バリアヒーラーの迷宮探索 作:死期
「───ぁ⋯⋯?」
目が覚めた。
体中痛ェ。なんだこれ。体が痛いのなんて今に始まったことではないが、こいつは毛色が違う。胸のあたりをぶん殴られたような鈍痛。後頭部にも激しい痛みがあってたらりと扉体から血が流れてくる。
震える膝にムチを打って立ち上がる。
待て。立てる?
なんでだそりゃ。色んな内臓やられて寝たきりだった俺が立てるはずないだろ。
「ど、こだここ」
薄暗い洞窟だった。
病室の内装は味気ないなと思うことはあったけどここまで劇的ビフォーアフターされると流石にビビる。それにしてもカビ臭さと獣臭が立ち込める病室なんてアリなのか。衛生的に。
ズキズキ痛む頭に触れる。べっとりと血が付着した
おいおいどういうことだ。病院生活が長すぎて髪の毛が脱色されるなんてあるのか。というかこの出血はなんだ。
「い゛、づつ⋯⋯」
先程から声も変だ。やけに高い。喉までイカれたかよ。
頭も胸もなにか鈍器で殴りつけられたみたいだ。どうやら俺は洞窟の壁を背にして寝ていたらしく節々がびきびき痛む。
いや、ほんとなにこれ。
そもそも俺何してたっけ。
うーん、半年くらい闘病生活してたでしょ?
それであーもうダメだなって悟って皆を呼びつけてお喋りした。
それでくたばった気がする。
「どーいうこっちゃ⋯⋯?」
かなりクサイ感じのことくっちゃべって死んだ気がするんだけど。なのに生きてる感じか。えーダサいって思わなくもないけど、生きてるだけで御の字だ。
体動くとか滅茶苦茶回復してるじゃん。
これもう退院できそうじゃない?
そこかしこ痛いけど。
クラクラする頭を押さえて周りを見る。かなり広い洞窟だ。
体の調子を確認するために色々ペタペタ触る。
「うん???」
鈍痛を放つ胸がちょっと柔らかい。筋肉だけでは得られない微妙な柔らかさがある。これ内出血とかで内側から腫れ上がってる感じか?
なんか奴隷にでも着せられてそうなぼろぼろの外套を類って引き上げる。怪我してるならそこ確認しないと。なんか股がスースーする気がしないでもないけど。
「うん?????」
ぺろりと捲った外套の下には何もなかった。
いやまじでなにもない。
こう、つるぺたーんってかんじでなにもない。
下着も無ければ愚息もない。
あと胸元は痣があるけど誤差レベルでしか膨らんではいない。
えっもしかして去勢された。なんで!?
「───よし、よしよし、冷静になろう。俺は兄ちゃんだからな。いつだって冷静、オーケイ?」
深呼吸をして錯乱した頭を落ち着ける。
女だこれ。
それも子どもの。
ここも病室なんかじゃない。意味不明な洞窟だ。
つまり俺は、死んだと思ったらどこぞとしれぬ洞窟で幼女に生まれ変わったということか。
「いやそんなバカな」
突拍子もないアホすぎる思考を却下する。
いや、そんなわけないでしょ。
ないよね⋯⋯?
ぺたーんとした胸やつるーんとした股をまさぐる。
女だ。うそー。
いつの間にか左手は木製の棒とか握ってる。いつの間にかというか最初からか。木でできた棒に金属製の装飾がいくつかついてる。丈は身長よりデカい。こんなもの持ってたのに気が動転していて気付かなかった。
「だれか、説明してくれ」
どういう状況なんだこれ。
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「包帯とか、あるわけないか」
ぼろぼろの外套にはポケット1つさえない。そして下はノーパンの痴女スタイル。これポリスメンに見つかったら即職質、人に見つかったら即通報だ。
というか人いるのか。こんな洞窟に。
痛む胸元を押さえながら出口を探して歩く。
なんかいい感じの棒も引き摺りながらだ。
入り組んだ洞窟をとぼとぼと進む。
喉乾いた。頭痛い。ここどこ、わたしだれ?
