オペレーターに勝ちたい!   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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ハーモニーエッッッ
ハーモニーエッッッ
ハーモニーエッッッ


喧騒の掟 8

【……モスティマ。──俺は、もう……無理だ】

 

目を閉じれば、あの光景はいつも瞼の裏で上映される。土砂降りの中、そう言い放った彼の瞳には光は無く、ただまっくろな怒りだけがあった。

 

【──別れよう。お前は、俺と居ちゃダメだ】

 

あの時、どういう顔をすれば、どういう言葉をかければ──キミは止まってくれたんだろうか。分からない、分からないが──。

 

 

 

【──ぜんぶ、ぶっ壊す】

 

 

悲しんでるキミを放って、ただ泣いて蹲っていた私の行為が、最低な物だった事は確かだった。

 

 

モスティマは後悔の渦に囚われた。気の向くままに旅をする、風来坊の彼女らしくないその様は、鼠王が隙を突くには十分過ぎるほどの時間だった。

モスティマの視界の端で砂が踊り、襲い来る。アーツを操作し、それを封じようとするが──不安定な精神状態ではアーツは満足に扱えない。

 

(──ここまでかな)

 

モスティマは砂に覆われながら、静かに息を吐く。そして、ゆっくりと目を閉じた。

 

(もう少し粘れるって思ったんだけど…。弱くなっちゃってるなぁ)

 

彼には悪いことをした、と心の中で懺悔する。彼に我儘を通し、自分の好き放題にして、後輩を使って過去と向き合わせた。

嫌われるだろうか。嫌われるに違いない、でも嫌われたくない──。そんなあべこべな感情が、モスティマを弱くさせていた。

 

(あとはエル達がなんとかしてくれるはず。ここで、お役御免って事で)

 

ぎり、と奥歯を噛み締める。それは時間稼ぎができないことへの無力感から起こった行動──ではなく。

 

 

(あぁ────私が、したかったな)

 

 

イラを叱咤激励し、感謝され、笑顔を向けられ、背中を合わせて戦い、信頼を築き笑い合って手を取り合って体を合わせて心を通わせて全てが混ざり合って、私とイラが、重なって。

それを、()()()()()()

 

最後の最後までモスティマは、自分ではイラを救えないと、助けを求めた筈のエクシアとテキサスにどろりとした感情を向けた。そしてそんな恥知らずの自分に、嫌悪を抱いた。

逆恨みというのは分かっている。だからもう、何も抵抗しない。これは自分がしてきた罪の、ほんの一部の償いだから──。

 

 

「ごめんね、イラ」

 

 

そう小さく呟き、青い堕天使は砂のカーテンに飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ダァァァアァッシュ!!!」

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

砂が覆うその不快感。それと裏腹に、モスティマを襲ったものは、重力が横になる感覚と、体全体に感じる仄かな温かさだった。

間の抜けた声を上げ、閉じていた目を開ける。そこに居たのは、汗だくになり、目を見開きながら足を動かす灰色のヴァルポだった。

 

「──イラ」

「あぶねぇぇぇ!!マジあぶねえ!!エクシア達に砂のリソース割いてくれて助かったぜ…!」

「どう、して」

「あぁ!?」

「…なんで私を。エクシア達がいるじゃん、キミには。私の力が無くても鼠王に勝てるはずだし、何より私のこと嫌いなんでしょ?もうほっといてよ。これ以上私が私を嫌いになりたくないの。だから…」

「──あああああ!もう!!」

 

イラは砂から飛び出し、路上に着地する。その勢いのまま横抱きにしていたモスティマに顔を近づけた。

 

「良いか!?俺が知ってるモスティマはな!いくら人がやめろっつったって平気でキスしてくる酷いやつだ!いくら人が距離置いたって我が物顔で家に侵入してきて俺の時間を止めて好き放題するような最低の女だ!!そんなお前が今更しおらしくなるんじゃねえ!!もっとこう、堂々としてろ!!」

「──」

 

その怒涛の文句に空いた口が塞がらないモスティマ。それを見たイラはふん、と鼻を鳴らした。

 

