退廃の祝福を受けた者 作:暇が欲しい一般人
九校戦に出発する日の朝、会長が家の事情で遅れることになり、バスの中でしばらく待つことになりました。
お兄様は炎天下に外で立たされていたことは、不満ではありますが、お姉様が「達也が了承したのだから、我慢しなさい」と言われてしまいました。
そのお姉様は昨晩、遅くまで本を読んでいたらしく、会長を待っている間に隣の席で眠ってしまいました。
座席に縋り姿勢を崩さずに小さく寝息を立てているお姉様は、普段から纏っている近寄りがたい雰囲気が無く、年相応の少女のような寝顔は、言葉で言い表せない美貌も相まって老若男女問わず、見た者全てを見惚れさせていた。
お姉様を起こしたくないのか誰も近づいて来ず、通路を挟んでお姉様の隣の席のほのかと雫もお姉様を起こさないように小さな声で話している。
特にすることもないため、窓の外の流れる風景をぼんやりと眺めていた。
「危ない!」
千代田先輩が叫ぶと、バスの中のほぼ全員が対向車線側の窓へ目を向けた。
対向車線を近づいて来る大型車が、傾いた状態で路面に火花を散らしている。
スピンし始めてガード壁に激突した大型車が、どんな偶然か、宙返りしながらこちらの方へ飛んでくる。
急ブレーキがかかり、全員が一斉につんのめる。
進路上に落ちた車は、炎を巻き上げながらこちらへ向かって滑って来る。
「吹っ飛べ!」
「消えろ!」
「止まって!」
「っ!」
瞬間的に、無秩序に発動された魔法が無秩序な事象改変を、同一の対象物に働きかけた。
その結果、全ての魔法が相克を起こし、事故回避が妨げられる。
「バカ、止めろ!」
渡辺先輩がそのことに、すぐ気づいたみたいです。
幸い、行使された魔法は全て、発動中のまま未完成の状態。
中途半端な状態の魔法を全員がキャンセルすれば、意味ある手を打つ時間はまだ残されていますね。
先に発動された魔法の効果を打ち消して意図した効果を実現するためには、発動中の魔法を圧倒する魔法力が必要。
無秩序に魔法式が重ね掛けされ、キャスト・ジャミングの影響下と類似したこの状態で、炎を纏う自動車の対処が出来そうなお姉様は……
まるで、何事も無かったかのように眠ったままですね。
「十文字!」
渡辺先輩の声を聞いて、十文字先輩に視線を向ける。
十文字先輩の顔を見るに、一人では止められそうにありませんね。
「わたしが火を!」
十文字先輩に伝えた後、すぐに魔法の準備を終える。
そして魔法を発動させる直前、無秩序に発動していた魔法式が、一瞬で、全てかき消された。
その直後、私の魔法が炎上していた自動車を常温へ冷却することで消化した。
自動車は、十文字先輩の防壁魔法によって無事に止められた。
「危なかったけど、もう心配要らないわ。十文字君と深雪さんの活躍で大惨事は免れたみたい」
全員が緊張と恐怖から解放され、ホッとした表情を浮かべる。
「十文字君、ありがとう。いつもながら見事な手際ね」
「いや……消化が迅速だったから、止めるのに集中できた。あと、無闇にばら撒かれた魔法式を消したのは七草か?」
「あー、私、バスが止まるまで気づかなかったから……」
バツが悪そうに目を泳がせて言う会長に、十文字先輩は追い打ちを掛けるようなことはしませんでした。
「あっ、それに深雪さんも、素晴らしい魔法だったわ。あの短時間にあんな絶妙なバランスの魔法式を構築できるなんて、私達三年生にも難しいわ」
「光栄です、会長。ですが、魔法式を選ぶ時間が出来たのは、市原先輩がバスを止めてくださったからです。市原先輩、ありがとうございました」
市原先輩にお辞儀すると、無言の会釈が返ってきました。
「えっと、深雪さん。一つ聞きたいのだけど、美咲さんはあの騒ぎの中でも眠っていたの?」
「ええ……、バスが急ブレーキをかけた時も起きた様子はありませんでした」
「そう……」
あれだけの騒ぎの中、ずっと眠っていたお姉様に呆れた視線を向ける会長達にどのような態度を取れば良いか分からずに苦笑で返す。
