退廃の祝福を受けた者 作:暇が欲しい一般人
九校戦の発足式という面倒な式が終わり、校内で九校戦へ向けた準備が一気に加速した。
出場種目も決まり、深雪達に毎日閉門時間ギリギリまで練習に付き合わされている。
そんな毎日の練習から抜け出して休憩していると、実験棟にメガネを外した美月が歩いて行くのを見つけた。
美月が向かう先の実験棟からは霊気の波動が出ている。
そういえば、美月も霊気が見えるんだったわね。
目の制御が出来ていないって言ってたけど、大丈夫なのかしら?
気になったので、美月の後を追って実験棟に向かう。
美月の後を追っていくと、香気を感じた。
誰かが精霊で喚起魔法でも使っているのかしら。
階段を上がると、美月が実験室の扉を少し開けて隙間から中を覗いていた。
美月に近づいて美月の後ろで立ち止まる。
ここで背後から美月に話しかければ、美月は驚いて声を上げるわよねぇ。
そうなれば、精霊魔法の事件をしている誰かの意識を乱してしまう。
精霊が暴走したとしても対処は簡単に出来るし、声を掛けて連れて帰ろうかなぁ。
「吉田くん……?」
どうするか考えていると、美月が誰かの名前を呟いた。
「誰だ!」
そして術者の反射的な怒りに、精霊たちが反応した。
「きゃっ!」
押し寄せる精霊に、美月は悲鳴を上げる。
青系統の色調の精霊が押し寄せて来るので、美月を引っ張り美月の前に出る。
押し寄せる精霊を無視して、術者に視線を向ける。
二科生のようだし、先ほど美月の様子を考えると、知り合いだったのかな。
術者を見ていると、横合いを想子の奔流が通り過ぎ、精霊を押し流す。
視線を想子の奔流の発生源に向けると、達也が立っていた。
「落ち着け、幹比古。今、ここで、お前とやり合うつもりはない」
どうやら達也も術者のことを知っているようだ。
「すなまい、達也。僕も、そんなつもりじゃなかったんだ」
「気にしていない。だから、お前も気にするな。元はと言えば、魔法の発動中に術者の心を乱すような真似をした美月が悪い」
「ふぇっ?私ですか!?」
「いや、彼女は悪くないよ。声を掛けられたくらいで心を乱した僕の未熟のせいだ」
彼は何を言っているのだろう。
「今回の件はあなたの未熟さなど関係なく、美月が悪いに決まっているじゃないですか」
「ふぇっ!?」
達也が本気で責めているわけじゃないと安心したからか、私の言葉に驚いていますね。
「今回は何事もなく済みましたが、次はどうなるか分からないのですよ。魔法の発動中に術者の心を乱す行為が危険なことは、魔法に関わる以上理解している必要があることでしょう。何も無かったからと言って、危険な行為をした美月に注意をしなければ、美月がまた同じことをするかもしれないのですよ。そして次は、多くの人が巻き込まれる可能性もある以上、同じことをしないようにしっかりと注意しておくべきです」
私の言葉に全員が黙って考え込む。
今回の件は美月が悪いことに変わりはない。
心を乱された術者が未熟なのが悪いなどという考えが間違っている。
ここは学校で、魔法を習うために生徒達は通っている。
未熟でない生徒の方が例外で、未熟で当たり前でしょう。
だからこそ、魔法実験はお互いに気を付ける必要がある。
「……吉田くん、邪魔してすみませんでした。達也さんと美咲さんも助けていただき、ありがとうございます」
「いや、柴田さんを怪我させずに済んで良かったよ」
「美咲の言う通り、次が無いようにな」
「はい」
まあ、美月も今回で危ないって分かっただろうし、同じようなことはしないでしょう。
「それで、幹比古。今のは精霊魔法だろう?」
「家では天神地祇の教義に従って神祇魔法と呼んでいるけどね」
「魔法のことを話すのは良いけど、まず紹介してほしいのだけれど」
「ああ、美咲は幹比古と初対面だったな」
「ええ、話の流れで名前と魔法くらいは分かったけどね」
先ほどの話と見た目から分かる情報以外は何も知らない。
まあ、それだけ知っていれば十分だろうけど……
「吉田幹比古。俺や美月と同じE組だ」
達也達と同じクラスということ以外、新しい情報は何もないのね。
「幹比古も知っているとは思うが、四葉美咲。俺の従姉だ」
「これからよろしくお願いします。それと、私のことは美咲と呼んでください。四葉では分かりにくいですから」
「なら、僕のことも幹比古って呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いします」
「はい。それで、先ほどのは喚起魔法ですか?」
私の問いに少し驚いたようですが、幹比古は香木を焼べていた卓上炉を片付けながら答える。
「……今更隠しても仕方が無いね。美咲さんの言う通り、水精を使って喚起魔法の練習をしていたんだ」
なるほど、水精だったから青系統の色調をしていたのね。
「水精ね……残念ながら俺には、霊子の塊があるということしか分からなかったんだが……美咲と美月にはどう見えたんだ?」
「えっ?あっ、私も同じようなものですよ。青系統の色調の光の球が見えただけですから」
やっぱり、美月も私と同じようなものが見えていたわけね。
「色調……色の違いが、見えた……?」
「あの、えっと……はい」
あれ?
色の違いが分かるって、そんなに珍しいことなのかな?
青系統の色調の精霊が水精と分かってたから、色の違いは分かるはずよね?
「……合意の上なら席を外すが、そうでないなら問題だぞ?」
「わわっ!」
「きゃっ!」
どうして二人は見つめ合っていたのでしょう?
「それで、美咲はどう見えたんだ?」
「美月と同じだと思うわよ。青、水色、藍色とかの青系統の色調だったわ」
「……美咲さんも色の違いが見えたんですね」
「ええ、精霊の色が見えるのは、そんなに珍しいことなのですか?」
「僕達精霊を使役する術者は、色で精霊を見分けているけど、それは本当の意味で見えているわけじゃないんだ」
本当の意味で見えているわけじゃないってことは、何らかの術を介して見ているってことかしら?
「僕達は術を介して波動を色で解釈している。頭の中で分類して色を塗ってるから、色調の違いが生じるはずがないんだよ」
「なるほど、精霊の色が見えるわけではないのですね」
「多分美咲さん達は、水精の力量の違い、性質の違いを色調の違いとして知覚している。本当に、精霊の色が見えているんだ。僕達の流派では『神』を見ることが出来る眼、『水晶眼』と呼んでいる」
「その『神』というのは、何をさしているんですか?」
「『神』は、精霊の源であり集まりである、自然現象そのものである『神霊』のことだよ。僕達にとって水晶眼の持ち主は、神霊というシステムにアクセスするための巫女なんだ」
幹比古の言葉に私は僅かに目を細める。
達也も幹比古や美月に気づかれないように、私に視線を向けてくる。
眼の呼び方はどうでもいいことだけど、『神霊』を見て、『神霊』にアクセス出来るという情報が何より重要でしょう。
水晶眼のことはお母様に報告しておいた方が良いわね。
もしかしたら、退廃と関係があるかもしれないわね。
達也も退廃が『神霊』に関係する力かもしれないと思ってるんでしょうね。
これで退廃の正体に少しでも近づければいいのだけれど……