仮面ライダームラサメ・スピンオフ/仮面ライダーシラヌイ   作:マフ30

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第二頁[麗しの放浪者(ストレンジャー)は愛を訝しむ]

 

 

 あれは忘れもしない、八年前の春だった。

 当時の俺を簡単に説明するなら、お山の猿ってところか。

 絵空事のような話だけど、俺は大昔から世界のあちこちに巣食っている戯我とかいう怪物たちと最前線で戦う務めを背負った家系に生まれた。

 

 優秀な兄がいてくれたお陰で背負う宿命のようなものはそれほど無くて、ただそれでも出涸らしの弟と呼ばれながら幼い頃から自分の身は自分で守れるぐらいに稽古を積まされて腕っ節があった俺は絵に描いたようなガキ大将で血気盛んな山猿だった。

 

 年上だからって偉そうに自分よりも力の弱いチビすけたちをイジめて得意げになっている連中に真っ向から喧嘩を売って、公園の砂場に沈めるのが日課な愉快な毎日を送っていたんだ。

 それから、偶然見た恋愛小説が原作のテレビアニメにドハマりした結果、恋愛をテーマにした何もかもが大好きになった。恋と愛がついたものには何でも飛びついたような思い出がある。

 

 とはいえ、先に話したように実家では歳の離れた優秀な兄がいるもんだからヒエラルキーは最下層だ。薄情ってわけじゃないけど両親はそれぞれLOTでの職務をこなしつつ、兄を朱里家歴代最高峰の封魔司書に鍛え上げるために付きっきりだった。

 

『お前は兄の駒として生きろ』

 

 爺さんが生前に良く俺に言って聞かせていた言葉だ。

 気に障る物を感じなかったわけじゃないけど、真っ向から拒絶する気も起きなかった。

 そう思えたのも俺の方は放任主義と言うべきか、赤ん坊の頃から殆ど祖父母に育てられて特に期待されない反面、一世一代の大業物の刀を鍛えるように仕立てられた兄の暮らしに比べればそれなりに自由気ままに生きることができたからだと思う。

 おかげで稽古の一環として、世を忍ぶ仮の姿である家業の手伝いも随分とやらされた。

 あの日もそうだった。

 もうすぐ小学二年生になるような子供には重荷に見える醤油や酒が詰められたプラスチック箱をお得意先の料理屋に宅配した帰りによく遊ぶ公園に寄った時のことだ。

 

「ぐす……けほっ……こほっ……うぅ」

 

 見かけない女の子が半べそかいて座り込んでいた。

 滑り台の裏側の日陰のところ、涼しくて居心地が良かったのでが俺のお気に入りにしていた場所にだ。

 白くて細い手で大きな瞳から溢れる涙を何度も健気に拭っていたのを鮮明に覚えている。

 

「どうしたよ? コケて怪我でもしたか? それか誰かに叱られたのか?」

「え……あ、あの?」

 

 なんで声を掛けたのか?

 深い理由や意味なんてない。

 可愛かったからだ。

 

「ほれ! これやるから元気だせ。おまえ可愛いから笑ってたほうがモテていろいろとお得だぞ?」

「あ、ありがと。その、あのね、わたし灰村幸羽(はいむら ゆきは)っていうの」

「ゆきはだな! よっしゃ、おぼえたぞ! 俺の方は乱丸ってんだ。朱里乱丸な!」

 

 突然現れて、いきなり缶ジュースを投げ渡してきた野猿みたいなガキにきっと彼女は大層驚いていただろう。きょとんとした可愛い顔をいまでも思えてる。

 

「乱丸くんだね……うん、わたしも覚えたよ。ジュースありがとね、すごくおいしいよ」

「そうだろ! ラビットたんジュースっていうんだけど、俺はコーラやカルピスよりもこれが最強だと思ってる」

 

 我ながらあの日の自分の言動は本当にバカ丸出しだったと思う。

 だけど、ユキちゃんはそんな品性の欠片もないようなバカ猿の言う言葉をとても面白そうに聞いてくれていた。

 しっとりとした長い黒髪と道端のアリもよくに踏めないような穏和で優しそうな感じのする女の子。まるで深い森のお城のお姫様のような彼女と俺の最初の出会い。

 それから、ぽつりぽつりと話をしている間に俺は彼女が引っ越してきたばかりで迷子になってしまい、さらには体調が悪いと言うことを知ると彼女の返事を聞くことも待たずにユキちゃんをおんぶして交番まで運んでいった。

 

 いまやったら誘拐一歩手前な俺の迅速な行動のお陰で彼女は無事にご家族に再会することができて、その足で病院へ行き大事には至らなかった。

 後から彼女のご両親から聞いた話だがユキちゃんは生まれつき体が弱く、海良に引っ越してきたのも静養に適した環境だったからだと言う。

 次にユキちゃんと出会ったのはそんな出来事から一週間後のことだ。

 新学期、彼女は転校生として俺の目の前に現れた。

 

「ふふっ、はじめまして……じゃないけど、これからよろしくね乱丸くん。わたしとお友達になってくれますか?」

 

 白いフリルがついた濃紺の可愛らしい洋服を着て、微笑む彼女は春の妖精のようだった。

 

「友達でもいいけど、恋人じゃダメか? 俺、ゆきはのこと大好きだぞ!!」

 

 そして――俺は本当にどうしようもなくろくでなしのマセガキだった。

 だけど、このデタラメな告白でOK貰えてしまったのだから夢のような話だ。

 こうして、俺と彼女の短い恋人ごっこは始まったんだ。

 彼女の命が散ってしまったあの日まで。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ある日の放課後、乱丸たち三人は海良市の中心部にある歴史博物館に立ち寄っていた。

 無論、見学に来たわけではない。彼らはこの海良歴史博物館のアルバイトという偽りの身分を活かしてバックヤードへ入っていき、地下へと続く専用のエレベータに乗り込む。

 何を隠そう封魔結社LOT海良支部の本拠地は博物館を隠れ蓑に建造されている。

 黒い軍服に袖を通した職員たちが行き交う通路を我が家のようになれた様子で進んで三人は支部長が陣取る執務室へと入っていった。

 

