バリアヒーラーの迷宮探索 作:死期
通りを抜けて辿り着いた『豊穣の女主人』は、俺達みたいな駆け出し冒険者から凄腕の猛者、果てにはファルナもなさそうな一般人までがごった返す騒々しい酒場だった。
酔っぱらいどもがげらげら笑ってるし、なんかいかにも冒険者の酒場って感じだ。『冒険者ギルド』とかがこざっぱりしてたぶん、この世界の冒険者って随分品行方正なんだなって思ってたけどアレはギルドが出来すぎてるだけっぽいな。
普通に冒険者ってやつは破落戸一歩手前だったわ。
ちらりと厨房に見えたドワーフの女性はスゲェ手捌きで料理を作っている。というかなんかあの人おかしくね? どういう腕力してるんだろアレ⋯⋯
「アンタらがシルのお客さんかい? なんでもアタシ達に悲鳴をあげさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!」
厨房の女将さんがカウンターから身を乗りだしてきた。オイオイオイ誰だよ大食漢。絶対変なこと吹き込んだ女狐いるやろがい!
そんで問題の女狐もとい、ベルくんからむしり取ろうとしている女性従業員シル・フローヴァの接客によって席についた俺たちは、早速メニューを見せてもらったわけだが。
「⋯⋯⋯たっ」
たっか。
高いのである。
えぇ⋯⋯なにこれ、どのメニュー見ても最低価格3桁ヴァリスだ。ドリンクでさえその有様。どうなってるんだこれ
ほら見ろ。あの善性が服着て歩いてるようなベルでさえ引きつった顔してるぞ。
「えっと、じゃあジブンはこのグラタンで⋯⋯ほら、ベルもちゃっちゃと決めちゃうッスよ」
「あ、うん⋯⋯そうだね! じゃあ僕もおんなじのにしようかな」
「え、何言ってるンスか。せっかくいい店来たんだからもっと高いモン頼むべきッスよ」
俺?
俺ァいいんだよ。胃袋ちっせぇし。
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うめえ。美味いなコレ。
熱々なソースの絡まるグラタンはしっかりと焦げ目がついていて香ばしい。そんでコレはニョッキだな。もっちりとした柔らかさと弾力を備えた団子にトマトのソースがしっかりと絡んでいる。
ちょっとばかし濃い目の味付けもダンジョン帰りで疲れている体には丁度いい。
やるなぁあの女主人。それと厨房のケモミミ美少女達。こんなに忙しそうな店を切り盛りしてるっつーのになんてワザマエ。頭下げて弟子入りしてェわ。
うん、これは高いだけある。可愛い女の子の店員ばっかりだから、すわキャバクラかと身構えたけど、こんだけ美味けりゃそりゃ高いわ。
でも騙し討ちでここにベルを連れてきたシルさんは許せねェ。カモる気満々だったろ。
「楽しんでいますか?」
「⋯⋯圧倒されてます」
「同じくッスね」
⋯⋯シルさん給仕やめてこっちに寄ってきた。イスに座り込んでお喋りムードだ。仕事が暇だからと女将さんの許可まで出てる。やめてくれよオイ。
これはアレだな。酒とか取らせようってやつだな。間違いない。
思いっきりジト目で警戒心を顕にした俺を置いて、普通に二人は話を始めた。
なんでもシルさんは人間観察が趣味らしい。
店内をきょろきょろと見回して目を細めている。
「沢山の人がいると、沢山の発見があって⋯⋯私、目を輝かせちゃうんです」
いっちゃ悪いが下世話だ。
目を輝かせているというか、カモを探して目を光らせてるの間違いなんじゃないか?
