バリアヒーラーの迷宮探索 作:死期
「あー、えっと。ひとまずありがとっス。助かったっス」
「いや全然!?っていうかアタマ!血が!」
ゴブリンに追い詰められてもうダメだーって思ってたら、白髪の男の子が駆けつけてくれた。マジ助かります。死ぬかと思った。俺が女だったら惚れてたかもしれない。
白髪の彼はその真っ赤な瞳で私を上から下まで観察してめちゃくちゃ焦ってる。あーこれね。頭の怪我結構やばい見た目してる感じか。
「これね髪が白いせいで悪目立ちしてるだけで、実はそんなに───あだっ!?」
「や、やっぱりダメだよ。ちゃんと手当しないと」
見上げるような巨体の少年───いや違うな、この体つきでガタイがいいはずない。やっぱり俺の背が低いんだろう───が痛ましそうな目で見てくる。
やめてくれよ、なんか悪いことしてる気分になる。
「手当てっても包帯とかないんで大丈夫っス。ところでキミは⋯⋯?」
「ぜ、全然大丈夫じゃなさそうだけど⋯⋯⋯えっと、僕はベル=クラネル。今日冒険者になったばっかりの駆け出しだよ」
「⋯⋯⋯冒険者?」
「うん冒険者だよ、キミも迷宮にいるってことはそうでしょ?」
「え、違うっスよ」
少年が信じられないモノを見るような目になった。
あ、やべこれ選択肢ミスった感じ?
ぼーけんしゃじゃないやつは非国民!みたいなアレか。
「もしかしてなんかヤバいッスか?」
「や、ヤバいっていうかどうやって迷宮に入ったの?」
「なんか気付いたらいたッスね」
気付いたらいたって記憶喪失?夢遊病?と目を白黒させている少年。まあだいたいそんな感じと適当にごまかす。
うん俺もなにがなんだかわかってないんだ。
それにしても、ゴブリンと来たか。
少年がナイフで一体ずつぶち殺してくれたお陰でなんとか助かったわけだが、殺したゴブリンは石ころ───魔石って言うらしい───を残して消えちまった。
まァ目を疑う光景だ。まるでゲーム。まるでフィクション。
そういうのが目の前で繰り広げられたのだ。
めちゃくちゃ驚いた。
じゃあ俺もアレか。
死んで異世界転生したみたいなアレか。
それともアレか。
こっちの世界の誰かの体に魂だけ乗り移ったみたいなアレか。
うーんなんにせよヤベーな。俺どうしたらいいんだ。この迷宮とか言う場所めちゃくちゃ危ないらしいから早く出たいけど、どうしたら出れるかわからんし。
「なァベルさん。もしよかったらだけど出口の方向とか教えてくれないッスか?なんもお礼できないッスけど」
「あーそっか、記憶喪失なら来た道とかもわからないか。もちろんいいよ、僕も一緒に付いてくよ」
「いいんスか。いやマァジで助かるッス!」
ベルさんいい人すぎる。ゴブリン倒して小銭稼ぎしてるみたいだったけど、わざわざ道案内までしてくれるとは。善良が人の姿して歩いてるみたいなやつだ。
しかもポーチからハンカチ出して貸してくれた。血で汚すのは忍びないけどありがたく使わせてもらおう。
そろそろ乾き始めて髪とかパキパキになって困ってたのだ。
助かる。
ただどォにも子ども扱いされてるみたいで、手ェ引かれて歩き始めた。まあいいか。
迷宮とやらの出口目指しながら、俺はベルさんに現状確認とばかりに質問攻めにしたわけだが、気を悪くすることもなくなんでも教えてくれた。
ベルさんマジいい人。一生ついていくわ。
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迷宮、つまるところダンジョン。
『ダンジョン』なるものは『オラリオ』とか言う街の中心にある『バベル』と呼ばれる塔の真下にあるるらしい。
もともと『ダンジョン』つーのがあった場所に『バベル』っていう白亜の塔を建てたらしいが、なんぞ金儲けでもしようって魂胆だろうか。なんか『ダンジョン』内の『モンスター』倒したら『魔石』とかいう価値のあるものが落ちるわけだし。
そんでこのベル少年は、
うーん頭がこんがらかってきた。
というか
そんでカミサマからなんぞ凄そうなもの───
と思ったらベルに俺もファルナはもらってるはずだと言われた。
「エ?いやそんな大層なものあるわけないっスよ」
