退廃の祝福を受けた者   作:暇が欲しい一般人

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九校戦開始

 懇親会の翌日は休養に当てられていた。

 私達一年生の出番は大会四日目からの為、あまり意味はない。

 相部屋の深雪は、ほのかと雫の二人と一緒に達也の部屋に遊びに行ったので、私は一人で部屋に残り読書をしてすごしている。

 

「お姉様、少しよろしいでしょうか?」

 

 読書に集中していると、深雪が戻ってきていた。

 本から顔を上げ深雪に視線を向け、すぐにドアが開けっ放しなことと七人ほどドアの傍にいることに気づいて視線をそちらに向ける。

 ドアから部屋の中を覗くように、ほのかや雫達、新人戦女子チームのメンバーが集まっていた。

 彼女達の存在に首を傾げながら、視線を深雪に返事をする。

 

「大丈夫だけれど、これから何かするの?」

「これからみんなで温泉に行くのですが、お姉様もご一緒に行きませんか?」

「なるほど、良いわよ。チームメンバーとの交流は大切だものね」

 

 読んでいた本を閉じて机に置き、深雪と一緒に温泉に行く準備をする。

 準備を終えて入り口で待っていた雫達に声を掛ける。

 

「お待たせ、それじゃあ行きましょうか」

 

 部屋を出て移動している途中で、雫が私に話しかけて来た。

 

「さっき、本に栞を挟まずに閉じてたけど良かったの?」

「ええ、どこまで読んだか覚えてるから大丈夫よ」

「美咲、すごいね。私は、覚えてられないかなぁ」

「記憶力は、誰にも負けない自信があるもの」

 

 まあ、正確には退廃で記憶を消す以外の方法で忘れることが出来ないんだけどねぇ。

 完全記憶能力は便利ではあるけど、どうでもいい記憶をいちいち退廃で消さないといけないのは面倒よねぇ。

 雫達と話していると、地下の大浴場に到着した。

 大浴場の中は湯着を着ないといけないみたい。

 女性用の湯着は帯を使わないミニ丈の浴衣のようで、着心地がとても頼りない。

 

 浴室の方で何か騒いでいたようだが、何があったか分からないけど、騒ぎは収まったようね。

 長い髪を纏めながら浴室に移動し、湯船に浸かっている深雪達に声を掛ける。

 

「何か騒いでいたようだけど、何かあったの」

「……」

 

 私が声を掛けると、深雪達の視線が一斉に私に、より正確には私の肢体に注がれる。

 私の問いには深雪を含めて誰も答えてくれず、全員が私の肢体に見惚れて固まったままだ。

 彼女達の態度に呆れて小さくため息をついて、湯船に浸かる。

 

「見惚れるのは構わないのだけど、せめて私の問いには答えて欲しいわね」

「あっ、えっと……深雪を見てると、性別何て関係ないって気になるよねって話してたんだけど……」

「美咲を見てると、もうどうなってもいいかなって気になりそうよね……」

「お、お姉様、危険です」

「みんな、いい加減にしないと、本当に氷水で冷水浴をする羽目になるわよ!」

 

 顔を背けながらも視線は私から外さずに、危ないことを言う彼女達と私の間に深雪とほのかが割って入る。

 ほのかの言う通り、彼女達が何かをすれば冷水浴をすることになりそうね。

 

「あなた達、見るのは構わないけれど、変なことをするのは駄目よ。それと深雪、何かあっても氷水にはしないでね。彼女達の意識を刈り取るくらいは簡単に出来るから、深雪が何かする必要は無いわよ」

「お姉様がそういうのでしたら……」

 

 まさか、本当に氷水にするつもりだったの?

 流石に冗談よね……冗談よね?

 深雪とほのかはエイミィ達を警戒し、エイミィ達は私が駄目といったから変なことをする様子はないが、私の肢体に見惚れて黙ったままだ。

 よく分からない空気に、静寂が大浴場を支配している。

 

「……どうしたの?」

 

 個室サウナに入っていた雫の素朴な問いに、エイミィ達は多少正気を取り戻した。

 私や深雪に意識はまだ集中しているが、徐々にいつもの調子に戻ってくれた。

 いつもの調子に戻ったことで、話題は自然と昨日の懇親会で見かけた男性の噂話になった。

 私は懇親会で気になる人なんて老師くらいだったから、あんまり話について行けないわね。

 

「十師族の跡取りって言えばさ、三高に一条の跡取りが居たよね?」

「あっ、見た見た。結構良い男だったよね」

「うん。男は外見だけじゃないけどさ、外見も良ければ言うこと無いよね」

 

 一条の跡取りと言えば、一条将輝のことよね。

 そういえば、三高に今年入学したんだったわね。

 

「三高の一条くんって言えばさ、彼、深雪のことを熱い眼差しで見てたね」

「えっ、そうなの?」

「もしかして一目ぼれかな?」

「深雪だったらありだよね」

「むしろ、深雪に惚れない男がおかしい?」

「実は前から知り合いだったりして」

 