頭がズキズキするのでいろんな考えをとりあえず放り投げ、休めそうなところを探す。できればさっさとこんなとこ出て交番に駆け込みたい。助けてくれーって正直に言えばポリスメンは優しいって知ってるからな。
「お、話し声⋯⋯?」
先の通路の分かれ道の先にぎゃあぎゃあやかましい音がする。なんか品性を感じない声だが人がいるのなら嬉しい。事情を説明して泣きつくとしよう。
⋯⋯強烈な幻覚見てるキチガイだと思われたらどうしよう。というかこれもしかして幻覚だったりするか?本当の俺はまだベッドの上で夢を見てるだけとか。
ともかく通路を曲がって探し人の下へ。
ヘイ男子!助けてくれないか!
「ギャギャ⋯?」
え、なにあれ。ゴブリン?
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「ひょわっ!?」
ゴブリンだ。紛れもないゴブリンだこれ。特殊メイクですかーとかやぶれかぶれで聞いてみたが、緑色の体表に赤い目をしたゴブリン三体は問答無用で襲いかかってきた。
で、デカい。デカいってこいつら!
ゴブリンっぽい見た目のくせに160はある俺と同等の背丈とかふざけんな!
⋯⋯あ、もしかして今の俺の背がミニマムなのか?
「く、くるなっ!?」
必死に棒を振り回して距離を詰めてくるゴブリンをあしらう。自分の背丈より長い棒は体に吸い付くようにくるくる回って、ゴブリンの攻撃を払う。
なんだこれ棒術とかやったことないのに体が勝手に動くぞ。すごいなこれ。
でも全然有効打になってない。下から顎をすこーんと打ち抜いても平気でゴブリンは立ち上がる。
つ、つよすぎるこいつら。
じわじわと通路の奥に追い込まれていく。
だれかたすけて!
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冒険者、ベル=クラネルはダンジョンの一階層でモンスターを探していた。
初めてのダンジョンで幼き日に祖父に助けられたあの日からずっと脅えていたゴブリンを初めて自力で討伐できたこと。それ自体は良かったのだが余りにはしゃぎ過ぎて、神様の下へ向かって笑われてしまった事は正直言って非常に恥ずかしい。
迷宮最弱のモンスターゴブリン、それを一体倒しただけでどんだけ喜んでるんだと。
思い出しては赤らむ顔を抑えつつ迷宮一層をうろつく。
「全然いないなぁ⋯⋯」
一週間くらいは一層で様子見をすべきだとギルドで言われた通りにしているのだが、いかんせんモンスターがいない。冒険初日とは言え未だにゴブリン一体しか倒せてないのはなんだか情けない話。
神様に笑われてからどうにか失態を取り戻そうと再び迷宮に潜ったのだが、モンスターがいない。
あと美少女もいない。
「全然見つからないなぁ。なにかコツとかあるのかな⋯⋯モンスターに出会うコツみたいなの」
あと美少女に出くわすコツみたいなの。
下らない思考に集中を持っていかれそうになったとき、奥の通路の方から素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
『ひょわっ!?』
「女の子の⋯⋯声、悲鳴?大丈夫かな、こういうのって近づいちゃだめなんだっけ?」
『く、くるなっ!?』
「来るなってボクのことかな⋯⋯、いや駆け出し冒険者に近づかれたら迷惑ってことかなぁ」
もしや美少女との出会いかと色めき立ちそうになったが、既のところで冷静さを取り戻す。来るなと声が聞こえた以上近づくべきではないだろう。
それなりに離れた位置からこちらに声をかけられる少女は優秀なのだろうななんて思いつつ踵を返そうとしたところで、前方の通路から声の主が飛び出してきた。
ベルと同じ白い髪がたなびく。
小柄な体格は
なんの変哲もなくただ身の丈より長いというだけの棒切れを持った少女。
ぼろぼろの外套に身を包んだ女の子は、誰がどう見ても美少女と答えるだろう愛らしさがあった。
そんな女の子が血まみれで転がるように逃げていた。
後ろから追い立てるゴブリンの顎や関節をすこーんすこーんと棒でしばきながら、泣きそうな顔で逃げている。
どうみてもピンチとしか言いようのない光景に、ベルは頭の中で思い浮かべていた諸々を放り出して駆けた。
出会いとかそんなこと言ってる場合じゃない。
助けないと。
それが英雄を目指す少年と、異世界から迷い込んだ少女の初めての出会いだった。