「そもそも俺がお前の事嫌いって言ったかよ。…言ったっけ?あれ?言ってない…よね?──まあいいや。別にお前が俺に嫌われるような事…して…るか。してたわ。え、えっと、でも俺は気にしてない!!四捨五入したら俺はお前の事が好きだ!!」

 

ずきゅーーん。とどこかで音がした。だんだん体温が上がってきた胸の中の女に気づく事がないまま、イラは砂嵐から姿を見せた鼠王に視線を向ける。

 

「だから力を貸してくれ、モスティマ。俺一人じゃムリだ。一緒に、お爺ちゃんぶっとばそうぜ」

「……」

「おい、モスティマ…」

「………ゅーは?」

「あ?」

 

項垂れたままのモスティマが、何かを呟いた。上手く聞き取れなかったイラは耳を寄せ、そしてはっきりとそれを耳にした。

 

 

 

「──おねがいの、ちゅーは?」

「…………………」

「しょ、しょうがないな。ごんってば、ほんとにわたしのことすきなんだから。よし、わたしがんばるよ。だから、ほら…ちゅー…」

 

 

赤面し、くねくねと身を捩らせ、そのぷるんとした口を突き出すモスティマに、イラは白い目を向け、深い、深いため息を吐いた。

 

「はあ〜〜〜…」

「ねぇーイラ?早くしないと力、貸してあげないよ?ほーら、ん!」

「ばいそんくーーーんたすけてくれーーー」

 

「ねえ」

 

脳死で天を仰ぐイラの鼻先を、ゴム弾が掠り通過していく。アッツァ‼︎と喘ぎ倒れ込むイラを、赤い天使は残酷に見下ろしていた。

 

「不快。見てて。さっさと起きて」

「はい」

 

のたうっていたイラはいつの間にか敬礼のポーズでエクシアと向かい合っていた。彼に人権は無かった。

そこにしゃがれた笑い声が割り込んでくる。

 

「ほっほっほ。夫婦漫才は終わったかな?」

「「夫婦漫才……!」」

「夫婦じゃねえ!」

「「は?」」

「すいません」

 

フクロウのように180度回り、こちらを睨む二人に萎縮するイラ。しかし次の瞬間、弾かれたように彼は二人の胸ぐらを掴んだ。

 

「な──!」

「わわ!」

 

驚く二人をよそに、イラは足に力を込め、飛び上がる。空からその場所をみると、そこを砂の波が飲み込んでいた。

 

「不意打ちかよ」

「そうしないと勝てないものでな、それ!」

「ッば」

 

無防備となったイラ達を、四方から砂が取り囲む。焦るイラは拳を握り締め──、

 

 

「エクシア、おねがいね」

「オッケー!」

 

 

モスティマは火球を駆使して砂を迎撃し、エクシアが精密な射撃で鼠王を狙撃する。しかしそれはまた砂の外壁に絡め取られ、鼠王の足元へ落ちていった。

 

「私を忘れるな──!」

 

さらに背後からテキサスが源石剣を振るう。鼠王の首に目掛けて放たれた一撃。しかし、彼は振り向くことすらせずそれを砂で止めてみせた。

 

「怖い怖い」

「チッ」

 

バックステップでその場から離れたテキサスは舌打ちをした。

 

「イラ。闇雲に攻撃してもダメだ。堅すぎる」

「もうあと三マガしかないんだけど!」

 

そのエクシアの嘆きを聞いたイラは、鼠王の部下を投げ飛ばすバイソンとクロワッサンをちらりと見た。唾をごくりと飲み込み、口を開く。

 

「…俺に、作戦がある」

「ほんと!?」

「あぁ。けど、クロワッサンとバイソンくんにものすごい負担掛けさせちまう。そんで成功するかもわからねえ…」

 

その弱々しい呟きを、高性能の無線機は確かに拾っていた。

 

