オペレーターに勝ちたい!   作:ナメクジとカタツムリは絶対認めない

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書いてたら出ました。
マドロック二体。書いたら出るの意味が違う。


ニート達に勝ちたい!

「俺に人を呼んできて欲しい?」

 

ロドスの執務室に呼ばれた俺が扉を開けると、そこには頭を下げたドクターが居た。アンタここのトップだよな?

慌てて頭を上げさせ、呼ばれた理由を聞くと、どうやら次の作戦は圧倒的な耐久力と、圧倒的な殲滅力が必要になるらしい。そこで白羽の矢が立ったのが──。

 

「ニェンとシーですか」

 

ドクターは力強く頷く。アイツらかぁ…確かに適任であろう二人だ。ニェンで防いで、シーで消す。しかも一人一人の力も凄まじいものだ。それに俺はあの姉妹と顔見知りでもある。でもなぁ……。

 

「あいつらってニートでしょ?そう簡単に働いてくれますかね?」

 

そう、この二人は自称神様兼ニートである。ニェンはブラブラして仕事しないアウトドアニート。シーは自室に四六時中籠って絵を描くインドアニート。どうしようもない社会不適合者姉妹なのだ。

 

「んー、ドクター。今からでも作戦を練り直した方が…」

 

ドクターが俺に縋り付く。最近俺もドクターの心の声が分かる様になって来た。えーと、「これ以上理性を溶かしたくない」か…。

そんな必死に言われたらなぁ…。うーん…。

 

 

 

「……まあ、出来るだけやってみましょうか」

 

 

 

ドクターは一瞬固まった後、抱きつきながら背中を叩いて来た。アンタも苦労してんだなあ…ドクター。

少しだけ、ドクターと仲良くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「おう、ニェン」

「んん?おおお!イラじゃねえか!」

 

ロドスの製造所──。そこで目的の人物、ニェンは俺に腕を回す。

 

「最近会いに来てくんねぇからさぁ、寂しかったんだぜ」

「会いに行くって言ってもお前おんなじ所居ねえから見つからねえんだよ」

 

そっかー!と豪快に笑いながら俺の背中をバシバシ叩くニェン。痛えよ。無意識の攻撃から離れようとすると、ニェンが俺の腕をがっしりと掴んだ。

 

「おいおい、どこ行くんだよ。お前から私の所に来たんだ。これは合意の上って事だよな?」

 

何言ってんだこいつ?合意?何をだよ。

 

「はいはい。とりあえず俺の話を聞いてくれ」

 

そう言って、やんわりとニェンの腕を離す。

 

「あっ……。──ひひっ」

 

ニェンは、一瞬呆気に取られた表情をしたかと思いきや、次の瞬間には楽しくてしょうがないかのような、子供っぽい笑みを浮かべた。何がそんなに面白いんだか。

 

「ドクターがお前をご指名だ」

「…戦場に出ろって事かー…。──ま、いいぜ。他ならぬお前の頼みなんだ、久方ぶりに矢面に出てやらんこともない」

 

お、意外な返答だ…。こいつの事だから飄々とした態度で煙に巻いて逃げるのかと思ったが、すんなりと行ったな。

 

「ただ、ちょーっと私のお願い事聞いてくれねえかな」

 

そんな事なかった。すんなり行くわけねえわなこいつな。お願いとか嫌な予感しかしねえよ何だよそれ。

 

「実はな、私には十一の兄妹たちがいるんだよ。個性豊かなやつらなんだぜー」

「十一…すげえな」

 

シーを除くとあと十人か。親御さんはずいぶんと頑張ったんだなあ…。

 

 

 

 

 

「ああ。それでな────お前な、お前の身体。お前の心。他の兄妹達に、絶対に、指一本たりとも、触れさせるな」

 

 

 

そう言った瞬間、ニェンからとてつもない重圧が迸る。

赤。赤い。世界が赤に変わる。ニェンの背後から、灼熱のナニかが顕現した。それは焔を纏っており、俺をその白銀の眼で見つめる。そのナニかは、口から真っ赤な焔を出し、形を象っていった。それは一つの長い舌となり、俺の右腕に巻きついて──────。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 

後ろに飛び退いた。うまく受け身を取れず、製造所の器具をめちゃくちゃにしてしまう。

 

