オペレーターに勝ちたい! 作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない
どっちも来てくれたから嬉しかった!
「ドクター、妹達が世話になっているな。いつも感謝している。じゃじゃ馬達の面倒を見るのも一苦労だろうに」
「…気にしなくて良い、むしろいつもこちらが助けてもらっている…?──ははっ、妹達は本当に良い上官に恵まれているな」
「ふふ、お詫びとして、今度私と飲んでみないかい?それこそ、夢心地の様なひとときを楽しませてあげたいな」
「お前はただ酒を飲みたいだけだろう。これ以上迷惑をかけるんじゃないぞ、リィン」
「おや、これは手厳しいね」
「はぁ……。それでドクター、少し頼み事があるんだが…あぁイヤ、そんなに身構えなくても良い。ただ──会いたい人物が居るんだ」
今俺はロドスに来ている。いつも通りに仕事をしていたら、突然ロドスの職員が慌てた様子で近衛局に駆け込んで来て、俺をロドスに招待したいと言い出した。
もうこの時点で既に怪しさ満点である。それを見た隊長は行かなくても良いと言っていたのだが、連合作戦で世話になっている身としては、円満な関係を築いていきたいし、尚且つロドス側の面子の事も考えた結果、来訪することにした。チェン隊長にはあとで何か買って帰ろう。そしたら機嫌は治るはず…だろ、うん。
「ここですか?」
ロドスの職員と歩く事十数分。目的の場所に辿り着いた俺は、ぺこぺこと頭を下げながら去って行く彼を見届け、その扉へと向き合う。
…こんな扉、ロドスにあったか?なんだっけ、確か…炎国…だっけか?この装飾は。
見たことのない扉に辟易しながらも、俺は一つ息を入れ、拳を握り軽く扉を叩いた。
「失礼します……」
重厚な扉を開けると、そこには俺もよく知る人物が並んで座布団に座っていた。
「あ。ニェン、と…シー!?」
「よっ」
「…何で私を見てそんなに驚くのかしら?」
いや、驚くだろ。いつも絵の中に篭ってるシーが外に居るんだぞ。しかもましてやニェンと一緒に座ってる光景なんかレア物以外のなんでもない。
それにニェンもどこかおとなしいというか…。そんな落ち着いて座る事なんて出来たのか。
「…ん、まぁ──ほら。ここ座れよ」
「はあ?何勝手に決めてるの?…イラ、隣に座りなさい」
ぽんぽんと二人が同時に自分の横を叩く。そして同時にお互いを見つめる二人。
「……お前の隣に居てもなんにもつまんねえと思うぜ?どーせ絵の話しかしねえんだろ?イラはそういうの興味無いってさ。お姉ちゃんに譲れよ」
「あら、激辛料理を食べ過ぎると記憶の捏造と虚言の症状が出るのね。ロドスに検査してもらいなさい?イラは静かに、そして風情を私と楽しむことが好きなの。妹優先してよ」
「…あ?」
「……」
なんでいつもこうなるの?ほんっと仲悪いなてめえら!睨み合うその姿はまるで双龍が縄張りを巡って熾烈な争いを繰り広げんとする様だった。
「──じゃ、イラに決めてもらおうぜ」
「ふぅん?負けると分かる試合をしてくれるなんて優しいのね、お姉ちゃん。イラ?こっちにおいでなさい」
「はっ、言ってろ。──イラー、『約束』。覚えてるよな?」
そして結局俺が決めるんすね。そうですよねいつもこんなんですよね!