「──イラはん!んな事気にしたらあかんで!!」

「え、あ!無線…」

「盾がいるんやろ!?そんならウチに任せといてや!お代はたんまりもらいますけど、なぁ!!」

「僕も…!出来ます!ここまでめちゃくちゃになってるんだ、僕だって…!暴れたい!!」

 

「二人とも…!」

 

「──あいつらは任せてくだせえ、旦那」

「クロワッサンさんとバイソンさんの穴は私たちが埋めます。即座に、あのご老体を無力化なさってください!」

 

「ジェイ、ワイフー…!」

 

ジェイは気怠げに、ワイフーは快活に。しかしその目には共通して信念の炎が灯っていた。二人にバトンタッチをし、イラの元に駆け寄ってきたクロワッサン達は、その作戦内容を促した。

 

「作戦って、どんなのですか?」

「ああ、まずは──」

 

鼠王から視線を外す事なく、イラは口を開き、起死回生の策を伝え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍門のスラム街を牛耳る鼠王は、杖を突きながら彼らの様子を見守っていた。

 

(前に進むことを決めたか)

 

彼の当初の目的は、龍門内に蔓延っているマフィアの一掃──。しかしそこにイレギュラーが出現した。それがイラだった。近衛局の長であり、なおかつ旧知の仲──、本人らは『仲』という言葉は否定するが──。ウェンと連携を取り、マフィア一掃に邪魔が入らぬよう近衛局を一日だけ機能停止させた。だと言うのに、イラはいつの間にか喧騒のど真ん中へ巻き込まれていた。

 

鼠王はスラムで子供達に菓子を配るイラを見て、ウェンと交わした会話を思い出していた。

 

『憤怒には気をつけろ』

 

実際に対峙してこの意味がようやく理解できた。いや、理解できたのもほんの一部分だろう。イラは数年前に龍門を襲撃した。生まれ持ったその怪力と、そして、目に映るもの全てに憎悪を抱くほどの怒り。その二つだけを持ち合わせた人ひとりに、龍門は落とされる寸前だった。

先ほどの口調が荒くなるほどの感情の昂り。砂を何層も重ねたにも関わらず突破するほどの無鉄砲さ。しかし周りの声は彼には届いていた。

 

だからここで留めなくては、と鼠王は決意した。怒りを振り回し、数年前の人災をまた引き起こすわけにはいかない。守るべき者達を巻き込ませるわけにはいかない。それがスラムを治める王としての矜持であった。

そしてもう一つ。鼠王は個人的に、イラの事を気にかけていた。本来の彼は心優しい唯の青年である。誰かのために拳を握り、誰かのために戦える青年だ。そんな彼に、怒りという一抹の感情でこの先の人生をふいにさせたくは無かったのだ。

故に、荒療治を施した。あえて彼の奥底にあるモノを呼び起こし、ソレと対峙させた。人を頼る事をしなかった彼に、半ば強引にそれを教えた。

今では憑き物が取れた様に、純粋な眼でこちらを睨むイラを見て──鼠王は静かに笑った。

 

「カカカッ──無理をしてみるものじゃのう」

 

この先永くない。老いたこの身にできるのは、若き者を導き、自身を踏み台にさせてでも前に進ませる事。それが、人生の先輩としての仕事だと、鼠王は悟った。

 

「──さぁ、そろそろ再開するぞ。待ちくたびれて寝そうじゃわい」

「……あぁ、待たせたな爺ちゃん。──行くぞ」

 

全てを受け止めるかのように両手を広げ、鼠王が笑う。それに応えるように、ペンギン急便の面々は身構え──、イラは軽く拳を握った。

 

動いたのは、モスティマとエクシアだった。左右から同時に遠距離攻撃を仕掛けていく。

 

『まずは遠距離持ちのエクシアとモスティマが左右から攻撃する。ありったけを撃ち込んでくれ。砂を満遍なく使わないと防げない程にな』

 

「む──」

 

堪らず鼠王は両サイドに砂壁を作った。それを見たエクシアはほくそ笑みながら射撃を続けて行く。またモスティマもそのアーツユニットを振るい、次々と火球を生み出していった。

 