その後は何事もなく無事に宿舎に到着した。
お姉様を起こした後、ほのか達と一緒に先に行って貰い、私はお兄様の所へ向かい先ほどの事故について聞く。
「では、先ほどのあれは、事故では無かったと?」
「あの自動車の跳び方は不自然だったからね。調べてみたら、案の定、魔法の痕跡があった」
「わたしには何も見えませんでしたが……」
「小規模な魔法が最小の出力で瞬間的に行使されていた。魔法式の残留想子も検出されない高度な技術だ。専門の訓練を積んだ秘密工作員なんだろうな。使い捨てにするには惜しい腕だ」
「使い捨て……ですか?」
「魔法が使われたのは三回。最初はタイヤをパンクさせる魔法。次に車体をスピンさせる魔法。そして最後に車体に斜め上方の力を加えて、ガード壁をジャンプ台代わりに跳び上がらせる魔法。いずれも、車内から放たれている」
「では、魔法を使ったのは……」
「犯人の魔法師は運転手。つまり、自爆攻撃だよ」
お兄様の言葉に足を止めて俯く。
「卑劣な……」
「元より、犯罪者やテロリストなどという輩は卑劣なものだ。命じた側が命を懸ける事例など稀だ」
命じた者の遣り口に憤りを示すと、お兄様が宥めるように背中を二度ポンポンと叩いて再びカートを押し始める。
「この件はお姉様にも伝えた方が良いでしょうか?」
「いや、目的が分からないうちは黙っておこう。九校戦に叔母上が来ると聞いてかなり嬉しそうにしていたからね。今回の事故は四葉に喧嘩を売っていると取れなくもない以上、下手に話せば明後日の競技までにテロリストを潰しに行くと言い出しそうだからね」
「確かに、お姉様なら言いそうですが。叔母様の前で何かある方が、お怒りになるのではありませんか?」
「そうなれば叔母上が止めて下さるだろうし、そうならないように風間少佐に警戒を強めるように連絡をしておく」
「何事も無ければ良いのですが……」
お兄様とお姉様について話していると、エリカと美月に会った。
エリカ達も懇親会の関係者と言っていたが、どういう意味かは教えてくれなかった。
私がバスで寝ている間に、事故に巻き込まれて危ないところだったらしい。
深雪や達也がいるから余程のことが無い限り大丈夫だとは思うけど、危ない状況だったのなら起こしてくれてよかったのに……
寝ている時の危機感知能力が低すぎる私が悪いのでしょうけど、私自身に危険が無いから感じろという方が無理な話よね。
まあ、現実逃避はこのくらいにして、挨拶くらいはした方が良いわよねぇ。
「いつまで気配を消しているつもりなんだ、美咲」
「あら、達也。どうしたの?」
「深雪が探していたぞ」
私の問いに対して達也は呆れたような表情で深雪の方を見ながら返してくる。
達也と同じように深雪の方に視線を向けると、深雪は一高の女子生徒と話している。
そして一高以外の学校の生徒から畏怖や警戒などの様々な感情が籠った視線を集めている。
「美咲はパーティー苦手だったのか?」
顔に出したつもりは無かったのだけど、達也がそんなことを聞いて来るってことは出てたのかな。
気配を消している今は良いけど、挨拶の時に出ないように気を付けないといけないわねぇ。
「正直、苦手ね。友達や家族でのパーティーは好きなのだけど、興味の無い相手とのパーティーは退屈だもの」
「退屈かもしれないが、チームワークは大切だろう。それに、四葉家の令嬢らしい振る舞いをした方が良いんじゃないか」
「……その言い方をされたら行くしかないじゃない」
七草会長や十文字先輩に視線を向けながら、四葉の名前を出してくる達也にジトっとした視線を向ける。
私一人が隠れているのは不公平だと言いたいのか、私の代わりに四葉に対しての視線まで集めている深雪の為なのか、正確な理由は分からないけど、おそらくは深雪の為でしょう。
