オペレーターに勝ちたい!   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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モスティマに勝ちたい!

紙にペンを走らせる音、クリップを止める音、ブラックコーヒーを入れたカップをデスクに置く音が龍門近衛局執務室に響く。

 

「──ふう」

 

チェン隊長が短くため息を吐いた。それと同時に俺も背中を伸ばす。ぱきぱき、と小気味良い音が鳴り、何とも言えない爽快感が過ぎていった。

 

「一先ず今日の書類は終わりか。中々手こずったな」

「最近はレユニオンの活動が活発になって来てますしね、それ関連の書類が多かったです」

 

ホシグマ副隊長がコーヒーを飲みながらチェン隊長に反応する。本当あいつら数多くなったよなあ。今までは感染者が集まった暴徒集団って印象だったけど、今じゃ軍隊みたいにその力を使って侵攻しに来てる。装備も充実してきてるし、そろそろ本腰入れて迫ってきてもおかしくはない。

 

「まあ、大丈夫ですよ。隊長と副隊長が居てくれれば」

「…あのなあ、楽観視はするなよ、油断が一番の敵になる」

 

「いえ、絶対大丈夫です。だってお二人とも、強いんですから」

 

俺はそう断言する。どっちか一人でも悪党どもが震えて尻尾巻いて逃げるのに、さらに二人揃った時にはもう龍門襲撃の作戦なんか二度と口に出せねえよ。巷では青い龍と緑の鬼っていう怪談が酒の肴として語り継がれてるからな。バレたら殺されるぞ。

 

「──っそ、そうか……そうか…!えへへ…

「……」

 

その言葉を聞いたチェン隊長は顔を赤面させた後、挙動不審に目を動かし、何度か小さく頷いた。そしてホシグマ副隊長は、俺から顔を背けながら口に手を当てる。急に顔を背けられたら普通に傷つくんですけど。

何とも言えない表情で二人を見ていると、チェン隊長が咳払いをする。

 

「──よし、今日は私の奢りで飲みに行くぞ」

「…ふう。ええ、それは良い提案ですね」

「え゛」

 

ちょっと待て。何故そうなるんですか隊長。正直言ってアンタらと飲むと休息の為の飲み会が自分の限界を超える挑戦になるんですよ。隊長はまだ良いけど副隊長がナチュラルアルハラだからな。頑張って頑張ってグラス空にしてもめざとくそれを見つけて、

 

『何だ、空じゃないかイラ。ようし、私が注いでやろう』

 

って笑いながらどぽどぽお酒入れてくる。断ろうとしてもニコニコしながら俺が飲む姿を見つめてるから断りづらいのだ。普段がめちゃくちゃ良い人だからより一層断れない。それで頑張って飲む。で、また注がれる…の無間地獄になってしまう。死んじゃうかも〜。

だからなるべくそれを避けたいんだけど…。

 

「何処で飲みましょうか?いつもより少し豪勢に行きますか?」

「そうだな、たまには良いだろう」

「では、小官が良い店をピックアップしておきますね」

 

おいおいおいおい。不味いぞ話がまとまってきてる。しかも良い店って確実に朝まで飲みましょうコースじゃん。明日も仕事なんだぞ全員。酔い潰れてしまっては緊急事態の時は即座に動けない。あと俺はそんなに飲めない。その意を伝えるべく、俺は口を開く。

 

「あの──」

「よし、ではさっさと仕事を片付けるぞ!」

「ははっ、そんなに急がなくても酒は逃げませんよ隊長」 

 

言えねえええええ!!言えねえよこんなキラキラした二人を見ちゃったら!チェン隊長は足をパタパタさせてるし、ホシグマ副隊長はいつもより数倍笑みを零してる!無理だ!俺もう潰れるわ!

