仮面ライダームラサメ・スピンオフ/仮面ライダーシラヌイ   作:マフ30

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どうも、いつもお世話になっております。
今回の新投稿作品はあらすじにもある通り正気山脈さんが連載されている『仮面ライダームラサメ』のスピンオフ作品となっております。

ムラサメはとても魅力的な世界観とキャラクターに溢れた素敵な作品ですので少しでもあの物語の雰囲気が再現できていれば幸いです。
それではどうぞ、お楽しみください。


第一頁[愛謳う白猿は月下に叫ぶ]

 

 真っ暗闇の空の下、若い女が踊っている(にげている)

 迷い込んだ廃墟の敷地(ステージ)をあっちこっちとステップ踏んで。

 観客席には私だけ。

 野良猫一匹いやしない、特等席を独り占め。

 

「助けて! 許して! 死にたくない!!」

 

 主演女優(今夜の獲物)が高らかに歌っている(わめいてる)

 泣いて、叫んで。叫んで泣いて。

 心が躍るハーモニー。

 月明かりのスポットライトがあるといいけど、今夜は駄目だな残念だ。

 だから、おひねり(・・・・)代わりに彼女へとっておきの灯りをプレゼント。

 大きく息を吸い込んで……ボオッとね。

 

「きゃあああ!? 熱い! 熱いっ!? 炎が……なんで!?」

 

 私の口から飛び出した大きな火の球が三つ、四つと彼女を取り囲んで燃え盛る。

 メラメラと燃え盛って、服を焼き、彼女の肌を炙っていく。

 

「ひぃいいい!? 焼けちゃう! 死んじゃう!!」

 

 じゅるり!

 おっと、いけない。我ながら行儀が悪いな……ごちそうを前に涎を垂らすなんてね。

 だがしかし、やはり人間が焼ける匂いは美味そうで食欲を刺激される。

 直火ではいけない。じっくりと炙るのがコツであり、拘りだ。

 さて、そろそろ今夜の()をいただこう。

 

 火炎地獄に苦しむ悶える女性の目の前に黒くぬめりのある表皮を持ったその異形は姿を現すと長い舌を持つ大顎をくわっと開いた。

 炙り焼きにされて、悲鳴すら上げられなくなった女性は指先から光の糸のように解れて異形の口の中へと吸い込まれていく。

 黒焦げになって息絶えるよりも前に女性は怪物に色を食い尽されるとガラスのように透明になるや否や跡形もなく砕けて消えてしまった。

 

「ゲップゥウウ!! 美味しかったぁ……気ままに流れてきてみたがこの界隈は餌場としては当たりのようだ」

 

 独白を最後に異形の気配は消え、再び夜の静寂が訪れた。

 中部地方のどこかにある地方都市海良(かいら)――この土地の一歩裏側は古くから危険と不思議が渦巻いている。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 2022年4月下旬、新入生を歓迎するかのように咲き誇っていた桜が新緑の葉桜に移り変わり始めた季節。海良市にある海良高校にて――。

 

「モテてえ……」

 

 昼休み。とある男子生徒は部室棟ニ階の隅っこにある部屋でだらだらと流行りの恋愛漫画を読み耽っていた。正規の部室と比べると手狭な元物起き部屋の扉には天文サークルと可愛らしい手製のドアプレートが掛けられている。

 キリの良い場面まで読み終えたところで彼は感慨深げに本を閉じると憂いを帯びた表情で窓から見える青空を眺めると深い溜息を吐く。

 

「モテてえし、モミてえ……」

 

 夢、期待、願い――ある意味で純粋な煩悩に塗れた戯言を少年は遠い目をして切実に呟いた。やや垂れ目で元気のあり余ったやんちゃ坊主な雰囲気を持つ栗毛の少年の名は朱里乱丸(あけさと らんまる)。この天文サークルの三人しかいないメンバーの内の一人だ。

 乱丸が単行本をロッカーに戻したと同時に誰かが部室のドアをノックした。乱丸の返事を待たずに丁寧な所作で扉が開くと眉目秀麗と言う言葉がピッタリと似合いそうな爽やかな顔立ちの少年が勝手知ったると言った様子で入ってきた。

 

「いたいた。やっぱりここにいたね、乱丸にお客さんだよ」

「おっすー。俺に客?」

 

 乱丸に気安そうに微笑む少年の名は黄瀬小太郎(きせ こたろう)

 この天文サークルのメンバーの一人で部長を務めている一年生。成績優秀、スポーツ万能に加えて人柄も穏和という絵に描いたような優等生の人気者であり、乱丸とは親戚同士で付き合いも長い親友だ。

 

「狭いところだけど、さあどうぞ」

「は、はい。お邪魔します。あの、はじめまして」

 

 長椅子に寝転がって緩めた制服のネクタイを弄っている乱丸を尻目に小太郎は可愛らしいお客様を招き入れた。ボブカットに眼鏡という如何にも文学少女といった風の女子生徒は戸惑いがちに小さく頭を下げる。

 

「こちらこそ初めまして! 朱里乱丸って言います!! 彼女はいません!!!!」

「ひゃい!?」

「炊事洗濯、飯作りと家事は一通りなんでも出来ます! あと、次男なので婿養子も余裕でいけます! どうぞよろしく!!」

 

 女子生徒を視界に入れた瞬間に乱丸は途端に翡翠色の瞳に覇気を宿すと一足飛びで女子生徒の目の前に立っていた。そこから繰り出される熱の入った自己紹介&アピールはまるで熟練の一流セールスマンのように流暢で完璧な語り口だ。

 

「き、きもちわるい……っ」

「何故ェ!?」

 

 女子生徒の顔は青ざめて、握手を求めて差し出された右テには洗っていない三日目の雑巾を見るような眼差しが注がれる。乱丸の友好的な自己紹介はただ唯一、やる気の熱量が空回っているという致命的な欠陥を抱えていた。

