バリアヒーラーの迷宮探索   作:死期

1 / 18
性癖煮詰めたやつです


0話

 人生の終わりをどう迎えたいかなんて、とっくの昔から決まっていた。

 

 たくさんの弟と妹に囲まれて。

 色んな話をして。

 ちょっと泣いたり。

 たくさん笑って。

 

 そうして旅立ちたかった。

 

 その夢は、まさに今叶っていた。

 

「兄ちゃん。兄ちゃん。なァだめか?もうちょっと頑張れたりしないか?」

「──ぁ゛ぁ、わ、るいなァ。ごめんよォタク。兄ちゃんもう疲れちまってさ」

 

 消毒とガーゼの匂い。ピコピコと音を奏でるゴチャついた機械に、嗚咽混じりの声が混じっていた。自分に次ぐ年長の弟───タクが骨ばった手を取って泣いている。

 

 本当に、悪いなァ。

 

 俺たち家族、まだまだこれからってときなのになァ。ゴメンなお前ら置いて俺だけオサラバなんて。

 

「───そっか、謝らんでェ。兄ちゃんこンなに頑張ったモンなァ」

「悪いなァ、ゴメンよほんとに。兄ちゃん情けなくて」

「情けなくあらへん!あらへん、から⋯⋯ぅ、うゔ゛っ」

「あァ、シズまァた泣いて⋯⋯、その泣き虫はまだ治らんかったか」

 

 情けない。本当に情けない。

 まだこいつらにしてやりたいことなんてたくさんあるのに。どうしてこの体は動かないのだろう。

 

 多臓器不全。腎臓も肝臓もテンでダメ。

 肺がやられてからは酸素マスクなしにはいられないし、腹や胸に水が溜まってキツくてしようがない。

 

 もう長くは保たないと医者の先生に言われてから随分保ったものだ。昨晩無性に兄弟姉妹全員と話がしたくなって無理して呼んでもらった。

 

 こいつらはバカ正直に全員で来たから病室はパンパンだ。バカだなァ。お前らも忙しいくせに、こんなくたばり損ないの出来損ないに時間割くなんてさァ。

 

「───わる、いなァ。情けない兄ちゃんで。これからだってのに一抜けなんて。心配やわ、お前らやってけるのか。心配で心配で」

「えェで兄ちゃん。心配せんでェ。アタシらはちゃんとやってける。な、心配せんでえぇから」

「そォかあ⋯⋯そンなら、えぇなァ⋯⋯」

 

 そうだった。こいつらはもうこいつらだけで生きていける。生きていけるようになった。そうしたのだ。全てを賭してその未来を手に入れた。

 

 夢は、叶った。

 

 こいつらに安息の地を。俺は最後まで役目(お兄ちゃん)を全うしてくたばる。

 

 文句よつけようもないパーフェクトな死に様。どこまでも情けない兄ちゃんだったけど、こいつらは付いてきてくれた。だから安心して逝ける。

 

 なのに。

 

 なのになァ。

 

 やりたいことはまだまだいっぱいあった。

 

 タクを大学に行かせてやりたかった。

 ナナに可愛い服を買ってやらなきゃ。

 マサは洗濯のたたみ方が雑だからって叱ってやらないといけない。

 シズはそろそろ前髪切れ。兄ちゃんがやってやる。

 タケは言うことねェな。のっぽすぎて頭天井にぶつけんなよ。

 モモは味付け教え終わってなかったな。

 コウにラケット買ってやんねェと。テニスやってみたいって言ってたはずだ。

 アオも猫が飼いたいんだったか。世話自分でできんのか心配だ。

 リサは犬がいいって大騒ぎしてたな。両方飼うのって難しいんかな。

 

 あぁそうだ。家族で旅行行こうって言ってたな。沖縄と北海道で半々に分かれて俺がどっちに行くか決めてくれって。バカだなぁ。どっちも行ってこいよバカども。

 

 ちくしょう。

 やりたいこといっぱいあるなァ。

 

 死にたくないなァ。

 ゴメンよ、こんな締まらない兄で。情けない兄で。

 

 俺お前ら心配だよ。心配で心配でたまらねェ。

 

 でも、他でもないお前らが「心配すんな」なんて言うもんだからさ。

 

「まァ、お前らなら"安心"だよ。安心して逝ける」

「───にぃ⋯⋯?まって、まってよ。まだにぃに返したいものいっぱいあるのっ」

「なァんだアオ、兄ちゃん心配させんでくれ」

「心配してよ!もっと、もっとずっと!一緒に!!」

 

 ったくヨォ。

 酷いこと言うなよ。

 

「大丈夫だアオ。俺の妹なら大丈夫だって思わせてくれ」

「──ッやだ!⋯⋯⋯やだよぉ⋯⋯、にぃ、ずっと一緒にいてよ⋯⋯」

 

 タクは男前になったな。たぶんアオを抱きしめてやってるんだろう。くぐもった嗚咽が聞こえてくる。

 

 目は、もう見えねェな。

 

「⋯⋯なァ、手握っててくれるか⋯⋯?」

「手ならもう───いや、兄さん、ずっと握ってるから大丈夫だ。安心してくれ」

「⋯⋯⋯そっか、それなら、安心だな」

 

 ぬくもりを感じる。物理的なものじゃない。感覚のない手ではなく心で熱を感じる。

 

 俺には出来すぎた家族だ。

 

 あァクソ。これじゃあ"心配"なんてできねェな。こいつらならやってける。お前らならやってけるさ。

 

 だから、俺も安心して、少し、眠ろう。

 

「⋯⋯⋯悪いなァ、ちょっと、兄ちゃん、眠くって」

「いいさ、気にしないで。兄さんは働きすぎなんだ。たまにはゆっくり眠ってくれ」

「⋯⋯⋯そォか⋯⋯、悪いな、タケ。悪いなァお前ら」

 

 頭に乗る手が温かい。

 かけられる言葉が暖かい。

 

 日だまりのような温もりに包まれて、なんだかうつらうつらしてきた。

 

 そう、かな。

 働きすぎかな。

 

 俺の方がかえって心配させちまったか。

 

 じゃあ、仕方ないな。

 

 少し

 

 

 ねむろう

 

 

 起きたらなにをしようか

 

 

 やりたいことは

 

 

 いくらでも

 

 

 

 いくらでも、あるさ

 

 

 

 

 だからちょっとだけ

 

 

 

 ねむってもいいか

 

 

 

 

 暗い

 

 

 

 でも暖かくて

 

 

 

 ひとりじゃない

 

 

 

 

 ねむいな

 

 

 

 

 寝て

 

 

 

 あしたおきるまで

 

 

 

 

 それまで

 

 

 

 

 

 

 

 おやすみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────おや、すみ。兄ちゃん。ありがとな」

 

 

 

 平坦な波形の電子音。

 

 病室に子どもの号哭だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。