『そして次にテキサスが、鼠王の背後から攻撃を仕掛けたその時──、バイソンくんとクロワッサンの出番だ』

 

「──抜刀」

 

背後から剣の雨が鼠王を襲う。だがやはり、それは砂に阻まれてしまうが、テキサスはお構いなしに二度、三度──次々と技を繰り出していく。

前方を除いた240度を砂で覆った鼠王が、杖を払い砂嵐を巻き起こさんとした次の瞬間──。

 

『今、右、左、後ろ…多分鼠王は前方だけを開けたまま砂のドームで身を守るはずだ。だから──』

 

 

 

「うぉおおりゃああ!!」

「おおおおおおお!!!」

 

 

 

目の前から、二匹の猛牛が突貫して迫り来た。

 

「ぬうっ!?」

 

 

『タフネスが売りのふたりに、前方を塞いでほしい』

 

流石のその迫力に肝を冷やしたのか、鼠王は砂の波を猛り狂う二人にぶつける。鉄と鉄がぶつかり、ひしゃげるような激しい音を立て、クロワッサンとバイソンは突進の勢いを殺された。盾を持って尚その破壊力は凄まじく、荒事に慣れているはずのクロワッサンも苦悶の表情を浮かべた。

ふと彼女が隣を見ると、頭から血を流しているバイソンが見えた。強打して軽い脳震盪を起こしたのだろうか。盾を持つ腕に力は入っておらず、盾に体を寄りかからせてようやく踏ん張る彼にクロワッサンは叫ぶ。

 

「…バイソンくん!無理せんときや!!」

「うあ──」

「良いとこのお坊ちゃんは…!ぐ……!こう、いうのは向いてないやろ…!?」

「──」

 

その言葉に、バイソンの体がピクリと動いた。お坊ちゃん。その彼を表す敬称は、時として彼の無力さを突きつける蔑称でもあった。

 

(…この龍門に来て…ぼくは何かしただろうか?ペンギン急便の皆さんに、おんぶに抱っこ。ましてやイラさんがくれたチャンスも、こうしてふいにして、守られて…!)

 

ようやくわかった気がする。今自分がすべき事が。勇敢に立ち向かって倒れるのではなく、クロワッサンに託して名誉の負傷を負うのではない。

 

 

 

 

「──ゔゔゔあああああああああッッッッ!!!!」

 

 

 

白目を剥いても、情けない声を張り上げても、倒れない事だった。それを実感した瞬間、バイソンの全身の筋肉が盛り上がる。押されていた盾が、少しづつ動き始める。フォルテの本能が、彼の体に限界以上の力を授けていた。

 

「──ははァっ!ま、け、て、ら、れ、ん、わァァァッ!!!」

 

それを見たクロワッサンは獰猛な笑みを浮かべ、自身も更に力を込めた。じわじわと砂が押し戻されていき、遂には鼠王の懐へ辿り着いたふたりは更に力を込めて砂を押し返さんとする。

 

しかし、そこで鼠王はアーツを操作。足元に散らばらせてあった、二人の靴と地面の間にある砂。それを動かした。

踏ん張りが効かなくなった二人は勢い良く滑り転んだ。

 

「──ぐぁっ!?」

「な──んやそれ…!!」

 

「力は凄まじい。だが、誰かに似た猪突猛進。それが良くなかったの」

 

そう言って、鼠王は前方を塞いでいた砂を退ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ぶっとべ」

 

 

 

 

 

瞬間、鼠王の頬に拳が突き刺さった。

 

 

『安心したところの隙。そこを俺が狙う。ワンパンで仕留めれりゃ良いんだが…。自信ない』

『大丈夫だよ』

『え…?』

 

 

『あたしらのチームワークで仕留めれないやつなんか居ないって!自信持って、頑張ろう!』

『イラ。失敗した時のことを考えるな。お前はただ全力で拳を振えば良い』

『ま、イラはんなら行けるやろ!ちなみに、うちらそんな長くは持たんからそこよろしゅうにな、ほんまに…』

『頑張りましょう、イラさん。ぼくも──頑張ります!』

『私は戦えないですけど…頑張ってください、イラさん!』

 

