れてしまっているのだが、本来は新人トレーナーの担当が重賞で1番人気ってあんまりないんだよな。

 

 

 

「ディープ〜・・・・・・怪我だけはすんなよぉ・・・・・・」

 

 

 

 独り言のつもりだったのだが、ゲート前でファンファーレを待つディープの耳がピコンと立ち、こちらに気づいたのか小さく手を振る。どんだけ耳良いんだよ。

 

 

 

『中山11レース、第42回GII弥生賞! 3着以内に入着したウマ娘に皐月賞の優先出走権が与えられます。注目はもちろんこのウマ娘、ディープインパクト! 細江さん、いかがですか?』

 

『1着支持率は71.5%と、このレースにおける歴代最高の支持率ですからね。自然と期待してしまいますね』

 

『なるほど』

 

『ジュニアチャンピオンのマインハーベスト、京成杯の勝ちウマ娘アドマイヤジャパン、そしてディープインパクトの三強の初顔合わせでもあります。クラシックに向けてそれぞれの力を比較するには格好の一戦だと思います』

 

 

 

 

 

「ようやくレースで会えましたね」

 

「そうだね〜」

 

「私はまだレース三回目だから、あんまりそんな感じはしないんだけどね」

 

 

 

 全然知らない子たちとばかり走ってた。だけどこの子たちは知ってる。彼に聞いただけじゃなくて、良い走りをすることを肌で感じる。

 

 肌で感じるといえばさっきからチクチクとした感じがする。この場の空気みたいなものが棘みたいだ。彼の言う通り今日の私はマークされているようで、どこに目を向けてもほかの子たちの視線も突き刺さってる。

 

 だから彼の方を見た。彼も同じようにこっちを見てたけど、そういう刺さってくるようなものじゃなかった。彼がレース前にいつもする心配そうな表情。だけど彼は私が勝つと安心したように笑うのだ。彼の顔の中で一番好きな顔だ。

 

 彼の顔を見たいから勝ちたい。そう言ったら目の前の彼女らはどんな顔をするのだろうか。

 

 

 

「今日も勝っちゃうから」

 

「それは此方も目指すところです」

 

「お手柔らかにねぇ〜」

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響くとその場の空気が更にピンと張り詰める。これ以上伸びそうにない糸を更に伸ばしたような、ちょっとしたことで崩れてしまいそうな緊張感。私が1番にゲートに入る。

 

 私は最内枠、ディープさんは大外枠。私も彼女もスタートはそれほど得意ではないけれど、一番内側な分、スタートをうまく決められれば私の方が有利。

 

 

 

『大外10番ディープインパクト、ゲートに入って態勢完了。冬の寒さ残る中山、いざ皐月賞へ! 弥生賞!』

 

 

 がこん。

 

 

 ゲートが道を開き、風を切るように駆け出す。

 

 

 

『スタートしました!』

 

 

 

 少しばらついたスタート。私の方は悪くないスタート。ディープさんは外、後ろから2番手くらいだろうか。

 

 この間の京成杯のバ場は酷いものだっただけに今日の芝状態は非常に走りやすく感じる。しかしそれはディープさんも同様。

 

 この中山2000mはコーナーが4回ある。当然内側を走っていればロスも小さい。ならば私のすべきことは──

 

 

 

『最内3番手あたりにアドマイヤジャパン、1コーナーにかかったところでマインハーベストが一気にハナを奪おうとしている。これは正解なのでしょうか?』

 

『少しかかっていますね。息を入れられればいいのですが』

 

 

 

 マインさん。今日あなたに構っている余裕は私には無い。このレース、私が見ているのはただ一人だけ。

 

 ゆるい流れになっている。追い込み勢には厳しい展開のはず。さらに中山の直線は短く、急な坂まである。距離ロスを抑えて最終コーナーまで脚をためれば勝機はある。

 

 最内枠を引けたのは幸運だった。トレーナーに感謝せねばならない。そしてその恩返しは勝利で飾るべきだ。

 

 

 

『ダイワキングコン先頭、2バ身から3バ身ほど開いてマインハーベスト、1番のアドマイヤジャパンがそれに続いて残り600を切りました』

 

 

 

 

 

 

 ぞくり。

 

 

 

 

 

 

 寒気や、背筋が凍る、ということをこれまであまり信じてこなかった私の背中に、確かに悪寒が走る。

 

 どこも痛みはない。問題は何もない。レース運びもこの上なく上手くいっている。しかし、そんなことを考えている私のことなど誰も見ていないとでも言うかのように、わぁっと一際大きな歓声が挙がる。

 

 ・・・・・・そうですか。あなたはやはり来ますか。

 

 

 

「ディープさん!」

 

 

 

『さぁ動いた動いた! ディープインパクトが動いた! ディープインパクトがするすると音もなく忍び寄ってきた!』

 

 

 

 

 後ろは見えない。

 

 小さい頃実家でオーラやムーンに誘われて観たアニメ映画を思い出す。スペースレンジャーが悪の帝王の基地に乗り込んだところ、棘のついた壁に追いかけられるという場面があった。実はテレビゲームだったということだったが。