…よし、シュミレーションしてみよう。ケース1。
『ニェンにしようかな』
『は?(筆を取る)は?(絵を描く)は?(閉じ込められる)は?(終了)』
…そしてケース2。
『シーにしようかな』
『約束って言った(麻雀する)約束って言った(麻婆豆腐食う)約束って言った(炎で炙られる)約束って言った(終了)』
ふーん、えっ、死じゃん。俺。死んじゃうじゃん俺。なんでどっちも四手で俺詰むんだよ。実は仲良いだろお前ら。
「イラ…?」
「早く…」
内心絶望していると、二人に催促されてしまう。…まあ、こうなったらこれしか無いよね。
俺は二人と対面する様に俺は腰を下ろす。あ、と息の漏れる音が二つ聞こえたが、俺は構わずあぐらをかいた。
「…イラ?そこは、やめといた方が良い、と思うぜ?」
「とか言うけどな、ここ座っとかないとお前らが喧嘩するだろうが」
「……知らないからね」
へっ、なんとでも言いやがりな。これが最適解なんだよワトソンくん。
ひとまず落ち着いた空気を取り戻した所で、俺は本題に入っていく。
「なんで俺を呼んだんだ?二人揃って珍しいけど…」
「あー、それな。お前を呼んだのアタシたちじゃねえんだ」
「…どう言うこと?」
「私達も招かれた側ってこと」
「…誰に?」
「それは──」
「その必要は無い、ニェン。私が自分で名乗ろう」
突如、俺の右側から低い声が聞こえた。
「──ッ!?」
「初めまして。私はチョンユエと言う。イラ殿で間違いないか?」
気づけなかった。横を見ればすぐ側に、黒と白が混ざった様な髪をした男が座っていた。その佇まいは凛としていながらも、和らかな雰囲気を漂わせている。男──チョンユエさんは、優しい笑みを浮かべ、俺を見つめていた。
「…な、い、いつの間に…!」
「──最初からだ」
「え」
「貴殿が妹達と仲睦まじく会話をしている時から、ずっとここに居たぞ」
嘘、だろ…。そんな最初から居たにも関わらず、姿が見えなかった…!──いや違う、これは…気配を消して、極限まで姿形をも無くしてたのか…?と言うか待てそれよりも──。
「──ん?妹?」
「ああ、妹」
「────はあああ!?」
「改めまして、兄のチョンユエだ。いつも妹達が世話になっているな」
「あ、これはご丁寧にありがとうございます。イラです。…あの、分からなかったとはいえ、こちら側に座ってしまい、大変申し訳ございませんでした…」
「はは、律儀だな。元はと言えば私が悪戯を仕掛けたのが良くなかったんだ。気にしなくて良い」
「イヤほんと、分からなかったです…。それって、鍛えればできるものなんですか?」
「あぁ。だが永い、永い年月を経て初めて学べる技なんだ」
「へえ…!じゃあ、チョンユエさんは凄く、努力家というか、ストイックと言うか…凄いかっこいいです!」
「いやいや、そんなことは──」
「──なあ。あたし達をほっといて何二人で話してんだよ」
ふと、その声を聞いて俺達は気付く。自身の存在を無視された二つの龍が怒気を放っているのを。
ニェンは肘を付き分かりやすく顔を顰め、シーはつまらなさそうに自分の手の爪を手入れしていた。…うわ。あれ結構怒ってるやつだ。前にもあの仕草してて、そのままスルーしてたらなんか急に不機嫌になった時があったんだよ…。
折角俺が近衛局での生活を話していても、
『つまらないわ。──そんなの私が描けばいくらでも体験できる様なことだけじゃない』
と顔を背けて絵を描いていた。それで気まずくなって帰ろうとしたら腕に尻尾巻きつけるから帰れねえし困ってたなあ。
「そんなに怒るな、イラ殿を取るつもりはないさ」
「どーだか…。イラに会いたいって言ったのは兄貴のくせに。…アタシのなのに……」
「そう拗ねないでくれ。私はただ確かめに来ただけだ、イラ殿の実力を」
「実力…ですか?」
その単語につい、口を挟んでしまう。するとチョンユエさんが一つ頷き、何やら含みのある笑いを浮かべ、俺を見る。
「ああ。私がロドスに来たのはつい最近の事なのだが、その間妹達から君の話を長々と聞かされてな。言っては悪いが、この地に二人がそれほど気にかける者は居ないと思っていたのだが──」
「え?二人がですか?」
「オイ兄貴!」
「ちょっと、やめてよ!」
「ふふ、すまない。口を滑らせてしまったな」
その事実を聞いて思わず俺はニェンとシーの方を向く。二人は身を乗り出して慌てた様子で頬を染めていた。
……ほ〜ん?俺はニヤニヤしながら二人に問いかける。
「オイオイ何だよ二人とも〜。俺の居ない所で俺の事言ってくれちゃって〜」
「は?何チョーシ乗ってんだよ。確かにオメーの事は兄貴に喋ったけどな、それは面白えやつが居たから話しただけで他意はねえ」
「…そうね、特にこれと言って特筆するような人が居ないんだもの。仕方なく…そう、仕方なくね。勘違いも甚だしい」
「ソッスカ」
その冷たい視線を一身に受け、俺は即座に縮こまる。そんな言わなくても良いじゃん…。
「…いつもこうなのか、お前達は…?」
その時、呻くようにチョンユエさんが何かを呟いたが、俺の耳には届く事は無かった。
「腕相撲をしよう」
「はあ」
そう言うチョンユエさんに、あいまいな返事を返す。実力を確かめるのに腕相撲?と思ったのだが、とりあえず腕まくりをしてちゃぶ台に肘を付く。
「ふむ…毎日の鍛錬を欠かしていない筋肉をしているな。勤勉なのは良い事だ」
「ありがとうございます。…あの、俺異常に力強いんですけど大丈夫ですか?」
俺はそうチョンユエさんに警告した。…最近また力が強くなってたからな。普通の人と握手するだけでも気を遣わないといけなくなっちまった。俺バケモンになってない?大丈夫?