 朱里乱丸――恋と愛と綺麗な女性が大好きな自称恋愛マイスターを名乗る彼の学校内での異名は恋愛ゾンビということを本人は認めたがらない。

 

「あの、今日お訪ねしたのはですね……朱里くんに聞きたいことがあるっていうか、相談があってですね」

「あはは。乱丸、彼女はお前本人じゃなくて、乱丸が知っている情報に用があるんだってさ」

「そういうことな。全くいつもご贔屓にってか?」

 

 予想通り、話が進んでいかない二人を見て小太郎が苦笑しながら助け船を出す。そこで乱丸は事情を察してあっという間にクールダウンすると本来の陽気で賑やかな物腰になった。

 

「それじゃあ、プライバシー保護のために僕は部室の外で待ってるよ」

「え!? あ、あの……黄瀬くんにもできたら同伴してもらえると」

「ごめんね、ルールみたいなものだから。大丈夫、乱丸はちょっとだけ馬鹿だけど、恋愛沙汰には大真面目で誠実だから安心してよ」

 

 乱丸と二人っきりになるという状況に色んな意味で困惑する女子生徒を安心させるように念押すと小太郎は絵になる仕草で手を振り退室してしまった。

 

「さて、昼休みもあと少しだ。有意義に使おうぜ。で、何が聞きたい?」

「……私と同じクラスの男の子で田原くんはもう彼女さんとかいるのかなって」

「田原……陸上部のあいつな。良い趣味してんじゃん! お目が高いよ!」

「でっ……ですよね! 棒高跳びを頑張っている姿がとてもカッコ良くて……気付いたら、胸の奥がぽかぽかしていて」

「良いね! キミも今最高にキラキラしてんぜ! 安心しなよ、俺の知る限りあいつはまだ誰とも付き合ってない、でもライバルは多いかもしれないから油断はするな」

「ほ、本当ですか……あうぅ、それじゃあ私なんて相手にされないかも」

 

 意を決して相談事を話し始めた女子生徒の言葉に乱丸は真剣に耳を傾ける。

 恋愛が大好きなことが功を奏してか、一年生でありながら学校内のあらゆる恋愛事情を独自の情報網で把握していると噂される乱丸にはこんな風に恋する少年少女たちがよくアドバイスを求めてやってきていた。

 

「土俵に上がる前から諦める奴があるか。自信持って! まずは行動だ。キミ、動物は好きな方?」

「え……はい。おうちでも猫を飼ってますけど」

「田原は意外と動物大好きなんだ。N(ネイバー)-フォンの待ち受け画像も有名なドラマの三毛猫の写真だ。そこから切っ掛けに話し振ってみなよ。さり気なく、私も家で猫ちゃん飼ってますって話を繋げていけるはずだ」

「私なんかにできるかな……ううん、やってみます!」

 

 さながら恋愛ゲームに出てくる主人公をサポートする同性の友人キャラのように的確で細かな情報とアドバイスを送る乱丸の言葉に淡く秘めた恋とは裏腹に自信なさ気だった女子生徒の気持ちはすっかり奮い立っていた。

 

「いい顔になってきたぞ、がんばって!」

「はい!」

「困ったらいつでも相談乗るから。ほらこれ、俺のメアド渡しておく」

「最初は怖くて不安だったけど、なんだかやる気が出てきました!」

「いいか、大事なのは一歩踏み出す気合だ。恋は人を強くする、愛は人を大きくするだ。応援してるからな!」

「今日はありがとうございました朱里くん。私やってみます!」

 

 こうして、訪ねて来た時は背中を丸めておどおどしていた女子生徒は部室を去る頃には背筋をしゃんと伸ばして恋に燃える乙女の顔になっていた。

 有する情報とアドバイスの質も確かだが何よりも自他に関係なく恋愛にどこまでも本気な乱丸の姿が彼女をそうさせたと言っても過言ではないだろう。

 

「いい仕事したぁ俺」

「お疲れ。本当に恋愛アドバイザーとしては一流なんだよね」

「今日の自己紹介は自信あったんだけどなぁ。しまった……将来のために貯金もしてるっていうのも言っておくべきだったか」

「アピール部分が全体的に生き急ぎてるのが問題なんだと思うよ」

 

 今日もまた一人、恋に悩める若人を手助けした達成感に乱丸が満足げにグッと拳を握っていると小太郎は労い半分に苦笑する。

 

「あと、彼女には聞こえてないと思うけど……いくら一人でいるからって、さっきみたいないかがわしいことは声に出さない方が良いよ乱丸」

「というと?」

「え……いや、だから、揉むとか言ってたじゃん」

 

 咳払いを一つして、親友のやや軽薄な生活態度を窘めるつもりだった小太郎だったが不意打ちの質問の前に反射的にピンクな想像をしてしまい、真っ赤な顔でしどろもどろになってしまった。

 

「小太郎、お前はどこを揉むところを想像したんだ? 俺はお付き合いできたのなら、その人の二の腕を揉みたいと思っただけだぞ?」

「なっ!? ず、ずるいぞ乱丸!?」

「キヒヒ! 安心したよ小太郎。お前も男子だ! ちゃんと健全な欲求を秘めた普通の男の子だ!」

 

 昔から自然体で品行方正ないい子である親友がちゃんと歳相応な好奇心を持っていたことに乱丸は必要以上に迫真の演技をしながら、砕けた様子でからかった。

 親戚であり、ちょっとした秘密を共有している独特の間柄だからできる微笑ましい距離感だ。

 

