オペレーターに勝ちたい! 作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない
「ご機嫌よう皆さん!この私、スワイヤーが手伝いに来てやったわよ!」
「帰れ」
「はああああああ!?」
隊長に冷たくいなされたスワイヤーさんが尻尾を逆立て目を釣り上げる。いつもならフォローするのだが、今の俺たちにはそんな事をしている余裕は無い。
「──隊長、これ終わりました!」
「よし、次はこいつを頼む」
そうして渡された書類の束。ひとつため息を吐き、俺は机へそれを運び、また書類と向き合った。
今龍門近衛局は事件の報告書、損害賠償の計算、その他etcなどの書類仕事に追われている。職場に来て机の上を見たら書類の束、束、束。チェン隊長とホシグマ副隊長は素早い動きで筆を走らせているが、やはり疲労が溜まっているのか眉間にシワが寄っていた。
「嘘でしょ?なんでこんなに仕事溜めてるのよ…?」
唖然とした声が聞こえた。ちゃうねん。今日がたまたま色んなことが重なってこうなっただけやねん。いつもはこんな仕事量じゃないねん。
「分かっただろ?今私たちは忙しいんだ、お前に構っている時間など無い。さっさと帰れ」
スワイヤーさんには目もくれず、チェン隊長は端的に言い放った。いやいや、そんなきつい感じに言ったらまたスワイヤーさんと喧嘩しちゃうじゃ無いですか…。今それを止められる余裕ないですよ…やめて下さい…。
内心ハラハラしながら資料の整理をして行く。えーと、こいつは…。
「──それ、そっちの部類じゃないわよ、こっちよ」
いつの間にか俺の背後に立っていたスワイヤーさんが身を乗り出して指摘する。
「え…?あ、ほんとだ…」
そこを見てみると、たしかに違う資料が積まれていた。…あっぶな、間違えてた…。
「あ、ありがとうございます…。凄いですね、一目見ただけで分かるなんて」
「こんなの簡単よ、書かれている内容を要所だけ読み取れば良いもの」
「う…」
存外にお前は仕事ができないと言われた気がしてちょっと凹む。
「違うわよ、別にアンタを責めてるわけじゃないわ。…ああもう、仕方ないわね、ちょっと寄りなさいな」
スワイヤーさんが椅子を持ってきて、俺の隣に腰掛ける。
「私が手伝ってあげるわ。私が分別するから、ひとまとめにしてちょうだい」
「あ、はい!」
そう言ったスワイヤーさんはてきぱきとした動きで書類を整理して行く。俺が整理する時間の数倍も早く、確認と分別をしているが、どこにも間違いは無い。まるで精密機械のようだ。
「……はい、終わり!」
「──は、早…!助かります!スワイヤーさん凄い!!」
「ふ、ふふん!まあ?そんなに凄いことでも無いけど?」
スワイヤーさんが輝いて見えるぜ…!なんて仕事ができる人なんだ…!しかも謙虚で面倒見も良いし、理想の上司ってこの人のためにある言葉なのでは!?
俺は尊敬の念を抱きつつ、チェン隊長の元へと向かう。
「隊長ー!終わりまし──」
「良かったな早く終わって」
「ヒェッ」
人を殺す目で俺を見つめてきた。やめて下さいよ何でそんな顔するんですか。
「イラ。手が空いたなら私のやつを手伝ってくれないか?」
「ホシグマ副隊長?ペ、ペンにヒビ入ってますけど…」
「おっと、いけない」
ホシグマ副隊長は落ち着くために鬼の意匠が入ったマグカップを持つ。取手が砕けた。壊れたじゃなくて、砕けた。オイオイあいつ(マグカップ)死んだわ。
「ホシグマ、それアンタ一人でも出来るでしょ。イラが行っても効率悪いだけよ、イラ!次はこれ終わらすわよ!」
「今夜酒誘う今夜酒誘う今夜酒誘う……」
鬼の目の光が消えた。やっべえ今日俺死ぬかもしんねえわ。
「おい、イラは私の部下──」
「黙ってなさい、チェン。このままじゃ一生終わらないでしょう?」
「う…」
あの隊長を黙らせた!?なんて人なんだスワイヤーさん…!
スワイヤーさんはぱん、と手を叩き──。
「それじゃ──仕事に取り掛かるわよ!」
その号令と共に、俺たちは机へと向き合った。
「終わっっっったあ〜〜〜!!」
日も暮れ、明かりがついた執務室に俺の声が響く。マジで疲れた…!もう無理だ、ペン持てねえ。ぐっ、と背を伸ばすと、ポキポキと小気味良い音が鳴った。
「お疲れさま。よく頑張ったじゃない」
「あ、ありがとうございます…」
スワイヤーさんがコーヒーを淹れてくれる。あぁ…沁みる…体にカフェインが浸透するぅ……。そんな俺のだらけきった姿を見て、スワイヤーさんは苦笑する。
「大袈裟よ。アンタも近衛局ならしゃんとしなさい」
「すいません…今日だけは、何卒…」
まったく、と言いながら俺の肩を揉んでくれるスワイヤーさん。凄い気持ちが良いです…。ああ、安心するなあ…。
「なっ…!おい!それはずる…、──私もやる!」
「酒」
チェン隊長が机を叩いてこちらに近寄ってくる。ホシグマ副隊長はうつ伏せたまま俺の目を真っ直ぐ見て一言そう言った。──ちょっと待って隊長が肩揉む?それはやば──。
「ふん!」
ゴキン。
「い痛ったあああい!!」
肩外れた!肩外れた!痛えよ揉んでくれるんじゃなかったの!?