「え、じゃあキミファルナなしでダンジョンに!? いやそんなはずないか。そこらへんのことも忘れちゃった感じかな⋯⋯?」
へェ。
なんでも
『ファミリア』っていう共同体に所属して神様からもらう必要があるっぽい。
ふぅン。
ファミリア、家族か。
「キミ───えっとゴメン、名前聞いてもいいかな」
「あァ申し訳ないッス。先に名乗らしといて自分だけ名前教えないなんて」
「気にしないで。非常時だもん」
いやァいいやつだなァ。ベル少年。
俺はキレてもいいと思うぞ。
マジでスマンかった。
「ジブンはミジタアキラッス。つッてもあんまこの名前好きじゃないんッスよね。できれば兄ちゃんって呼んでほしいっス」
「えっとアキラさん───いやニィちゃん⋯⋯ですか?」
「あァそれッス。ジブンの名前はニィちゃんでいくッスよ!」
やったぜ。棚ぼたで兄ちゃん呼ばわりさせられた。
やっぱこれだよこれ。
もともと自分の名前は好きじゃなかったんだ。
ミジタって
あとアキラ呼びしてくるやつみんなクソだったからな。いい思い出ァねェんだ。
まァそんなこんなで螺旋階段まで辿り着いた。ここがダンジョンの一層とやらだそうでこれで脱出完了ってなわけだ。
やったぜ地上。
カビ臭さとオサラバ。
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めちゃめちゃでかい大穴を抜けた先にようやく地上。
人だ。
人がごった返している。
それも普通のじゃアない。髪の色は色とりどり。ケモミミ生えたやつもいれば、耳がとんがったやつもいないではない。お、アレ知ってるぞドワーフってやつだな。
よく考えたらベル少年は白髪赤眼っていう中二心擽る見た目だ。線が細いしもしかしたらウサギ人間とかかもしれない。
まさにファンタジー。頭がくらくらしそうだ。
どこだよここ。あ、『オラリオ』って言うんか。知らんがな。
ベルはギルドとやらに向かうと、ちょっと待っててと言って魔石を換金してきた。数千ヴァリスなるよくわからない通貨を貰って、いくらか渡そうとしてきた。
いや意味分からん。
襲われてたゴブリン三体分だけ折半?
俺助けられただけだぞ。受け取れるはずない。
困ったような顔で俺にお金を押し付けるのを諦めたっぽいベルは、周囲を見渡して見覚えはないかと聞いてきた。
「⋯⋯⋯⋯見たことないッスね、ココ。知らない場所ッス」
「それ、は、大変だ⋯⋯ファミリアのホームとかって覚えてる⋯⋯? 名前だけでも」
「いやァ全然ッスね。ヤバいなどうしよ」
ふらりと目眩がして空を仰ぐ。
澄み渡る蒼天に燦々と輝く太陽が一つ。あァ太陽は一個だな。どうみても地球とは別世界だからそんな共通点全く意味ねェけど。
マジかァ。
どことなく夢見心地でダンジョン内歩いてたけど、こうやって開けた場所に出て人々の営み見ると、ここが息づいた一つの世界であるって実感が湧いて途方に暮れる。
こんなところに弟も妹もいるわけないなァ。
俺は死んでテンで違う別世界に生まれ変わっちまったとかいう、ガキの妄想としか思えないふざけた状況にあるって考えるのが自然だ。
今までしっかりと踏みしめていた地面が、実のところ薄氷でしかなくって、うっかり踏み抜いちまったような最悪の気分。
どォすんだよ俺。
家族はいねェ。
怪我はしてる。
頼れるモンがねェ、のはいつものことか。
ただ、
くそッ、兄ちゃんどうしたらいいんだよ。ちくしょう。
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ダンジョン内で出会った少女は、どうやら頭を負傷して記憶喪失になっていたらしい。出血は激しかったがそれも止まり、平然と歩いていたし怪我の程度はそこまで酷くはないらしい。
記憶喪失なのに怪我は酷くないというのもおかしな話だけど、命に別条はなくってよかった。
待ち望んだ美少女との出会いなわけだけど、出会いへのドキドキより、少女の状態への心配が勝って動悸が激しい。
少女───ニィの記憶喪失の程はかなり酷いようで、世界一有名な都市である『オラリオ』の名前も分からず、なぜ自分がダンジョンにいるのかもわかっていないみたい。
