ついに始まった『アオハル杯』。期間ギリギリに登録が完了したチーム・モーニンググローリーは今回の会場となる中山の控室に四人が集まっていた。なおチーム・ジェンティルドンナは阪神での予選だったのでここにはいない。
「って結局来てねーじゃねーか!」
「ちょっと色々あるんだよ、彼女」
クロフネが怒っているようにダートを走る予定の五人目は未だ姿を見せていない。というよりも、大会が始まる直前の追い切り練習にすら顔を見せなかったことから本当にスカウトに成功したのか不安にもなってくる。仮に幻の五人目が到着しなければこのまま棄権ということになるのだろうか。
「今回ダートは最終だ。時間までに間に合えば最悪は回避できるだろうが・・・」
連絡先を知っているのはジャスタのみ。そのジャスタが出走するマイル戦は第一種目。あまり余計な心配をかけさせるべきではないのだが。
「ま、なんとかなりますよ。それじゃあ大事な初戦、サクッと勝ってきましょうか」
チームのリーダーとして絶対に落とせない一発目。気合を入れたジャスタは颯爽とパドックへと向かっていった。
「・・・おい」
「・・・・・・・・・・」
腕組みをして見るからに怒髪天を衝く勢いのクロフネの足元には珍しく真冬の冷たいコンクリの上で正座をさせられているゴルシがいた。
なぜ、クロフネは怒っているのか?その理由は単純明快だった。二走目の短距離。スノーは後方待機からの末脚で果敢に先頭を狙ったものの僅かに届かず3着だった。続く長距離を走るクロフネは距離適性外であるものの全体的にスローペースだったこともあってかなんとか二着に食い込む大健闘だった。問題はやはりチームの問題児二人だった。まず初戦のジャスタだが。
「A☆S☆I☆G☆E天国や~~~~!!!」
八人立てで行われた本レース。なんと驚くべきことにジャスタ以外全員が芦毛ウマ娘だった。そんなところにジャスタを放り込んだらどうなるか。結果、出遅れ・掛り・末脚不発の最悪大三元をぶちかまして見事に最下位だった。
スノーとクロフネがなんとか盛り返して臨んだ4戦目の中距離。何時にも増して気合が乗ったゴルシはというと
『お~っとゴールドシップ!出ない出ない!ゲートから出ません!』
「「やっちゃったー!!」」
盛大に出遅れをかましたゴルシにジャスタとスノーが悲鳴を上げクロフネは天を仰いだ。なんとか最下位は免れたものの、四戦を終えて勝ち星はなし。最後のダートで勝利しないと厳しい戦いなのだが、問題のダートの選手はどうなっているのか・・・。
「で、ジャスタのやつは何処に行った?」
「あ~。さっきダート走るやつが来たから迎えに行ってくるとかなんとか」
どうやら時間には間に合ったようだ。さてジャスタが引っ張ってきたメンバーは一体どんな芦毛のウマ娘なのか。
「メンバー表には『ジャストナウ』って書いてありますね」
「ジャストナウ・・・だと?」
ジャスタがスカウトした人物に思い当たる節があったのかゴルシが珍しく動揺していた。
「いやいや、無理だろ。あいつ走らせるとか」
「ゴルシは知っているのか?コイツの事」
あのゴルシが目に見えるレベルで焦っているというのは相当ヤバいことなのだろう。
「なんでしょう。ジャスタウェイさんと名前が似ているだけだと思うのですが」
「それはまあアイツの親戚の娘だからな」
それなら納得—————
「ちなみに来年
ん?ちょっと待とうか?彼女、トレセン学園の生徒じゃないの?
「大井幼稚園の子だな!」
まさか幼稚園児を走らせる気なのかあの阿呆は!?
「ジャスタは何処だ!!!?」
どこぞの派出所の部長さんみたいにブチ切れたクロフネだが、当の本人は行方不明のまま。それよりもそろそろ最終レースのパドックの時間が迫っていますよ?
