オペレーターに勝ちたい!   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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ストーリーが間に合わん(遺言)


グレースロートに勝ちたい!

「……こんにちは」

 

その鈴を転がした様な声に振り向くと、そこにはロドスの狙撃手オペレーター、グレースロートが立っていた。しかしその顔はどこか険しい。何か俺はしでかしたのだろうか。

 

「…何でそんな顔してんだよ、まだ俺何もしてねえぞ」

「………」

 

理由を問えば無言の圧力が返ってくる。何でだ。ロドスの廊下の空気が徐々に重くなってきている。すると、グレースロートはその細い指を俺の身体に向け、震える声で呟いた。

 

「……感染ってない、よね」

 

その言葉に俺は頭の隅で納得する。グレースロートはロドスの中でも珍しく感染者を嫌っている。その嫌悪は異常と呼べるものでもあり、最初の頃は、間違って源石機械に触れた部位を血塗れになるまで研磨剤で擦り取ろうとしたほどだ。今はその症状もマシになってきてはいるが、完全に治ったとは言い切れない。

つまり、目の前の少女は確認したいのだ。俺が感染者になったかどうか。俺は近衛局の制服のポケットから折り畳まれた紙をグレースロートに投げ渡す。

 

「っ…」

「まだ罹ってねえよ」

 

俺が渡したのは俺の健康診断書だ。口で言うより見てもらったほうが早い。因みに俺は生まれてこの方一回も風邪を引いた事が無い。何でも体内に病気やらウイルスやらを死滅させる細胞が異常にあるらしいんだとか。まあ、それは鉱石病とは関係ないのだろうが。

 

「…本当っぽいね。はい」

 

用心深く健康診断書に目を走らせていたグレースロートは、満足したのか俺に近づいて紙を返してきた。

 

「──あーあ」

「…ごめん」

 

思わず声が出る。何故なら俺の診断書がしわくちゃになっていたから。多分無意識のうちに力を込めていたのだろう。グレースロートはばつの悪そうな顔をしながら目線を逸らした。

 

「怖かったから。貴方がもし、感染者になってたらって思うと──わた、私は──、私のせいに──」

「落ち着け」

 

過呼吸気味になるグレースロートの背中をさする。その小さな背中が震えるのを見ながら、俺は先程の作戦を思い返す──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とグレースロート、そしてドーベルマンさんを含めた行動予備隊A6の面々は龍門郊外の地を歩いていた。

ロドスの情報員によると、この辺りに感染者で結成されたグループがあるとの情報があった。幸いまだレユニオンとは接触していないので、本格的な戦場に参加される前に捕縛するという作戦だ。

 

「なあ、イラ。最近彼女とはどんな調子なんだい?」

「彼女…?」

「とぼけんなって、チェンさんの事だよ」

 

ウインクしながら笑うミッドナイトに俺はジト目を向ける。お前のせいで俺は重症を負ったの忘れてねえからな。

 

「無駄口を叩くな、ミッドナイト。ピクニックに来たわけじゃ無いんだぞ」

「おっと、これは失礼しましたドーベルマン教官。しかし貴方達の様な美しい女性方に囲まれてはどうも落ち着かないもので…」

「うわでた、すーぐ女の人口説く癖。それ辞めた方が良いよー?」

 

カタパルトが呆れた表情で腕を組む。それにポプカルとスポットも頷いた。ほれみろオーキッドさんも額に青筋立ててんぞ。あ、気付いた。

 

「あんたねえ…!」

「あ、いや、その違うんです!」

 

色男の慌てようは見苦しいのう。ケケケーと笑いながらそれを見ていると、今まで何も言わなかったグレースロートが突如立ち止まり、獲物のクロスボウに手を掛けた。

 

「みんなで楽しくおしゃべりしてるのは良いけど──囲まれてる」

 

その言葉と同時に、前方から無数の人影が現れる。外見的特徴から、今回の目標である事は間違いない。しかし待ち伏せされていた様で、後ろを振り返るとまたそこにも人影があった。

 

「どうやら楽しい時間はまた後のようだね」

 

そう言い放ち、ミッドナイトは剣を抜く。それに続き、俺たちも各々の武器を構えた。張り詰めていく静寂。

 