「うるさいなーもう! 恋愛漫画愛読者から、え……えっちな漫画中毒者に鞍替えしたのかよ、この恋愛ゾンビ!」

「いまの漫画は少年誌でも相当に過激な描写あるんだぞ」

「え――うそ!?」

「マジだよ。前も後ろも丸見えだぞ」

「う、後ろも!? 待って……その、つまりスカートの向こう側までってこと?」

「真実はお前の眼で確かめることだ。とういか、お前の場合はそのうち愛しのも――」

 

 

 男友達同士の滑稽だが熱く尊いやり取りをしていると先程の女子生徒と入れ替わりに別の生徒が「やっほー!」と弾んだ声で部室にやってきた。その声を耳にして、乱丸はあからさまに邪魔が入ったと残念がり、小太郎は青ざめた顔で必死に深呼吸を繰り返して平静を取り戻そうとする。

 

「コタくん、乱丸くん、みーつけた!」

 

 春のお日様を思わせる笑顔が眩しく、亜麻色の髪をウェーブ巻きにしているのが目印のスタイルも良い、ゆるふわな感じの女子生徒だ。彼女の名は月島桃奈(つきしま もな)。天文サークルの最後の一人にして紅一点だ。

 

「よお。お前が昼休みにここにくるのは珍しいな」

「やあ桃奈。なにか、僕たちに用事かい?」

 

 中学生の頃からの友人同士の三人なので普通ならば胸を高鳴らせるであろう桃奈の可憐さにも自然体で接する二人。そんな乱丸たちに桃奈は「パンパカパーン!」とおどけた様子で自分のN-フォンを取り出して、先程送信されてきたメールの文面を再確認して口を開いた。

 

バイトのシフト変更(新しい任務)の連絡がきたからそのお知らせにね」

 

 にこやかな桃奈の言葉に隠された意味に小太郎と乱丸の目つきが変わった。

 海良高校天文サークル。この三人だけの同好会には誰にも知られてはいけない真実の顔がある。

 

「桃奈、店長(支部長)からのメールの内容を教えてくれるかい? おおまかでいいよ、詳しくは放課後にじっくりと相談しよう」

「昨日の夜からの行方不明者の女性が一人。それと女性の自宅と仕事先までの道中にある廃墟で不審火があった痕跡が見つかったらしいよ」

「――連中の仕業だな」

 

 迷いなく答えたのは乱丸だ。

 小太郎と桃奈もまた彼の言葉に異を唱えることもなく真剣な面持ちで頷いた。

 

「そうだね。この町であいつらの好き放題にはさせない。乱丸、桃奈……張り切っていくよ」

 

 気合を入れて二人を鼓舞しながら、小太郎は懐に忍ばせていた動物を模した仮面をチラつかせた。三人が裏の顔でやる気に満ちた顔をしたタイミングでちょうど昼休みが終わる予鈴が鳴り響いた。彼らはなんだか締まらないね、と言いたげな屈託のない笑みを浮かべるとぞろぞろと午後の授業へ遅れないようにと歩き出した。

 

「あ、そうだぁ乱丸くーん」

「どした?」

「コタくんにあんまり変なこと吹き込んだら、お仕置きタイムが待ってるから気をつけてね?」

「……はい。ごめんなさい」

 

 背後から、突然囁かれた可愛らしい声色の宣告に乱丸は震えあがった。

 ふと横目を覗くとそこにはニコニコと桃奈が朗らかで黒い満面の笑みでこっちをジッと見つめている。圧が強い。とても、圧が強い。

 

「うんうん♪ えらい子だね、乱丸くんは……約束したから、ね?」

「心得ましたぁ」

「ならいいよ、今夜もがんばろうね! ねえ、コタくーん! お昼ごはん食べてる時に可愛いワンコの動画教えてもらったんだー♪ あとで一緒に見ようよぉ♪」

 

 先程の乱丸と小太郎の男の雑談をバッチリ聞いていた桃奈は乱丸にシメしを付けると華のような笑顔で愛しの彼氏の右腕に自分の腕を絡ませて体をくっつける。

 

「わっ!? ハハハ、いいけどその犬は桃奈より可愛くはないでしょ? 僕は動画みてる君のことを眺めてるかもしれないよ?」

「やーもー褒めても何も出ないよぉ!」

 

 目の前で恥ずかしげもなく、のろけまくる親友でありお似合いの恋人同士である二人を乱丸は死んだ魚のような虚無の眼差しでしばらく見守っていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 地方都市である海良の特徴の一つに『都会過ぎず、田舎過ぎず』というフレーズがある。

 中心部である繁華街は首都に負けず劣らずに煌びやかで夜が更けても多くの人々が行き交う盛り場だ。同時に地下鉄で数駅、もしくはほんの数十分ほど歩いた先の区画でも人口密集が少なく、落ち着いた喧騒を気にせずのんびりと生活するのに適したエリアもざら(・・)にあるというアンバランスさを有している。

 だが、そんな閑散とした場所の夜は時として常識から外れた闇深く、良くないモノを呼び寄せてしまう恐れを孕んでいる。

 

「ヒィ……ハァ……何なのよアレ!?」

 

 人気のない夜道を仕事帰りの若いOLらしき女性が涙目になって何かから逃げていた。

 助けを呼ぼうにも周囲に建て物は少なく、あったとしても軒並み灯りが消えている。

 

「お願い……酔っ払いでもホームレスでも誰でもいいから誰かいてよ……きゃあッ!?」

 

 髪や化生が乱れてしまうことも厭わずに懸命に逃げていた女性の足元に突然バレーボールサイズの火の玉が降り注いで行く手を阻んだ。

 

「安心してくれよ。丸焦げになんて無粋な真似はしないからさ」

「きゃあああ!? あ、熱いっ!?」

 