「はっ!しまった、ついいつもの癖で…!今元に戻すからな!」
慌てた隊長が、俺の骨の位置を直す。し、死ぬかと思った……。肩を回して調子を確認する。…よし。問題無し。
「アンタ何してんのよ!何地獄見せてんの!?」
「い、いや…私は…ただ疲れを取って貰おうと…」
「肩取ってどうすんのよ!」
「ああ、大丈夫ですよ。チェン隊長が悪気が無いのは分かってますからね」
「…っ、イラ…!」
「酒。イラ」
キラキラとした目で俺を見つめる隊長。はは、そんな目で見つめないでくださいよ、恥ずかしい。俺は緑の鬼の言う事は何も聞いてない。
「…?チェン、アンタ、もしかして…」
「なんだ、言ってみろ」
スワイヤーさんが隊長に耳打ちする。その瞬間、隊長の顔がみるみるうちに真っ赤になった。
「どっ、どどどどどど、どどどどど!?」
ドドドド言い過ぎだろ。奇妙な冒険か。
その反応を見たスワイヤーさんがニヤニヤしながら悪戯な目を向ける。
「あ〜ら、龍門近衛局の隊長ともあろう人が、まさか一人の隊員を──」
「うわああああっ!赤──」
──嘘でしょそれはヤバいって!叫びながら剣の柄に手を添えたチェン隊長を止める。
「隊長!ステイ!ステイです落ち着いてください!赤霄はマズイ!」
「離せイラ!こいつ切れない!」
「良かったじゃない、猛烈なバックハグよー」
「"龍門スラング"!!!」
ちょっとちょっと本当にまずいから!誰か落ち着かせ──、ッ!そうだ、居るじゃないか適任が!いつも落ち着いて、チェン隊長とタメを張れる心強い上司が!
「──ホシグマ副隊長!隊長止めて下さい!」
「……」
その悲痛な声を聞いたホシグマ副隊長は、俺の側へと歩いてくる。よ、良かった…これで一安心──。
「お前は、都合の良い時だけ私を頼るんだな?」
頬を膨らませたホシグマ副隊長がそこに居た。
めんっどくせえなこの人も!?何でこんなに今日はおかしいんだ頭が!?疲れてるからか!?
「そうかそうか、つまりイラはそういうやつだったんだな。私の願いを聞き入れずに、自分の願いだけ叶えてもらおうとしたんだな」
「いや、違…!」
「まあ良い。部下の面倒を見るのも上司の役目…はあ。酒、飲みたかったな…」
「────ああ、もう!お酒でも何でも付き合ってあげますから!兎に角チェン隊長を止めて下さい!!」
「──言ったからな、イラ」
不貞腐れていたホシグマ副隊長が、突如獰猛な笑みを浮かべる。こ、この人──!
(演技してやがった──!)
口角を上げたまま、ホシグマ副隊長はチェン隊長の頭めがけて──。
「せい」
鬼の膂力で、チェン隊長の後頭部を思いっきり拳でぶっ叩いた。
「ええええ!?」
気を失った隊長。違う!もっと穏便に出来なかったの副隊長!?大丈夫ですか隊長!隊長ォ!?
「──ホシグマ、もしかしてアンタも……」
「ええ。好いてますよ」
「ふうん…面白い事になってきたじゃない」
「因みにお嬢様はどうなんでしょうか?」
「拳を鳴らさないでよ…ラブじゃないわ、ライクの方」
「ああ、それはよかった」
お、鬼だ…!上司の頭ぶん殴って、他の上司と楽しそうに会話してる鬼が居る…!
「さて」
ホシグマ副隊長がこちらに目を向ける。その目は、獲物を狙う狩人の目をしていて──、
「約束。守ってもらうぞ?」
有無を言わせない重圧を放ちながら、笑みを浮かべた。俺は力無く頷くしかなかったよ。
「私の行きつけのバーがある。そこで飲もう!」
「アンタすごい楽しそうね…」
「ホシグマ副隊長は酒飲む時いっつもこんなですよ。…にしても、隊長どーすっかなあ」
「すぅ…すぅ…」
「大丈夫?そいつ重くない?」
「ええ。軽いくらいです」
「とりあえず飲んでから考えよう!チェンもそのうち起きるだろ!」
「んー、まあそうですね。最悪、俺ん家泊めれば良いし」
「す…すう…すう……」
「起きてるわね」
「起きてるな」
「起きてますね」
「なんでこういう時だけ統率が取れているんだ!!ふざけるなあ!」
龍門の夜に、四人の影が仲睦まじく映っていった。