「──各員、配置に付け────!!」

 

ドーベルマンさんのその力強い声と共に、暴動者たちが押し寄せて来て──、交戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

戦闘が終わり、俺たちは暴動者達を捕縛する作業に入る。やはり戦場に慣れていなかったのか動きがぎこちなく、少し殺気を見せれば脚がすくんだやつも少なくなかったため、比較的早く鎮圧できた。

ミッドナイト達は疲れた様子で水分補給をしている。戦闘経験はほぼ無いにしては良く動けていた。ドーベルマンさんの訓練の賜物だな。そして敵の存在を真っ先に感知したグレースロートは、少し離れたところで暴動者達を見ていた。

 

「おつかれ」

「…貴方もね。…いつもあんな戦い方をしてるの?」

 

その言葉に首を傾げる。何か可笑しい所があっただろうか。普通にいつも通りに戦ったのだが…。

 

「貴方に殴られた人はみんな数十メートルは吹っ飛んでいったよね。持ってた盾も正面から文字通りひねり潰して、まるで飲み終わった後の空き缶みたいになってるのを見たときは、流石に敵に同情したわ」

「人を化け物みたいに言うなよ」

「化け物みたい、じゃなくて化け物なの。高台にいる敵もそこら辺の岩ぶん投げて無力化するし…私の仕事取って何が楽しいわけ?」

「あ、いや…ま、まあ良いじゃん!終わり良ければなんとかって言葉あるだろ?」

 

ため息を吐いたグレースロートは、無線機を取り出し通信を始める。作戦の完了の報告と暴動者の輸送を要請するためにロドスに連絡を入れているようだ。

 

 

 

「…クソ、なんでこうなるんだよ…」

 

 

その時、捕縛した一人の男が呻く。その目は力のない、無機質な目をしていた。

 

「いつだってそうだ、俺たちはいつも外れくじばっか引いてきた。いいや、引かされてきた。陥れられてきたんだ、『感染者』ってだけで!!」

「そうだ…!お前らにはわからないだろうな、この悲惨さが!住む家も、食べるものも!──愛する人も失った。そんな地獄のような毎日が!」

「俺達からまた奪うのか…?もう、やめてくれよ……!解放してくれよぉッ!!」

 

まさに阿鼻叫喚。一人を皮切りに、一人、また一人と叫び続ける。すると、一人の男が俺の顔をじっと見つめる。

 

「アンタ…近衛局だろ。一般市民を助けるのが仕事じゃねえのかよ。なら助けてくれよ、今!早く!!」

「…アンタらは、既に住宅地やそこに住んでいた人達に危害を加えている。だから、ダメだ」

「…何だよそれ。結局は俺達が悪いってか?」

「違う、ただアンタらはやり方を間違えただけだ、まだやり直せるから。だから──」

 

「うるせえよ…。──もう、どうでも良い…」

「──」

 

諦めないでくれ。その言葉は空虚な目をした男の弱々しい声にかき消された。

もう俺がこの人達に何を言っても無駄なのだろう。そんな事を言ったとしても何の意味も無い。迫害は止まらないし、迫害を受けた過去も消えない。残酷だが、こんな過去を持った人なんて星の数ほど居る。今ここでどうにかできるものではない。

ギチギチ、と何か布を引き裂く音が聞こえる。それは俺の手から出ていた。無意識に握りしめたそこからは、真っ赤な血が滴り落ちている。それは、彼らが流したものと同じ色をしていた。

 

 

 

 

 

「馬鹿みたい」

 

 

 

凛とした声がそこら一帯に響く。それはいつの間にか俺の隣に立っていたグレースロートから発せられたものだった。彼女は腕を組み、暴動者達を見下しながら額に青筋を立てていた。

 

「…馬鹿みたい?今、俺達の事を『馬鹿』って言ったのか?」

「ええ。言った。聞こえなかった?ならもう一回言ってあげる。馬鹿だわ貴方達」

「──貴様ァァァ!!!」

 

憤慨した男が鬼の形相で詰め寄ろうとする。しかし、拘束されているので身体は動かず、前のめりに倒れてしまった。だがその目からは黒い執念は消えない。

 