(何だ今のは──)

「汗かいてるじゃねえか、どーした?麻婆豆腐食ったか?」

 

その言葉を聞いた俺は目の前の少女を睨みつける。

 

「お前…なあ、何したんだよ」

「ん?何にもしてないけどな。お前が勝手に飛び退いただけだ」

 

あくまでもシラを切るつもりかよ。薄っぺらい笑みを浮かべるニェンは、俺を見下しながら口を開く。

 

 

「さ、約束しろ」

 

「……分かった」

 

 

その言葉を言って何秒経っただろうか。突如ニェンはぷっ、と吹き出す。

 

「ぷっはははは!何本気でビビってんだよ、ジョーダンジョーダン」

「………」

「ほんっと面白えなイラ!お前の顔半端なかったぞ!」

「……」

「汗ダッラダラだしよー!ばっちいなぁ!」

 

 

 

 

「──ドクターに言って麻雀卓全部廃棄してもらうからな、作るのもダメだ」

「そおおおおれは違うよイラァアアアアア!!」

 

しがみついて頬ずりをするニェンを俺は押しのけて、立ち上がる。もう怒ったからな。

腰にへばりついて、「麻雀だけはあ〜」とか抜かしてやがるニートを連れ、俺は次の目的地へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロドスの人通りが少ない所に、不思議な場所がある。普通、部屋には扉が付いているが、そこだけ扉の絵が描かれているのだ。落書きにしては上手すぎる。写真を撮ってそれをネット上に上げれば一晩のうちに有名になるくらいには。

しかし、これはただの絵ではない。これこそが、俺たちが探している人物の部屋の入り口なのだ。俺は扉の絵を軽く二回叩く。

 

「おーい。シー?いるかー?」

 

「──ッ!?い、イラ!?ちょっと待ちなさい!」

 

その言葉が聞こえたと同時に、扉の絵に変化が起こる。絵であるはずのドアノブがガチャリと回り、そこから扉が開いていく。その時、壁からはみ出した部分は『絵』から『物質』へ具現化した。

…いつ見てもすげえ能力だなあ。

 

 

「──ど、どうしたの?急に来るなんて…。人と会う時はまず最初に連絡を取りなさいな。社会人としての基本でしょう?じゃないと焦っちゃうじゃない…!」

 

こいつに社会人の基本って言われた俺は死んだ方が良いのか?他の人に言われるならまだしも、よりにもよって何故こいつに言われにゃならんのだ。働けお前。

 

「とりあえず上がりなさい、茶葉くらいは出してあげるから。お菓子も出すわよ。さ、早──ニェン?」

「おーう、愛しい愛しいお姉ちゃんだぜ?シーちゃん?」

 

シーの目が死んだ。ドアが閉じられる。

 

「あれ?シー?おーい、シー?」

「具合が悪くなったわ。ニェンは帰って」

「どういう症状なの」

 

この姉妹は兎に角合わない。自由奔放、気ままに生きるニェンと、一つの事をやり続ける、引きこもりのシー。アウトドアとインドア。陽と陰。油と水。…ちなみに今のは全部俺が二人から聞いた二人の評価だ。もうそこまでいったら仲良いだろ。

しかしこれは困った。作戦に出てもらうどころか話を聞いてもらえない。しょうがない、ニェンには一回帰ってもらおう。

 

「ニェン。シーがこんなだからさ…一旦戻ってくれないか?多分作戦の具体的な内容はまたドクターから指示されると思うから──」

 

 

「は?」

 

 

「──っていうのは冗談で!!是非ともお姉様にこの引きこもりめを動かす策を考えて頂きたいなと!!」

「しょーがねえなあ」

「誰が引きこもりよ!」

 

すっげえ怖かった今!目が、目が下等種族を見る目をしてた…!ニェンは顎に手を当て、うーんと唸る。少しした後に、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「おーい、出てこい引きこもりー!」

 

 

ニェンは大声で扉に話しかける。何をしているのか聞こうとすると、彼女は俺の口を人差し指で止め、シーの扉を指差し、そして自分自身を指さす。……ははぁん、そういうことね?