「オイ、イラ。兄貴は──」
「いや、良いさニェン。…ははは、この私が心配されるとはな」
チョンユエは和やかに笑いながら、イラと手を交わす。二人の妹達が何か言いたげな表情をしているのを横目に見ながらも、あえて彼は何も言わなかった。
事は一週間前まで遡る。
──兄貴!紹介したいヤツが居るんだ!将来アタシのモノになるおもしれーやつ!
そうニェンが息荒くチョンユエに捲し立てた時、彼は意味を理解するのに時間がかかった。幾星霜の時を歩いてきたチョンユエが悩む事などそうそう無い。
しかし彼は聡明であった。その意味を理解した後、これはこの可愛い妹が自分に対して釘刺しをしているのだと、そう悟った。
ニェンはあっけらかんとした性格だ。大抵の事は面白そうであればそれに付き合う度量もあるし、創り出す物は大切にはしているが、そうあまり執着はしていない。
そんな妹の目に、チョンユエはどろりとした感情を見た。それは彼が見てきた人間達の負の感情に似た物。他人に心を掻き乱され、愛憎乱れるその感情を、妹はいつの間にか心の内に秘めていた。
チョンユエは、ニェンのその感情に気付いており──それでも、それを否定する事は無かった。今まで『執着』と言う行動を取る事が無かった彼女が、初めて実の兄に取られまいと意思を示した。その事実こそが大切だと、チョンユエは教官では無く、兄としてそう思った。
チョンユエは快くニェンの願いを承諾。それを聞いて朗らかに笑ったニェンは、日程は自分に任せる、と言ってどこかに去っていった。仕方ない、とため息を吐きながらも、内心楽しみにしていたチョンユエは、当日何を話そうか、そしてどのような菓子折りを持って行こうか悩んでいたその時、珍しくシーが彼の元を訪ねてきた。
いつも絵の中に篭り、外に出る事があまり無い彼女が外出した事に驚愕していたが、頬を朱に染めたシーの言葉で、チョンユエは白目を向いて卒倒することになる。
──今度時間を貰えない?紹介したい人が居るの。
その名前は、ニェンが口にした者と同じ人物であった。
チョンユエは白目になりながら頭を抱える。こんな事ある?
悩みながらも考えた。これは拙いと。二人の妹達が共通の異性に好意を──いや、もはや独占欲と言った方が良いか──それを持っているその事実が、彼を拙いと考えさせた。
ニェンとシーは常識を超越した力を持っている。もし痴情のもつれで、ひょんな事で本気で二人がぶつかり合えば、おそらくその場に生息している生命体全てが無に帰すであろう。
故に、チョンユエは二人の想い人──イラという人物を確かめに、この場を作ったのだった。
……そして、もし、仮に。思いたくはないが、イラという者が妹達を不埒な思案で誑かしているその時は、
「──ん?なんか悪寒が…?」
そんなことは露知らず、イラは突然自分を襲う悪寒に疑問を抱いていた。室内の温度は過ごしやすく、またイラを狙う脅威も無い。じゃあ何故だと首を傾げていると、笑顔のチョンユエがしっかりとイラの手を握った。
「──ッ」
「…ほう」
そして、二人の表情が一変する。イラは、目の前の男の手から、積み重なる歴史を感じていた。
(な、何だこの人…!力強いというか、俺と密度が違う…。どんな鍛え方したらこんな圧を持てるんだ…!?)