 

いつもより拳が重い。託された想いの強さが、そのまま重力となってイラの拳に伝わっていく。

今まで、頼るなんて事をしたくなかった。自分が償わなければならない責任を押し付けたくなかったから。だが、それは違った。頼るという行為は、押し付けるんじゃなく、支えてもらうだけだったのだ。

一人で戦うより、二人で、三人で──個人の力を合わせれば、無限の可能性が浮かんでくる。

 

 

(ありがとう)

 

 

そしてイラは──思い切り拳を振り抜いた。

 

水風船が割れるような音と共に、砂のドームから鼠王が勢い良く放出される。その老体は紙のように吹き飛ばされ、あわやビルに激突するといったその瞬間──くるりと体勢を変え、壁に足をつけて勢いを殺し、ふわりと着地した。しかしその身に受けた衝撃は凄まじく、鼠王は膝をつき、息を荒げた。

 

「──首回して勢い殺しやがって」

「…コレは、ちとまずいか…」

 

仕留めきれなかったことに歯噛みするイラと、冷や汗を流し不的な笑みを浮かべ後ずさる鼠王。その表情とは裏腹に、両者の状況はまるで正反対だった。

 

「そろそろここでお開きと行こうか──」

「っ待──」

 

その言葉と共に、鼠王は体を翻す。それを見たイラは手を伸ばし、追いつこうとした次の瞬間──銃撃音と共に、鼠王は脱力して倒れた。

 

「──は?おい!」

「う、撃たれた…?」

「あのスナイパーだな。さっきからずっと此方を見ていた」

 

テキサスは、龍門に聳え立つビルの一つを見る。きらりと光るものが確認でき、その推測が間違っていない事が判明した。

 

「お前、どうして…!」

 

バイソンはすぐに端末を操作。この一連を作り出した張本人を問い詰める。それを端に、イラは悲しそうに鼠王の背中を見ていた。

 

「…大丈夫?」

 

隣にモスティマが並び立ち、イラの顔を覗く。イラは少しの間目を伏せていたが、頭を横に振った後に静かに頷いた。

 

「──ああ」

「…また一人で背負い込もうとしてるの?」

「いや、違うさ。本当に大丈夫」

 

「──イラ、まだ終わっていない。鼠王の『プレゼント』だ」

 

そのテキサスの声を聞き、イラは目を見開く。鼠王はプレゼントに対してこう言っていた。

 

『もし見つけられなかった場合──それはお主らの人生で最後のサプライズになるのじゃ』

 

「おいおいマズイぞ…!!」

「爆弾かもしれないね。あのシラクーザ人は爆弾大好きでしょう」

「それちょっとまずくない?」

 

途端に嫌な汗が流れてくる。安魂祭に参加している人数は龍門の大半。それが、どこにあるかも、いつ爆発するかもわからない危険地域に密集している。その悍ましい事実が、イラを焦らせた。

 

(避難させるか…?いや、間に合わない)

 

「敵もおかしいです。鼠王はやられたのに、奴らはそれに全く反応していないなんて…。むしろ、僕らを待ち構えているような…」

 

そう言われて周りを見渡すと、確かに主がやられたのにも関わらず、平然と此方ににじり寄ってくる黒服や鼠王の部下達。それを見たテキサスは、考え込むかのように顎に手を当て──やがて口を開いた。

 

「二手に分かれよう。ソラ、クロワッサン、エクシア、イラ。我々は残った敵を制圧する」

「なるほど、私たちはプレゼントを処理すれば良いんだね」

「っ分かりました!」

「よし。頼んだぞバイソンくん!」

 

そしてイラ達は、鼠王の残党たちに向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

「うおらっ!…ふう。まだか!?」

 

数分経ち。マフィアを吹き飛ばし、モスティマとバイソンが走って行った方向を見る。しかしそこにいるのはこの荒事を楽しむ観衆だけで、音沙汰も得られなかった。

 