俺はニェンの意図を察して、手に口を当てる。

 

「シーちゃーん!出ーておいでー!」

「おーい!引きこもりのシー!?出て来なー!」

 

「五月蝿いわね!早く帰って!」

 

「あーあ!シーは外に出ないのかー!そんなだから社会不適合者なんだぞー!」

「ひっきこーもり!あそーれ、ひっきこーもり!」

 

「…………」

 

引きこもり音頭をニェンと取る。でもニェン、お前も社会不適合者なんだぞ…。

手をパンパン叩き、サイドステップを扉の前で繰り出す。アレなんかちょっと楽しくなって来──。

 

 

 

 

 

「──いい加減にしなさい」

 

 

 

 

突如扉が開き、中から白い手が伸びて──俺は怒りの形相のシーに絵の世界へと引きずり込まれた。

 

「あ」

「やっべぇ煽りすぎたニェン助け──」

 

ぱたん、と扉が閉じられ、あっけに取られた顔のニェンと俺は分断されてしまった。

そこは部屋というよりかは、一つの世界だ。木々が生い茂り、滝が流れる。ただひとつだけ現実と違うことと言えば、色彩が無いだけだろうか。

──さて。

 

 

「シー?しばらく見てない間に綺麗になったな」

「絶対に出さないから」

「ごめんなさい!!!」

 

 

俺は音速にまで至るスピードで土下座した。プライド?ははっ、ワロス。こいつにプライドとか意地とか張ってたらマジで取り返しがつかなくなる事を俺は知っている。

 

「引きこもり引きこもりうるさいのよ、私は引きこもりじゃないし。ただ好きな事をしているだけ。その気になれば外に出れる。でもその気にならないだけ。分かった?」

「ハイ」

 

俺はイエスマン。たとえ相手が超面倒くせえこと言ってても肯定してあげるイエスマン。

 

「アイツもアイツよ。四六時中ブラブラしといて、浮浪者みたいに彷徨って。早く仕事見つけなさいって話よね?」

「おまいう」

「──なぁに?」

「ハイ!その通りです!」

 

あっぶね。つい疑問が口から出たわ。少しの間俺にジト目を向けていたシーは、ため息を吐き、椅子に腰掛けた。

 

「…まあ良いわ。とりあえず、話があるんでしょう?聞いてあげるから言ってごらんなさい」

「お、おう…」

 

やけに落ち着いているシーを不審に思いつつも、俺は要件を話す。

 

「ふぅん…。どうしようかしら。作戦なんか出たら久しぶりの日光に倒れちゃうかも知れないわ。だって私は引きこもりだもの」

 

こ、こいつ…!根に持ってやがる…!日光で倒れる?な訳ないだろ、この世界に太陽あるじゃん。しかもその太陽お前が作ったんじゃん。

俺は頬を引き攣らせながらも、必死に説得する。

 

「そ、そんな事言わずにさあ…頼むよ。あれは俺が悪かったから」

「ほんとにそう思ってるのかしら。早く要件を終わらせたいからとりあえず謝っとく、なんて考えてない?」

「かん、ががかかんか考えてないですよ!?」

「ダウト」

 

何故バレた…!俺の演技は完璧だったはず…!?シーはどこからともなく画布と筆を持ってくる。そして椅子の前にそれを立てかけ、墨を刷り始めた。……やばい。

 

 

 

「ま、罰として──絵のモデルになって貰うわ。…いや、私の絵のモデルになるんだから、逆にご褒美かしらね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一月前。俺はシーに呼び出された。何でも、インスピレーションが湧かないのでとりあえず絵のモデルになってほしいと頼まれたのだ。まあ断る理由もないし、その日は非番であったからそれを了承した。

──それが間違いだった。シーの満足の行く絵ができるまで、シーの世界から解放されなかったのだ。描いては捨て描いては捨ての繰り返し。ちなみに捨てられた俺の絵はシーが大事そうに持ってった。

出ようにもシーがこの世界とあっちの世界をつなぐ扉を描いてくれないから出られなかった。その間まさかの五日間。もう監禁ですよ。

帰りたいって言っても「まだ描き終わってない」で帰らせて貰えなかったし、言ってしまえばこのシーが作った世界に入った時点で、俺は負けが確定しているのだ。

ちなみにその後は異変を聞きつけたニェンが助けてくれた。手法は知らないが、時間をかけたやり方でしかここに入ってこれないらしく、汗を流しながらも俺を元の世界へと引っ張りだしてくれた。あの時は一生ついて行こうって思ったけど普段の生活見てたらその気持ちが無くなったな。