 仄暗い闇夜の奥から不気味な声が聞こえたかと思うと女性に直撃するのをあえてズラして再び火の玉が飛んできては周囲に弾けた。

 焼身こそしないものの、襲い来る熱と恐怖で泣き喚く女性を愉快そうに眺めつつ、その異形はついに彼女の目の前に姿を現す。

 

「なんなのよ……お化け? 怪獣? いや! いやいやいやあああっ!」 

「シュルルルッ! いいねぇ今夜も美味しそうな獲物が引っ掛かったよ!」

 

 目の前の光景が受け入れられずに頭を抱えて錯乱する女性を見つめて異形は哄笑する。そこにはぬめりを帯びた黒い表皮にけばけばしい黄色い模様が入った人型の蜥蜴のような怪物が立っていたのだ。両腕は長く細いが爪は刃物のように鋭く、両脚と尾は長く筋肉がみっちりと詰まっているのか太く力強い。

 

「どうか安心して欲しい、お嬢さん。君の色は私がじっくりと堪能して食べてあげるとも」

「わ、私……死ぬの? あなたに食べられて死んじゃうの……?」

「そうだねえ。君も牛馬や魚を食べて生きているのなら分かると思うが、食べられば死ぬだろうからね……諦めてくれたまえ」

 

 蜥蜴の怪物の大きな口が開くと大量の涎が気味悪く糸を引く。

 ごちそうを目の前にして恍惚とした表情を浮かべた怪物の口からは溜息の代わりに火炎が漏れた。

 

「昨夜の女はウェルダンに仕上げたが今夜はミディアムレアが良さそうかな?」

 

 火蜥蜴の爬虫類染みた鋭い眼は嗜虐的に絶望の表情を浮かべる女性を見下していた。

 この怪物の正体は戯我(ギガ)

 さしずめ、炎を操る捕食者サラマンダー・ギガと言ったところか。

 遥か昔から古今東西に存在して、人間の色彩を食らう事で生きる恐るべき異類異形である。

 

 

「こないで! だ、誰か……誰か助けてっ!!」

「シュルフフフ! 人間風情がいくら増えたところで無駄なことだよ」

 

 怪物の形をして近付いてくる死に、震えた手でバックを振り回して抵抗する女性をサラマンダーは哀れみと侮蔑を込めて盛大に笑った。

 だが、この戯我は失念していた。

 人知を超える力を持って傍若無人の限りを尽くす彼らにも天敵がいるということを。

 

《レリックライザー!》

 

「むう……!?」

 

 月下に突如として不思議な音声が流れて、闇に紛れて何者かが建物の屋根や電柱を猿のように飛び交って迫ってきたのだ。

 サラマンダーが目を凝らすとフード付きのマントを羽織って、顔の上半分を隠す赤い猿の仮面を装着した少年が銃身の右側面に何かを二つ装填するような窪みスロットがある奇妙な形状の黒い銃を手にして自分に目掛けて跳躍しているのが映った。

 

「キャオラアアア!!」

「ぐっ……なんだお前は!?」

 

 飛来した少年は慣れた手つきでレリックライザーの銃口をサラマンダーに向けた。明らかな敵対行為にサラマンダーは慌てることなく数発の火球を吐いて目触りな人間を羽虫を潰すように始末したはずだった。

 けれど、銃撃のモーションは少年の偽装(フェイク)だ。

 宙空でありながら、軽業師のような身のこなしで火の玉を全弾回避した少年は小気味の良い飛び蹴りで戯我を怯ませた。

 

「俺が誰かって? そんなもん決まってんだろ!」

 

 着地した弾みでフードが外れて少年の太陽のように真っ赤な赤髪が揺れる。

 ノースリーブに改造した黒い詰襟の軍服を纏った彼は物怖じすることなく左腰から弾丸(カートリッジ)のようなものを二つ取り出す。透明な薬莢の内側に液体インクが詰まっており、色はそれぞれ、クリムゾンレッドとスモーキーホワイトだ。

 

《ヒート!》

《ハヌマーン!》

「愛の戦士さ」

 

 人類が戯我と戦うために生み出した力であるモンストリキッドを起動させた少年はそのままレリックライザーのスロットにセットするとフォアエンドを握る。そして銃身を前後にスライドさせて手を放すと、再び銃が音を発した。

 

Loading Color(ローディング・カラー)!》

 

 準備完了の合図である音声を聞き届けると仮面の少年は口角を闘志で吊り上げながら銃口をサラマンダーに向けてトリガーを引いた。

 

「急々如律令! 荒ぶれ! ヒートハヌマーンッ!!」

 

Calling(コーリング)!》

 

 銃口から四肢に火炎を宿した白猿が姿を現し、悪辣な火蜥蜴に向かって俊敏に攻めかかった。

 

『キキイィーーッ!』

「ぬがぁ!? この力は……抜かった! ここは貴様らのテリトリーだったのか!?」

 

 牙を剥き出しにして、激しく襲い掛かってくる白猿の高熱を帯びた爪に応戦しながらサラマンダーは自らが犯した過ちに舌打ちする。

 

「あ、あなたは……一体? はうっ?」

「おねーさん、本当にすみません。俺ら秘密的組織でして……ご勘弁を」

 

 突然現れて自分を助けてくれた仮面の少年を動揺しながら見つめていると、女性はあろうことかその少年からイイところに不意打ちを食らって気を失ってしまった。

 猿面の少年は気まずそうに平謝りをしつつ、銃口と戦意は一切緩めずにサラマンダーに向けたまま対峙すると相棒に合図を出す。

 

「小太郎! おねーさんは頼んだぞ!!」

「任せて乱丸! こちら黄瀬、被害者を保護しました」

 

 急転する状況にサラマンダーが警戒して手を出せずにいると今度は音もなく正規の軍服とマントを羽織り、梟の仮面をつけたもう一人の少年が被害者の女性を担ぐと脱兎の如くその場から離脱していく。

