東京都府中・東京競馬場。この日のメインレース武蔵野Sに出走するクロフネを応援しにジャスタ達は彼女の控室にお邪魔していた。
「が・・・頑張ってください!」
「はっはっは!そう堅くなるなってスノー。スタンドから応援してくれるだけで十分だ」
緊張でガッチガチになっているスノーに対して当のクロフネはリラックスして豪快に笑い飛ばしていた。
「そうそう!あたし達は応援するしかできないからな!」
「・・・・・・」
ゴルシもどこ吹く風で笑っているのだが、膨れっ面をしているウマ娘が一人・・・。
「だからもういい加減に諦めろっての」
「納得がいかない・・・」
いまだに明日の天皇賞に出走できないことに承服できないでへそを曲げているジャスタだった。
「ルールだから仕方ないだろ?それに俺はまだ諦めてねーからさ」
「え?じゃあ明日の天皇賞に出走する・・・」
「わけねーだろ。来年だ来年。ここで勝って来年の出走枠は絶対に押さえてやる」
そう、まだクロフネはクラシック級であり今日のレースは来年の天皇賞の為と思えばこれぐらいどうってこともなかった。
「それにだ。芝もダートも走れるウマ娘ってのはなかなかいねーぞ?」
「あの・・・ここにもそれができる娘がいるんですけど・・・」
「う・・・」
「そういやスノーは基本はどっち路線で行くつもりなんだ?」
一応スノーは芝もダートもそれなりの適正はあった。さすがにクロフネと比べてしまうと見劣りしてしまうが。
「今はトレーナーさんと相談中です。次の未勝利戦は年末のダートを予定しているんですが」
実は一週間前にスノーの未勝利戦があったのだが、この試合でもあと一歩で勝ちきれず年末に最後の望みを賭けるようだ。
「さてと。それじゃあそろそろ時間だしパドックまで行くとすっか!」
肩を回して意気揚々と控室を後にするクロフネを追うようにジャスタ達も控室を出た。
「それじゃあ私たちはこの辺で」
「おう!」
「最前列で応援しますから負けないでください!」
「当たり前だっての。俺の走り、よーく見ておけよ。特にスノーは今度のダート戦の参考にしな」
「はい!」
意気揚々とパドックへと向かうクロフネを見送る三人。ダートの適正があろうとこのレースの格は文句なしの重賞GⅢだ。出走してくる相手は厳しいレースを何度も潜り抜けてきた猛者揃い。練習でクロフネの走りを何度見ていても何が起こるかわからない。特にジャスタとゴルシの二人はフランスで尊敬していたオルフェーブルが敗北したのを目の前で見ていた。不安するなというのが無理といえるだろう。
「勝てる・・・よね?」
「ッタリ前だろ。クロさんだぞ」
「もう私たちには応援するしか出来ません。客席に向かいましょう」
どうにも重い空気を抜けきれないまま応援スタンドに向かったジャスタ達。その途中でクロフネの担当トレーナーの竹トレーナーと鉢合わせた。
「おっと、君たちは」
「誰だ、このおっさん?」
「クロさんのトレーナーの竹トレーナーだよ。夏のクイズ大会で一緒にいたでしょ?」
「・・・・・・ああ!あの時はどうも!」
半ばゴルシが無理矢理クイズに連れてきたようなものだったがそれはもう昔の話なのでゴルシの頭の中からはスッポリと抜け落ちていたようだ。
「私たちはクロフネ先輩と同じチームのメンバーです」
「『芦毛千年帝國』です。クロさんには毎度お世話になっております」
「そうか。君たちの事は彼女からも聞いているよ」
スノーとジャスタが頭を下げると竹トレーナーも頭を下げた。
「え?どんな風にですか?」
竹トレーナーは「そうだね・・・」と少し言葉を考えてから言い放った。
「面白い子たちだって」
「おもしろい・・・」
まあ常に何かしらのトラブルを引き起こす問題児に無類の芦毛好きとくればそうかもしれない。その中でもスノーはよく頑張っている方だと思う。チーム唯一の良心といっても過言ではないのかもしれないぐらいに。
「さて、そろそろパドックに彼女が出てくる頃合いだろう」
「あ、もうそんな時間なんですね」
「よし!私最前列確保してくる!」
「そして私は焼きそばを売る!」
ジャスタもゴルシも一陣の風となってあっという間に走り去ってしまい通路に残されたのはスノーと竹トレーナーだけに。
「彼女たちも良い脚しているね」
「はい。私なんかよりもずっと」
「・・・」