 

 今はそれに似てると思う。後ろは見えない。でもわかる。一つだけ大きな足音、地鳴りの如き轟音は彼女の脚力の強さ故。少しでも気を抜いたら串刺しに──

 

 

 

 

 

「じゃあね」

 

 

 

 

 

 そんな私の思考よりも速く、彼女は私の視界に入り込んできた。

 

 

 

『第4コーナーを回って今直線に向きました! 東でも炸裂するか衝撃波!』

 

 

 

「くっ・・・・・・!」

 

「むりー!」

 

「むりー!」

 

 

 

『外から並んできたディープインパクトに、並んで差し返すジュニアチャンピオン、マインハーベスト!』

 

 

 

 見えた。内側、活路が、開いた。最後の坂、ここが勝負の刻。

 

 

 

「参り・・・・・・ますっ!」

 

 

 

 

『残り100、最後の坂で内からアドマイヤジャパンがやってきた! 内と外で並んだ!』

 

 

 

 もう頭が真っ白。考えていることがうまくまとまってくれない。

 

 身体がとても熱い。脳に酸素が供給されていないのかラチが曲がって見える。一度脚を回すごとに鉛を付けられたかのように、ズンと重くなっていく。

 

 それでも、アドマイヤを背負う者として、友人として、一人のウマ娘として、それでも、

 

 

 

「負けたく、ないっ!!」

 

 

 

『内からアドマイヤジャパン! 内からアドマイヤジャパン! 熾烈な追い比べ!』

 

 

『しかしディープインパクト!』

 

 

『アドマイヤジャパン!』

 

 

『ディープインパクト!』

 

 

『アドマイヤジャパン!』

 

 

 

 

 

 それでも、あなたとの距離はここまで遠いというのですか。今の私でどうやっても届かないのですか。

 

 教えてください。ディープインパクトさん。

 

 

 

 

 

『勝った! 詰め寄られた! しかし勝った! デビュー3連勝!ディープインパクト!! 』

 

 

 

 

 

「はぁっ・・・・・・! はぁっ・・・・・・! はぁっ・・・・・・!」

 

 

 

 スタートから最後の直線まで、ミスらしいものはなかった。1枠1番を活かして最内をキープ、ロスなくレースを進めて最後の直線で好位置からスパートをかける。

 

 そんな私が大外から追い込んで距離ロスも大きいディープさんを最後の坂で捉えきれなかった。寧ろあのときの彼女は余裕さえあった。

 

 完敗だ。

 

 

 

 

「ジャパンちゃん」

 

「・・・・・・ディープさん」

 

「今日はありがとう。とっても楽しかったよ」

 

 

 

 ディープさんは穏やかに微笑みながら、此方に手を差し出してくる。私はこんなにいっぱいいっぱいだというのに、彼女の方は余裕そうだ。

 

 まるで何かから奪うかのように乱暴に彼女の手を取る。悔しいから手に力が入ってしまうのも仕方がないことだ。

 

 

 

 

「ジャパンちゃん? なんだろう、凄く凄く痛いんだけど」

 

「・・・・・・せんから」

 

「え?」

 

 

 

「次は負けませんからっ! 」

 

「えぇっ! それは困るよ! トレーナーさんが喜んでくれない!」

 

「その余裕そうな顔、いつか泣かせて差し上げますからっ!」

 

 

「おぉーよしよし。よく頑張ったねぇーアジャパーちゃん」

 

「マインさん! 子供扱いしないでください!」

 

 

 

 

 

「勝利ウマ娘・トレーナーインタビューです。ディープインパクトさん、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

「デビューから無傷の三連勝で重賞を制覇しました! お気持ちいかがですか?」

 

「トレーナーさんに勝利を届けられて嬉しいです!」

 

「ではそのトレーナーにもお話を伺いたいと思います。これが初めての担当、初めての重賞、そして初めての重賞制覇となりました。今どんな気持ちですか?」

 

「そう、ですね。まだ実感が湧かないというか、自分のことじゃないみたいに感じます。まぁ勝ったのは彼女なんですが」

 

「このレース、トレーナーさんの目からはどう映りましたか?」

 

「そうですね、調子は良かったので良いところまで行くかなって思ってたところをアドマイヤジャパンにひっくり返されそうになって、それでも譲らなかったんですね。強いです」

 

「さぁ、ここから先、クラシックに突入していきます。狙うはもちろん三冠ですか?」

 

「はい。それはもち──」

 

「そうなんですか?」

 

 

「「え?」」

 

 

 

 俺もリポーターもその声の主の方を向く。その先には少し首を傾げているディープインパクト。

 

 

 

 

「ふふっ。凄いハモってましたね」

 

「そりゃユニゾンもするだろ。ちょっと待って、三冠ウマ娘になりたいわけではないのか?」

 

「三冠ウマ娘にどんな意味があるのか正直わかってなくて・・・・・・」

 

 

「マジか」

 

 

 




今回はちょっと短かったです。
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