 

 

 

 

 

 

 

「──」

「お、おい…もうそろそろ良くないか」

「五月蝿い、動くな──ああ、もう!また描き直しよ!」

 

いやそれ、どこも変なところ無いじゃんか。めちゃくちゃ上手い俺の絵をどかし、また描き始める。どーしようか。助けてもらうにしても、ニェンの目の前で引きずり込まれたから、前よりは時間はかからないとは思うけど…。

 

 

「…だめね、全然描けないわ…」

 

 

すると、シーが筆を置く。あれ?これもしかして平和に帰れるパターンか?俺に一つの希望が生まれる。

 

 

 

 

 

「やっぱり全貌を見ないと良く分からないわね、イラ。服脱いで」

 

 

 

 

 

逃げた。全力で逃げた。

 

 

 

「ち──」

 

 

 

シーがなんか言ってるが関係ない。ダメだこいつ、イカれてやがる!なんで服脱がないといけねえんだよヌードデッサンは受け付けてねえぞ!!近衛局通してからにしてもらえますかね!

草木を飛び越えシーから離れる。ニェンが来るまでアイツから逃げ切れば勝ち。捕まったらアウト。単純な鬼ごっこだ、捕まったら社会的に死ぬけどな。

しばらく走り、木々が立ち並ぶ林にたどり着いた。これもシーが描いた物だと思うと感嘆を覚えるが、今はそんな事をしている場合ではない。急いで木に登り、周りを見渡す。

シーが直接追いかけてくる確率は低い。しかし、恐るべきなのは奴が描く化物たち。こいつらが集団で追いかけてくる。空を飛ぶやつもいたり、力が異常に強いやつもいたり、なんなら龍みたいな奴もいる。──まあ、中にはクヒツムって言って、可愛いやつも居るんだけど。そいつが一番厄介で、見つかったら仲間と共鳴して俺の居場所を伝えてくるからなるべく姿を消すようにしよう。

 

 

「ぬー」

 

 

そうそう、こんなやつがクヒツムっつって──。

 

 

 

「………あ」

 

 

 

 

「──はい、捕まえた」

 

 

 

 

後ろから白い手が伸びてきた。その手は俺の脇の下を通り、腹のあたりでしっかりと組まれている。一見嫋やかな腕をしているが、今その外見からは思い付かないほどの力が込められていた。

 

「…今日はずいぶんと動き回るんだな。お前から来るとは思わなかった」

「あら?私だってたまには運動したい時だってあるわよ。──どうしようもないお馬鹿さんを捕まえるためにね」

 

まあ、力を込めていると言っても男女の差がある。こんなものすぐに振り解いて──。

 

「クヒツム」

 

シーがクヒツムに何かの指示を出す。でもクヒツムは特殊能力とか持ってねえから、そんな大層なことは出来んだ──。

 

 

 

「イラさん。少々の時間、身体を動かすのは辞めて頂きたい」

 

 

「おぉ前喋れんの!!?」

「えい」

「──あ」

 

シーが体重を預けてくる。普段の俺だったら踏ん張れるが、クヒツムが喋ったことによる動揺が俺の体幹を弱らせた。アイツ声渋すぎだろ。

木の太い枝に立っていた俺たちは当然、重力という決められた法則に則って落ちて行く。

 

 

「う、うわ──!シー!離せ──!」

「男女が一緒に飛び降りるの…こういうのなんていうんだっけ?心中?」

 

 

冗談じゃねえぞマジで!何馬鹿なこと口走ってんだお前!?

どうにかして助かる方法は──!

 

「──そうだ、シー!クッションか何か描いてくれ!」

 

シーの能力だ。こいつは筆で描いたものを具現化できる。この世界の植物や建造物などは全て元々絵なのだ。それがあればどうにか致命傷は避けられるはず──!

 

 

「無理ね。そんなに早く描けるわけないわ。描けたとしても、お粗末なものを生み出すだけ」

 

 

終わった。俺死ぬんだ。ああ…これは走馬灯か…?今までの思い出が一気に押し寄せて来やがる…。チェン隊長にしばかれ、スカジさんにしばかれ…。俺しばかれてばっかじゃん。…もうちょっとなんかあっても良いだろう!?なんだこの仕打ち!?