「お前みたいな奴がいるから俺達が生まれるのが分かってないのか!?人でなしが!」

「………」

「良いよなお前は!職にありつけて食べ物は食べれて!!俺達は感染者だからろくに──!!」

「貴方達、さっきから差別がどーだこーだ言ってるけど──一番貴方達自身を差別してるのは貴方達じゃないの?」

 

その言葉で当たりが鎮まる。

 

「最初から自分が感染者だって諦めて、それでやけになって間違った道に這って行って、人がそれを善意で止めたら逆ギレして…子供なの?」

「な、な──」

「良いね、感染者は。暴れられる理由があって。──周りの人達がどんな気持ちになるのか分からないの?それだったら貴方、本当に人間以下よ」

 

グレースロートは止まらない。口を開けたままにする暴動者達をそのままに、彼女はまた言葉の矢を放つ。

 

「感染者の気持ちは分からない?当たり前でしょう、分かるつもりも無いんだから。感染してない私は、見て、聴いて、感じた事しか受け入れない。貴方達のその言動で、より一層感染者が嫌いになったわ」

「おいグレースロート」

 

「けどね──鉱石病を患った人達でも、その事実を受け止めて誰かを守ろうとしている人は居る」

 

チラッと彼女は、遠くからこちらを見守っている仲間を見る。

 

「そう言う人は私は別に嫌ってないわ、むしろ尊敬してる。けど貴方達は何?すぐに諦めて、周りに当たって──。貴方達が嫌っている奴らと同じことしてるじゃない」

「──っ」

 

「少しは考えて行動しなさいよ」

 

 

 

そう冷たく言い切ったグレースロートは、静まった周りに臆する事なくつかつかと俺の方に足を進める。そして俺の真っ赤に染まった手のひらを見た。

 

「貴方も。自分を傷つけちゃダメ」

「あ、ああ…」

 

まったく、とため息を吐きながら俺の手を包帯でぐるぐると巻いていくグレースロート。そこには先程の威圧感は無く、ただ怪我の心配をする年頃の少女が居た。

本当はこの子は優しい心の持ち主だ。ただ言い方が分からないだけで、そこを除けばもっと世渡り上手になるんだが…。

 

「お前…もうちょっと言い方ってもんが」

「あれくらい言わないと聞かないよああいうのは。貴方も優しすぎるからこんな怪我する──の!」

「あ痛っったあ!!」

 

ぺしんと手のひらを叩かれ、悶絶する俺。誰だこのクソガキを優しいとか言った奴。俺だわ。そんな事をしているうちに、ロドスの輸送車がこちらにやって来た。

縛った暴徒達を車に連れて行く。グレースロートにこっぴどく言われたおかげか、随分と大人しい様子で、俯いたまま指示に従っていた。

俺の担当する列が終わり、他の奴らの様子を見てみる。ミッドナイトはその持ち前のトーク力で空気をフレンドリーにしているし、ポプカルは小動物のような外見や言動で、周りを癒していた。…俺もああいう巧みな話術とかあれば隊長やスカジさん達の無茶振りもどうにかできるかもしんないのになあ。

そんな事を考えていると、ふと一人の男が気になった。グレースロートの列──。

 

(あいつ…)

 

何か嫌な予感がする。嫌な目だ。ジロジロとグレースロートを睨んでいるが、冷や汗を出して、落ち着いていない様子でソワソワしている。そのアンバランスな状態が、どこか腑に落ちなかった。

グレースロートがその男に近づいていく。…駄目だ、ちょっと俺も行こう。そう思い、足を踏み出そうとした時──男がグレースロートに向かって口を開いた。

俺には読唇術は無い。けど、その言葉はそんなスキルが無くても分かるシンプルなものだった。

 

 

 

『しね』

 

 

 

「──グレースロート飛べぇぇッッ!!!」

 

 

 

間違いなく奴は何かをする。何か、取り返しのつかない事を。俺は絶叫しながら──地面を力任せに踏み付ける。ばがん、という音と共に俺の足元から地面に亀裂が走り、それはクレバスの様に深くなり、地割れとなっていった。

 

「っ!?」

 

グレースロートは自分に向けられた怒声に反射的に反応し、背後に飛び下がる。男が地割れに落ちて行く。まだだ。俺はグレースロートへ向かって全速力で駆ける。その瞬間──。

 

 

爆音と共に地面が爆ぜた。赤い肉片と鮮血がまるで火山の様に噴出される。野郎──!