 女子って、こういう恋愛話好きよねぇ。

 

「深雪、どうなの?」

「一条くんのことは写真でしか見たことがないわ。会場のどこにいたのかも気が付かなかった」

 

 はあ、深雪は達也以外に興味がないのかしら。

 

「じゃあ、美咲は一条くんのこと、どう思う?」

「一条くんねぇ。私も会ったことはないから何とも言えないけど、四葉の当主候補としてはある程度は友好的な関係を築いて置きたいわね」

「四葉の当主候補としてじゃなくて、美咲個人の意見を聞いたんだけどなぁ」

 

 そんなこと言われてもねぇ。

 一条くんには悪いけど、写真しか見たことないから何も言うこと無いのよねぇ。

 

「んー、やっぱり、一条くんに思うところはないかな」

 

 私の言葉にほのかや雫達は苦笑する。

 彼女達が期待するような答えではないのは分かっているけど、本当に話すことが無いのよねぇ。

 

「じゃあ、深雪達の好みってどんな人?やっぱり、お兄さんみたいな人が好みかい?」

「何を期待しているのか知らないけど……私とお兄様は実の兄妹よ?恋愛対象として見たことなんて無いから。それに、お兄様みたいな人が他にいるとも思っていないわ」

 

 あれだけイチャイチャしておいて、恋愛対象として見てないのはどうなの?

 深雪の言葉に内心で呆れていると、雫が私に問いかけて来た。

 

「美咲は達也さんのことどう思ってるの?」

「達也ねぇ。まず、恋愛対象としてはないわね。達也は、何ていえばいいのかしら……弟みたいなものかな?」

「達也さんが弟?」

 

 私の言葉に雫達は首を傾げているし、深雪も何となくしか分かってないようね。

 まあ、普段の達也を見てるだけだと、分からないわよねぇ。

 子供の頃から見て来たけど、危なっかしい弟を見てる感じがするのよ。

 まあ、仕方のないことだとは分かっているけど、もう少し自分のことを大切にしても良いと思うのよ。

 

 結局、達也が弟みたいという私の意見は理解されないまま話題が変わった。

 その後は、ほのか達の話に参加しながらゆっくりと過ごした後に、それぞれの部屋に戻り眠りについた。

 そして翌日、特に何の問題もなく九校戦が開幕した。

 

「お兄様、お姉様、会長の試技が始まります」

「第一試技から真打登場か。渡辺先輩は第三レースだったな」

「はい」

 

 七草会長の試合を見るために、左から雫、ほのか、達也、深雪、私の順番に一般用の観客席を陣取る。

 試技が始まる前に達也がスピード・シューティングについて軽く説明しているが、興味が無いので無視。

 背後から聞き覚えのある声が、達也のセリフを横取りしたので視線を後ろに向けると、見知った顔が並んでいた。

 

「エリカ」

「はい、達也くん」

「よっ」

「おはよう」

「おはようございます。達也さん、深雪さん、美咲さん、ほのかさん、雫さん」

 

 エリカ、レオ、幹比古、美月の四人に挨拶を返して視線を前に向ける。

 

「もっと前の方が空いてたんじゃないか?」

「達也くん達の姿が見えたから。それにこの競技は離れたところから見ないと分からないでしょ」

「まあな」

 

 空中を高速で飛ぶ標的を撃ち落とすのだから、最前列近くの席から観戦する観客は、選手と同等の視力が必要となる。

 まあ、特殊な知覚能力を持ってる人もいるから、別にどこで見た方が良いかは人それぞれね。

 けど、知覚能力や視力関係なく前に詰める馬鹿はいるようだけどね。

 

「バカな男どもが多い所為ね」

「青少年だけではないようだがな」

「お姉さまー、ってヤツ?ホント、嘆かわしいったら」

「そう言うな。確かにあれは、近くで見る価値があるかもしれん。毎日のように顔を合わせていた俺でも、別人かと思ってしまうくらいだからな」

「うわっ!深雪、どうする?浮気よ、ウワキ」

 

 エリカの言葉をスルーして視線を前列に押し掛けた馬鹿達のお目当てである七草会長に向ける。

 達也が見る価値があるかもと言っているけど、いつもより真剣そうに見えるだけで見る価値があるとは思えないけど。

 

「会長さんをネタに同人誌を作ってる人達もいますしね」

 

 美月が漏らしたあまりに予想外の発言に、視線を美月に向ける。

 

「……それは初耳ね」

「……美月、あなたはそれをどういう経緯で知ったのかしら?もしそういう『趣味』があるのなら、私達の友情を見直したいのだけど」

「えぇっ?いえ、そんな趣味ありませんよ!」

 

 深雪の多少本気を含んでいそうな発言に、美月はかなり動揺する。

 

