バリアヒーラーの迷宮探索 作:死期
ベルは、一度足を止めようとした後、俺の言葉にならない怒鳴り声を聞くと今度は止まらずに駆け出した。
ンでミノタウロスに向き直る。
あァよ。テメェ苛立ってんな?
獲物が背中向けて逃げようとしたンだ。テメェは当然追いかける。
ミノタウロスはぐっと足に力を溜め、走り出そうとしていた。
大気が凝縮していくかのような筋肉の収縮。あれが解放されればどうなるかなど目に見える。
一瞬で距離が潰されて、俺もベルもミンチだ。
だから、
「『リパルス』『リパルス』『リパルス』」
速効防御魔法の連打。
あァそのまんま使ったところでタカがしれてるこの魔法を、重ねて使えば多少は変わるって?
そんなわけねェ。
たかだかひよっこ冒険者の
だけどさァ、
ぱしぱしぱしと点滅する三つの魔法陣が、今にも駆け出しそうなミノタウロスの目の前に出現する。
目の前っつーのは文字通りだ。眼球の数十センチ手前。
そんなところに明るい魔法陣が生まれりゃ誰だって面食らう。
鬱陶しげにミノタウロスは三連打した防御魔法を、虫でも追い払うように手で払った。
「『清』『ベネディクション』」
その隙に回復魔法を最低限で発動。『清廉なる』なんて長々喋ってる余裕はない。そんで、これみよがしに手元を光らせる。
あァ、見りゃわかるよなァ。俺が魔法使いだって。
背を向けて逃げる少年と、正体不明の魔法を使ったガキ。どっちを先にブチ殺してやろうと思うかなんて火を見るより明らかってなモンだ。
「『リパルス』『リパルス』『リパルス』」
そこかしこに速効防御魔法。意味なんかねェ。
もしかしたらこいつァなにか企んでるかもしれねェと、頭の隅に植え付けるための姑息な手口。
散々にミノタウロスを煽った俺は、ベルが逃げたのとは別の通路に逃げ込んだ。
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「はぁッ、はぁッ、はぁッ」
ミノタウロスってのは牛なだけあって、直線を駆ける速度は尋常ではない。だけど角を曲がるってのは苦手と見えて、そのおかげでなんとかかんとか生き延びた。
だがそれもここまでらしい。
全力疾走に全力疾走を重ねて、少し開けた通路まで来た。つぎの曲がり角は、遠すぎる。
目の前にチラチラと『リパルス』を出し続けた結果、ミノタウロスの怒りのボルテージはとんでもないことになって、棍棒を力任せに壁に叩きつけた。
砕けた壁が飛び散って、咄嗟に『リパルス』で土塊の向きを変えなかったら腕が吹っ飛んでいたかもしれねェ。
「───ベル、は⋯⋯、逃げれたッスかね⋯⋯?」
ベルには、助けを呼んでくれと何度も言った。
アイツの性格じゃあそうでも言わねェと逃げそうになかったからなァ。
たぶんアイツが思いついたのは、俺を連れて逃げる、俺と一緒に戦う、ベルが残って時間を稼ぐの三つだろう。
そこに俺が助けを呼ぶなんてもっともらしいことを吹き込んだモンだから、それが一番マシなんだと思って逃げたはずだ。
悪ィことしたなァ。アイツ悔やむんだろうなァ。
あァ、でもこんな、数分程度コイツを惹きつけた程度じゃアまだまだ足りねェ。
コイツの速度を考えりゃ、まだベルに追いつきかねねェ。
「⋯⋯もう、お前ァ食い止められないッスからね⋯⋯、なンで、ここで大博打といくッスよ⋯⋯」
あァさ。
このまんまじゃミンチだ。
この距離じゃあっという間に追いつかれて俺は死ぬ。
んじゃ死ぬ前に一つ最後っ屁といこうじゃねェか。
冥土の土産にさ、お前の目ン玉1個くれや?