固唾を飲むイラ。その一方で、チョンユエもイラの手を介して認識を改める。その目は先ほどの柔らかいものではなく、すでに戦術教官としての鋭い目をしていた。
(これまで出会った強者の中で、間違いなく頭一つ飛び抜けて力が強い…。体の筋繊維が、余すことなく力を入れられるように形成されている──。これは、鍛錬で身につく物ではない)
明らかに雰囲気が変わった二人を見て、ニェンはニヤニヤとする。それは自分の好いた男が、今、明確に兄の目に適った事に笑みを溢さずにいられなかった為だった。
(兄貴は強い奴も好きだし、それよりもっと常識的な奴が好きだ。イラはそれに当てはまってる。さっさとアタシ達の関係を認めて貰って、繋がって、他の奴らが居ない所に行って暮らそう)
「頑張れよーイラ!」
そしてそれはシーも同様だった。ニェンほどではないが、確かにその口元に笑みが浮かんでおり、目元もどこか酔った風な様子でイラを見つめている。
(この勝負で兄さんを認めさせる事ができれば、晴れて私たちは一緒…。約束を取り付けた瞬間、絵の中に閉じ込めればずっと一緒になれる…。ニェンが入ってこられないように、絵の世界の中で更に絵を描く。それを永遠に繰り返して、私と一生を過ごすの…ふふ、楽しみね)
「応援してあげるわ、まあ勝っても負けてもどっちでもいいケド、せいぜい頑張りなさい」
その悍ましい考えを奥底にしまい、イラにエールを送る姉妹。これでもしイラがチョンユエを認めさせればその瞬間にイラの人生が終了してしまうのは確定した。
それならば、みっともなく負ければいいのだが──。
「──ふー…」
この男、今までにないほどの実力者を身体で感じとり、精神統一をして本気で勝ちに行こうとしている。終わったね。
そしてそれはチョンユエも同じ。真っ直ぐイラを見つめ、腕に力を込めていた。
「…では、二人のどちらか。合図を頼む」
「──お、おう…じゃ、アタシが言うぜ」
「………」
「よーい…」
静まり返った室内。痛いほどの静寂が数秒続き──、ニェンの潤った唇が、ゆっくりと開いた。
「──どん」
「──ッッッッ!!!」
「………!」
その合図が出された瞬間、シーは目を見開く。それはまさに、『力』と『技』がぶつかり合う様だった。
イラの腕力は、チョンユエでも真っ向から受ければ恐らく押し負ける。ならばと、莫大な経験値を溜め込んだ『技』を持ってして、力を受け流す作戦に出たのだ。
「ぐうううっ……!!」
(お……重す、ぎ…!山を動かそうとしてるみてぇな感じだ…!!と、いうか、何だコレ、力、全然伝わんねえ…!)
右腕を倒そうとすると、重心をずらされ自分が倒されないように力を調節しないといけない。イラは本気を出せずに居た。
(圧倒的に格上…上手すぎだろ…!)
チョンユエは、この世界に生を受けて初めてと言って良いほど驚愕した。自分は人間を超越した概念であった。今はその力は捨てたが、それでも人間という『枠組み』からは逸脱している。
その上位種と言っていい彼を──目の前の男は、ただの『力』一つで均衡するまでに追い込んでいた。
(…危なかった。開始して直後に重心を弄っていなければ、私は負けていた──)
汗を流しながら、チョンユエは久方ぶりに楽しいと感じた。何かを競う対決では、周りの者が汗を流す中、実力が離れているチョンユエはそれらを見ているだけであった。もちろん、研鑽しあう者たちを見る事は苦では無かったが、そこには一種の寂しさがあったのだ。
だが、今は──。
(認めざるを得ない──そして、私も負けたくない──)
犬歯を剥き出しにして獰猛に笑ったチョンユエは、腕に力を込めて、勝負を決めに行く。
力を流しながら、全力で力を込める。相反するその動作は、極めると言った言葉を使うのも烏滸がましいほどの鍛錬を積み重ねた者にしかできないものだった。
「ぐ、ううおお!?」
突如均衡が崩れ、イラ側に腕が倒れ始める。目を剥いて、イラは力を込めようとするが、チョンユエの巧みな技でさらにそれが深まっていく。
(ま、マズイ──)
敗北。そのイメージが浮かび上がる。だが他のオペレーター達がチョンユエの実力を知っていれば『仕方がない』とイラを慰めるだろう。それほど、両者の間には天と地ほどの『技量』の差が出ていた。
だがしかし、イラは諦めない。思い出すのは、この前の大切な人との会話──。
『もし、私がその恐怖に屈して──、全てを諦めた時。…お前が私を止めてくれ』
(強くなるって決めたんだ。こんな所で、こんな所で──!!)
