退廃の祝福を受けた者 作:暇が欲しい一般人
いつも通り三人での夕食を終えた直後、電話が鳴った。
深雪は食事の後片付けに台所に行っているため、リビングには私と達也の二人だけ。
私はお母様からの電話以外に出ることはないので、達也が電話に出た。
「お久しぶりです。狙ったのですか?」
『……いや、何のことだか分からんが……久しぶりだな、特尉』
画面に映ったのは風間少佐だった。
達也のことを特尉と呼んだと言うことは秘匿回線なのでしょうね。
まあ、達也に用があるようだし、私は気配を消して黙っていましょうか。
『では次の話だが、聞くところによると特尉、今夏の九校戦には君も参加するそうだな』
「……はい」
話を聞き流していたが、今日の放課後に決まった話が出て来たので話に意識を向ける。
風間少佐がどこから情報を得て来たのかは、この際どうでもいい。
しかし、わざわざ九校戦の話題を出すと言うことは、九校戦で何かあるのかしら?
『会場は富士演習場南東エリア。これはまあ、例年のことだが……気をつけろよ、達也』
やっぱり、九校戦で何かあるのね。
『該当エリアに不穏な動きがある。不正な侵入者の痕跡も発見された』
「軍の演習場に侵入者ですか?」
『実に嘆かわしいことだがな。また、国際犯罪シンジケートの構成員らしき東アジア人の姿が、近隣で何度も目撃されている。去年までは無かったことだ。時期的に見て、九校戦が狙いだと思われる』
なるほど、国際犯罪シンジケートねぇ。
まあ、風間少佐が情報を得ているなら、あまり大事にはならないでしょう。
余程の馬鹿でもない限り、四葉に手を出すようなことはしないでしょうしね。
「お兄様、お姉様、よろしければお茶にしませんか?」
達也が電話を切って少しすると、扉の向こうから深雪の声が聞こえた。
深雪は達也達の話を聞かないように、キッチンで待っていたみたいね。
深雪も余計な気を使わないで入ってくれば良かったのに。
返事をせずに扉に向かった達也は、いつも通りいちゃつきながら戻ってくる。
「今日は紅茶なのね」
「ええ、セカンドフラッシュの良い茶葉が手に入りましたので、たまにはよろしいかと思いまして」
深雪の言葉に頷いて、カップを手に取り香りを確かめる。
「マスカルテね。手に入れるの苦労したんじゃない?」
「いえ、本当にたまたまなのですけど……お姉様とお兄様に喜んでいただけるのが、深雪には何よりのご褒美です」
満足そうな笑みを浮かべた達也を見て、深雪は心から嬉しそうに微笑む。
この二人は相変わらずねぇ。
「紅茶も美味しいけど、このショートブレッドもとても美味しい。これは深雪が作ってくれたんだろう?」
「はい、あの……少し、不揃いになってしまいましたし、お姉様の作るお菓子には遠く及びません」
「当然ね。私はお母様に喜んで貰うため、子供の頃から毎日のようにお菓子を作る練習をしてきたもの。それに、私の料理の師匠は葉山さんよ。簡単に抜かされたら、合わせる顔がなくなるじゃない」
ショートブレッドを食べて自信満々に言うと、達也にジトっとした目を向けられる。
「確かに、美咲のお菓子は美味しいけど、深雪が作るお菓子も美味しいよ」
「お兄様」
達也の言葉に深雪は心底嬉しそうな顔で達也と見つめ合う。
これだけ甘ったるい光景を見ていると、コーヒーの苦さが恋しくなるわねぇ。
お茶を飲んだ後は、自室で読書をしていると地下室の方から魔法の反応を感じた。
地下室から魔法の反応がするのはよくあることだけど、これほど連続するのは珍しい。
何かしてるのかしら?
異常なほど連続的な魔法の反応が気になり、地下室に行く。
地下室に入ると、ミラージ・バットの衣装を着た深雪が飛び回っていた。
「達也、飛行魔法を完成させたのね」
「美咲……ああ、美咲の飛行魔法の問題点を改善することで完成させることが出来た」
「だから、飛行魔法じゃないって……」
深雪の姿に見惚れていた達也に声を掛けると、飛行魔法について教えてくれた。
「それで、問題点って何?」
「美咲は魔法を一定時間で終わるように定義しているけど、複雑な動きをする時はすぐに重ね掛けの限界がきて魔法を消しているだろう」
「ああ、私以外の人には出来ないしねぇ」
けど、それなら一定時間が来て魔法が終了した時もだめなんじゃ……
「その上、美咲は魔法の終了タイミングを把握していないだろう」
「ええ、魔法の効果が切れた瞬間にフラッシュ・キャストで発動させれば間に合うから」
「その二つの問題を解決するために、短時間で終わる魔法の起動式を連続で読み込ませ続けるようにしたんだ」
「それで魔法が途切れないのね」
時間を正確に把握するなんて集中してないと出来ないものねぇ。
機械が代わりにやってくれるなら、楽そうで良いわねぇ。
「変数も新たに入力しない限り、前回の値を引き継ぐようにしてあるから、常に変数を入力し続けることもない」
「かなり便利そうで良いわねぇ」
次から達也の飛行魔法を使おうかしら、深雪を見る限り複雑な動きも出来そうだし。
CADの必要性は感じたことが無かったけど、飛行魔法はCADがあった方が絶対に楽よねぇ。