「失礼します。黄瀬小太郎以下三名、到着しました」

「うむ。急に呼び出して悪かったな。まあ、座れ」

 

 三人組のリーダー的存在である小太郎を先頭に部屋に入ってきた三人を迎えたのは山のように大柄で武蔵坊弁慶もかくやといった風貌の禿頭(とくとう)の男性だ。丁寧に手入れされた口髭が支部長という威厳を際立たせているようにも見える。

 他の封魔司書同様に黒い詰襟の軍服を着ているが、ボタンが全て締り切っておらず、その大胸筋は窮屈そうに大きさを主張している。肉が詰まったその五体は肥満に非ず、これ全て筋肉達磨なのだから驚きだ。

 彼の名は黄瀬寛太(きせ かんた)

 海良支部を束ねる頼れる支部長であり、名前からも分かるように小太郎の実の父親でもある。あまりの似てなさ加減に首を傾げる者もいるが小太郎は母親似なのである。

 

「お疲れッス大将! 相変わらず縁起の良さそうな頭してるッスね!」

「こら乱丸、支部長の前だろ? 礼儀!」

「おじ様、お仕事お疲れ様です。お話の前にお茶淹れちゃいますねー。美味しいお茶菓子買ってきちゃってますので♪」

「ちょっ……もう、桃奈まで一応任務中だよぉ?」

 

 親子であってもLOTの封魔司書として活動中は決して私情は挟まないと意思表示するかのように張り詰めた佇まいに努めていた小太郎だったが両隣りの親友と恋人は完全に友達の家に遊びに来たかのような砕けた態度なものなので窘めたり、脱力したりと忙しい。

 

「だっはっは! いいじゃねえか小太郎。今更、恭しく振舞う仲じゃねえだろうに。桃奈ちゃん、封切ったほうじ茶のパックがあるからソレ入れてくれ!」

「かしこまでーす」

「あーもー! 父さんまでそういうノリだから、僕が口うるさくしてるんですよ?」

「すまん、すまん! お前がしっかりしてくれるお陰でついつい甘えちまう」

 

 まるでお笑いトリオのような三人のやり取りに寛太はビリビリと震えるような大笑いをして、窮屈にしていた胸元を肌蹴ると雰囲気を軟化させる。

 

「勘弁してくださいよ。将来髪形だけ父さんに似るとか僕は絶対に嫌ですからね」

「俺はハゲじゃねえ、剃ってんだよ! なんだぁ言うようになったじゃねえか!!」

 

  LOT海良支部に所属する封魔司書たちは古くからこの土地に暮らす者が多い。

 その中には黄瀬家と朱里家のような親族同士であったり月島家のような海良とは別の支部にも所属している者がいたりと何世代も前から組織に所縁ある者たちで溢れている。

 例えるならば規模の大きな家族経営。文字通りにアットホームな職場、それが海良支部の一つの特色だった。

 

「さて、冗談はこれぐらいにして本題に入るか。菓子食いながらでいいから聞け、ちと良くない報せだ」

「厄介な戯我でも現れたのか、大将?」

「いや。戯我の退治も大切だが遺物(ロスト・テクノロジー)絡みで少しな……磐戸市という町を知っているか?」

 

 気を取り直して、寛太は三人を執務室のソファーに座らせると話を切り出した。

 彼が口にした地名に聞き覚えのあった桃奈が口の中の大判焼きを慌てて飲み込んで答えようとする。

 

「確かそこにもLOTの支部がありましたよね? 噂だと私たちと同世代の子が霊装持ちでいるとか聞いたことがありますけど」

「ああ。その磐戸市の管轄内で裏組織の人間と思われる男が遺物を用いて随分と羽目を外そうとしたらしい水晶髑髏の贋作に――将門公の骨まで持ち出してなぁ」

 

 寛太の口にした言葉に乱丸たちの顔色があっという間に緊張で張り詰めた。

 かの新皇の逸話は封魔司書でなくとも少しでも歴史を学んだことがある人間ならば畏敬の念を感じるそれほどまでに大きな存在なのだから。

 

「――それで街はどうなったんで? 大惨事か?」

「幸いにも下手人共の不手際と磐戸支部の尽力もあって被害は最小限で抑えられた」

「よかった。その支部のライダーは相当な実力者みたいですね」

「俺も負けてらんねえな」

 

 小太郎の安堵した呟きに残る三人も頷く。

 そして、乱丸は名前も顔も知らない同世代の霊装持ちに親近感と同時に激しい対抗心を燃やしていた。高校生程度の年齢でそんな難局を凌ぐだけの手練だ。難しい話だとは思うがきっと肩を並べて戦うだけでも学べることは多いだろうと。

 

「憂慮せねばならないことはそんな危険な代物が何品も国内に密輸入されてしまっていることだ。将門公の遺骨の出どころにしても、売人たちの尻尾を掴むのも勿論だがこの海良にそんなものをポンポンと持ちこまれるわけにはいかん」

「父さ……支部長、そういうことなら巡回ルートと人員の再編成をした方が良いと思うのですが」

「それに遺物や違法バイヤーたちの動向も警戒しなくちゃだけど、遺物の気配を嗅ぎつけた戯我たちにも注意しないといけないんじゃない? 高い知能を持った個体なら遺物を悪用することだってできちゃうよ」

「小太郎、俺は暫くソロで動くからお前は新体制が落ち着くまで遺物の方に集中してくれ。お前が現場でまとめてくれればずっと効率が良い」

「ありがとう。乱丸には負担かけるけど助かるよ」

 

 寛太からの報告を聞かされた三人は自然と様々な事件ケースや危険な現象のパターンとその対策案の意見を出し合い相談して事前策のプランを提言していく。

 スイッチが入った瞬間に顔つきが変わった乱丸たちはすっかり封魔司書としてその場にいた。

 