 

『了解です。コタくん、このまま安全なコースをナビするから後続の人たちと合流して。乱丸くん、確認したけどいまの時間帯は周辺どのビルも無人だから思いっきり暴れちゃっていいからね! 二人とも注意一秒怪我一生を忘れずにぃ……ふぁいとぉー!!』

「「合点だぁ!!」」

 

 海良市某所に存在する封魔結社LOT(ロット)海良支部に設けられたオペレータールームにて二人の後方支援を担当する桃奈からの声援をインカム越しに受けた二人は気合の叫びを上げて彼女に答えた。

 乱丸、小太郎、そして桃奈――三人は世界の均衡を保つため日夜人知れず活動する封魔結社LOTの封魔司書の一員だった。

 そして、乱丸こそが海良支部が誇る駆け出しの粗削りなエース。

 無辜の人々の色彩を食み、平和を踏み躙る戯我に対する最大の切り札を担う者の一人なのだ。

 

「私の今夜のお楽しみをよくも台無しにしてくれたな封魔司書!」

「悪いな、お前らにとことん嫌がらせするのが仕事なんでな!」

 

 苛立ちを隠すことなく殺意を浴びせてくるサラマンダーに乱丸は臆することなく言い返すと猿の仮面を外して闘志に満ちた輝く双眸で打倒すべき邪悪を直接睨んだ。

 

《レリックドライバー!》

 

そして腰部に巻いた何かをはめ込むような奇妙な形状のバックルがついたベルトに一度モンストリキッドを引き抜いたレリックライザーを組み合わせる。

 

《ヒート!》

《ハヌマーン!》

「冥土の土産だ。お前を絶景に塗り直してやるぜ!」

 

 乱丸は指で額縁を模して戯我をフレームに収めるとにんまりと啖呵を切った。

 素早く再びスイッチを押した二色のモンストリキッドをレリックドライバーとなった銃のスロットに装填。そしてグリップと反対側にあるバックル部のハンドルを握って引っ張ると、そのベルトから先程とは少々異なる音声が流れ出す。

 

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 銃身のエネルギーラインが真紅と白の光を放ち、インクカートリッジも同じく左右で交互に発光する。乱丸はグリップを手にしたまま、引き金を指で弾く。

 

 「変身!!」

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 その刹那、乱丸の頭上から真紅の五芒星が、足元には白い五芒星が描かれ、二つの光が重なり合おうとするかのように上下へ動き始める。

 さらに、彼の身体にも変化が起きた。

 白い星が通り抜けると同時に全身が白いインクのような液体で包み込まれ、細胞組織のようになったそれが乱丸の身体と合身して『上塗り』し、身体を変質させつつ外骨格を描き出す。

 続いて真紅の星を潜ると、生体装甲が火炎を帯びて肩や腕、脚部などが真紅に染まっていき、両眼が緑色に強く発光する。

 五芒星が霧散するとそこには白い仮面に孫悟空の緊箍児のような金色の冠を持った戦士がいた。まるで格闘家(グラップラー)を彷彿とさせる白い軽装の装甲を纏った白猿のようだった。四肢を守る籠手と右胸を覆う胸当ては燃え盛る火炎を象った紅鉄で腰からは尾のようなサブアームが伸びている。

 

《悪鬼を砕く灼熱の魔拳! ヒートハヌマーン!》

『キキィイイイイイ――ッ!』

 

 

 烈火と雄叫びがベルトから鳴り響き、菱形をした翡翠色の複眼を煌めかせ、仮面の武芸者は鍛え上げた拳を握りしめる。

 

「仮面ライダーシラヌイ! 一発お突き合いしてくれよ?」

 

 シラヌイと名乗った乱丸は腰を落として両腕をゆらりと振り上げる独自の構えを取ってサラマンダーを迎え撃つ。それはまるで縄張りを荒らす外敵を威嚇する獰猛な(ましら)のような構えだ。

 

「霊装使いか……面白い。男の色は食べない主義だがお前は気晴らしに嬲り殺しにするとしよう!!」

「できるもんならやってみな!」

 

 紳士的な物腰からは意外なほどに好戦的な一面を見せたサラマンダーは唸り声を上げて飛び掛かってきた。そんな戯我を調伏すべくシラヌイもまた果敢に迎え撃つ。

 

「ウォォッキヤァアアア!!」

 

 猿叫と呼ばれるような人間の発する声とは思えない裂帛の気合に満ちた雄叫びを上げながらシラヌイはサラマンダーの鋭い細腕をかわして、カウンターの膝蹴りを打ち込む。

 

「げっほっ!? こ、この……!!」

「キキェアアアア!!」

 

 重い一撃に怯んだ隙を逃さずに鞭のようにしならせた癖のある拳打を左右から激しく浴びせていく。スナップを効かせたことで威力を増したシラヌイの拳が直撃するたびにサラマンダーの意識と視界はぐにゃりと揺れていく。

 

「いい気になるなよ! シュルラアアアァ!!」

「ウラァアアォオオオ! 生憎だが俺は浮かれてる方が調子良いんだよ!」

 

 ふらつきながらも憎悪に満ちた表情で火の玉を連続で吐き出すサラマンダーだがシラヌイは野獣のような獰猛な戦い方と軽快な舞踊を思わせる歩法を組み合わせた独自の体捌きでそれらを全て弾くか避けてしまう。

 

「だったら……!」

「逃がすかよ!!」

 

 このままでは不利とみたサラマンダーは強靭な下半身の能力を生かして素早く逃亡を開始した。

 それを許しはしないと追撃するシラヌイとで二人は闇夜の中を激しい攻防を繰り広げながら深夜の立体駐車場に戦場を移した。

 