俺は笑いながら(多分泣いてる)それを見つめ、コーヒーを飲もうとしたその時、執務室の扉がノックされる。

 

「ん…そういえば、配達物が今日届くと聞いていたな。よっと…」

「ああ、大丈夫ですよ。自分が出ます」

 

椅子から立ち上がろうとした隊長を制し、俺は扉の取手に手を掛け、そして開いた。

 

「お届けものでーす」

「あ、お仕事ご苦労様で…す………」

 

そこには、青い髪のトランスポーターがいた。頭の上にはサンクタ特有の光っている輪がある。しかし、その頭にはサルカズのような黒い角も生えていた。そしてその端正な顔付きの持ち主は、俺の目を捉える様に見て、口を開いた。

 

「本日は、ペンギン急便をご利用頂き、ありがとうございます。依頼されていた御荷物と、私をお届けしに来ました。イラ」

「……」

「おや?どうしてそんなに静かなんだい?…あ!分かった!声も出せない程嬉しいんだね?いやあ、それは私としても嬉しい限りだ」

「………え、モ、モスティ、マさん…?」

「さんはつけないでよ、イラ。いつから私たちはそんな他人行儀になったの?」

 

そのトランスポーター──モスティマは、頬を膨らませながら、俺の胸を人差し指でつん、と突いた。

 

「はい、ここに印鑑かサインしてね」

「あ、はい」

 

さらさらとサインをし、荷物を受け取る。これで手続きは終わった筈なのだが、モスティマはにこにこ笑いながら動こうとしない。

 

「…?あの、他になんか、あん…すか?」

「んー?そうだね、あると言えばあるね。あと敬語使うな」

 

最後の一言だけ異様に声色が低かった。怖い。

怯える俺の手を握り、モスティマはにこやかに声を上げた。

 

 

「私とデートしようよ、イラ」

「あ?」

「は?」

「ピ」

 

 

俺の背後から地獄の様な声が聞こえる。ヤバい。今振り向いたら俺はおそらく何かを失ってしまう。人間として生きる為の必要な部分とか。

 

「──オイ、私の部下に何の用だ。無関係なやつは自分の仕事が終わったならさっさと帰れ」

「龍門近衛局の隊長さんかあ、初めてお目にかかるね。こんにちは、私はモスティマ。こう見えてもイラとは深い関係なんだよ?」

「何?」

 

訝しむチェン隊長の反応に、モスティマは一つ頷き、俺を引っ張って腕を組んだ。

 

 

「私は、イラの恋人でーす」

 

「あ゛?」

 

 

振り向かされた事で強制的に隊長たちの顔を見てしまう。その整った顔を歪め、究極まで研ぎ澄まさせた鋭い目で此方を睨むチェン隊長。そしてホシグマ副隊長の様子を恐る恐る見てみると、翠の髪で目元は隠されているが、組んだ両手からはギチギチと音が鳴っていた。もしかしてぇ…俺、死ぬ感じ…すかね?

 

「──じゃなくて!……お前、そういうのはやめろよ。()()()()()()だろうが。さもないと俺が死ぬぞ」

「大丈夫。何があっても私が守るから」

 

じゃあ何故お前は守るべきものを崖から突き落とそうとしてるのかな?やめろぎゅっと腕を抱くな俺の心臓がギュッてなる。

 

「…もう過ぎた?どういう事だ…!」

 

チェン隊長が険しい顔つきのまま唸る。常人なら意識を飛ばしているほどの殺気を浴びながらも、モスティマは涼しい顔をしていた。

俺は慌ててチェン隊長に説明をする。この導火線を最後まで燃やしちゃだめだ。死人(俺)が出るぞマジで!!

 

「チェン隊長!違うんです!俺とコイツは『元恋人』だっただけで、そんな近衛局の風紀を乱す様な関係では──!」

「────」

 

チェン隊長が固まる。いつの間にか放たれていたプレッシャーも霧散し、執務室に静寂が戻った。アレ?どうにかなった?俺はそーっとチェン隊長の様子を伺う。なんとか分かってくれたら──、

 

 

「あばばばばばば」

 

「隊長!?」

 

 

白くなって震え始めた!?