己の実力不足を痛感しているからかスノーは少し表情を曇らせた。そんな彼女に竹トレーナーは優しく言葉を掛けた。
「大丈夫。自分の実力が不足していたとしてもこれから補っていけばいい。僕の見立てじゃ、君も成長すればクロフネ君に負けない強さを手に入れれるはずさ」
「・・・」
『8枠15番 クロフネ」
「よし!いくぞオラー!」
パドックに登場したクロフネは絶好調と言わんばかりに雄叫びを上げた。そのパフォーマンスに観客からの歓声も大きくなる。
『本日の東京メインレース・武蔵野ステークス。一番人気のクロフネの登場です』
『前走の神戸新聞杯は惜しくも三着でしたが・・・』
『今回初のダート重賞に挑戦なのでどのような結果になるか楽しみですね』
イイ感じに熱が乗っているクロフネだったが、周りのライバルからは冷めた視線を向けられていた。
(予想はしてたけど目の色変え過ぎじゃねーか?)
あえて口には出さなかったが芝からダートへの転向それ自体は珍しいことではない。しかし一番人気ともなれば変わってくる。それも秋天落選というオマケ付き。ダート初挑戦でこの人気なことを快く思わない連中がいたとしても不思議ではない。
「それだけ周りから注目されている。と、いうだけですよ」
「は!それはどう———も?」
声を掛けられたクロフネが振り向いた先にいたのは親友のマンハッタンカフェだった。
「あれ?お前も転向組だったか?菊はどうしたよ?」
「?誰の話をしているのですか?」
「え?カフェだろ、お前」
「ええ。そうですが」
どこか話がうまくかみ合っていない。二人揃って首をひねったがその答えはすぐにわかった。
『16番。イーグルカフェ』
「人違いかよ!どうりで髪色がおかしいと思ったんだ」
まさかの赤の他人であった。
「だれと勘違いしていたのかは知りませんが、私もあなたと同じダート転向組です。今日はよいレースをしましょう」
「それはそれは御丁寧に。でも悪いがそいつは保証できねーな」
クロフネはぶっきらぼうに断ると歯を見せて笑った。
「てめーら全員の度胆ブチ抜いてやるつもりだからよ」
「・・・・・・そうなるといいですね・・・」
あからさまな威嚇をするクロフネに対してイーグルカフェもまた静かに闘志を燃やしていた。
一方その頃のジャスタ達というと。
「やきそばーやきそばはいかがっすかー」
「今ならカワイイお人形もついてきまーす」
焼きそばを売りに会場を練り歩いていた。ジャスタ特製の人形の評価はイマイチなれど、ゴルシが素材から厳選した特製焼きそばはかなりの好評だった。
「今日も大繁盛だぜい!ところでジャス。アレはなんだよ」
「あれはねゴルちゃん、私が工作した『ジャスタウェイ人形』。それ以上でもそれ以下でもない!」
「やる気が削がれる見た目はどうにかならんかったのか?」
「失敬な!そんなゴルちゃんには————はい、『金のジャスタウェイ人形』を進呈しましょう」
「いらねーよ!」
そんな二人を横目に見ながらスノーは先ほどジャスタからもらった人形をどうするか悩んでいた。正直幼稚園児の工作レベルの人形をもらっても置き場に困るからこれの処分をどうしようか考えていた。
「どうしよう、コレ・・・」
「燃えるゴミに出すしかないだろうなぁ。小学の時のヤツもさっさと捨てられたし」
「え!?誕生日プレゼントに毎年贈ったのに!?」
「捨てたのは私じゃなくて母ちゃんだからな?」
毎年贈るジャスタもそうだがゴルシもよく毎年貰ったものである。
「一応これ、頭を取り外せば小物入れにはなるのに・・・」
「あ、本当だ。頭取れた」
「よし。中に硝石と硫黄と木炭混ぜたのぶち込もう」
人それを爆弾というのだが。
「安心しろ。こう見えて危険物取扱免許は持っているんだぜ?セーフセーフ」
「アウトでしょ」
「アウトなもんか!ちゃんと乙4合格しているぜ!」
*乙4は
と、そんな言い争いをしている内にゲート入りは粛々と始まっていた。
クロフネが軽く体を解しながらゲートに向かいながら改めて今回の出走メンバーに目をやると、なるほど。パドックのイーグルカフェをはじめ、強敵が目白押しだった。それこそGⅠにでも出走できる豪華な顔ぶれである。
(ま、関係ないか)
誰が来ても関係なくぶっちぎるつもりでクロフネはゲートに入った。その後も枠入りは順調に進み―――
ガシャン!