「トカゲ野郎……どこに隠れた?」

「ここだよ、野蛮なバカ猿めが!」

 

 非常灯の頼りのない光だけが灯る閉鎖的な立体駐車場の中を一階、ニ階と戯我を追いかけていたシラヌイを音もなく壁伝いに這って移動していたサラマンダーが急襲する。長く強靭な尻尾を振り回して何度もシラヌイを叩きつける。

 

「このまま骨だけを粉々に砕いて野犬どもの餌にでもしてあげよう!」

「グゥ……! 犬猿の仲って言葉を知らないのかぁ? それこそ犬も食わないってやつだぜ!」

 

 丸太で殴りつけられたような尻尾の攻撃を食らって出入り口の坂を装甲から火花を散らして転がるシラヌイだがすぐに立て直すと目を凝らして敵の動きを観察する。まるで単体で意識があるかのように不規則な動きで襲ってくる尻尾の軌道と僅かに確認できる癖を見切るとリズムよくステップを刻んで踏み込んだ。

 

「恰好の的だ! 焼け死んでしまえ!!」

「なんの! ウオオッキャアアア!!」

 

 横薙ぎに迫る尻尾を紙一重で手をつき跳ねたことで回避に成功したシラヌイ。けれど、空中で無防備になった隙を狙い澄ましてサラマンダーは特大の火球を吐き出した。

 悪辣な偏食家の蜥蜴は勝利を疑わなかったがシラヌイが一歩先を読み制す。天井裏に張り巡らされたスプリンクラー用の水道管を掴んでぐるりと方向転換に成功すると火の玉を華麗に捌いて反撃の跳び膝蹴りを叩き込む。

 

「キキャアアアアァ! キャオッ! キャオッ! キャオオオッ!!」

「うぎゃあああ!? こ、こいつ……本当に人の子か!? なんだこの獰猛さは?」

 

 手痛い一撃を受けて悶絶していたサラマンダーに飛びついて、激しい取っ組み合いを繰り広げた後に首根っこを掴んだシラヌイは興奮した山猿のように駆け出すと一端外に飛び出してから、片手で捕らえた相手を何度も立体駐車場の壁に叩きつけながら上へ上へとよじ登っていく。

 本当の白猿の魂が憑依したかのように人間離れした奇声と攻撃性を惜しげもなく晒して自分を攻撃するシラヌイに恐れを感じたサラマンダーの戦意は確実に削がれていった。

 

 

「が、は……こんなヤツに負けるなど……ッ! ムッ!?」

「良いとこを教えてやるよ。人は恋で強くなって、愛で大きくなる。俺はそのどっちも大好きだ……だから、ガンガン強く大きく成長中なんだよ」

 

 最上階――屋上にまで連行されたサラマンダーは乱雑に投げ捨てられて身に降りかかった不幸に怨嗟の念を漏らした。だが、屋上の片隅に偶然見つけたある物を発見すると舞い込んできた好機に歪に口元を緩ませる。

 

「シュハハ……ゲッハッハッハハハ! 素晴らし言い草だなぁ封魔司書! ならば、その博愛に殉じて死ぬがいい!!」

「なにやって……んおッ!?」

 

 サラマンダーは急に狂ったように高笑いを上げると大きく息を吸って特大の火の玉をどういうわけかシラヌイとは反対方向の壁に向かって吐き出した。

 うつ伏せで倒れたままの怪人に一分も隙も見せずに接近していたシラヌイは突然の珍行動に首を傾げるが火の玉を追った視線の先で見つけた存在に血相を変えて駆け出した。

 

「ぐー……がー……! うぃ~……ひっく……ふごー」

「オイオイオイ! 桃奈ぁ! 駐車場の屋上になんかサラリーマンのオッサンが寝てるんだけど!?」

『ええっ!? ウソでしょ、ちょちょちょっと待ってね……やだぁ、私がチェックした後に酔っ払いのおじさんがそこに迷い込んでたみたい!?』

「うっへえええ……マジかい!?」

 

 仮面に内蔵された通信装置から慌てふためいた桃奈の声がシラヌイの鼓膜を震わせる。

 なんと、無人と思われた立体駐車場に予期せぬ一般人の珍客が迷い込んでいたのだ。

 幸い高いびきをかいて眠っているのでシラヌイの姿を見られる恐れはなさそうだが今まさにその酔客をサラマンダーの火球が焼き殺そうとしていたのだ。

 

「ハッ! ふおぉぉぉ……間に合ったぁ」

「バカな奴め! 安心するのはまだ早いだろうに! 死ねええ!!」

 

 幸いにも間一髪でシラヌイの手刀が火球を潰して、思わぬ犠牲者を出さずに済んだ。

 だが、一息ついたのも束の間夥しい勢いの大火炎がシラヌイを包んだ。

 

「ぬぅ……うああああ!?」

『乱丸くん!?』

「火の玉しか吐けないと思っていたのかい? 大間違いだとも間抜けめ!!」

 

 サラマンダーの哄笑と共に奥の手である強烈な火炎放射がシラヌイを襲った。凄まじい高熱と炎が容赦なくシラヌイを焼き消そうと勢いを増すがこれを避けてしまえば代わりに後ろで居眠りを続ける男が犠牲となってしまうだろう。シラヌイは苦悶しながらもその身を盾にして耐えるほか手段がなかった。

 

「愚かな奴だ。身を転がせば私の火炎など容易に避けることができるのに、後ろの汚物がそんなに大事かね? それが愛の戦士の矜持という奴かな?」

「グゥゥウ……! お前みたいなのに気安く愛を語って欲しくないぜ」

 

 気を緩めればシラヌイという神秘の鎧ごと黒炭に焼き尽くされてしまいそうな火炎の中で耐えながら乱丸は侮蔑と嘲笑の言葉をここぞとばかりに吐き並べて勝ち誇るサラマンダーに強がってみせる。