「えいっ」
腰のナイフを放った。
器用さに傾倒した俺のステイタスではミノタウロスのいる位置まで届いても、なんの役にも立たない。
けどよォ、別に俺の力なんか使わなくっても、いい
ミシリと地面が砕け、ミノタウロスが突進してくるのを見た。目で追える速度じゃアない。
けど何度も見た。
お前は必ず右の足で最初に踏み出す。そんで目元に現れる『リパルス』を払いのけるために、棍棒を持たない左手を翳している。
そのせいで
俺がナイフを投げたのは向かって右。ミノタウロスの視界の左側。
「『リパルス』『リパルス』『リパルス』『リパルス』」
全霊の早口言葉。
ぶん投げたナイフのハンドルが、魔法陣に触れ進路変更。
それを、都合四度。
あァさ、
そりゃ反応しきれねェよなァ。
視界の外から4回も魔法陣の上を跳ねて飛んでくるナイフをさ、全力疾走しながら見るなんてさァ。
───────ぁ、
「────⋯⋯⋯ぁ、が」
最後っ屁は上手く決まった。
鈍い音を立ててナイフがミノタウロスの目に触れ、刺さることはなかったが眼球を裂いて抜けていった。
激痛に振るわれた棍棒は、進路を僅かに逸れていたおかげで、棒での防御が間に合う。そうさ、確かに防御は間に合ったんだ。
棍棒の根本に添えるように棒を這わしての完全防御。ぬるりと滑るように俺から逸れたその一撃は、地面を砕き吹き飛んだ瓦礫が腹に突き刺さった。
「────ぎ、ぁ⋯⋯」
頭が割れるように痛い。ゴロゴロと転がって壁に叩きつけたられたせいだ。肋は、たぶん折れてる。太ももには尖った石が刺さってて力入らねぇ。
地面についた右腕から、違和感。
ぷらーんと垂れる肘から先に、棒が絡み付いて───いや、違う。棍棒の威力を殺しきれなかった結果、折れた腕と折れた棒が互いに絡まる前衛的なオブジェになってやがる。
痛ェ、痛ェなァ。
ミノタウロスは、片目が裂けて、もう片方の目にも血がどばどばかかってるせいで視界が狭まっているらしい。
顔を押さえたそいつァもう片方の手でガンガン地面たたいてやがる。
生きてる、なァ。そりゃそうか。目を突き刺したんじゃあねェ。眼球の表面を浅く裂いただけで死ぬはずねェ。
じゃあアイツァまだ、ベルを脅かしうる。
あァそうだ、左手はまだ動く。
石ころ掴んで弾く。
「───『リパ、ルス』」
『押し退ける』力を持つ魔法陣に触れて、ちょっとだけ飛んでった。
情けねェ。喉に血が絡まって、魔法が。
「────『リパ、ル、ス』」
情けねェ。情けねェなァ。
アイツまだ生きてんのに、俺ァこんな子供騙しにも劣るイタズラしかできねェ。
ミノタウロスが、ペチペチと飛んでくる石ころに気付いて立ち上がる。
片目を潰されたことへの怒りが、残った瞳に充填されている。
─────あァ、死んだな、これァ
挽肉と化した己を幻視した時だった。
目の前を、金の旋風が通過した。
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金の剣閃───否、槍閃だ。翻る金の光条が七度往復し血の風が吹く。
一方的な
「そこの───パルゥムのキミ」
小柄な人影が金色の穂先を上に掲げて振り向いた。
あァ、追いつけねェ。
なんだ。何が起きた。
助け⋯⋯られたのか?
この少年に?
「これは⋯⋯すぐに治療を」
あァさ、助けられたんだ。この槍使いの少年に。
自分よか頭一つ分高い男がポーチを探りながら近付いてくる。
強ェ。強ェなアンタ。あのヤバいミノタウロスが一瞬でミンチかよ。こんな強い冒険者にこんな上層でお目にかかるなんてな。
それも俺みてェな駆け出し冒険者が、死にかけてたところに
そうかい。もしかしてアンタか。
滅多に見られない強過ぎる冒険者に、いてはいけない中層のモンスター。
より強いモンスターから逃げ出すゴブリンやコボルトがいたようにさァ、強過ぎる冒険者から逃げてきたミノタウロスがいたっておかしくはない。
ンじゃあ、この少年ァ獲物取り逃がして大慌てで上層まで追いかけてきたって考える方が自然だ。
そんで、
問題は。
「⋯⋯⋯何体ッスか?」
「なに?」
「何体、逃げてきたんスか?」
「⋯⋯⋯この階層に逃げ込んだのは合計5体のはずだ」
あァね。じゃあ駆け出しの俺たちにァ遭遇と死が等号で結ばれるようなやつがあと4体。中層のモンスターが4体、ここいらに逃げてきてると。