せめてシーだけでもと思い、背中に引っ付いた彼女の頭を守る。そして地面が迫るその時──。

 

 

 

「…!ふふ、良い気分ね?──来なさい」

 

 

 

目の前に水色の龍が躍り出る。そいつは俺とシーを背中で受け止め、何事もなかったかのように俺を見つめる。

 

「…ジザイ…」

「先に呼んでおいたのよ、私が何も考えずに行動するわけないでしょう?」

 

得意げなシーに、思わず苦笑いしてしまう。いや、お前が突き飛ばさなかったらこんなヒヤヒヤする事なかったんだけど──。

 

(まあ助かったから良いか、終わりよければ全て良しだ)

「じゃ、続き始めるわよ。服脱いで」

「良くねえ!!」

 

忘れてた!?俺こいつに身包み剥がされそうになってたんだった!?シーは俺の服をぐいぐいと脱がしてくる。ヤメロォ!ヤメロォ!!

 

「抵抗するんじゃないわよ…!──そら!」

「キャアアアアア!!」

 

近衛局の上着を剥がされ、俺は生娘のような声をあげる。もうダメだ、お婿に行けない。顔を手で覆い、シクシクと泣く俺。…しかし、おかしい事に、いつまで経ってもシーが動く気配がない。不審に思い、ゆっくりと顔を上げてみると──、

 

 

 

「………あんた、()()は──ッ」

 

 

 

そこには怒りを露わにしたシーがいた。最初の様な軽い怒りではない、まるで、自分の大事なものを他人に盗られたような、驚愕、悲壮、そして──憎悪の感情を、その水晶の様な目に映し出していた。

 

「…なに、コレ」

「…シー?どうした──」

「──コレは何かって聞いてるのよ!!」

 

シーが怒号を発した瞬間、周りの建物や草木、岩、水が全て墨となる。絶景だった周囲は見る影もなく、今や辺り一面昏い、昏い黒で覆われた。俺の下のジザイが怒気を放つ。

 

「だからコレってなんなんだよ!?」

 

「その右腕!!」

 

ついに言語を整える事もしなくなったのか、端的に叫ぶシー。それにつられて右腕を見てみるが、何も無い。普段通りの、俺の腕だ。

 

「…?何も無いじゃねえか」

「──気づいてないの?…いつの間に付けられたんだか…!忌々しい……腹が立つわ!!」

 

発狂しながら髪を掻きむしるシーに、俺は恐れを抱いてしまう。そして無意識に後退りしたその瞬間──。

 

「何処に行こうとしてるの?寄りなさい」

 

ジザイが雄叫びを上げ、身じろぎをする。上にいる俺はつんのめり、シーに抱きすくめられる状態となる。柔らかい感触と共に、墨の匂いが微かに香った。鼓動が速くなるのを感じる。二つの意味で。

 

「ふふ…そう、そうよ…これが本来在るべき形。アイツのものじゃない、私のもの。イラもアイツといるより私のそばにいる方が安心するでしょう?」

 

できるわけねえだろ。と言えれば元々こんなシチュエーションにはならなかったのだろう。こくこくと頷くことしかできない。

シーはそれに満足したのか、何処からともなく筆を取り出した。

 

「自分のものには、ちゃんと名前を書かないといけないわね…」

 

さらさら、と俺の右腕に文字を書こうとするが、筆が腕についた瞬間、水分が蒸発する音と共に、含まれていた墨が霧散していった。それを見たシーは冷ややかな視線で右腕を見下す。

 

 

「ふうん…。他のやつの印を退ける効果込みの印…。あくまでも自分のものって言いたいわけね。──まあいいわ、今日は許してあげる」

 

 

そう言ったシーは、左腕に大きく『夕』と書く。するとその文字は俺の腕に染み込み、そして消えていった。

 

「お、おい…なんだ今の。近衛局は入れ墨入れたら印象悪いんだぞ!」

「入れ墨じゃないわよ。安心しなさい、普通の人には見えないわ」

 

んん…。まあ、それなら良いけど…。

 

「じゃ、服脱ぎましょうか」

「──そうは行くかあ!」

 

可憐な笑みを浮かべたシーを振り解き、俺はジザイから飛び降りる。

 