「達也、私も飛行魔法のCADが欲しいのだけど、大丈夫かしら?」
「別に構わないが、美咲はCADが無くても飛べるだろ?」
「人前で退廃を使えるわけないでしょ」
「……それもそうだな。美咲の分も用意しておこう」
飛行魔法のCADを貰えると聞いて、私は楽しそうに飛んでいる深雪を一瞥して地下室から出ていく。
フォア・リーブス・テクノロジー略称FLTのCAD開発センターに俺と深雪は来ていた。
美咲はCADを必要としないせいか、研究所にはほとんど来ない。
今日も家で本を読んでいると、一人で留守番をしている。
「あっ、御曹司!」
目的の場所に着くと、忙しく働いていた技術者や研究者たちに声を掛けられた。
「お邪魔します。牛山主任はどちらに?」
最初に話しかけて来た研究員に訪ねると、その問いに対する応えは、人垣の背後から生じた。
「お呼びですかい、ミスター?」
「すみません、主任・お忙しい中、お呼び立てして」
「おっと、いけませんな、ミスター」
一礼すると、牛山さんは苦い顔で頭を振った。
「腰が低いのも結構ですが、ここにいるのはアンタの手下だ。手下に謙り過ぎちゃあ、示しが付きません」
「いえ、皆さんは親父に雇われているのであって、俺の部下という訳では……」
「何を仰いますやら。天下のミスター・シルバーともあろうお方が。俺たちゃあ皆、アンタの下で働けるのを光栄に思ってるんですぜ」
牛山さんの声に周囲にいた技術者、研究員が頷く。
「それを言うなら、名実共に此処のヘッドはミスター・トーラス、貴方でしょう」
「止めて下さいよ。『ミスター』も『トーラス』も、柄じゃねえって。俺はただの技術屋でさぁ」
「牛山さんの技術力が無ければ、ループ・キャストは実現しませんでしたよ」
「あ~っ、止めヤメ。やっぱ、理屈じゃ御曹司にゃ敵わねえや。それよか仕事の話をしましょうや」
頭をガリガリかきながら、牛山さんが白旗をあげる。
「オーケー、牛山さん。今日の試作品はこれです」
牛山さんは俺が差し出した飛行デバイスを十秒ほどまじまじと見つめた。
「もしかしてこれは……飛行デバイスですかい?」
「ええ。牛山さんに作って貰った試作用ハードに、常駐型重力制御魔法の起動式をプログラムしたものです」
「テストは……」
「いつも通り、俺と深雪でしてみましたけど、俺達は一般的な魔法師とは言えませんからね」
息を吞む音が聞こえた。
それも一人や二人ではない。
俺達の話を聞いていた全員が、強張った顔で牛山さんの手元を凝視していた。
「テツ、T-7型の手持ちはいくつだ?」
「バカ野郎!何で補充しとかねえんだ!分かってんのか?飛行術式だぞ?現代魔法の歴史が変わるんだ!」
その後、行われたテストは無事に成功した。
テスターたちは予定時間を大きく超過して飛行魔法を使い続けたために全員ダウンしている。
やはり、今のままだと負担が大きすぎるな。
「何か気になることがあるんですかい?」
「起動式の連続処理は、今のままでは負担が大きすぎるようです」
「そりゃ、お姫様達や御曹司に比べりゃ、そこらの魔法師が保有する想子量は微々たるもんですからね」
「そういえば、美咲も飛行デバイスが欲しいと言っていましたよ」
「お姫様が?」
美咲が飛行デバイスを欲しがっていたことは結構予想外だったようで、牛山さんが目を見開く。
CADを操作している間に、フラッシュ・キャストで複数の魔法を使える美咲にはCADは邪魔でしかない。
牛山さんも美咲がCADの必要性を感じていないことを知っているから意外だったのだろう。
ループ・キャストを開発した時に、『それの何がすごいの?』と言っていたくらいだ。
「流石の美咲も飛行デバイスの処理を自力で行うのは厳しいようです」
「つまり、俺達の技術力はお姫様をこえれたってことですかい?」
「超えたとは言えないでしょうが、認めては貰えたでしょう」
「それは光栄ですな」
美咲に認めて貰えたと聞いて牛山さんは嬉しそうに笑う。
俺も美咲に認めて貰えるものを漸く作ることが出来て安心した。
まだ改善すべきことはあるが、一段落ついた。
牛山さんとハード面の問題点を話し合った後、研究室を後にするために玄関ホールに向かう。
「これは深雪お嬢様、達也殿、ご無沙汰いたしております」
「お久しぶりです、青木さん。こちらこそご無沙汰いたしております。お父様も、お元気そうですね」
「お久しぶりです、青木さん。親父も、元気そうだな」
「深雪と達也も元気そうだな」
親子としては他人行儀だが、それなりの事情があるから仕方がないか。
「今日は美咲お嬢様はご一緒ではないようですな。美咲お嬢様にお変わりはありませんか?」
「はい、特にお変わりなくお元気ですよ。お姉様は今日は一人でお留守番をしています」
「それは何よりですな。美咲お嬢様が一人でお留守番しているのでしたら、あまり長時間引き留めるのはよろしくありませんな」
「達也、深雪、またな」
青木さんが一礼した後、親父と青木さんは俺達とすれ違い、俺達が来た方に歩いて行った。
予想外の人物との遭遇に何とも言えない表情で深雪と顔を見合わせる。
少し顔を見合わせた後、お互いに微笑み美咲へのお土産を買って急いで帰ることを決める。