旧理科準備室。現在はマンハッタンカフェとアグネスタキオンの両名による魔改造にて関係者以外は決して近づかない魔境となっている。そんな誰も寄り付かないような場所にさも当然のようにクロフネは入り浸っていた。
「ふむ。それで後輩のチームに参加することにしたと。いやはや、学年でも一二を争う一匹オオカミが自ら群れの中に飛び込むとは、面白いことがあるものだねぇ」
「ま、今より強くなれるならどっちでも構わねーさ」
「強くなる・・・ねえ。私はてっきり君の妹から褒められたいからだと思ったのだが、違うのかね?」
「・・・・・・」
「無言は肯定していると捉えるが、まあいいさ。今日は気分も機嫌もいい。特別にセイロンでも淹れるとしよう。君たちには・・・必要なさそうだね」
カフェはいつも通りコーヒーを嗜んでおり、クロフネはクロフネで自家製のレモネードを飲んでいた。
「しっかし、気分がいいねえ・・・。実験でも成功したのか?」
「いえ、協力者が現れまして・・・」
「協力者~?」
タキオンの実験といえばろくでもないことが起きることで学園内では有名だ。新薬でトレーナーを光らせたり教室で黒煙騒ぎを起こしたり。
「どうやら夏休み中にアルバイトをしていたようだが、目標金額に少々届かなかったみたいでね。実験に協力してくれるのならば多少のお駄賃をと言ったら簡単に飛びついてきたよ」
「命知らずなやつがいるもんだな」
「はっはっは!言うねえ、クロ。しかし、科学とは失敗と犠牲の上に聳え立たせるものだ。科学とは私だから出来たではない、私でも出来たじゃないと意味がないのだよ」
「狂人の言うとこはさっぱり理解できないな」
「同感です」
手元に残っていたレモネードをグイっと飲み干したクロフネは休憩も終わったところでグラウンドに向かおうとした。しかし、
「おっと。老婆心ながら今この部屋から出ていくことはあまりおススメしないよ」
「あ?」
「そろそろ実験の時間だ」
いつの間にかタキオンは双眼鏡でグラウンドを眺めながら手元のスマホに準備の程を確認していた。何の実験をするかは不明だが、グラウンドを実験場にするというのなら、今は大人しくここに残った方が安全だろう。
「・・・で?今回は何をやらかすつもりなんだ?」
「練習効率の上昇を図るみたいです」
「謀るの間違いだろ。トレーナーに許可は取ってるのか?」
「安心したまえ。今回の実験はそれほど身体に影響はでない。はずだ」
何か最後にボソッと言ったようだが本当に大丈夫なのだろうか?
「どうやらまだ準備に手間取っているようだから、概要でも説明しようか」
そう言うとタキオンは部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張り出して何かしらの公式を書き始めた。
「さて、クロは『ハングリー精神』というのを知っているかね?」
「お前、俺をバカににしてねえか?」
「そんな事はないさ。確認だよ確認。まあ簡単に説明すれば向上心というものだ」
「それで?」
「この向上心を意図的に刺激すれば練習効率が上がるのではないかと仮説を立てた」
それがその式みたいだが、どうやって実証実験をするつもりだろうか。
「それにはコレを使う」
タキオンが取り出したのはフラスコに入った茶色みがかった液体が入った見るからに怪しいもの。ゴム栓をしてあるけど刺激臭がひどいものだろうか。
「安心したまえ。コレの正体は特製ニンジンハンバーグの香りを凝縮させたものさ」
「ハンバーグってそれがどうハングリー精神と結びつ・・・まさか」
「そのまさかさクロ。このニオイを嗅げばハングリーな状態になるだろう?」
「お前・・・会長の因子でも受け継いだのか?」
血統を遡ればどっかに血縁はいるかもしれないですよ?