「負けるかああああああッ!!」
「な──!」
イラの腕の筋肉が異常な程に盛り上がり、右腕に全ての力を漲らせる。自分の腕を押し返し、再び拮抗の状態に戻ったその事実に、チョンユエは驚愕した。
(まさか──!)
積み重なる歴史。数えるのも馬鹿らしくなるほど鍛えてきた『技』が今、ただの上位種でも無い人間が絞り出す『力』だけにねじ伏せられようとしていた。
(…凄まじいな、イラ殿──しかし…こちらにも意地というものがある……!!)
「──ふっ!!」
部屋には異音が鳴り渡っていた。組まれたお互いの手が、超力により軋み鳴る音。ぎちぎちと今にも破れそうな布を引っ張るような音を出しながらも、二人は最後の力を振り絞り──!
「「おおおおおおッ──!!」」
ばき。
「あ」
「あ」
「…ん?」
「──おお!?」
その時、悲鳴を上げたのは、イラの腕でも無く、チョンユエの腕でも無く──、二人の凄まじい激闘の場となっていたちゃぶ台であった。今までその力を耐え切っていたのが奇跡であったかのように、それは文字通り粉砕していた。
「あっちゃ〜、これロドスの備品なんだけど…」
「私、知らないからね」
ニェンが呆れたように、そしてシーは関せずといった風にそう呟いた。そんな薄情な妹達に呆れた目を向けながら、チョンユエは膝に手を当てて、立ち上がった。
「とりあえず、掃除をしよう。道具を持ってくる。イラ殿は木屑を纏めておいてくれるか?」
「……」
「イラ殿?」
「…あ、はい!わかりました」
ぼーっとした様子で割れた木材を纏め始めるイラを見て、チョンユエはそれをしばし静観した後、掃除用具をドクターに借りに行った。
「──で!どうなんだよ、兄貴!」
「…?どうとは」
「イラ!どう!?」
その気色を隠す事をせずに、チョンユエに攻め寄るニェンは、銀髪を揺らしてその返答を待つ。
「ああ──そうか、そういう話だったな」
「え?」
思い出したかのように呟いたチョンユエを見て、何を言っているのか分からない様子のイラに、静かにシーが寄り添う。
「どうでも良い事よ。世の中には知らなくて良いような事があるの」
「ほ、本当に何…?怖いんだけど…。あと何で腕掴んでんの?」
ふふふ、と笑うだけで質問に答えないシー。
それを見ながら、チョンユエは暫し沈黙し──その口を開いた。
「──私としては、イラ殿は合格だ」
「〜〜〜っやったあ!!」
「よし──」
「?」
「だが──イラ殿。一つ聞きたい事がある」
「──?はい、なんですか?」
「君はその力をどう使いたいのか。それを聞きたい」
「俺は──」
チョンユエは危惧していた。上位種である自分と拮抗する程の力を持つ彼が力に溺れてしまう事を。
「私は教官という仕事柄、力を持つ者が堕落しそして正しき道を外れていく様を何度も見ている」
「先の試合──素晴らしい物だった。だが私は君の目に、隠れた野心を見つけていた。それは向上心が肥大化しているものだ」
それを聞いたイラは目を開いた。先程の腕相撲で、そこまで見抜かれていたのかと。その反応を見て、チョンユエはゆっくりと目を伏せた。
「今はそれはまだ小さなものだ。だがひょんな事でその野心は倍以上に膨れ上がり、そして君自身を押しつぶす。…答えてくれ。君は、それを持って何がしたい」
──昔のことを思い出す。それは、新雪が積もる季節。俺を取り囲む子供達と、それを遠くから眺める老人達。皆が俺に笑いかけるその時間は、身寄りの居ない俺にとって大切な時間だった。
『──ッシスルさん!!ロク爺!!…頼むって…!!おい、ガキども!!』
燃え盛るその村は、熱かった。暖かい皆は、燃えて熱くなって、村を燃やす火種と化していた。
『なんで──っ、アビス、アビスは!?』