「まだ逃げるの?往生際が悪いわね、さっさと諦めなさいな」

「誰が女の目の前で裸を晒さねえといけねえんだよ!こういうのはもっと親密な仲になってからだろうが!?」

 

シーがため息を吐いたと同時に、ジザイが吠え、口を開いて襲いかかってくる。それを俺はなんとか横っ飛びで回避した。

 

「勝手に人間の匙加減で計ってんじゃないわよ、私はただ絵を描きたいだけの」

「ワガママ姫だ──なあ!」

 

そしてジザイの尻尾を掴む──というか抱える。突然尻尾を拘束されたジザイは驚き、暴れ回るが、がっちりとホールドしているので俺はびくともせず、まるで打ち上げられた魚の様にビタビタと跳ねるだけだった。

そして、身体を捻り、ジザイを遠心力に任せてぶん投げる。ジザイはそれに抵抗しようと地面に爪を立てたが、悍ましいほどの引っ掻き音だけがその場に響き、スピードは落ちることなく、ジザイは壁に激突した。するとその巨体がどろり、と溶けて、あたりには墨だけが残った。

 

「相変わらずの馬鹿力ね」

「鍛えてるからな」

「鍛えるだけでその力が手に入るんだったら人間たちは苦労してないわよ…」

 

いつの間にかジザイから降りていたシーが呆れた目を向けてくる。龍門近衛局式トレーニングは体に効くぞ。

 

「…大人しく捕まりなさい。ま、そうね…今捕まったら、今日は服を着ててもいいわ。あなたの価値観に合わせてあげる」

「──最初に無理難題を押しつけて、後からちょっと叶えられそうな願いを出すことによって相手に言うことを聞かせる──、お前がよくやる手口だろ」

「…残念、バレちゃった」

 

舌を出し、イタズラな笑みを浮かべ、シーは腕を振るう。すると、彼女の背後に無数の怪物たちが出現する。

 

「無尽蔵に湧いて出る化け物たちに潰されるのが先か、それとも根を上げて降参するのが先か…。おすすめは後者ね、両者とも楽で良いわ」

 

「──あんまり俺を舐めんなよ。ちょいとばかしお灸を据えてやるぜ引きこもり」

 

売り言葉に買い言葉。シーの顔に青筋が浮き上がったと同時に、俺は構えを取り、次の攻撃に備える。そして、シーが筆を振りかざしたその瞬間──。

 

 

 

「明王聖帝、誰か能く兵を去らんや?」

 

 

 

 

その言葉と共に、熱風が辺りを支配する。その余波で、シーの描いた怪物たちが一斉に焼け飛んだ。

 

 

「オイオイ、こそこそ人気のない所でなあにしてんだよ、妹?」

 

「──不法侵入とは感心しないわね、ニェン」

 

 

「ニェーーーーーーーン!!!」

 

 

俺はニェンに駆け寄る。怖かったよおおおおお!!

 

「おーよしよし。怖かったなー?よく頑張ったなー?」

「俺頑張った……!俺頑張った…!!」

 

ニェンが背中をさすってくれる。もう本当安心する。今俺の中で株急上昇中ですよ姉さん。

 

「離れなさいよ、それは私のもの…!」

「お前のものなのになんで今私の手中に収まってんのかな?」

「──ッ!!」

 

 

「イラ、あそこに私が開けた穴がある。そっから出ていきな」

 

ニェンが親指で指し示す方を見ると、空間に穴が開いている。そこからはロドスの廊下の壁が見えた。

 

「お、お前…どうやって…」

「どうでも良いだろ方法なんてー。ほら、早くしないとアレ閉じちまうぞー」 

 

よく見ると、ほんのわずかだが穴が狭まり始めている。俺は慌てて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで邪魔するのよ…!」

 

ニェンとシー。二人が向かい合い、視線を交わす。ニェンは余裕の表情でシーを見下し、シーは怨嗟の表情でニェンを睨みつけていた。

 

「なんでって言われても、そりゃ自分の物が盗られそうになったからだろ」

「やっぱりあの悪趣味な印はあんただったのね…!」

 

やれやれ、と首を振るニェン。いつの間にかその手には、煌びやかな装飾がされた大きな剣が握られていた。

 