 

「ねえねえ、デートしようよぅ」

「今それどころじゃねえ見てみろアレ!」

「ん?ああ、アレは正常だから早く行こ?」

「嘘つけええええ!!」

 

どこが正常なんだよどこが!初めて見たぞあんな隊長!?辟易としていると、ホシグマ副隊長が震えている隊長を押しのけて此方に来た。

 

「…こんにちは。小官はホシグマと言います。以後お見知り置きを」

「ああ、丁寧にどうも。モスティマです」

 

にこやかに挨拶をする二人。しかし俺はホシグマ副隊長の額に青筋が走っているのを見逃さなかった。見逃さなかった所でどうにかなるわけでは無いのだが。

 

「まさか『小官の』可愛い後輩にこんな美しい恋人が居らっしゃったなんて思いもしませんでしたよ」

「…いやあ、こんなに綺麗で礼儀正しい上官さんが付いてるなんて、『私の』イラは幸せ者だね」

「あ、あの──」

「ちょっとイラは黙っててね」

 

そういうや否や、モスティマはいつの間にか手にしていた杖で俺を指す。その瞬間、俺の体に異変が起こった。

 

「────ぁ」

 

俺の口が動かない。いや、違う。動いてはいるが、ほんの少しずつしか動いていないのだ。口に手を当てようとしても、その動作もロクにできなかった。──俺の動きが、格段に遅くなっている。俺はその現象に心当たりがあった。

 

(モスティマのアーツかよ──!)

 

「ねえ、ホシグマさん。ちょっとイラに休暇をあげて欲しいんだ。具体的には今日一日ね」

「残念ながらイラはこの前有給を取ったばかりですので、それは認められません。ご了承の程を」

「そんなつれない事言わないでさ、ちょっとだけ!」

「駄目です」

 

巷では女の子を魅了すると言われているモスティマのウインクにも一切動じず、ホシグマ副隊長はキッパリと断る。流石龍門の盾。そのイケメン達に挟まれている俺。何がどこで可笑しくなったらこうなるんだ。

 

「うーん…しょうがない、か」

 

さりげなく絶望していると、モスティマが小さく声を漏らす。ついに折れたか。まあ仕方ない、ホシグマ副隊長は基本真面目だし、理不尽な事に関しては許可は出さない人だからな。

ゆっくりとした動作で頷く俺。さ、そろそろこのアーツを解除して欲しい所なんだが。そう思っていると、モスティマが再び笑顔で口を開いた。

 

「じゃ、イラに決めてもらおっか」

「──…は?あ、喋れる」

 

アーツの影響が無くなった俺はモスティマの言葉に反応する。その顔を見るといかにも俺がモスティマに賛同するのが当たり前だという様な表情を浮かべていた。

しかしモスティマ、俺は仕事に忠実な人間なんだよ。ホシグマ副隊長の目を見てみると、断れとの命令が出てる。上司の命令は絶対だ。決して副隊長が怖いわけでは無い。無いったら無い。

 

「イラ、私とデートしたいよね?」

「嫌、俺は行かな──」

 

「今日一日付き合ってくれたら、()()()チャラにしてあげるけど?」

「何処でも行こうかモスティマ。財布は仕舞っときな、俺が全て出すぜ」

 

さあてどこに行こうか。繁華街で飯でも食ってから軽く街をぶらつくのもありだな。まあモスティマが行きたい所で全然良いのだが。

 

「お、おい、イラ?」

「すみません、ホシグマ副隊長…。俺はこいつに付き合わなくちゃ行けないんです…!」

「付き合わなくちゃ?ふーん…そんなイヤイヤだったら良いよ」

「俺が付いて行きたいです」

「良くできました」

「イラ!駄目だ!帰ってこい!!」

 

ホシグマ副隊長が吼える。しかし、モスティマは俺の手を引き、颯爽と執務室を飛び出た。

 

「うわ…!ちょ、お前なあ!」

「食べログに書いてあるのはこことここか…。うーん、こっちの方が美味しかったからこっちにしよっか。良し、行こう」

 

文句を言おうとしても当の本人は龍門パンフレットを片手に計画を立てている。本当にマイペースだなお前は!