「焦ったらダメだよイラ!信じないと!」

「…っ、ああ、そうだな」

 

弾が無くなったエクシアはマフィアを落ちていた石で殴り、昏倒させる。

 

「というかイラさん大丈夫なの!?お面外れてるけど!」

「え?…あ、マジか!やっべ…!」

「もう今更だろう…気にするな」

「…だよなぁ…でも怒られるよなぁ…」

 

 

そうげんなりするイラを見て、ペンギン急便の面々は、いつもの彼が帰ってきたことに安堵した。

 

「──まあ良いや。今はコイツらをぶちのめして──いたっ」

 

その時、イラの頭にコツっと何かが落ちる。頭を抑えながら、自身の頭と接触したそれを拾い上げる。

 

「……キャンディ?」

「うわ──!!」

「ッ!?バイソンくん!?」

 

キャンディに気を取られていると、空からなぜかバイソンが落下してきた。急いでイラは受け止め、彼の安否を確認する。

 

「大丈夫か?──あとコレ、なに?」

 

そう言ってイラは、空から大量に落ちてくる菓子たちを見上げながらバイソンに問いかける。腕の中の少年は、静かに首を振った。

 

「はぁ──お前ら、そろそろ良いだろう」

「──ああ」

 

テキサスが鼻を不快そうに鳴らし、相対していたマフィアにそう促す。すると先程までの様子とは違い、素直にマフィア達は応じて武器をしまった。

 

「テ、テキサス?何か知ってるのか?」

「知らないよ。ただ、予想はできる」

 

男二人に首を傾げられ、彼女は静かに飴を拾った。そこにモスティマが、金属の箱を持ってやってくる。

 

「仲良さそうだね」

「あ、モスティマさん」

「これは…」

「イラ、コレ開けてくれないかな?」

「お、おう…」

 

金属製の箱は硬く、厳重に閉じられていたが──イラの怪力の前にはなす術なく、無惨な姿となった。その中に入っていたものとは──。

 

「一握りの、飴……」

「と、手紙だね」

 

モスティマがそう付け加える。イラは手紙をそっと取り、中身を開く。横からバイソンが覗き込んで、手紙の内容を確認した。

 

 

[良い安魂祭を!]

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷かったなぁ、マジで」

 

ジェイの屋台から場を移し、二人で入ったバーの席で俺はそう呟く。鼠王はもともと龍門の人達を危険に晒すつもりなど無かった。ただ、安魂祭という楽しいショーの裏で、自身の目に余る奴らを始末しようとしていたのだ。そこに俺たちが乱入し、事態をややこしくしてしまったわけだ。

 

そして俺は見事暴れたことがバレ、次の週は隊長と副隊長監修の下で業務を行わさせられた。もう二度とやりたくないです。あの抗争に巻き込まれて得るものより失うものの方が大きかったのはなんでなんだろうか。

 

「イラ、もう飲まないの?」

「……モスティマ。お前は飲み過ぎなんだよ」

「いいじゃん、久しぶりにこういう風に遊んだんだからさ」

 

…コイツも丸くなった気がする。久しぶりに会った時はキスやら何やらされたが、やりたい放題やって満足したのか今は落ち着いて(当社比)俺と会話できている。

そこで俺はふと、この飲みでの目的を思い出し、顔が赤くなっている目の前の女へ問いかけた。

 

「…なあ、モスティマ。今日、結構お前と出かけたよな?楽しかったか?」

「うんうん、すごく楽しかったよ」

「そっか!じゃあさ、()()()チャラにするってヤツ…」

「あぁ、そうだったね。うん、良いよ」

(よぉしっっ!!)