「おいおい、小さい時に学ばなかったのか?自分の物には名前を書きましょうってな」

「私たちに小さい頃なんてないでしょう、適当ばっかり。──それに、私もアイツに名前を刻んだのよ。あんたの言い分だったら、私のものになるって事で良いのよね?」

「───はぁ?」

 

今度はニェンが青筋を額に立てる番であった。瞳孔は蛇の様に開き、ちりちりと炎が背後から迸る。それを見たシーはニェンを鼻でせせら笑った。

 

「ふん、人を散々煽っといていざ自分の番になったら怒るの?ま、そりゃそうか。人には使えないモノばっかり造ってる鍛治職人さんだから他人の事なんて考えないものね」

「…はっ、そうだよ。私の造るモンは並の奴等じゃ扱えねえ。…けどな、出会ったんだ。私の子達の良さを百パーセント引き出してくれる最高傑作に!!」

 

 

血走った目でニェンは空を仰ぐ。ふーっ、ふーっと息を荒げて興奮した様子のニェンに、シーは酷いものを見る目でそれを見るが、構わずニェンは続ける。

 

「あいつの力は異常だ。さっきのジザイを投げ飛ばすなんて芸当、ロドスの奴等にも出来やしねえ!いや、この世界中探してもだ!だから私はあいつが欲しい!私が造って、あいつが使う!最ッ高じゃねえか!!」

「…確かに、あんたのそのガラクタを使うには相当な力がいるけど…」

「──スカしてんなよシー。お前もそのクチだろ?」

「…何?」

 

その言葉にシーは眉を顰める。

 

「私は疑問に思ってたんだ。なぜ風景画を描いていたお前が、いつしか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()イラを描き続けていたのか」

「不法侵入じゃないの」

「お前もイラにゾッコンなんだろ?」

 

白い目を向けるシーにニェンは不敵に笑いかける。

 

「…そんなのじゃないわよ。ただ──まあ、『最高傑作』って所には同意するわ」

「へえ?」

「あいつは身体の造形に無駄がないの。常人は全力を出しても四十しか力を発揮できない。だって身体が崩壊してしまうから。それを遺伝子レベルで理解してるから、脳が判断して本気の力は出ないのよ。

けど、あいつの身体は力の流れを妨げず、その膂力にも耐え切れるほどの柔軟で剛健なのよ。文字通り──、身体中に余り無く、百の力を込める事ができる。あいつは鍛えてるからって言ってるけど、アレは努力なんて言葉の枠組みに入れちゃいけない。神様に御贔屓でもしてもらったのかしらね」

 

筆を回しながらイラの姿を思い出すシー。

 

「だから描きたいの。美しいものをそばに置いておきたいのは当然でしょ?」

「…だからって監禁はやりすぎだろ…」

「失礼ね。絵の資料として働いてもらってただけよ」

「あーいえばこーいうのは相変わらずだなあ」

 

苦笑したニェンを見たシーは筆を振るう。すると、シーの背後に百、千──…目では数え切れないほどの怪物たちが出てきた。

 

 

 

「──だから、私の物に手を出す事は赦さない。イラは私のよ。勝手にマーキングしてんじゃないわよニェン」

 

 

 

「──あん?ああ、アレか。だからさあ──、イラは私のっつってんだろうが。聞き分けの無い妹だな、シー」

 

 

 

 

ニェンが持っていた大剣を地面に突き刺すと、そこから半円形状に、印で結ばれた赤い領域が出来る。

 

 

 

 

 

「久しぶりの姉妹喧嘩と行くか?」

「じゃあこうしましょ、勝った方があいつの主人って事で」

「良いねぇ、手っ取り早くて助かるぜー」

 

シーの墨の軍勢に、ニェンの焔。その二つが交わる時──、この世界は耐え切れるのだろうか。しかしそれは彼女たちにとっては些細な事だ。壊れたなら創り直せば良いのだから。

 

 

 

 

「子の矛を以て、子の盾を陥さば何如──!」

「有形を以て無垠を模し、無形を以て天下を応ず──!」

 

 

 

墨の世界で、二つの神がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?ニェンとシーが怪我した?アイツら曰く『イラが全部悪い』って言ってたから俺に作戦に参加してもらう?────はあああああああ!!?」

 

 

 

 

…その副産物で、一人の男が不幸になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の勝負──イラの負け。

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