「まあ空腹を促す程度の効果はあるだろうね。その状態で練習に身が入るかどうかはこれから観察するとしようじゃないか」
こんなくだらない実験に付き合わされる奴らにご愁傷様と心の中でお祈りしながらクロフネは一つため息をついた。
一方その頃の学園の屋上には二つの影が。
「準備できたか、ジャス?」
「いつでもどうぞ!」
タキオンから安請け合いをした二人、ゴルシとジャスタだった。二人は効率よく薬を散布するためにドローンを用意していた。これを使えば離れたところから安全に実験を行えるからだ。
「風向きヨシ。高度ヨシ。投下準備ヨシ」
「実験準備整いました。いつでもイケます」
『それでは始めてくれたまえ』
ゴーサインが出たので二人は薬の投下を行った。
「そういえば今って誰がグラウンド使っているのか知ってる?」
「こっから見える範囲にいるのは・・・」
「?」
ゴルシが見下ろした先にいた人物を列挙すると
葦毛の怪物・オグリキャップ
日本総大将・スペシャルウィーク
青薔薇の刺客・ライスシャワー
スイーツ御嬢様・メジロマックイーン
等々。揃いも揃って健啖家。
「・・・・・・・・・中止」
「え?」
「実験は中止だ中止!このままじゃ学園で食糧危機発生すっぞ!?」
『もう遅いね』
「「え?」」
「エアグルーヴ先輩。こっちの花壇の手入れ終わりました」
「ご苦労だったなスノードラゴン。こちらも終わったところだ」
悪魔の如き実験が人知れず進行している最中、お花好きのエアグルーヴとスノードラゴンは校舎裏の花壇の手入れをしていた。もうすぐダリアが咲きそうになっているので二人とも今か今かと待ち望んでいた。
「綺麗に咲いてくれるといいですね」
「うむ。ダリアは比較的手がかからない品種とはいえ、手を抜いていい訳ではないからな」
育てるのであれば綺麗に気高く咲いて欲しい。そんな思いで毎日雑草を抜いたり剪定を行ったりとトレーニングの合間を縫って手を尽くしてきた。そう日も経たないうちに色とりどりのダリアが咲き乱れてくれることだろう。
「む?何やらグラウンドの方が騒がしいな」
「コースの使用で揉め事でもあったのでしょうか?」
「わからんが騒ぎを治めねばな。スノードラゴン。片づけを押し付けてしまうが構わないか?」
「はい!先輩はお気をつけて」
園芸用品をロッカーに仕舞いながらスノーは花壇へ振り返った。ダリアの花言葉は「気品」「優雅」というのを花屋を営む実家の母から聞いたことがある。そして
そんな悩みを抱えロッカーに鍵を掛けた時だった。
「アアアアァァァアアァアッ!!!」
「先輩!?」
思いもしなかったエアグルーヴの悲鳴が学園に響き渡った。
「由々しき事態となった」
今回の事件の元凶その1,アグネスタキオンは自らの実験室で事件の収束を図るために案を練っていた。
ゴルシたちに頼んで屋上から散布した薬が思いの外効果が出た。いや
そして今彼女たちが何をしているのかというと、
「ムシャムシャムシャ」
「バクバクバクバク」
グラウンドに生えている芝を貪っていた。
「まさかこれほどの被害が発生するとは想定外だ」
食堂の食料を食い荒らすのはある程度予想していたとはいえ全て食い尽くし、それ以上の被害を出すなど思ってもいなかった。
「大変です。第一グラウンドの芝損傷率60%を超えました。このままでは後十分もしない内に食い尽くされてしまいます」
ダートコースが増えるよ、やったね!なんて言ってる場合じゃなくなってきた。この状態が続けば学園内にあるグラウンドの芝が全面剥げ上がることになる。
「なんとかしないといけませんね」
「でもどうやって・・・」
一人一人に鎮静剤を投与すればこの暴動も治まるだろう。しかし問題は暴徒の数が百人以上いることだ。
「手はあるにはある。しかし、それには時間が足りない。せめて後一時間。どうにかして時間を稼いでくれれば打つ手はある」
薬の調合などにどう時短を行っても一時間は必要だった。しかし一時間もあれば学園内の芝全てを根こそぎ食い尽くされることは火を見るより明らかだ。
「つまりだ。今動けるメンバーでどうにか一時間稼げりゃなんとかなるんだな?」
「ああ。カフェ、クロ。やってくれるかい?」
「関わりたくないのが本音ですが、トレーニング出来なくなるのは困ります」
「あの人数相手に俺たちだけじゃどうにもならねえ。まずは人集めからだな」
このミッションに参加してくれる心優しいウマ娘がどれだけいるか。学園の芝が全滅する前に彼女たちを正気に戻せるかは今ここに居る三人に委ねられていた。
チーム名:蘆毛千年帝國(仮)
ダート:未定
短距離:スノードラゴン
マイル:クロフネ
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