バリアヒーラーの迷宮探索 作:死期
人生の終わりをどう迎えたいかなんて、とっくの昔から決まっていた。
たくさんの家族に囲まれて。
色んな話をして。
ちょっと泣いたり。
たくさん笑って。
そうして旅立ちかった。
その夢は。
その夢は───
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一歩。
地面を、踏みしめる。
右腕の肩鎖関節、肩甲上腕関節、腕尺関節、橈骨手根関節が動員され、三回転半した棒の先端が風を切り、蛙型モンスターの単眼をぐしゃりと潰す。
長い舌で中・遠距離攻撃を行う『フロッグ・シューター』は、指定方向への運動量を付与する『リパルス』の前に無力と言ってよかった。
灰と化していく死骸から目を背ける。魔石をひろいあげてる余裕なんか俺にはない。もっと先へ。もっと奥へ。
ベルの辿り着いた、6階層へ。
早朝と言うには早すぎるダンジョンは薄ら寒く、生き物の気配が希薄だ。身を軽くするために最低限の防具しかしない俺には、少しこの肌寒さが堪える。
怖気のするような寒さから逃げ出したくて、俺は足を止めることなく迷宮内を走り続けた。
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幅の細い薄緑の回廊。複雑に入り組んだ通路に湧くモンスターは、これまでの雑魚より一段と強い。
結局の所、力のない俺に出来ることなんて限られてるわけで、懸命にモンスターの倒し方を考えなくては呆気なく死んでいただろう。
棒を振るう。
目を打った。甲状軟骨を砕いた。こめかみを打擲し、顎先を打ち抜く。
倒しきれないモンスターの方が多い。
魔法で体勢を崩し急所を狙う。狙っても狙ってもモンスターは痛そうに立ち上がるばかりで、いつまでたっても灰にならない。
死ぬ気で何度も打ち据えてようやく殺し終え、そんなことばかりしていたから両手が血豆だらけになった。
ズクズクと疼く両手を放置。この程度のものを治すのに魔法なんか使ってられない。『リパルス』の使いすぎで既にマインドが枯渇してきている。
この辺で帰還しないと死ぬだろうな。
いや既に帰れるのか怪しい。
来た道を帰すとて、体感2割も残っていないマインドと四肢の疲弊を鑑みればダンジョンの外に辿り着く前にくたばるだろう。
死ぬ。死ぬ、か。
いいじゃん別に。
アイツらだって頑張りすぎだから休めって言ってたんだぜ?
じゃあ、もういいじゃん。休んじまおう。
ダンジョンの中だというのに、背中を壁に預けて座り込む。
殺風景な広間だ。正方形を象る空間には視界を遮るものなど何もなく、これまで通ってきた通路以外の出入り口がない袋小路。
「───行き止まりッスね」
なにもかも行き止まりだ。
ここで座ってたらどうなるんだろう。
その内モンスターの群れでも入ってきてラストバトルか。この密閉空間で囲まれたら、どう頑張っても死ぬだろうな。
ビキリ、と。
何かが割れる音。
ビキリ、ビキリ、と。
広間に得たいのしれない音が響き出す。
「───運が、いいんだか悪いんだかッスね」
モンスターはダンジョン内で生まれるのだという。
生まれるというのは言葉の通りで、迷宮の壁を内から破り
今、まさに、目の前で起きているように。
ビシリと一際大きな音を立てて、迷宮の壁から
体高160センチほどだろうか。見上げるような背丈で二足で立つヒト型のモンスター。6階層に出現する『ウォーシャドウ』で間違いない。
これが噂に聞く『新米殺し』
駆け出し冒険者のステイタスでは通用しないと聞かされていた化け物。
そして、ベルが倒したであろうモンスター。
勝てないだろう。たぶん。
体格が違う。膂力が違う。
なにより俺には
「───やるッスよ」
死ぬだろうな。勝てないだろうな。
でもさ、もし、このモンスターに勝てたなら。
俺はベルの隣にいられる『頼れる兄ちゃん』になれるかな?