それは俺の恩人も関係なく、例外なく、同様に燃え盛っていた。そこから先は覚えていない。ただ、体の皮膚の下に蛆虫が這いずるような不快感と──村の炎が燃え移ったかのように、激しく暴れ回る怒りだけは、確かに感じていた。
数年経った今も、その炎は絶えることなく燻っている。それを彼女達は、少女と青い龍は、理解していながら俺に頼んだ。復讐鬼となった俺を知りながら、それでも俺を受け入れた。…俺に遺されたものは、もうそれしかないと思っている。
だから、俺がやるべき事は──。
「俺は、守りたいです」
「…」
「感染者も、非感染者も関係無く、全員守りたい」
「──強欲だな」
「はい。でも、今まで奪われてきたんで。こんくらいは許してほしいっす…」
そう破顔するイラを見て、チョンユエはどうしようもないほどの感情を覚えた。その願いは、おそらくイラ本人のものではない。イラが受け継いだ第三者のものだ。しかしそれは願いの域を超えており、もはや──呪い。
自分の身など気にも止めず、一心不乱にその願いを叶える様な呪い。それをかけられてもなお、彼は懸命にそれを全うしようとしていた。
それを感じ、チョンユエは放っては置けなかった。短い期間だがイラという青年を好ましく思っていた彼は、どうすれば良いのかと思案した後──。
「すまない、やはり君は不合格だな」
そう言ってのけた。突如意見を180度変えた兄に、ニェンとシーは詰め寄る。
「──はあ!?なんでだよ!さっき良いって──!」
「さっきはな。今の話を聞いて考え直した」
「どうしてよ!?こっちはもう準備できてるのに──!」
「どうしてもだ。…準備?」
「あ、あのー…?」
急に始まった兄弟喧嘩に困惑するイラ。ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる妹達を制しながら、チョンユエは彼に笑いかけた。
「イラ殿。君は心技体の『体』しか身に付いていない。まずは『技』を身に染み込ませるんだ。『心』はそれから付いてくる」
「あ、はい」
「心技体、それが全て身に付いたその時──私は君を妹達の夫として認めよう」
「…ん?オット?」
「──言質取ったからな兄貴、もうやっぱなしは無しだぞ!」
「ああ、お前達の兄として、約束しよう」
「オット?おっとってなんだ…?なあ、シー、オットって何?炎国の言葉?」
「そうと決まれば、早速訓練よ、イラ。気合い入れて描くから覚悟なさい」
「え」
本人よりやる気を出し始めたニェン達に引き摺られていくイラは、笑みを浮かべたチョンユエを見る。その表情は、今までにないほどの笑顔を浮かべさせていた。
「イラ殿、助言をひとつ。──人生負ける事が当たり前だ。それに挫けず、勝ちのために自分を大切にしなさい」
「──あ、ありがとうございます…。ッじゃなくて!これ一体どういう──」
「困ったら私の所を尋ねてこい。手厚いもてなしをさせて貰うからな」
「いや、話聞いて!!お願い!」
そう遺言を言い残し、イラはニェン達に連れ出されていった。それを見届けたチョンユエは、大きく息を吐き、心からの激励をイラに向ける。
(どうか、頼む。イラ殿。私は君が潰れる様は見たくない)
そして徐に、懐から紙を取り出したチョンユエは、それに向き合い筆を取って顎に当て何かを悩み始めた。
それは──。
「子の名前は──決めさせてもらえるだろうか」
超常的存在としてでは無く、問題が多い妹らの将来像を頭に描く一人の兄として、チョンユエは筆を走らせ始めたのだった。
今回の勝負──イラの判定負け。
因みにチョンユエが認めたままで終わってたらガチで監禁エンドでした。危なかったー(他人事)
イベントストーリー沿いの話とか見たいですか?
-
見たい
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このままで良い