『武蔵野ステークス、今スタートしました!少しばらついたスタートになりましたが好スタートを見せたのはサウスディクタス。ここからダートコースに入っていきます』
観客席からクロフネの応援をしているジャスタ達。初めてのダート戦、そして重賞レースということもあり固唾を飲んでレースを見ていた。
「今クロさんどの辺だ?」
「中団から先団あたり・・・かな?」
中央に設置されたビジョンに映る様子から外枠であったもののなかなかに良い位置を追走しているみたいだった。
「クロさんの脚質は先行だからどうだろう、この位置」
「できればもう少し前目の方でしょうか。あ、ちょっと位置取りを上げましたね」
「ああ。・・・・・・・って、うん?」
ちょっとした違和感にゴルシは素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしたゴルちゃん?」
「おいおい、まさか
「「え?」」
確かに少々ペースが速いと言えなくもない。だがしかし、まだ三コーナーの入り口付近だ。こんな距離からロングスパートをかけて最後まで脚が持つはずがない。直線が短い中山ならまだしも府中の直線は500mもある。
「何やってんだよクロさん!?」
慣れないダートで勝負所を間違えたのか。それとも何か別の意図でもあるのか。作戦通りか、はたまた暴走か。ジャスタ達が見守る中、武蔵野ステークスは最終局面を迎えた。
「ははっ!」
残り400の標識を通過して堂々と先頭に立ったクロフネは自然と笑みがこぼれていた。今まで走っていた芝とは違う感触もさることながら、いつも以上に体が軽い!一歩踏み出すたびにここが自分の戦場なのだと実感していた。
『残り200を切って逃げるクロフネのリードは7バ身8バ身!二番手争いはイーグルカフェとシンコウスプレンダ!先頭は完全にクロフネ!!』
ちらりと後ろを確認するも誰一人として追ってきていない。必死になって追いすがるも距離は詰まらず寧ろ離れていく。
これが俺たち最強の世代のフラッグシップ!
『クロフネ圧勝でゴールイン!!』
クロフネ様だ!!!
「は、ははは・・・。もう笑うしかねーよこれ」
初めてのダート重賞でレコード勝利。それだけでも偉業だが、掲示板に表示された二着との着差には全員が目を疑った。その差は驚愕の9バ身差。およそ
とんでもない先輩が仲間になったと武者震いするゴルシの隣でジャスタはポツリと呟いた。
「ワシントン先輩とワンツーじゃなかった・・・」
「どこ見てたんだよお前は!?」
「芦毛だよ!!」
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・!なんですか、アレは・・・!」
二着で入線したイーグルカフェは息を整えながら、最後の直線での出来事を思い返していた。
最後の直線、外から一気に差し切る。自身の末脚には絶対の自信を持っているからこその作戦だった。しかし結果はどうだ。必死に前へと足を進めても、どれだけピッチを上げても。あの白い背中には届きもしなかった。
怪物。
それすら生温い表現と思ってしまうほど彼我の実力差は大きすぎた。
「あんな化け物・・・どうすれば・・・」
膝が震えていた。この震えはレースでの疲労か。それとも恐怖からか。
余裕の表情で観客の声援に応えるクロフネをイーグルカフェは後ろから睨みつける事しかできなかった。
チーム名:蘆毛千年帝國(仮)
ダート:クロフネ
短距離:スノードラゴン
マイル:未定
中距離:ジャスタウェイ
長距離:ゴールドシップ