まあ、挨拶くらいしようと考えていたし、ちょうどいいかな。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ああ、周りに迷惑はかけるなよ」
「かけないわよ」
全く、達也は私のことを何だと思っているのかしら。
達也から離れながら少しずつ消していた気配を出していく。
それに合わせて周りの視線が集まるが、いつも通り全ての視線を無視して深雪達に近づく。
深雪は三高の女子生徒三人と話している途中だった。
私が深雪に近づいていくと、三高の女子生徒三人が気づいて視線を向けて来る。
「深雪、そちらの三人は?」
「お姉様。こちらは、第三高校の一色愛梨さん、十七夜栞さん、四十九院沓子さんです」
「ありがとう、深雪」
深雪の紹介を聞いて三人に視線を向ける。
三人ともそれなりの実力はあるみたいね。
「私は、深雪の従姉で四葉美咲です。よろしくお願いしますね」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
三人とも緊張しているというよりは、警戒しているみたいね。
四葉と敵対する気がないなら、特に何もするつもりはないのだけれど……。
それにしても四十九院さんは、異様に私のことを警戒しているというより、私を怖がっているのはなぜかしら?
軽い挨拶を済ませると、三人は三高の生徒がまとまっているところに戻っていった。
「お姉様、今までどこに隠れていたのですか?」
「少し気配を消していただけよ。四葉家の令嬢というだけで目立つからねぇ」
軽く周りを一瞥すると、慌てて視線を逸らす生徒が大量に目に付いた。
深雪の時に比べて明らかに私を恐れている人が目に付く。
それでも私に向けられる視線は減らない、私の視線が逸れるとすぐに私に視線を向けて来る。
(本当に彼らは何がしたいのかしら……)
「お姉様が気配を消すと、その視線が全て私に来るのですが……」
「少しくらい良いでしょう。これからは私に視線が集まるでしょうし」
「もう隠れるつもりはないんですね」
「ええ」
姿を消して私に向けられるはずだった視線を押し付けたことに対する不満を視線で訴えて来る深雪に微笑みながら返す。
隠れるつもりがないという私の言葉を少し疑っているようだけど、もう少しで来賓の挨拶が始まるしねぇ。
「どうして隠れるのをやめたの?」
深雪と話していると、雫が私が出てきた理由を聞いて来る。
「達也に仕向けられたのもあるけど、挨拶したい人がいるから出てこようか考えてたのよ」
「挨拶したい人?」
「ええ、普段気軽に会える人じゃないから、今日は楽しみにしてたのよ」
「そうだったのですか?気配を消していたので、出たくなかったのかと思っていたのですが……」
「え?深雪も知らなかったの」
「ええ、お姉様から何も聞いていませんでしたから……」
深雪は私が挨拶したい相手について考えているようだけど、一度も話したことが無いから知らなくて当然ねぇ。
まあ、そんなに難しく考える必要はないのだけどねぇ。
深雪達と話していると、来賓の挨拶が始まった。
ほとんどの来賓に興味が無かったので、話を聞いている振りをして目的の人物が出て来るのを待つ。
何人かの挨拶が終わり、漸く目的の人物の番が回って来た。
九島烈。
「最高」にして「最巧」と謳われた「トリック・スター」にして、「老師」と呼ばれる十師族の長老。
そして一時期、お母様や叔母様の魔法の先生だった人。
今の私は老師と比べてどれほど差があるのでしょうか。
老師は、パーティドレスを纏い髪を金色に染めた女性と一緒に出て来た。
そして老師たちが出て来ると同時に、会場を覆う大規模な魔法が発動された。
女性は老師の代わりにスポットライトの下に現れる。
老師が現れなかったことで、会場にざわめきが広がる。
(精神干渉魔法で会場の注意が女性に集まるようにしてるのね)
老師の代わりにスポットライトの下に現れた女性はかなり目立っている。
自然と女性に会場の視線が集まるのを、魔法で補助して女性以外に意識が向きにくくしている。