ファルナも知らないと言ってたけど、きっと忘れてるんだろう。
ダンジョンという冒険の場から抜け出して、緊張感が解けて一息つく。
換金も終わって少額だけどヴァリスを渡そうとしたら断られてしまった。あのゴブリン三体は共闘したといってもいいと思うし、受け取ってもらうべきなんだけど頑なに固辞してきた。
とりあえずお金の分配は後回しにして、ニィに記憶の程を尋ねることにした。
どこかヘラヘラした軽薄な印象を受ける少女は、少し震えた声で呟いた。
「⋯⋯⋯⋯見たことないッスね、ココ。知らない場所ッス」
「それ、は、大変だ⋯⋯ファミリアのホームとかって覚えてる⋯⋯? 名前だけでも」
「いやァ全然ッスね。ヤバいなどうしよ」
立ち眩みでもしたのかふらりと少女の体が傾いで、倒れそうになる。慌てて背中を支えたのだけどそれにさえ気付いた様子がない。カランカランとニィの持つ棒が転がって周囲の視線がわずかにこちらへ向いた。
軽い。
しかし、ニィの青褪めた顔を見ればそんな浮ついた感情も何処かへ吹き飛んだ。
思えばニィの軽薄な態度は空元気だったのだろう。終始ヘラヘラした表情を崩さなかったから、記憶喪失の割にそこまで困ってなさそうだななんて思った自分をぶん殴ってやりたい。
いいや空元気というのももしかしたら違うかもしれない。
ダンジョン内でばったり出会ったベルに余計な心配をかけないために、あえて強がっていたのではないか。
今いる場所がわからない。
なぜダンジョンにいるかわからない。
そんな状態でゴブリンに襲われ命の危機に陥った。
もし自分がその状況になって、果たして平然としていられるだろうかとベルは考える。
無理だ。
腕の中で放心している少女の顔を見る。灰色の髪に血をこびりつかせ、同色の目はどこを見ているのか分からない。だけどその目はたしかに縋るものを探すように、不安げに揺れているのは分かった。
同じ目を、ベルは見たことがあった。
祖父がモンスターに襲われて呆気なく逝ってしまった後、一人で過ごした時間。
オラリオへ行こうと決意しつい先日までの苦悩の日々。
多くのファミリアを訪れては加入を断られ続けた日々の中、鏡の中の自分は全く同じ目をしていた。
縋るものがない。頼る先がない。
孤独に苛まれ、助けを求めて彷徨ったあの頃の不安げな瞳。たしかに見たことがあった。
同じ目をする少女にどうしてあげるべきかなんて分からない。
でもどうしたいのかは決まっていた。いや、ベルはそんなことを考える前に勝手に口が動いていた。
「ねぇニィ⋯⋯もしよければ僕のホーム───【ヘスティア・ファミリア】に来ない⋯⋯?きっと神様ならなんとかしてくれるよ」
どうするのが最善かは分からなかった。
ギルドの人に預けるべきだろうか。
冒険者に声をかけてニィの仲間を探してあげるべきかもしれなかった。
でも
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『神様に相談しよう』
『ファルナを見てもらえばホームがわかるかもしれない』
後付のように口をついて出た言葉は、きっと自分でも思ったとおり後付にすぎない。
だけど孤独に揺れるベルをファミリアとして受け入れてくれた神様なら、きっと彼女の力になってくれる。
そして、ベル自身も彼女の力になりたいと思った。
神様に助けられた自分だから、そんな神様に恥じない人間でありたい。
神様のように誰かを助けてあげられる自分でありたい。
『次は僕の番だ』という気持ちが溢れて勝手に行動に移っていた。
「───いいんスか。その、そこまでしてもらって」
「うん、もちろん。神様だってきっと力になってくれるよ」
ベルの腕に支えられているとようやく気づいた少女は、少し顔を赤らめると居住まいを正し軽く咳払いをすると、またさっきまでのヘラヘラした笑顔を顔に貼り付けた。
不安を押し隠そうとする痛ましい笑み。
その顔で少女は、差し伸べた手をおずおずと取った。
「えっと、じゃあ、お願いするッス」
「うん」
迷子のような少女を安心させようと、できる限り元気に頷いて手を引く。
ベルと神様のホーム。
【ヘスティア・ファミリア】の拠点へ向かい少年と少女は歩き出した。