退廃の祝福を受けた者 作:暇が欲しい一般人
本当にすみません。
渡辺先輩のバトル・ボードを見るために、女子バトル・ボードの会場に移動した。
バトル・ボードは私も出場する競技だから、参考にしっかりと見学しておかないといけないわね。
「女子には辛い競技だ。ほのか、体調管理は大丈夫か?」
「大丈夫です。達也さんにアドバイスしていただいてから体力トレーニングはずっと続けてきましたし、選手に選ばれてからは睡眠も長めに取るようにしていますから」
「ほのかも随分筋肉がついてきたんですよ」
「やだ、やめてよ、深雪。私はそんな、マッチョ女になるつもりはないんだから」
ほのかと深雪の会話に達也は噴出した。
「ほら、達也さんに笑われちゃったじゃない」
「笑われたのは、ほのかの言い方がおかしかっただけだよ」
「雫まで。いいわよ、どうせ私は仲間外れだし。二人と違って達也さんに試合も見てもらえないし」
いきなりいじけだしたほのかに、達也は困惑してるみたいね。
まあ、達也からしてみたらいきなり矛先が自分に向いたと思ってるのでしょうね。
「……ミラージ・バットは、ほのかの調整も担当させてもらうんだがな」
「バトル・ボードは担当してもらえませんよね。深雪と雫は、二種目とも達也さんが担当するのに」
「……その分、練習も付き合ったし、作戦も一緒に考えたし、決して仲間外れにしているわけでは……。それに、美咲も一種目しか担当してないし、練習に付き合ってないし、作戦も考えてないから、ほのか以上に仲間外れにしていることになるんだが……」
「あら?達也は私のことを仲間外れにしていたの?」
私の名前が出たので、私も話に参加すると達也はさらに困った顔をして言い訳を続ける。
「いや、そんなつもりはないが、ほのかが仲間外れなら美咲も仲間外れになると言おうとしただけで……それに美咲は練習も作戦も付き合わなくていいと自分で言っていたじゃないか」
「ええ、私は自力で何とかなる自信があるもの」
慌てる達也を微笑んで見ていると、達也は私がからかっていることに気づいたようで、苦笑してため息をつく。
「達也さん、ほのかさんはそういうことを言ってるんじゃないんですよ」
「お兄様……少し鈍感が過ぎると思いますよ?」
「達也君の意外な弱点発見」
「朴念仁?」
女性陣の集中砲火を浴びて、達也は絶句する。
男性陣からの援護も無いため、レース開始の合図までひたすら耐えることになった。
レースの準備が整い、水路に並ぶ四人の選手に視線を向ける。
渡辺先輩は真っ直ぐ立っているが、他の選手は膝立ち、もしくは片膝立ちで立っている。
新人戦ならともかく本戦でボードに立つことも出来ないバランス感覚の選手を選ぶのはどうなのだろうか。
バランス感覚を埋めるだけ魔法の実力が高いのか、他校の実力が低いのか。
本戦の選手でそんな実力だと言われると、魔法師の実力の低さを嘆くべきなのでしょうか。
それとも私の基準が高すぎるのかしら……まあ、あまり期待しないで置きましょうか。
「……どうもうちの先輩達には、妙に熱心なファンがついているようだな」
「分かる気もします。渡辺先輩は格好良いですから」
「そうかしら?」
深雪の言葉に私以外の反論はなく、渡辺先輩に敵意むき出しのエリカですら反論が無い。
私の感覚が少しずれているのかしら……
『用意』
スピーカーから、合図が流れ、空砲が鳴り、競技が始まる。
「自爆戦術?」
エリカが呆れ声で呟いたが、私と達也は呆れて声も出ない。
スタートの直後、四校の選手がいきなり、後方の水面を爆破した。
大波を作ってサーフィンの要領で推進力に利用し、他校の選手を攪乱する作戦だったのでしょう。
作戦は悪くないのだけれど、自分がバランスを崩しているようでは話にならない。
これが本戦というのだから、例え魔法師でも高校生ではこんなものなのだろうか。
レースはスタートダッシュを決めた渡辺先輩の独走状態。
「硬化魔法の応用と移動魔法もマルチキャストか」
「硬化魔法?」
達也の言葉にレオが問いかける。
「何を硬化しているんだ?」
「ボードから落ちないように、自分とボードの相対位置を固定しているんだ」
レオは今の説明でピンと来てないようだけれど、詳しくは達也がこれから説明してくれるでしょう。
「硬化魔法は物質の強度を高める魔法じゃない。パーツの相対位置を固定する魔法だ。それは理解しているだろ?」
「そりゃあ、実際に使っているからな」
「渡辺先輩は自分とボードを、一つのオブジェクトを構成するパーツとして、その相対位置を固定する魔法を実行している。そして、自分とボードを一つのものとして移動魔法を掛けている。それも、常駐じゃないな。硬化魔法も移動魔法も、コースに合わせて持続距離を定義し、前の魔法と次の魔法が被らないように上手く段取りしている」
「へぇ……」
達也がレオに説明した以外にも加速魔法や振動魔法も状況に合わせて併用しているようね。
一つ一つの魔法はそれほど強力なものではないけれど、絶妙な組み合わせにより他を圧倒している。
老師の言っていた魔法の工夫というのは、こういうことなのでしょうね。
これは良い参考になりそうですね。
レースは渡辺先輩の圧勝でした。
午後、スピード・シューティング女子決勝トーナメント会場で試合が始まるのを待っていると、風間少佐のところに行っていた達也が戻って来た。
「準々決勝から凄い人気だな」
「会長が出場されるからですよ。他の試合は、これほど混んではいません」
達也の独り言のような感想に深雪が律義に答える。
その後も幹比古のことなど軽く話していると、七草会長がシューティングレンジに姿を見せた瞬間、嵐のような歓声がスタンドを揺らす。
すぐにスタンドのそこかしこに設置されたディスプレイが一斉に「お静かに願います」のメッセージが表示され、歓声が収まる。
声は消えたが、その分、熱気が強まった気がする。
もう少し落ち着いた場所で観戦したいわね。
会場の熱気に呆れていると、試合が始まった。
空中を白い円盤が飛び交い、赤い円盤は有効エリアに侵入した瞬間に撃ち落とされる。
七草会長が撃ち落とす標的の色は赤、実力差が大きいわね。
「すごい……」
背後から簡単な声が聞こえて来る。
戦術的には賢い戦い方ではないけど、その技量は格段に高い。
達也が手放しで褒めるだけのことはあるわね。
「え?」
「『魔弾の射手』……去年より更に速くなっています」
ほのかは驚き声を漏らし、雫も声には出さないものの驚いているみたいね。
深雪の言葉に達也も頷いて応える。
達也と深雪が認めると言うことは、かなり高い技術であることは確かね。
十師族の直系なら、得意分野であれくらいの技術はあって欲しいものだけれどねぇ。
スピード・シューティングの結果は大方の予想通り、女子は真由美の圧勝、男子も一高が優勝した。