 

「あと、俺のことを馬鹿にするのは許すが……愛を馬鹿にしたお前はぜってーぶっ飛ばすから覚えておけよ」

『がんばって、乱丸くん! あとちょっとで――』

「やせ我慢だな見苦しい。いいさ、ここまで弱らせれば殺さずともお前の色彩は簡単に食めるとも!!」

 

 片膝を突きながらも必死の思いで踏ん張るシラヌイに苛立ちを覚えたサラマンダーは火炎を吐くのを止めることなく、直接彼の色彩を貪ろうと近付き始めた。

 だが、そんな時だった。

 

「乱丸! これを!!」

「待ってたぜ、小太郎! これで百人力だ!!」

 

 被害者女性を安全な場所に連れ出した小太郎が全速力で駆けつけてシラヌイに向かってある物を投げ渡した。

 

A(アーティフィシャル)ウェポンX(イクス)!》

 

 小太郎がシラヌイに届けた物は長さ100cmほどの飾り気のない真紅のロッド型武具。それは本来ならまだ調整中だったシラヌイの専用武器であった。

 頼れる仲間から託された力を握り締めたシラヌイは巧みな棍捌きでAウェポンXを風車のように高速回転させて火炎放射を吹き消していく。

 

「ウキャアアア!」

「いぎゃ!? クソめ、そんな棒切れ一本手にしたからと勝った気でいるんじゃあない!」

 

 地獄の業火を薙ぎ払い、棍の間合いに敵を捉えたシラヌイは縦横自在にAウェポンXを操ってサラマンダーを打ち据える。

 だが戯我の意地を見せて踏み止まったサラマンダーが尻尾を唸らせ振り下ろすと攻撃を受け止めたロッドは真ん中から綺麗に折れてしまった。

 

「おお、やったぞ! こけおどしにも程があるじゃないか、ガラクタめ!」

「とんだお馬鹿様だぜ! コイツの本領を見せてやるよ!」

 

《メタル! Charging Color(チャージング・カラー)!》

「な、なんだ!?」

 

 武器を破壊されたと言うのに余裕の態度のシラヌイは新たにメタルシルバーカラーのモンストリキッドを取り出すとAウェポンXに設けられたスロットにセットする。

 

《AウェポンX-T(トライエッジ)!》

 

 音声が響くと折れたのではなく二本に分割されていたAウェポンXの側面にあるスリットからまるでインクが溢れるように液体金属が噴出して刃を形成していく。

 一対の短いロッドはあっという間に釵に似た三叉剣へと形を変化していたのだ。

 使用者の創意工夫とメタルのモンストリキッドの応用で無限に姿を変える変幻自在の武具――それがAウェポンXの真骨頂だ。

 

「コイツの恐ろしさを腹いっぱい味わいな!」

 

 シラヌイは三叉剣となったAウェポンXを逆手で握ると踊り跳ねるような歩法でサラマンダーに切り込んだ。ヒュンヒュン――と乾いた風切り音を鳴らして、月光を受けて煌めく刃が不気味に黒光るサラマンダーの異形を目にも止らぬ早業で乱れ切りにしてった。

 

「ぎゃあああああ!? この……いい加減にしろ!!」

「キェヤアアア!!」

 

 全身に刀傷を受けながら、火球を吐き出しつつ苦し紛れに爪を突き立てて反撃するサラマンダー。休みのない波状攻撃は恐るべきものだがシラヌイは右手に持った三叉剣の刃で爪を絡め取ると左手に持った得物で尻尾を輪切りにする。

 

《AウェポンX-N(ヌンチャク)!》

 

 尻尾の切断面から血飛沫のようにインクを撒き散らして苦しむサラマンダーにシラヌイは畳み掛ける。真紅の短棍を纏う刃が砕けたかと思えば瞬く間に溢れ出た新たな液体金属が鎖となって二本を繋ぐ。

 

「ウォオオルッキャアア! こんなこともできるぜ!!」

「ぶっぼっばあああ!?」

 

 大型のヌンチャクに変化したAウェポンXを洗礼された動きで振り回すと怒涛の勢いでサラマンダーの顔面を滅多打ちにする。

 

「がああ……っ!? 是非もない、一人では死なんぞ……道連れだ!」 

「うおっ!?」

 

 満身創痍に追い詰められたサラマンダーは勝利を諦めた代わりにシラヌイの命だけは奪って見せると執念を燃やすと僅かな隙をついて鮮血のように赤い舌を伸ばしてその首に巻き付けた。

 

「このまま共に焼け死のうじゃないか! ああ、全く……美女で無いのが残念だ!!」

「同感だ。好みの女の人なら心中もやぶさかじゃないけど、お前とは遠慮するぜ」

 

 慌てず騒がず、舌が首を巻く寸前に右手を滑り込ませて一方的に絞殺されるのを防いだシラヌイは速やかに対策を講じる。

 

《ヒート!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

「キャオラァ!」

 

 左手の指先で器用にトリガーを弾くとシラヌイの両籠手に隠された二本の鉤爪がせり出す。鉤爪は一瞬で赤光を放って超高熱を帯びるとサラマンダーの舌を溶断してみせた。

 

「キエヤァアアアオォッ!」

「ぐぎゃ――仮面の封魔司書……ここまで強いとは!?」

 

 舌が切られた反動で頭から転びそうになり滑稽にジタバタとサラマンダーが仰け反っている隙をついて、シラヌイは駆け出すとプロペラの回転を思わせる強烈な開脚蹴りをお見舞いした。

 シラヌイと諸共に焼け果てようと目論んだサラマンダーだったが傷ついた体はインクが零れ抜けて、色ぼけたように黒ずんで弱っていることが見て取れた。

 確実な勝機を見出したシラヌイは決着をつけるべく打って出る。

 