でもこうしてご飯の旨い店を知れたし、シルさんはなにかお金をせびるわけじゃない。ちょっと悪どいところあるけれど、超えちゃいけないラインをしっかり理解してる感じだ。
うーん、でもやっぱり俺この人苦手だな。
ベルは楽しげだからいいけどさ⋯⋯
内心シルさんに対してもやもやとした感情を抱いていたら、急にベルがびくんっと飛び跳ねた。
「⋯⋯どうしたッスか?」
「い、いやなんでもないよ」
なんでもないことないやろ。
ベルの視線が吸い込まれている方をちらりと見れば店の入口付近だ。ついさっき結構な団体客が入ってきてたし、知り合いでも見つけたんだろうか。
うーん俺の背丈じゃ見えないな。
『⋯⋯おい、オイって、見ろアレ』
『⋯⋯ンだよ、おお、えれえ上玉』
『バカ、エンブレムを見ろ』
『⋯⋯げっ【ロキ・ファミリア】』
お冷や吹きかけた。
『あれが噂の【剣姫】』
『【
『第一級冒険者勢揃いじゃん』
あー、アレね。ヴァレンなにがしもいるんだ。
ちょっと覗いてみていいかな。ヴァレンなにがしにはお礼してないからな。ベルを助けてくれてありがとうございまーすって言いたい。
でも宴会っぽいところに顔突っ込んだら絶対反感買うよな。
ベルは、うん、顔真っ赤だな。どうにもヴァレンなにがしに惚れ込んでるフシがあるから仕方ないか。
「うちはロキ様───えっと、【ロキ・ファミリア】の主人様に気に入られてまして、彼等はうちのお得意さんなんです」
なるほどね。
あの変態魔神もといセクハラ神様のことだから、ここの店員さん目当てなんじゃないかななんて思ったけど、流石に声には出さなかった。仮に聞かれたら殺されても仕方なさそうだし。
ベルは、うわすごい目してるぞ。血走った目で俺の背後───たぶんヴァレンシュタイン氏がいるところをガン見してる。ちょ、ちょっとそんな盗み見してるのバレたら心象最悪だぞ。やめるんだ。
「⋯⋯ベル、ねぇベル、アレッス⋯⋯ちょっと抑え───」
「そうだアイズ! あれ聞かせてやれよお前!」
「あれ⋯⋯?」
ベルを嗜めようとしたら男性のデカい声にかき消されてしまった。
「ほらあれだよ、ミノタウロス! 5階層まで逃げてきやがったあれをお前が始末したろ!? そんときにさ、ほら、いたじゃねぇかトマト野郎!」
ぴしりと、俺とベルのテーブルの空気が死んだ。
「ミノタウロスって、17階層で返り討ちにしたら凄い勢いで逃げてったやつ?」
「そうそれそれ!」
これって⋯⋯、たぶん
それでトマト野郎ってのは⋯⋯あァ、今トマトみたいに顔を真っ赤にしてるベルのことってか?
「それでよ、5階層まで泡食って追いかけたろ!? そしたらよ、いたんだよ、いかにもひよっこってかんじのひょろくせぇ
ひょろくせぇガキ───俺のことか?
そういえばこの声聞いたような気がするな。ヴァレンシュタイン氏にベルが助けられてるの見て、気が気じゃなかったからあんま覚えてないけど同じ声を聞いた気がする。
「笑い死ぬかと思ったぜ、兎みたいに逃げまわってよぉ! そんで壁まで追われてへたり込んで震えてんの!」
「ふむ、それでその冒険者はどうなったん? 助かったん?」
「アイズが助けてたぜ。間一髪ってところで細切れにしてさ⋯⋯ぷ、くくくっ、それでさ、そいつあのくっせー牛の血を頭から被ってよ⋯⋯真っ赤なトマトになっちまったんだ!」
ゲラゲラと哄笑が店内に響く。他のメンバーの押し殺したような失笑と、店内の他の客までにやにやにやにや笑ってやがる。
「しかも、そんだけじゃねぇんだ! そいつよぉ、団員置き去りにして逃げてたんだよ! そっちのチビも死にかけてたところ助けられてたんだけどな、それも置いてどっか行っちまったんだ!」
「もう一人の冒険者というのは、あのパルゥムの?」
「そうそいつそいつ! ぶくくっ! うちのお姫様、自分の助けたガキに逃げられて、代わりに団長の助けたチビ背負って帰ってきたんだぜ」
「⋯⋯くっ」
「アハハハハハッ!そういうことやったんかアイズたん!そんなおもろいことなんで教えてくれんかったん?」
あァこの声も知ってるな。あの女神様か。
ベルは、うん顔を赤くしたり青くしたりしてるな。
あとあの男余計なこと言いやがって。ベルにもヘスティア様にも死にかけたことは言ってないんだ。あくまで『
ポーション代の話もマインド・ポーションだと誤魔化してある。