景火(けいか)のやつが別件を片付けて海良に戻って来るまでもう暫くはかかる。若いもんに頼りきりになるのは酷なことだが戯我相手にはいまはお前だけが頼りだ。任せたぞ、乱丸」

「応ッスよ! 荷が重い方がやる気がでるってもんですよ!」

 

 寛太の飛ばした激励に乱丸は胸を張って力強く答えた。

 こうして始まった即席のミーティングはそのまま参加可能な各班のリーダーたちも集まってもらい外が暗くなるまで続いた。

 海良支部に所属している封魔司書の誰もが海良(このまち)の飽きるほど見慣れた平穏な姿を守りたいと強く思っていた。

 だが、そんな彼らの尽力とは裏腹に既に某国某所から実に稀有な遺物が海良市に持ち込まれていることをまだ誰も知らない。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 月明かりが眩い夜の世界をみすぼらしい恰好の男が彷徨っていた。

 男は俗に言う浮浪者/ホームレスという身分の人間だった。

 仕事は長く続かず、酒と博打で金も家族も何もかも全て失い、うだつの上がらない日々を繰り返す人生の落伍者。

 高架下に勝手に築いたダンボールハウスは撤去され、夜露をしのげる場所はないかと徘徊していた末に男は雑木林の一角にぽつんと取り残された廃墟を見つけた。

 

 屋根がある建物なら、汚くても臭くてもなんでもいい。

 夜の暗さと寒さから逃れられるのならばと男は深く考えもせずにその廃墟へと飛び込んだ。

 廃墟はパチンコ屋か何かだったようで遊戯台の全ては撤去されていたこともあり、外観から想像していた以上にがらんどうとしていた。

 

 天井もところどころ破損していて、隙間風や月光が差し込んでくる有様だがおよそ社会の最低辺まで転落したこの男にはもったいないぐらいの優良物件だ。

 警察か役所の人間にバレるまでは絶好の住まいが手に入ったとほくそ笑んでいた男はそこで見つけてしまったのだ。

 明らかに場に不釣り合いな棺のような大きなガラスケースとその中に入っている美しい人型を。

 

「人形か……?」

 

 もしも死体だったら最悪だと駆け足でガラスケースに近付いた男の口から自然と声が漏れた。真っ暗な廃墟の中だったが偶然にかそのケースが置かれた周囲だけは天井に空いた穴から届いた月の光で明るさがあった。

 

「きれいだな」

 

 薄汚れた身なりの中年男性からはまるで少年のような飾らない無垢な言葉が出た。

 それほどまでに目の前にある眠り姫のような人形は綺麗な見た目をしていたのだ。

 異国の碧海を思わせるような翡翠色をした長い髪に陶磁や石膏像にも勝る白く艶やかな肌。目鼻立ちはすっくりとしていて淡くそれでいて鮮烈なまでに美しい。

 男の知識には無いがキトンと呼ばれる古代ギリシャにあったとされる白い衣服で身を包み、大きな巻き鍵を両手で大事そうに抱いている。

 

「きれいだな……ぐっ、うう……ああ、きれいすぎて泣けてくる」

 

 童心に帰ったように男は謎めいた眠り姫の美しさに感激して涙を流した。

 平時の男ならば物好きが捨てたラブドール(ダッチワイフ)か何かか?と下卑た思考と卑屈な情欲を剥き出しにしていただろう。

 そんな不埒な煩悩を吹き飛ばすほどの美しさがその人形にはあったのだ。

 ケースの中央部分には金色のプレートが付けられてそこにはガ■■ア・■プ■カと所々文字が削れながらも銘があったのだが男の教養ではその正体は理解できなかった。

 

「もし――そこの旦那様」

 

 言葉も忘れて男が人形に見惚れて十分以上が経った頃のことだ。

 ぱちりと人形の瞼が開き、トパーズのような煌めく瞳がこちらを見つめ、確かに男に喋りかけてきた。

 

「いますぐにこの場から立ち去ることをおすすめ致します」

 

 ずっと夢を見ていたのか?

 男はそう我を疑うしかなかった。

 頭が真っ白になって人形が尚も何かを喋りかけているようだったが何も入ってこない。

 だから男は外から真っ直ぐに廃墟の中へと入ってきた大きな足音にも気付くことはなかった。

 

「旦那様。命が惜しいようでしたらすぐにお逃げすることをおすすめ致します」

 

 ズシン!ズシン!とコンクリートの床を揺らしてアレが帰ってきてしまった。

 びしゃ!びちゃ!と臭いの消えた血だまりを踏んで近付いてくる。

 ゴソゴソ!ゴソゴソ!と地を這うような無数の取り巻きたちの気配もあった。

 

「旦那様。お逃げください。私はいわるゆ撒き餌のような物でございます。旦那様――」

 

 ぐちゃあっ!!

 ――ああ、間に合わなかった。

 篝火の炎に誘われる羽虫のように、ここに迷い込んでしまった新たな旦那様候補の男性は私をここまで持ち運んだ危険な香りのする殿方たちと同じようにこの巨岩の魔人に踏み潰されて見るも無残な肉塊になってしまった。

 

「エモノがまたキタナ。イイものを拾った。このグチャグチャは何度ヤッテモたのしいぞ」

「チュキキ! いやぁ~親分の踏みつけは何度見ても惚れ惚れするぜ」

 

 大きな異形と小さな異形が笑っている。

 もう何人の人間が彼奴の食事になってしまったのだろう。

 そうして、色彩を貪り尽くされ亡骸もこの世に残すこと許されず死に絶える。

 まさか、当世においてもあの怪物たち……ギガが存在していることには驚きました。

 しかし、それ以上にいまは……かつてと同じように私のせいで誰かが命を落としていく。

 汝に罪無しと言われようともこの身が火種となって散っていく命を見つめることしか出来ない我が身が恨めしく思います。

 