 

そのふにゃ、とした笑いと共に放たれた言葉に思わず内心ガッツポーズをしてしまう。勝ちを確信した俺は優雅に酒を飲む。これでもう、コイツに付き纏われることも──。

 

 

「安魂祭の打ち上げ『俺仕事あるから』って帰った事、無しにしてあげる」

「ああー、良かっ──え?」

 

思わずその顔を見ると、にやりと意地悪い笑みを浮かべた堕天使がそこに居た。

 

「いや…あの、それじゃなくて。いやまあ、その事も反省してるんだけど」

「…あぁ、あの村で交わした誓いの事言ってる?」

「そうそう!それだよ!将来結婚しようみたいな荒唐無稽な──」

 

「無理」

 

無理だよな!やっぱり無理………。

 

「え?」

「私飲みすぎちゃったのかな、君の口からそんな冗談聞くなんて…。それも、タチの悪い、ものすごく不快な冗談を」

「嫌、冗談じゃな──」

「……」

「いこともないんですけども」

 

にっこりと純真無垢な笑みを浮かべるモスティマを見て俺はすぐに口を紡ぐ。笑顔って威嚇みたいな事聞いたことあるんですけどこういう事を言うんですね。

そんな俺にしなだれかかる様に、モスティマは体を寄せてきた。アルコールが入った体は暑く、嫌でもその存在を確認できた。酒の匂いに混じって、柑橘系の香水の匂い。それは過去にも嗅いだことのある、懐かしい匂いだった。

 

「ダメだよ」

「え?」

 

「ずっといっしょに、いるの」

 

そう言って、モスティマは潤んだ瞳で俺の瞳を覗く。そこにはいつもの威圧感は無く、ただ一人の、女性としての本心が──。

 

 

「………お前、酔いすぎだ」

「そんな事ないよー。ほら、触ってみて。全然暑くないでしょ」

「そりゃあツノはね!」

 

マスターに言って代金を払う。車を手配するかと問いかけられたのだが、モスティマがそれを拒否した。お礼を言って、外に出る。夜の街の風が火照った体を冷ましてくれる感覚は心地よかった。

 

「ごめんねー、お金払ってもらって」

「…まあ、良いよ。奢るって言ったしな」

「えへへ。そう言うところも好き。…おとと」

 

ふらふらと千鳥足になるモスティマの腕を掴み、支えてやる。…コイツこんなに弱かったのか?無理に飲んでたんじゃないだろうな。俺は副隊長みたいになりたくないぞ。

 

「歩けそうか?」

「んー…無理かな、厳しいかも」

「わかった。乗れ」

「え?」

「背負ってやるよ。どこまでだ?ペンギン急便か、お前の今住んでるとこか」

 

背中を向け、しゃがむ。しかしいつまで経っても体重がかからないので、不思議に思い振り返ると──。

 

「…!」

「むぐっ!?」

 

キスをされた。甘いカクテルを飲んだのかと錯覚するほど、その味は甘かった。数秒してモスティマが口を離す。

 

「…聞かせて欲しい」

「…あ、ああ……」

「やっぱり、むり、かな…結婚、とか」

「………ああ」

「どうして?私、魅力的な女性に思えない?」

「──充分、魅力的さ」

「……」

「…俺は、ヤケになってた俺を助けてくれた人に、まだ何も恩を返せてないんだ。そんな状態でお前と一緒になったら、俺はお前の事よりそっちを優先しちまう」

「……そっか」

 

そう言い、モスティマは体を離して笑顔を見せた。その笑顔は先ほどの様なものではなく、純粋に笑っている、そんなものだった。

 

 

「──じゃ、待ってる」

「…俺がそのうち違うヤツの事好きになっちまったらどうするんだ?」

「取り返すに決まってるでしょ?私は割と強欲なんだよ」

「──あぁ。知ってる」

 

その俺の言葉にはみかみながら、モスティマは俺とは反対方向の道へ歩き始めた。…ん?

 

「あ、オイお前…!」

「またね、イラ。配達の時よろしく〜」

 

しっかりとした足取りで歩き去ったモスティマをぽかんと見送る。しばし思考停止していたが、大きくため息を吐き──俺も歩き始めた。

 

明日の仕事中に配達が来ることを思い出しながら、俺は深く伸びをした。




これで喧騒の掟は終わりですね。長かったな。他のネタ描きたくてウズウズしてたぜほんと。とりあえずここまで読んでくれた皆様、ありがとうございました!

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