なんかのポーション取り出そうとした少年の腕を必死に掴む。
あァ、アンタ俺なんか気にしないでくれ。
「⋯⋯向こう、向こうの方に、弟分がいるッス」
「⋯⋯⋯、キミの治療の方が優先だ」
話が早ェ。そんでもって
なにかあってからじゃ、遅いんだ。
「⋯⋯頼ンます、ベルが、ベルがあっちに逃げたんス。家族、なんです。助けてください。ジブンに、できることなら、なんでもするんで」
「⋯⋯キミは、」
ダンジョン内でのトラブルなんざ全部自己責任だ。この少年になんか事情があったのは間違いないだろうが、そんでも俺を助ける義務はなかったはずだ。
まァ面子とか体裁とかで、助ける必要はあったのかもしれねェが、くたばりかけた駆け出し冒険者にそンな優しげな目を向けられるンなら、アンタ
だから、泣き落とす。
恥とか外聞とか言ってる場合じゃアねェんだ。
もし、ベルになんかあったら。
俺は。俺は。
─────あァそうか、アンタ、俺を心配してこの場を離れられねェってか
「───ゴホッ、ご、ぷ⋯⋯『清廉なる天秤は命を量る』『燃え尽きる礼賛』『祈りの色は白』『熾火の下に灰積もる』『癒やせ』『ベネディクション』」
喉に絡まる血塊を吐きながらの強引な詠唱。
ごっそりと、なにかが削ぎ落とされる違和感。手に掬った水のように意識が零れ落ちていく。
腕はいい。足は、動脈がマズイな。肋骨は臓器を傷つけちゃいないが単純な損傷が酷い。
高エネルギー外傷による臓器障害と下腿の出血。それだけ治りゃ十分だ。
「───十分ッス。ジブンは、死にァしないッス。だから、先にベルを⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯そうか、わかった⋯⋯わかったけど、取り敢えずこれを飲んでくれ」
渡された液体───回復薬ってやつか───を言われるままに嚥下。傷口にも振りかけられて、あァスゲーなコレ。捻くれた枝みたいな有様だった右腕が逆再生のように修正されていく。
俺の回復魔法なんざ目じゃねェ。まさに魔法のような効能。
しっかり傷口が癒着したのを確認して、少年が俺の身体を抱えあげる。
何してやがる。頼むから向こうに───ベルの逃げた方を見てくれ。叶うなら、アイツを助けてやってくれ。
「案内してくれるか?」
「あァ、そういう⋯⋯、助かるッス⋯⋯」
そりゃ、そうか。あっちだって指差したところでどの通路通ったとかわかるはずねェ。俺ァ焦ってばっかりでそんな簡単なことも頭からすっぽ抜けてたか。
そんでこれァ姫抱きってやつだ。背中に槍を担ぎ直した少年が、空いた両手で身体を抱えて走り出す。
あァ、速ェ。
こんならあっという間だ。
名も知らねェアンタ、本当にありがとうなァ。
⋯⋯ベルは、無事だろうか。
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血。
血だ。
「───アイズ、その少年は?」
「───あ」
トンデモねェ速さで走ってくれた少年のおかげで、4層への登り口付近でベルに遭遇できた。
見たことのねェいかにも強そうな冒険者達が何人かいる。いやんなことァどうでもいい。
金髪のねーちゃんの前で腰を抜かしているベルは、頭から腰まで途轍もない量の血を浴びて口をパクパクとしている。
怪我か。
怪我してんのかソレ。その出血量尋常じゃねェ。命に関わる。
回復魔法、使わねェと。
「彼が、キミの言う家族で合ってるか?」
「『清廉、なる⋯⋯』」
「⋯⋯⋯あ? なんだそのガキ」
「おっと⋯⋯」
獣人の青年があげた怪訝な声も無視。抱えてくれてた少年には悪いが離してくれ。
ベルんとこ行かなきゃ。容態を、容態を確認しねェと。
ベルはフラフラ近づく俺と、第一級冒険者の顔を交互に見た。
そんでいきなり奇声を発してすげー勢いで飛び跳ね、逃げて行っちまった。
⋯⋯⋯⋯、怪我は、してねェのか。
────よかった⋯⋯
あァ、あのねーちゃんが助けてくれたんか。金髪の華奢な少女。じゃあアイツ、助けられたのが恥ずかしくって逃げたんか。男の子だもんなァ。気持ちは分かるぜ。
ッとと⋯⋯
怪我がないことが分かってほっとしたせいで、なんか色々緩んじまった。足元が覚束ねェ。
眠ィ、眠いなァ⋯⋯、こんなダンジョンの中なのに。
クソ、意識が、持たねェな⋯⋯