魔法は自然的な行動を補助しているだけだから、あまり強い干渉は必要ないのね。
(この意識の誘導は、魔法というよりは手品ね)
複数の魔法で一つの魔法の効果を何倍にも高めることはしたことがあるけれど、大規模とは言え弱い魔法で、これだけの魔法師を思い通りに動かそうなんて考えたことが無かったわねぇ。
老師の技術に驚いていると、老師と視線が合った。
壇上に現れた時からずっと老師を見ていた私に、老師も気づいたのでしょう。
老師と視線が合ったので、微笑み丁寧に誠意を込めてお辞儀する。
顔を上げると、老師は私を見て微笑んだ後、会場を見渡し始めた。
老師と同じように私も会場を見渡すと、何人か気づいた人はいるみたいね。
(そろそろ老師もタネを明かすでしょうし、魔法を破りましょうか)
私は左手の指を軽く鳴らし、魔法を発動させる。
老師と同じ精神干渉魔法で会場を覆うように発動させる。
老師の魔法より強い強度で、会場の誰にも気づかれない程に弱い魔法。
老師の前に立つ女性を見ている人達に、女性の後ろに違和感を抱かせ、意識をそちらに向けさせる。
魔法で女性に視線が釘付けだった状態では気付けなくても、より強い魔法で効果を上書きしたために女性へ集まっていた意識が逸れ始める。
暗いとは言え、人影くらいは見えるでしょう。
その人影が誰か分からなくても、そんなところに人が居れば気になる人は多いでしょう。
そちらに魔法で意識が向きやすいよう補助すれば、会場にいる大半は老師の存在に気づくでしょうね。
(慣れない使い方だけど、これで問題ないでしょう)
私が魔法を発動させてすぐにざわめきが広がった。
老師は私が魔法を発動させ、会場の視線を誘導したことに気づいたようで、再びこちらに視線を向ける。
私は老師に悪戯が成功した子供のような笑みを向ける。
老師は、私の顔に驚いた顔をしたが、上機嫌そうに笑い女性を脇へ下がらせた。
「まずは、悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
老師の声は九十歳近いとは信じられないほど若々しいものだった。
「今のはチョッとした余興だ。魔法というより手品の類いだ。だが、手品のタネに気づいた者は、私の見たところ六人だけだった。つまり、もし私が君達の鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは六人だけ、ということだ」
老師の口調は、特に強くなったわけでも荒げられたわけでもない。
しかし、会場は、それまでと別種の静寂に覆われていた。
「しかし、六人の中の一人は手品のタネに会場の全員が気づくように誘導して見せた。その結果、会場の全員がタネに気づくことが出来た。本来なら六人しか行動を起こせなかった状況から会場にいる全員が行動を起こせるように変えて見せた。一早く状況を把握し、劣勢な状況を一手で優勢に変えた素晴らしい魔法だった」
老師は私を一瞥して続ける。
魔法力を磨くだけではだめだと、使い方を工夫しなさいと。
私も魔法を使い方を考え、出来る限りの工夫はして来たつもりだけど、老師の工夫とは方向性が違うようね。
環境を支配して主導権を握る私とは違い、相手を惑わせ意のままに操ることで主導権を握るのが老師の工夫なのでしょう。
要求される魔法力は私の方が遥かに大きく、相手の人数によっては非効率極まりない。
生まれつき持っていた絶大な力と積み重ねた努力で、少数の相手であれば工夫の必要性もなく完封出来てしまう。
傍から見れば非効率な対処方法でも、私には誤差程度の違いしかなかった。
私に出来ないものが明確だったために、今まで意識して来なかった工夫。
(九校戦で色々試してみようかな)
今回は老師の魔法を真似て対処したけど、九校戦では自分で工夫を考えなければいけない。
慣れないやり方だから、ちょうどいいハンデになるでしょうね。