 渡り鳥のように自由に羽ばたけたのなら。

 駿馬のように大地を駆けることができたのなら。

 人間のように気ままに世界を旅することが叶うのなら。

 彼らのようにこの透明な檻から逃げるだけの力と意気地があるのなら。

 否、私は――。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 夜道をサクサクと歩く制服姿の乱丸は片手にコンビニで買ったカップ麺の入ったビニール袋を下げながら『あけさと酒蔵』という看板が掛けられた歴史ある日本家屋の玄関扉を開いた。

 海良支部での今後についてのミーティングを終えて自由になった乱丸は自宅へと帰宅していたところだった。

 本来なら封魔司書は有事に備えて各支部の施設に併設された地下住居区画で生活をするのだが家族ぐるみでLOTの関係者であることも珍しくのない海良支部の特色ゆえか乱丸のようにTPOに応じて二カ所を使い分けている封魔司書も存在するのだ。

 

「たっだいまー! 悪い兄ちゃん、ちょっとミーティングが長引いちゃってさ」

「やあ、お帰り乱丸。うん、今日も何事もなく終わったようで何よりだよ」

 

 大きく伸びをして体をほぐしていた乱丸の出迎えたのは杖をついた紬姿の青年だった。

 端正で柔和な雰囲気を帯び、乱丸に大人の余裕を足し加えたような青年の名は朱里錬馬(あけさと れんま)。乱丸の実兄であり、かつてのシラヌイの変身者であった男だ。

 数年前に戯我との戦いで重傷を負い第一線を退くのを余儀なくされてからは朱里家の家業である酒屋――を隠れ蓑にしたLOTの諜報部隊を支援する任に就いている。

 二人の両親も存命だがいまは海外にある支部に配属されているので顔を会わせる機会は少なくなっていた。

 

「そりゃあ、今日は戯我とはやりあってないからな。けど、大丈夫だよ兄ちゃん! 俺も相当ヤるようになってきれるから! 化け物相手に油断も遅れも取らないぜ」

「そうだったね、お前はよく頑張ってるもんな。えらいぞ」

「だろ? もっと褒めてくれー! ついでに今月の小遣いの帳簿誤魔化すのを見逃してくれー!」

「それはダメ」

「うっへええ!?」

 

 家族にだけ見せるただの恋愛沙汰が大好きなだけのやんちゃな少年の顔を覗かせる乱丸の頭を錬馬は労うようにわしゃわしゃと撫でる。

 乱丸と錬馬は十五歳も年齢が離れた兄弟だがその歳の差のせいか時に親子や悪友のような距離感で大きな喧嘩もすることなく仲のいい関係を続けている。

 

「腹減っただろう? 僕もまだだから鞄を置いたらすぐにおいで」

「今日は俺ら二人しかいないんだから先に食っててくれてもよかったのに。悪いがこのラーメンは分けてやんねえぞ?」

「あ、ああ……そのだな乱丸。実は……」

「騒がしいと思えば、帰りましたか乱丸。お勤めご苦労さまです」

 ドヤ顔で夜遅い時間のラーメンを食する宣言をする乱丸に気まずそうに何かを言いかけた錬馬だったが彼が何かを喋るよりも前に乱丸の前に朱里家の影の主が姿を現す。

 

「へ……あ、あ、義姉上!? なんでぇ? 今日は夜勤だったはずじゃありませんでごまいまする!?」

「同僚のご家庭の都合でシフトを交代したのです。久しぶりに家族三人で夕飯を囲めるので嬉しく思いますよ」

「仰るとおりです」

「目上の者に敬語は言い心がけですが何時も言っているように私たちは家族なのですからもっと砕けた口調でも構いませんよ? その呼び方も悪くありませんがそろそろお姉ちゃんと呼んでくれてもよいのではないですか乱丸?」

 

 家の奥から現れた艶のある黒髪と緋色の瞳が印象的な冷淡で麗しい容姿の女性を目の前にして乱丸はふざけているのかと思いたくなるほど動揺して震えあがってしまった。

 彼女の名前は朱里のどか。

 海良総合病院に勤務する現役の看護師にして錬馬の妻であり、乱丸にとっては義理の姉に当たる人物だ。

 

「ところでその手に持っているものはカップ麺で相違ありませんね?」

「は、はあ……その帰宅の時間が遅くなってしまったので食事よりも睡眠を優先した結果の産物でございますです。はい」

「インスタントラーメンが悪いとは言いません。味も美味しいですし、私も多忙の際は食べることもあります。ですが乱丸、あなたの立場を考えれば栄養のある食事と健康を疎かにすることはよろしくないことだとは思いませんか?」

「その通りだと思います。はい」

 

 忌憚のない正論が下心だらけだった乱丸をブスブスと突き刺していく。

 のどかは学生時代は文武両道の才女として有名で高校在学時には生徒会副会長を二年間に渡って務めたことで影の女王、冷笑姫などの異名を持って畏れられてきた女性だ。

 なによりも過去の出来事が切っ掛けで乱丸がこの世で一番頭の上がらない存在であった。

 

「あー……たはは。ねえ、のどか。乱丸も疲れてるだろうし、それぐらいにしてあげなよ。今度僕からもキツく言っておくから」

「でしたら何故、乱丸を出迎える時に何も言わなかったのです錬さん」

「うっへえ? そ、それはだね……えーっと、この話も大事だとは思うけど先に夕飯にしないかい? せっかくのどかが用意してくれた食事が冷めちゃうのは僕は悲しいよ」

 

 戯我と対峙するよりも桁違いに恐怖で縮こまっている乱丸が流石に哀れに思えた錬馬が助け船を出すが彼すらも墓穴を突かれてあべこべに言い負かされそうになる有様だ。

 そこで錬馬は少し情けないが惚れた弱みに付け込むわけではないが真剣な眼差しと熱く優しい抱擁を添えて彼女を説き伏せようと試みる。

 

「……ッ! ま、まあ一理ありますね。お説教が長引いてこれ以上遅い時間に乱丸に食事を摂らせてしまっても本末転倒ですし……では乱丸」

「は、はい!!」

「今日はこれ以上は何も言いません。ですのでお互いに気持ちを切り替えて一緒に夕食を食べましょう」

 