それを台無しにされかけた。
「しっかしよぉ、情けねぇよなああのガキ。泣き喚いて逃げるくらいなら最初っから冒険者なんかなるんじゃねぇっての。なぁアイズ」
「⋯⋯ベート、そろそろストップだ」
「いい加減に黙るんだ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。被害者である冒険者には謝罪することはあれ、嘲笑う権利などない」
「おーおー、団長様もエルフ様も、誇り高いこって。でもよぉ、あんな雑魚擁護してどうすんだ? 方や団員おいて逃げ出す腰抜け、かたや逃げることさえできねぇ雑魚。ゴミをゴミと言って何が悪い」
「これ、やめえアンタら。酒が不味くなるわ」
うるせぇ、な。うるせぇ、うるせぇ。
ベルは、酷い顔してやがる。
「アイズはどう思うよ? あんな震えて泣き喚いてるような情けねぇ野郎を。あんなザマで俺達と同じ冒険者名乗ってるんだぜ?」
「⋯⋯あの状況では、しょうがなかったと思います」
「何だよいい子ちゃんぶっちまってよ⋯⋯じゃあ、どうだ? 仮に俺とあのガキ、ツガイにすんならどっちがいい?」
「⋯⋯ベート、もしかして酔ってるの?」
「うっせぇ。ほら選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾振るんだ?」
「⋯⋯私は、そんなこと言うベートさんだけはゴメンです」
「無様だな」
ベルは今にも、椅子を蹴飛ばしてどっか行っちまいそうだ。
俺は、どうなんだ?
俺はあの男の声を聞いて、今どうしようと思ってる?
「うるせぇババア! じゃあなんだ、お前はあのガキが好きだの愛してるだの抜かしたらよぉ、受け入れられるってのか?」
「⋯⋯っ」
「はんっ、んなわけねぇよなぁ。あんな弱くて情けねぇ雑魚野郎に、
心臓を、掴まれたような悪寒。
雑魚には『隣に立つ資格』なんて存在しない。
それは、それァ。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」
ベルがガタンと立ち上がって走り出した。
俺はそれを止めようと手を伸ばして、その腕は途中でひとりでに止まった。
頭ン中でぐるぐると言葉が巡る。言葉と一緒に未分化の感情がぐるぐるぐるぐる回ってる。
『熟練度上昇トータル160オーバー』
『ベルは俺の5倍速で強くなってる』
『次は必ず僕が守る』
悪意の欠片もない事実と気遣いが、俺のみみっちい心にグサグサと突き立っていく。
青年の放った『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ』という単純明快な
俺には、そっくりそのまま同じことが言えた。
『雑魚ではベル・クラネルには釣り合わない』
俺は。
俺ァ、雑魚だ。それも弱ェ上にベルを危険に晒した、最低の雑魚。
そんでもって、現在進行系でベルに
それが意味するところ。
ガキでも誰でもわかる簡単な話だ。
情けねェ俺では、到底
「───スンマセン、会計を」
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廃教会の隠し部屋に倒れ込むように入る。
⋯⋯誰もいねぇ。
ベルは帰ってきてないし、神様はバイトの打ち上げだったか。寂しいなァ。
なんか色々考えてたからどんな道通ったかさえちょっと怪しい。『豊穣の女主人』にはベルが戻ってきたら、俺がホームに帰ってると伝えてくれと言っといた。
⋯⋯思うに、だ。
俺は勝手にベルを弟分として扱ってた。ベル自身がちょっと抜けてるところがあって、ほっとけない雰囲気があったからそういうつもりになってた。
でもよォ、あいつそういう兄貴分がいるほど情けねェやつなのか?
答えはノーだ。
今日のステイタスの更新を見ただろ。何があったかはわかんねェけどアイツの成長が異常だってのは火を見るより明らかだ。
アイツは強くなる。間違いなく。
そんでこの先、俺が一緒にいたところであっという間に足手まといになる。
必要なかったんだ。アイツに
いや、違う。違うな。
「ただいまー!」
「───ぁ、かみさまッスか。おかえり、なさいッス」
「あれニィ君だけかい? ベル君はどこいっちゃった────ニィ君、なにがあったんだ。ひどい顔をしてる」
やりにくい、なァ。