⋯⋯証明、しよう。
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這い寄るような低姿勢からウォーシャドウは両腕を振るう。異常に発達したその腕の先端には、ナイフめいた三本指。
ギンッと空を横薙ぎに払う一撃に、先んじて肘関節を棒で押し込むことで対応した。出鼻を挫かれたことで速度の死んだ攻撃が、ギリギリのところで頭を掠めて逸れていく。
恐るべき速度と威力。まともにやりあえば防御の上から八つ裂きにされる。
「『リパルス』」
ウォーシャドウが踏み出す足の着地点に速効防御魔法。体勢が崩れてつんのめりながら、すくい上げるように爪が振るわれる。俺は指の隙間に棒を叩きつけ、その反動で飛び退くことでどうにか回避した。
「──はぁっ、はあっ⋯⋯」
攻撃される前に妨害する。
攻撃されたら凌いで距離を取る。
こと防御という点において、俺の棒術と魔法は極めて有効だ。
そして、それ以上ではない。
ウォーシャドウの攻撃を防御して、その勢いのまま何度も胴体を、関節を打ち据えた。しかし効いた様子がない。
『⋯⋯』
「───は、あっ⋯⋯ベルは、こんなのを⋯⋯」
強い。
速く、重く、硬い。だから強い。
凌ぐだけではだめだ。耐えるだけではだめだ。
無言で連撃を加えてくる黒いモンスターを、危ういところでいなし続ける。疲労によって防御から精細さが欠けていき、
打ち合っている時点でダメだ。棒術の防御の基本は、攻撃の起点を潰すことで速度を殺すこと。次点で受けた攻撃を回転に転化することで次なる防御とすること。
打ち合うということは前者をする余裕をなくし、無駄な動きが増えているということで───
「⋯⋯しまっ」
『⋯⋯』
アッパーカットのようなその攻撃を、完全にいなせなかった。強引に割り込ませた棒の上から強く叩き上げられ、体が完全に宙に浮く。
腹部に強い衝撃。
肺から空気が漏れ、蹴り飛ばされたのだと気付いた。血混じりの唾液が飛んで背中から壁に激突する。
ビキリ、と。
「───か、ほッ⋯⋯えほッ⋯⋯」
ビキリ、ビキリ、と。
体が痛む。頭が痛む。枯渇しかけたマインドと痛みでアタマが朦朧としてる。
握り締めたままの棒の感触だけがイヤに鮮明だ。
ビキリ、ビキリ、ビキリ、と音がしている。
その音は背中をぶつけた背後の壁から、聞こえている。
「───は、ハハッ⋯⋯知ってたッス⋯⋯やっぱ、ジブンじゃ──」
ダンジョンの壁を砕いて、
そうして現れた二体目のウォーシャドウに殴られた俺は、そのまま意識ごとふっ飛ばされた。
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「───ニィ君⋯⋯」
『⋯⋯僕、強くなりたいです』
昨晩一人でダンジョンに潜り、ボロボロになって帰ってきたベルはそう言っていた。なにが彼にそう言わせたのか、ヘスティアにはわかるような気がした。
彼に発現したスキル【
ベルの憧れが誰を指しているのかなど、今更語るべくもない話である。
しかし、きっと
5層であったという事件。中層にいるはずのミノタウロスによって襲われた時。
ベルが彼の隣で粉骨砕身するもう一人の
ならば、彼のこの無茶苦茶なダンジョン探索は。
強くなりたいと願った理由は───
「───ベルくん、君が今ボロボロなのは分かってる。疲れ切って倒れてしまったってことは分かってるんだ」
極度の疲労による気絶だ。
丸一日は死んだように寝続けるだろう。それでも、ヘスティアは彼の手を取って呟く。
「でも、ダメなんだ。ボクだけでは⋯⋯守られるばっかりの
少年は、目を覚まさない。
「⋯⋯ニィくんには、ボクだけじゃ⋯⋯⋯届かないんだ」
少年は、目を覚まさない。
「あの子は今ダンジョンに行ってる。ベルくんに追いつかなきゃって、それができないくらいなら死ぬつもりで、ダンジョンに行ってるんだ⋯⋯」
少年は、目を覚まさない。
「───ベルくん、お願いだ。あの子を、ニィ君を助けてくれ。他でもない『
少年は───
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走馬灯ってやつの話は聞いたことがある。
死を間際にした脳が異常活性して過去の記憶を漁り、打開策を探ろうとするんだとか。
思い出すのは前世の家族達。
アイツらは、アイツらだけでやってけるだろう。ミジタアキラなんて異常者は、あそこにはもう必要ない。
思い出すのは俺を『家族』と呼んでくれた二人。
優しくて温かい女神様と、まっすぐでこれから強くなる少年。
二人は、二人だけで完結している。『兄ちゃん』なんて不純物は、あそこには最初から必要ない。
「───え、ほっ⋯けほ、けほ⋯⋯」
『⋯⋯』
再三壁に叩きつけられた体は言うことを聞かない。この期に及んでなお掴んだままの棒も持ち上げるだけの気力が無い。
死ぬ。
これが証明だ。
ミジタアキラでは───ニィでは、ベル・クラネルに追いつけない。
追いつけないよォな雑魚は、アイツの『
ウォーシャドウの一体が近付いてきて腕を振り上げる。そのまんまコイツの膂力で叩きつけられれば、三枚おろしのパルゥムが出来上がりだ。
呆気なかったな。
後悔は死ぬほどある。やりたかったことはたくさんあった。
女神様にご飯食べさせてやりたかったな。
キッチンも新調してさ、ジャガ丸くん以外の料理も振る舞うんだ。俺ァ料理には自信があるから、きっと女神様の舌に合うメシを作ってやれる。
ベルには恋愛指南とかしてやりたかったな。
あんなに女性への免疫ないようじゃこの先思いやられる。いやどうかな、案外アイツ素面でカッコいいからなんとかなるか。
あァそうだ最後に見たヘスティア、ひどい顔してたな。あんな顔させたくなかった。
ベルにも挨拶言わずじまいか。サイテーだな、俺ァ。
悪いこといっぱいしてきたし、ファミリアの二人には迷惑かけてばっかりだ。
俺が死んだらたぶん、悲しんでくれるんだろうな。
ゴメンな。
兄ちゃん、そうであったら嬉しいなんて思っちまうんだ。
冥土の土産にアンタらの優しさ持ってこうって、最悪の魂胆だけど、どうか、許してほしい。アンタらなら許してくれるって甘えさせてほしい。
目を瞑って振り下ろされる刃を受け入れる。
迫りくる死の気配に身を委ね、ほうと息を吐く。
なにもかも放り出して楽になりたいって浅ましい発想を、律儀に叶えてくれるモンスターの指。
それが頭から爪先までを引き裂く───
───足音。金属同士が打ち合う、鋼の音と火花が散った。
「───よかった、間に合った」
ついこの間まで頼りなかったはずの背中。たった数日で見違えた背中が、そこにあった。