 愛する夫に抱きしめられたのどかは彼の魂胆を見抜きながらも、ナンセンスではない言い分もあって可愛らしい咳払いを一つして乱丸を許すことにした。

 

「ありがとうございます。反省してます」

「期待します。先日、退院された患者さんから天然のきのこを沢山いただきましたので今夜はきのこ鍋ですよ。鳥団子も作りました」

「おおー義姉上の肉団子って美味いんですよねー! すぐ着替えて戻ります」

「……あと、シメは中華麺にしてみましょうか。うどんも良いですがそれ以上の食べ合わせが見つかるかもしれませんしね」

 

 ぐったりしながら二階の自室へと向かおうとした乱丸にぽつりと言ったのどかの顔は何とも照れ臭そうだった。それで乱丸も再確認させられる彼女の厳しさには常に理に適った何かと深い思い遣りに満ちているのだと。

 

「義姉上ぇええ! 兄ちゃんの義姉上への愛には負けますけど、俺も大好きです!」

「お世辞は良いです。早くきなさい。鳥団子が無くなっても知りませんよ? 早い者勝ちですからね、私は明日の夜勤に備えて遠慮なく狙っていきます」

「はい! ただいま!!」

 

 厳しさと親愛がある家族と支え合いながら朱里家の夜は更けていく。

 彼らだけでなく様々な人たちの一日の営みが終わりを迎え、次の明日がやってくる。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 それから数日後のことだ。

 あの廃墟がある人気のない雑木林の一角で奴らは無法を働いていた。

 

「チュヒッヒッヒ! バカな人間どもだ! ここが俺らの庭だと知らなかったと見える」

「活きの良いガキだぜこいつは! 最近は飯の種には困らなかったが挽肉見たくなった人間の色を貪るのは味気なかったからな!!」

「良い声で喚く玩具もついていて最高だぜ!!」

 

 焼けるような眩しい西日が焦げ黒い異形の皮膚を照らす。

 尖った前歯と鋭く長い爪を持った赤い双眸が不気味な巨大な旧鼠の戯我。

 ゴブリン・ギガやコオニ・ギガなどと同じく下級に属されるキュウソ・ギガの集団が老人と孫と思われる幼子を取り囲んで卑しい笑い声を上げていた。

 

「お、お願いします! どうか孫の命だけはお助け下さい。わしの命を差し上げますから何卒孫だけは……孫だけはっぐぁあああ!?」

「誰が俺たちに喋りかけていいなんて言ったよ? テメエが口にしていいのは悲鳴だけだぜ老いぼれえ!!」

 

 身を盾にして孫を守りながら這いつくばって懇願する老人をキュウソ・ギガたちは容赦なく乱暴する。一瞬で殺してしまわないように力加減をして、長く苦しませ痛みに苛まれるように非力な爺を寄ってたかって足蹴にしていく。

 

「やめてぇ! おじいちゃんにひどいことしないで! うぅ……うわあああっ!」

「キッヒヒヒ! それじゃあ仲良くお前にも酷いことをしてやろう。感謝するんだぞぉ人間!!」

「ごほっ……ぐう、待って! 頼む、殺すならわしだけに! がっはっ!? ま、孫の命は……許して、くれぇ」

 

 既に足の骨を折られ、傷だらけの泥塗れになりながら情けを乞う老人からキュウソ・ギガたちは孫を取り上げると侮蔑と嘲笑を浴びせて、暴力を加える。

 大好きな祖父が理不尽な仕打ちを受けることに悲しみ泣き叫ぶ幼子の悲鳴を肴に戯我たちは更なる悪趣味な催しを話し合い始める。

 

「興が乗ってきたぞ! この老いぼれの目の前でこの小僧の色を啜って食ってやろう」

「面白そうだなぁ。なるべく生かしたまま俺たちの前歯で腹を食い破って、腸を吸い出してやるのは愉快だと思うがどうだ?」

「いやいや、むしろこの爺の手足を適当にもいでこの近所の野良犬なり獣に食わせる姿をガキに見せる方が面白かろう」

 

 まるで無邪気な子供が昆虫や蛙を好奇心で惨殺するような残虐な行いを明確な悪意と卑劣な思考で企てる。

 これが戯我だ。

 人間を嘲り、玩弄し、何の躊躇いもなく殺めて命と色彩を貪る下卑たる異形たち。

 けれど忘れるな。

 か弱き人を守るために、この悪意を煮詰めたような異形たちを調伏する術を会得した者たちがいることを。

 長い歴史と研鑽を経て勇気と叡智で鍛えた抗うための爪牙を身につけた人間たちがいることを。

 

 「ウオオオオ! 散れ散れ散れッ!」

 

 幼子の泣き声と老人の悲鳴、戯我の下衆笑いを纏めて吹き飛ばすエンジン音が轟いて、直線一気に駆けてきた鋼の車体がキュウソたちを散らした。

 豪快にハンドルを切る乱丸は片手で軍服に忍ばせたチャクラムと景気良く何枚も投擲して牽制を行う。

 封魔司書たちが携行する専用端末Aガジェットが変形したマシン・A(アーティフィシャル)ストライカーに乗った軍服と猿の面で身を包んだ乱丸が駆け込んできたのだ。

 

「戯我の被害者のじいさんとチビすけを保護! 怪我が酷い。救護を頼む!」

『分かった。急いで後続のみんなに手配させるね』

 

 Aストライカーから飛び降りて子供を自分の後ろに隠した乱丸は迅速にオペレーターを担当する桃奈に支援を要請しながら戯我の群れと対峙した。

 

「チキショウ! その恰好……封魔司書だな!?」

「お楽しみを邪魔しやがって! ぶっ殺してやる!!」

「奇遇だな。俺もお前らをぶっ潰したくて仕方ねえんだ」

 