「始まるぞ」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、美月をからかう前に試技が始まるみたいね。

 美月に向けていた視線を七草会長に向ける。

 静寂の中、開始のシグナルが点り、射出音と共にクレーが撃ちだされた。

 

「速い……!」

 

 雫の呟きは、クレーの飛翔スピード、七草会長の魔法、どちらに対してなのかしらね。

 まあ、普通に考えればかなり速いのよね。

 私みたいな特殊な知覚能力がないと、普通は七草会長のように百発百中で一個一個を瞬時に叩き落すなんて出来ないでしょうし。

 

「……パーフェクトとはね」

「ドライアイスの亜音速弾、ですよね?」

「そうだ。よく分かったな」

「……そのくらい、私にも分かったんですけど……」

 

 まあ、魔法の知識と目が良ければ簡単に分かるわよね。

 やっぱり、達也は深雪に対して甘すぎるわね。

 

「そうだな、同じ魔法を百回も見せられれば分かるか」

 

 急に評価が軽くなったわね……

 

「百回?一発も外さなかったんですか!?」

「ああ。驚くべきは、魔法発動のスピードでも反復回数でもなく、あの精度だろう。いくら知覚系の魔法を併用していたといっても、手に入れた情報を処理するのは自前の頭だからな。余程マルチサイトの訓練を積んだのか、それとも天性なのか……十師族直系は伊達じゃない」

「会長さん、知覚系魔法も併用していたんですか?」

 

 あら?知覚系魔法を使っていたのね。

 てっきり、動体視力だけで百発百中なのかと思ったわ。

 

「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。非物質体や情報体を見るのではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーの様なものだ。会長は普段から、この魔法を多用しているぞ?」

 

 そういえば、全校集会の時とかに魔法を使ってたわね。

 正直、害がないから気にして無かったから、何の魔法かまでは知らなかったわ。

 

「全校集会の時なんか、この魔法で隅から隅まで見張っていたんだけどな。レアなスキルではあるが……肉眼だけであの射撃は無理だと思わないか?」

「確かに無理」

「無理だからすごいと思ったのだけど……」

「どちらにしてもすごい技術なんだがな……」

 

 思ったことを口に出しただけなのに、達也に苦笑された上に呆れた視線を向けられた。

 

「でもよ、空気の運動を減速してドライアイスを作り、それを亜音速に加速し、更に知覚魔法を併用していたんだろ?知覚魔法は常駐、減速魔法と加速魔法は百回も繰り返して、良く魔法力がもったな」

「会長の射撃魔法は『ドライ・ブリザード』のバリエーションだが、原型となっている『ドライ・ブリザード』は効率の良い魔法だからな。会長の魔法技能なら、百回どころか千回でも可能だろうさ」

 

 魔法に関して辛口な達也が、無条件で称賛するってことは七草会長は本当に凄いのね。

 

「えっ、でもよ、この真夏の気温でドライアイスを作るのも、それを亜音速まで加速するのも相当なエネルギーが必要なはずだぜ?いくら魔法がエネルギー保存法則の埒外だからといって、それだけの事象改変を伴う魔法の負担が少ないってのは、いくら達也の言葉でも信じられないんだが」

「埒外であっても、無関係ではないのさ」

「そりゃあ、どういう意味だ?」

 

 七草会長の試技が終わったので、バトルボードの会場へ移動しながら達也がレオの疑問に答える。

 

「魔法はエネルギー保存法則に縛られず、事象を改変する技術だ。だが、改変される対象物まで、エネルギー保存法則から自由になってるわけじゃない。例えば、状態維持の式を組み込まずに物体を加速した場合、加速された物体は冷却される。運動維持の式を組み込まずに運動中の物体を加熱すれば、その物体の運動速度は低下する。物理法則って奴は結構強固なもので、魔法という理不尽な力の干渉を受けても、何とか辻褄を合わせようとする復元力が働くんだよ」

「簡単に言うと、ドライアイスから熱エネルギーを運動エネルギーに変換する工程を復元力がやってくれるから魔法の負担が少ないのよ」

 

 達也の説明が長くなりそうだったので、掻い摘んで説明する。

 

「……何か上手いこと騙されているような気がするんだけど」

「覚えておいた方が良いぞ、レオ。世界を『上手いこと騙す』のが、魔法の技術だ」

「つまり、私達魔法師は、世界を相手取った詐欺師ってことね?」

「強力な魔法師ほど、極悪な詐欺師ということになる」

「……まあ、極悪な詐欺師が可愛く見える理不尽な例外もいるがな」

 

 エリカと雫の茶々に、達也は苦笑しながら呟いたが、その理不尽な例外とは誰のことを言っているのかしらね。

 達也の呟きに対してエリカ達は何も言わずに苦笑しているから、彼女達も心当たりがあるんでしょうねぇ。

 本当に一体誰のことを言っているのでしょうね、分かる気がするけど、分かりたくないわ。

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