 

 

 

 

 

「へい、いらっしゃ…──旦那?」

「……おつかれ、ジェイ」

「…疲れてるのは旦那の方じゃ…?」

 

モスティマに引きずられる事五分。俺たちがたどり着いたのは、B級グルメランキングトップの店、ジェイの屋台である。

店主であるジェイは、その凶悪な顔を困惑の色に染めていた。

 

「どうしてそんなに疲れ──ああ、奥方でしたか」

「どうも〜」

「え?奥…え?お、え?」

「魚団子スープひとつ」

「あい、かしこまりやした。旦那はいつもので良いですかい?」

「あ、うん…。え、奥方?」

 

待て。何だ奥方って。あのジェイからそんな言葉が出るとか聞いてないぞ。しかもモスティマも何で当たり前の様にそれを受け入れてるんだおかしいだろ。

 

「ジ…ジェイ?奥方ってのは、どういう…?」

「?何いってんですかい、イラの旦那と、モスティマの奥方の事ですよ」

「…改めて言われると照れるね」

 

何いってんですかいこいつら。いや、これは間違いなくモスティマのせいだな。昔もそうだったわ。なんか知らんうちに周りに付き合ってる噂が広まっててなんやかんやで付き合ったんだった。嘘ばっか吐きやがって…!まあ良い、ここで俺が誤解を解けば済む話よ──!

 

「最近龍門の話題になってやすよ、『龍門近衛局の遊撃隊長がついに身を固めた』って」

「ジィーーーーーーー」

 

ジーザス。手遅れだった。俺は思わず天を仰いでしまう。するとモスティマが楽しそうに微笑んだ。

 

「良いじゃないか、本当の事にすれば」

「……」

「そもそもあの時私は別れる事認めてなかったし」

「……今は、駄目だ。隊長達に恩があるから…」

「その恩ってやつを返したら、私とまた一緒になってくれる?」

「…善処します」

「絶対じゃないとダメ」

 

その苦しそうに絞り出す声に構わず、モスティマはマシンガンの様に口を開く。…確かにコイツは良い女性だ。容姿はトップクラスに良いし、旅の事なら何でも知ってる。ただ、ただ──。

 

 

「というかイラは優しすぎるんだよ私言ってたよね?あんまり他の女の子に優しくしすぎるなってだから女性関係のトラブルに巻き込まれるんだよやっぱり私がいないとダメじゃないか勘違い女がいっぱい君に寄り付くからあの頃はボディーガードの意味を込めて付き合ってたのにまあそれ抜きで君の事が好きだったけどねでもやっぱり周りの関係を一旦リセットする為にも私と今すぐ付き合った方が良いってほら早く付き合うって言いなよ知ってるでしょ私が諦めない性格ってだから早く言ってそしたら何でもしてあげるからドロドロに溶け合おうよ早く言え言え言え言え言え付き合って付き合って付き合って付き合って」

 

 

重い。コイツ、重すぎるのだ。軽い愛じゃないだけマシだろって?重さにも限度があるだろボケが。でもね、まだこれは軽い方なの。口で言われるだけなら良いけど最終的にアーツ使うからな。過去に俺は自分の時を遅くされて一週間外に出れなかった。そこからかな、俺の苦手なタイプに愛が重い奴ってなったの。

 

「……さ、魚団子スープお待ちどお…」

「──ん、ありがとう」

「旦那も、海鮮丼です…」

「…おう」

 

震えた声で、ジェイが品を出す。ごめんな、ジェイ。巻き込んじまって。俺は心の中で謝り、隣のモスティマを覗き見る。そこには先程までの雰囲気は無く、美味しそうにスープを飲む彼女が居た。

 

 

(…そういや、久しぶりに会った時もこんな感じだったな)

 

 

俺は思い出す。祭りの夜の喧騒を──。

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