 猿面の下でキュウソたちの乱暴狼藉への怒りで血管を浮かび上がらせながら、臨戦態勢の乱丸もレリックドライバーを装着する。

 そのまま二種のモンストリキッドをドライバーに装填する。

 サルファーイエローとスモーキーホワイトの二色だ。

 

「お前らに絶景なんてもったいない」

《グランド》

《ハヌマーン》

「一秒でも早く閻魔様のところに送りつけてやるよ!」

 

Loading Color(ローディング・カラー)! HYBRID(ハイブリッド)!》

「変身!!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 交わる双つの色彩! ハイブリッドカラー!》

 

 乱丸がトリガーを引き込むと以前とは一色だけ異なった二つの五芒星が頭上と足元に展開されて砂塵を巻き起こして乱丸を仮面の拳士に変える。

 姿を露わにしたシラヌイはヒートハヌマーンの姿に似ているが紅蓮の赤だった各部の装甲が岩石のように角ばったデザインに変わっていて、色調も濃い黄色になっている。

 これは亜種形態(ハイブリッドカラー)のグランドハヌマーン。

 シラヌイが所持しているモンストリキッドの組み合わせによるバリエーションの一つだ。

 

「す、すごい……ヒーローさんなの?」

「ちょっと違うな。俺は愛の戦士ってやつだ」

 

 目の前で仮面の戦士に変貌した素顔を隠した乱丸に子供は怯えながらも好奇心に動かされてか細い声で尋ねた。その問いかけにシラヌイは得意げに握り拳を右胸にぶつけて言い切った。力強いその声が子供の心を蝕む戯我への恐怖を少なからず吹き飛ばしたのは言うまでもない。

 

「ここからお前は俺が全力で助ける! お前はお前のじいちゃんを守ってやれ。そばにいて励ますだけでいい。もうすぐ人が来るから、それまでがんばんな」

 

 目撃者の一般人との交流は極力控えることが暗黙の了解ではあるがシラヌイは涙で腫れた幼い瞳で自分を見る子供に威勢よく言って聞かせると荒ぶる闘志を剥き出しにしてキュウソの群れに飛び掛かっていった。

 

「キェエエエエエエエッ!!」

「うぎゃっ!?」

 

 夕焼けの太陽に晒されて山火事のような真紅で染まった雑木林をけたたましい追いかけっこを繰り広げてシラヌイとキュウソ・ギガたちの戦いは激しさを増す。

 ドブネズミ同様に素早く機敏に動きまわる敵たちをシラヌイは枝の合間を跳び回って急襲する。

 

「キャアアアオッ! くたばれ!!」

「い……ぎああ!?」

 

 木の上からのしかかるように仕掛けて背後を捉えた一体のキュウソの脇腹を左籠手からせり出した二本の鉤爪で容赦なく刺突する。

 あっという間に四つの風穴を突き破られたキュウソの傷口から血のようなインクが漏れ出して苦悶の声を上げる。

 大きな隙を晒した好機を逃すはずもなく、シラヌイはそのまま左腕の鉤爪を操ってキュウソを三枚に捌いて仕留めた。まずは一体目。

 

 

「野郎! 取り囲んで袋叩きにしてやれ!」

「嬲り殺しにしてやるぜ!」

 

 あっという間に仲間の一人を倒された残りの群れ達は彼らの常套手段である集団戦で勝負を挑む。ぐるぐるとシラヌイの周りを駆け回り、前歯や爪をチラつかせて恐怖を煽っていく。

 

「定年まで頑張ったじいさんと同じだと思うなよ」

《グランド》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 だが、シラヌイは焦ることなくドライバーに装填されたリキッドのスイッチを押して、トリガーを弾く。すると彼の足元から大量の黄色い砂が溢れ出してあっという間に雑木林の一片に砂地が生まれた。

 

「串刺し刑だぜ!」

 

 引き起こされた異常事態にキュウソ達は慌ててタイミングも揃わないまま飛び掛かるも一手先を読んでいたシラヌイには届かない。

 あべこべにシラヌイが操る砂が生き物のように動きだし、剣山のように変形した鋭い針先で多くのキュウソがまとめて針山地獄に落とされたように貫かれる。

 

「な、なんてこった……これっぽちの数じゃ勝てねえぞ!?」

「キイイエヤァアアアアアアアア――!!!!」

「ひいいいっ!?」

 

 流砂を操り攻防一体の戦法を繰り出したシラヌイに味方を半壊させられて怖気づく残ったキュウソ・ギガたちに地獄の呼び声のような猿叫が浴びせられる。

 

「キキィイイイイッ! キャアアアアアアオオッ!!」

 

 猛獣の雄叫びよりも獰猛で、猛禽の鳴き声よりも鋭い猿叫が戯我たちに恐怖心を植え付けていく。

 これがシラヌイの――乱丸とっておきの戦術の一つだ。

 どんなに強靭で逞しい動物でも恐怖に苛まれれば、心は掻き乱され正常な思考を巡らせることは難しくなる。

 

「キャアアオッ! キャアアオッ! キャアアアアアアアオオッ!!」

「うぎゃあああ!? お、お前なんて……人間なんて怖くねえぞ……っ!」

 

 戯我たちの声が震えている。

 奴らはシラヌイに恐怖を覚え始めている。

 そうだ。戯我共の認識を塗り替えるんだ。

 

「ウオオッキャアアアアアアアア――ッ!!」

「ひぃいいいい! や、やめろ……その叫び声をあげるんじゃないぃぃぃ」

 

 恐怖で思考を塗り潰せ。

 彼らにこの怒りが人間のそれであると思わせるな。

 戯我が人間を弱きものと見下すのなら、奴らが恐れる何かに化けろ。

 この世で唯一のお前たちの天敵が剥き出しにしている怒りだと錯覚させろ。

 嵐のような激情を浴びせろ。

 火炎のような憤怒に晒せ。

 さあ、いくぞ。いくぞ、シラヌイ。

 天敵(仮面ライダー)による、反撃の時だ。

 