 

(自爆しやがった──!!)

 

元々精度は高くないのだろう、戦闘ではあの男はアーツを使用していなかった。だから近づく必要があったんだ。

破砕された岩がグレースロートに襲い掛かる。オーキッドさんもアーツで打ち払おうとしているが間に合わない。一番近いのは俺だ。なら、やるしかない。俺はグレースロートの側に到着し、彼女に覆い被さった。

 

「──!!」

 

どど、と重い衝撃が背中に来る。痛い。痛いが──チェン隊長のデコピンよりかは痛くない。訓練の成果が実感できた。全然嬉しくねえ。そんな関係のない事を考えながら、俺はグレースロートと共に吹っ飛ばされた。

 

「イラ!」

「けほっ、…大丈夫だ!」

 

ミッドナイトの叫びに応答する。岩が背中に二回着撃したがそんな重傷ではない。軽い打撲程度で済んで良かった。グレースロートも怪我はない様に見える。しかし、何処か様子がおかしい。俺の服を掴み、青ざめた表情で震えている。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

そう呟く彼女の唇は死んだ様に白かった。彼女は何に対して謝罪をしたのだろうか。俺に対して?はたまた──。

頭がかっと熱くなる。何でこの子が自責の念に駆られなきゃなんねえんだ。しかし今ここでそれを吐き出すわけにはいかない。感情を堪え、俺は噴火した地面を睨む。

 

(まだ14の子供だぞ…んなモン見せんじゃねえよ…!)

 

地面は、もう音一つ立てることは無かった。

 

 

 

 

 

 

とまあ、これが今回の作戦だった。結構重めに話したが、作戦は十分に達成。他の奴らも怪我は無いし、唯一懸念があるとすれば、グレースロートのメンタル面だ。

 

「あー…グレースロート。さっきの奴は──」

「……大丈夫。戦場に立つって決めた時から、こういう場面を見るのは覚悟してたから」

「…そっか」

 

どうやら懸念のままで終わりそうだ。そのグレースロートのしっかりとした目からはもう怯えなどは見えない。

 

「…やさしいね」

「ん?」

 

突然そう言ったグレースロートは俺に顔を向ける。

 

「さっきの作戦でも、暴徒を抑える時には全然力込めてなかったでしょ。自分が殺されるかもしれないのに、どうしてそんな事ができるの?」

 

グレースロートは本当に分からないと言った表情でこちらを見つめていた。どうして──か。

 

 

 

 

『もうそんな事だめだよ?次やったら許さないからね!わたしと約束!』

 

 

 

 

「…約束があるんだよ。本気で拳を振るうなって約束がな」

 

自然と声が低くなってしまう。俺は今どんな顔をしているのだろう。上手く笑えてれば良いのだが。

グレースロートは俺の顔を見て、息を呑む。そして──。

 

「…そ」

 

そう小さく呟いた。

 

「──アーミヤの言ってる意味がちょっと分かった」

「ん?」

「私が貴方と会えば、私はちょっと前進できるって言われたの。…貴方のその底なしの優しさは短所」

「うぐ」

「──でも、そうじゃないと救えない命もある。ほんの少しだけ、そこは見習っても良いかもね」

 

その微笑みは、彼女のクールな一面を知っている者からは考えられない程の、優しい表情をしていた。思わず呆気に取られていると、グレースロートが訝しげに睨んで来る。

 

「…何?」

「いや…なんか、意外だなって」

「何言ってるのか分からないんだけど。…それより、お昼。一緒に食べない?まだ私は食べてないし、ついでに今日のお礼も済ませときたいから」

「あ、ちょっと待てよ、強引だなお前!あと『ついでに』は余計だ!」

「ふふっ」

 

ふふじゃねえよ。…まあ、いいか。たまにはこういうのも悪くない。

ため息を吐いた俺は、軽やかな足取りのグレースロートの後を追って食堂へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の勝負──無し。

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