Relording Color(リローディング・カラー)!》

「こっからが大一番! 総仕上げといくぜ!」

 

 レリックドライバーのグリップをしっかりと握ると軽快にトリガーを弾いた。

 

Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「キェエエヤアアアア!」

 

 ドライバーから手を放したシラヌイの双眼が爛々と輝き、頭部の金冠が展開。両肩や脚部の装甲も展開し、放熱ダクトのような生体器官が露出される。

 熱と共に真紅と白の光を噴出し、荒ぶる白猿の戦士は猛然と駆け出した。

 

《ヒートハヌマーン・クロマティックストライク!》

「ウオオッキャアアアアアアアア――ッ!!」

 

 邪悪を砕く鉄拳が大気を焦がすように真っ赤に燃えて輝く。

 鬼気迫るほどの猿叫を轟かせて肉薄したシラヌイは万物を融解する超熱波の如き拳打の乱れ撃ちをサラマンダーに叩き込む。

 

「アァ……ギャァアアアアアアァァァ!?」

 

 トドメの正拳突きを打ち込んだ瞬間にサラマンダーの身体は急激に色を失っていくとあり得ないといった様子の断末魔を上げて爆散して果てた。

 激しい爆炎と突風が徐々に収まっていくとその中心に佇んでいたシラヌイの展開されていた装甲が元に戻る。

 

「どうだい! 絶景かな……ってね」

 

 獰猛に滾る闘志を鎮火させるようにゆっくりと息を吐いて残心をしてたシラヌイはおもむろにサラマンダーが消し飛んだ場所を両手の指で枠取りしたフレームに収めると戯我を調伏して取り戻した平和な世界を実感して得意げに頷いた。

 

「乱丸、お疲れ。さっきのおじさんは人通りの多いところに運んでおいたよ。たぶん、巡回するお巡りさんあたりが見つけてくれると思う」

「ありがとな。調伏完了……だと思うけど、桃奈?」

『うん、こっちのほうでも異常は見当たらないよ。さっきはホントにごめんね、乱丸くん』

 

 桃奈の通信を聞くとシラヌイはようやく安心してレリックドライバーをバックルから外して変身を解いた。

 元の姿に戻った乱丸は火炎の高熱に苦しめられながら戦ったせいか汗だくになっていた。栗毛の色に戻った髪もぐしょりと汗に濡れている。

 

「気にすんなって。あの後、急いで小太郎に応援要請して、ウェポンXのフライングの使用許可まで取ってくれたんだろ? 十分すぎるほどナイスフォローだよ」

『むぅーん……そう言ってくれると助かるよぉ。戻ったらお詫びにジュースか何かご馳走するね』

「ラッキー! ならラビットたんジュースで頼むわ」

「乱丸いつもアレ飲んでるよね? そんなに美味しいの?」

「……思い出の味なんだよ。さあ、帰ろうぜ!」

 

 頼れる同僚であり、親愛なる友人たちと屈託のない会話を弾ませながら乱丸はマントと仮面をかけ直すと現場を後にした。海良の街にまた静かで穏やかな夜が戻ってくる。

 そして、愛を謳う白猿の戦士は人々を未来と平穏を守るため明日も摩天楼を飛び回るのだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 とある日の早朝に海良の外れにある高台の墓地に乱丸はいた。

 潮風を浴びながら洋型墓地が寂しげに並ぶ道を歩いていくと、ある墓石の前で歩みを止めた。その墓はよく掃除がされているおかげが周りの墓石と比べて段違いで綺麗だった。

 

「おはよう、ユキちゃん……今日はいい天気になりそうだよ」

 

 普段の賑やかさは鳴りを潜めて、優しい声で語りかけると乱丸はせっせと持参した道具でここに眠る人の墓石を丁寧に掃除していく。

 

「高校生になったけど、顔合わせる面子は中学の頃の連中とほとんど変わらないからあんまり実感わかないよ。でも、制服は結構気に入ってるぜ? 学ランからブレザーに変わったんだ。ネクタイ結ぶのは大変だけどさ」

 

 掃除を済ませてピカピカになった墓石の目の前にゆっくりと腰を下ろした乱丸は楽し気に最近の日々の出来事を話し始めた。子守唄を聞かせるようなあたたかな声と遠い日を懐かしみ、また悔やんでいるような寂しい瞳で。

 

「そういえばさ、ユキちゃんも好きだった移動販売のホットドッグのお店復活したんだ。チリソースが塗ってるやつ。おじさんは引退したけど熱心なファンが作り方を習って再開させたんだって。やっぱり美味しかったよ……今度買えたら持ってくるね」

 

 恋と愛が大好きだと道化のように謳う少年の愛はもうずっとここにあった。

 時間と一緒に凍ったように長くここに縛ってあった。

 墓守のように自らの手で杭打って、本当に綺麗だと思った色彩(ひと)の思い出と一緒に捨てることなく、拾うことなく置いていた。

 同時にここに眠っている人との約束を果たすためにずっと藻掻いている。足掻いている。

 かつての残夢()が覚めるほどの出会いを探していた。

 

「ユキちゃん……またくるね。俺、がんばってくるよ」

 

 太陽が空高くへと昇り始めた頃に話したいことをひとしきり話し終えた乱丸は惜しむように、けれど力強く立ち上がり踝を返した。

 決して色褪せない愛を胸に秘め、邪なる化生どもを調伏せしめる封魔の狩人の仮面を被り少年は今日も生きていく。

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。
今後はムラサメ本編の進行を見ながら、かなりゆっくりスペースで更新していく予定なのでご了承ください。

もしもよろしければご意見・ご感想をよろしくお願いします。
それでは。

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