「ウオオッキャアアアアアアアア――ッ!!」

 

 自らが生み出した砂漠を蹴ってシラヌイが攻めかかる。

 それに立ち向かおうとするキュウソはどこにもいない。

 先程まで優越感に浸って得意げに老人を甚振り、子供を怯えさせていた世にも恐ろしい怪物の面構えをした戯我は一匹もいない。

 鈍い輝きを放つ鉤爪が春風諸共にキュウソの汚れた黒い体を引き裂いたのを皮切りに鉄拳に穿たれ、豪脚に薙ぎ払われてキュウソの群れは総崩れを起こしていた。

 

「根性ねえな! いいさ、ネズミ退治もそろそろ閉店の時間といこう」

《ヒート!》

《ハヌマーン!》

「お前ら、最後のお突き合いといこうか!」

Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 戦いに幕を引くべくシラヌイはドライバーからグランドのモンストリキッドをヒートの物へと挿し替えると呼吸をするような馴染んだ動作で再びトリガーを引いた。

 

「カラーシフト!」

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 大きくジャンプしたのと同時に出現した上下二重の五芒星にその身を通過させて、シラヌイは跳躍移動中にフォームチェンジを完了させる。

 

《悪鬼を砕く灼熱の魔拳! ヒートハヌマーン!》

『キキィイイイイイ――ッ!』

 

 烈火を纏って姿を変えたシラヌイはAウェポンXを握ると基本となる棍の状態のまま激しく回転させてキュウソ・ギガの残党に突っ込んだ。

 

「ウキャキャキャキャキャキャアアアア――!!」

 

 一振り、ニ振りと渾身の膂力で操るロッドで薙がれたキュウソ・ギガたちにダメ押しとばかりにシラヌイは暴風のような乱れ突きを叩きつけた。

 当の昔に戦意喪失していたキュウソ・ギガはまるで型貫きにかけられたかのように均等に穴だらけになったかと思うと水風船が破れたように大量のインクと撒き散らせて一蹴されたのだ。

 

「よしと……気をつけて、一体には空振りしておいたはずだけど」

 

 ゆっくりと爆発とインクの飛沫で視界不良だった周囲の景色が晴れていく。

 だが、勝利したはずのシラヌイは何故か変身を解かずに周囲をきょろきょろと探索していた。

 

「お、みっけ。桃奈聞こえるか? これから連中の巣を叩く。強めの索敵よろしく頼んだ」

『はいはーい! お掃除タイム、はりきっていこー!』

 

 少量だが微かに地面に零れ落ちてどこかへと続いているインクの痕跡。

 下級戯我は他の実力がある戯我と結託して悪事を働く傾向が高いという習性を心得ていたシラヌイは敢えて全滅を避けて、背後関係を探るために一体だけ逃がしておいたのだ。

 

 思惑の罠が功を奏して、逃亡先と続く痕跡を発見したシラヌイは桃奈のサポートを受けながら追跡を開始した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ハア……ヒイ……封魔司書があんなに強いなんて聞いてねえぞ」

 

 その頃、生き残った最後のキュウソ・ギガはシラヌイの予想通りに寝ぐらであるあの廃墟へと逃げ帰っていた。しかし、廃墟には頼れる腕自慢の仲間は不在で何もいない(・・・・・)

 

「くそ……あのウドの大木は土に埋もれて寝てやがるのか! それじゃあ夜になるまで起きねえぞ!? 仕方ねえ、人間どもが寄ってくる飯の種だけでも抱えて……アレェ!?」

 

 間抜けな大声がひんやりとしたコンクリートの広間に反響した。

 下手に大きな物音を出せばあの封魔司書に気付かれてしまうと分かっていたのにキュウソが直面した想定外のトラブルはそれほどまでに重大だったのだ。

 

「ど、どどど……どこにいった!? なんでない!? 一体どうして……!」

「良いところに住んでるじゃねえか。俺の部屋よりずっと広いな、羨ましいぞ」

「ひっ……ひえぇえええ!?」

 

 予期せぬ事態の連続で泣き喚きたくなっている心境だったキュウソの背後から天敵の声が聞こえてしまった。シラヌイが追いついたのだ。

 

『乱丸くん、その廃墟にも周辺にもそいつ以外におかしな反応は無し。少し意外だったけど、そいつが最後みたいだよ』

「別種の仲間がいると思ったがネズミ共が集まって強気になってただけとはな。夢の国でも作る気だったのか?」

「クゥ……ウウ! チュアアア!」

 

 薄暗い廃墟の中で爛々と輝くシラヌイの緑の双眸がブレることなくキュウソ・ギガを一点に睨みつけている。

 文字通りの窮鼠となったネズミの怪物は足を震わせながら自棄になって襲い掛かるがシラヌイはそれを難なくいなして足払いを仕掛ける。

 

「キャオッ!」

「ぬぎゃああ!? う、腕がああっ!?」

 

 尻もちをついて転んだキュウソを蹴り上げるとその体が宙に浮いた。

 間髪入れずに繰り出された急角度からの回し蹴り。脚撃と共にシラヌイの踵に仕込まれていた暗器の一つである隠し刃が異形の片腕を寸断して見せた。

 

「終わりだな。地獄行きの特急便に突っ込んでやる」

「ま、待ってくれ! 頼む、もう人間を襲ったりしない……改心してお前らLOTの小間使いでもなんでも協力する! だから、命だけは見逃してくれ!!」

 

 深手を負い片足を掴まれて、シラヌイに逆さ吊りのように持ち上げられたキュウソ・ギガは情けない声で命乞いを始めた。シラヌイが無言で睨みつけたままでいるとキュウソは早口で喋り続ける。

 

「へっへっへ……戯我の協力者なんてお前ら封魔司書にとっても魅惑だろう? 知ってる限りの他の連中のたまり場だって教えてやるよ。間者の真似事だってなんだってやる……どうだ? 悪い話じゃないだろう、俺を生かしておくっていうのはよ?」

「……俺の答えを聞きたいか?」

 

 卑屈に口元をにやつかせて、自分を売り込むキュウソにシラヌイは抑揚のない声で呟くと破邪の意思を示す言葉を唱えてドライバーの引き金を絞る。

 

《ヒート!》

「急々如律令」

Calling(コーリング)!》

 

 仮面の口部(クラッシャー)がゆっくりと開き、焼けた鉄を想起する光と溶鉱炉のような熱気が溢れ出す。そして、命拾いを期待していたキュウソにシラヌイの獰猛な戦意がぶつけられる。

 

「失せろってんだよ」

「ぎぃあ゛あああぁぁああ゛あ゛ああぁぁぁっっ!!」

 

 シラヌイの開かれた口部から放たれた紅蓮の火炎が至近距離にいたキュウソを飲み込んだ。

 白猿の咆哮を思わせる怒涛の如き灼熱の息吹はあっという間にキュウソをインク一滴も漏らし残さず消し炭へと変えて、完全に戦いの幕を閉じた。

 

「どんなに益があろうが仲間を売るような奴を信じる気はねえよ」

 

 誰もいなくなった廃墟で空になった左手を握り締めながらシラヌイは吐き捨てるように呟いた。

 

「……ここ本当にあいつらだけの巣か?」

 

 今度こそ完全に敵を全滅させたシラヌイではあったが何とも言えない違和感に首を傾げながら廃墟の中を見て回るとすぐに自分が抱えていたモヤモヤした不安が杞憂でなかったことを確信する。

 

「乾いた血だまりに、脱ぎ散らかったスーツが数着分……それに棺桶みたいなガラスケース、大当たりじゃねえかよ」

 

 シラヌイが見つけたものはこの廃墟で誰かが戯我に惨殺されたのちに色彩を食われたと思われる痕跡だった。更には不法投棄されたものとは考えられない華美なガラスの棺。

 間違いなくここで遺物に関連した闇取引なり、商談のような由々しき事柄が起きていたのだと確信した。

 

「桃奈、支部長に繋いでくれるか? たぶん、遺物絡みの厄介ごとだ」

『ホントに!?』

「詳しく調べてみないとハッキリしないけど、残念なことに遺物そのものを持ち込んだ連中たちは戯我の腹の中だろうな。それに……」

 

 桃奈と通信を交わしながら他にも何か手掛かりがないかと廃墟をうろついて回るシラヌイだったがふと足を止めて心底不思議そうに一番謎なことへの気持ちを吐露した。

 

「中身はどこいった?」

 

 キュウソが驚愕して、シラヌイもどれだけ廃墟を探しても見つからなかったもの。

 ガラスケースに眠り姫のように安置されていた美しいあの人形と思われていた少女がどこにも見当たらなかったのだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 夕闇に包まれた海良の寂れた路地を外套のように襤褸を纏って、異国情緒に溢れた少女は一人歩いていた。足取りは弱々しく、歩調は迷い猫のように曖昧だ。

 けれど、ボロ布からちらりと覗く翡翠の髪や芸術品のような美貌は麗しく彼女を一目見た者は夜闇に舞い降りた天使か妖精と勘違いしてもおかしくはないだろう。

 

「最後に目覚めた時と比べると人の街は随分と発展したのですね。それに……スンスン、ここは異国なのでしょうね。遠くから感じる海原の香りも彼ら人の暮らしもギリシャやイタリアとはまるで違う」

 

 生い茂った木々のように何棟ものビルが伸びて狭苦しい星空を見上げて少女は気だるげな声を漏らす。

 

「ジパング……東洋の最果て。流れ流れこんなところまできましたか」

 

 満月にも負けない煌めきを宿したトパーズの瞳に海良の街並みを映しながら、少女は力が抜けていく体をしずかに薄汚れたビルの壁にもたれさせた。

 

「思い切って逃げ出したのは良いものの……これからどうしましょうか。このまま朽ちてただのガラクタになってしまった方がスッキリするのかもしれませんね」

 

 自分と言う存在がいつも人々の間で争いを生むことになった。

 自分と言う存在がどこかで必ず誰かが血を流す悲しい出来事を招いてきた。

 古代の王の無限の愛と神の御業とに迫ろうと海よりも深い愛を何人もの人々に注がれて今に至る自分だがここで終わってしまってもいいんじゃないかと少女は空虚に考える。

 

「私にとっての旦那様(ピグマリオン)など、いるのでしょうか? 私のような■■になんて」

 

 進むことにも億劫となった少女はぺたんとその場に座り込み、愁いを帯びた表情で夜空を見上げた。その頬や指先には亀裂のようなヒビが入っていた。

 

 

 




 付録ノ壱[封魔霊装 不知火]

 朱里乱丸が使用する封魔霊装。
 基本形態となる姿はヒートハヌマーン。

 炎を纏う白猿を彷彿とさせるグラップラー風の仮面ライダー。
 獣のような荒々しさと舞踊を思わせる軽やかな動きを複合した徒手空拳をメインに戦う。
 外観としては仮面に緊箍児を思わせる黄金の冠を備え、緑色をした菱形の複眼が特徴。

 本機の性能面の特徴として緊急時にサブアームとして使える腰部から伸びたメカニカルテールや両手に二又の鉤爪、両踵に隠し刃など各部装甲に暗器を搭載している。
 クロマティックストライクは赤熱化した拳による連続攻撃。

 元々は乱丸の兄である朱里錬馬が使用していたもので本来の名称は『封魔霊装 膝丸』
 源頼光と頼光四天王の土蜘蛛退治の物語に結びついた蜘蛛切や、源義経の愛刀として振るわれたとされる薄緑など時代の流れと共に何度か名前を変えた稀代の名刀・膝丸の一部が使用されている。
 数年前のとある戦いで錬馬が封魔司書として再起不能の大怪我を負った際にヒザマルも大破。その後、二代目の変身者である乱丸に合わせて大規模な改修作業が行われ現代において魔を調伏する力として新たな銘をつけられたという背景がある。
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