「あ、あの!大変です!皆さん!」
「どうしたスノー?もうこれ以上面倒ごとを増やさないでくれよ!?」
念の為一足先にパドックの様子を見に行っていたスノーだったが、そこで信じられないものを見て急いで引き返してきたようだ。
「あの、
「あれ?」
スノーが指した先にいたウマ娘。
『8番。チーム・モーニンググローリー所属。ジャストナウ。八番人気です』
幼稚園児とは思えない大きさのウマ娘がいた、いやこの際大きさはどうでもいい。奇妙なのはその見た目。頭にメンコやマスクをしているウマ娘はいるが、彼女はどういうわけか紙袋を被っていた。明らかに不審者なのだが誰かツッコミを入れてあげて下さい。
「随分と育ちのいい幼稚園児だな・・・」
「誰だよ、あれ・・・」
「ところでジャスタさんは何処に行ったのでしょう?」
一番説明できそうなアイツの姿がどこにも見えないのが少々引っ掛かるが。
「芦毛のみんな~!応援よろしくね~!」
「「「いたーーー!!!」」」
紙袋を取るまでもなくアレはジャスタウェイで間違いないと三人は確信した。
「何やってんだあのバカ野郎は!!?」
「これって大丈夫なんですか?後で怒られたりしませんか?」
「絶っっ対100%呼び出しされるだろうな」
人がいないからと言って替え玉作戦を実行したとなれば、運営からも怒られるだろうしそもそも生徒会も黙っていないだろう。
「おねえちゃんがんばえー」
とゴルシ達が頭を抱える中で推定・ジャスタに応援を送る小さな芦毛のウマ娘がいた。
「お、ナウ!お前応援に来ていたのか?」
「あ!ごるごる!」
ゴルシが声を掛けると少女は舌っ足らずな声でゴルシを指した。どうやらこの子が例のジャストナウのようだ。
「ほー。これがアイツの親戚の子かい」
「ジャスにはあまり近づけさせるなよ?」
「どういう事ですか?」
「アイツ親御さんの目の前で拉致しようとした前科があるんだよ」
ゴルシ曰く、実家に遊びに来た時に部屋に軟禁しようと企てたことがあるらしい。幸い偶然遊びに来ていたゴルシのファインプレーで未遂に終わらされたが、あの目は本気だったそうだ。
「こんなこと言いたくはねーが、アイツならあり得るな」
「ですね・・・」
いけない方向に妙な信頼感のあるジャスタである。もしも事件を起こしてテレビ局のインタビューをされたら「いつかやるんじゃないかと思ってました」と証言するだろう。
『アオハル杯予選、本日の最終レース・ダート1600m。間もなく発走です。今しばらくお待ちください』
泣いても笑っても最後のレース。この一戦で今後のチームの明暗が分かれる。それを託されるのはチームの代表、ジャスタウェイ。本来なら最高潮に盛り上がるシチュエーションだが、本日なんどもやらかしまくっている彼女に全てを委ねるのは流石にギャンブルが過ぎた。
「と、とにかく応援はしましょうか」
「気は退けるけどな・・・」
「ほんと、頭痛くなってきたよ・・・」
「がんばえおねえちゃん!!」
返しを終えてゲート入りする少し前。レースに出走するウマ娘達は一人のウマ娘に奇異な視線を向けていた。というよりも、全員の思いは一つ。『誰だ、コイツ?』
そして当の本人はというと。
(よーし。バレてないバレてない)
ジャスタウェイ改めジャストナウとして出走するジャスタはまだ誰にも正体がバレていないと思い込んでいる。既にパドックにてチームのメンバー全員にバレているのだが本人は気づいていない。
「さて・・・」
軽く屈伸してバ場の確認をする。発表によれば『稍重』だが、『良』に近い感触だった。初めてのダートでの勝負となったが練習時にダートコースを走ったことはある。そして二ヵ月前、初めてのダートでありながら勝利したクロフネからもこっそりとアドバイスは貰っていた。もっともクロフネ本人はあくまでトレーニングの内でジャスタがダート路線に転向するとは夢にも思っていなかったが。
そうこうしているうちに、スターターさんが登場し赤い旗を振った。ゲート入りの時間である。大外枠であるジャスタは一番最後にゲートに収まるわけだが、ふとスタンドに目をやると最前列にゴルシをはじめとしたチームのみんなが見えた。
(ここで勝てなきゃリーダー失格だよね)
マイル戦での汚名を雪ぐためにもこの一戦、落とすわけにはいかない。次に繋げるためにも。そしてまだ皆と一緒にやっていくためにも。
「よし。行くか!」
気合を入れ直したジャスタは係員に促されながらゲートに歩を進めた。
『各バ体勢完了。今スタートしましたが、五番少々出遅れたか?』
スタートはなんとか揃えたジャスタ。しかし不慣れなダート。行き脚がつかず後方からのレース運びとなってしまった。
(あまり先頭から離されないようにしないと)
中山の直線が短いことは有名である。あまり離されてしまうと最後の直線で差し切れない可能性が出てくる。先頭の位置を見据えながら今は脚を溜めよう。そう考えた時だった。
「わぷっ!?」
ジャスタのすぐ前を走っていたウマ娘が蹴り上げた砂をまともに顔面に受けてしまった。紙袋でガードはできたものの、一瞬視界を奪われてしまった。その直後に第一カーブがあるのだが目が見えない状態ではどうしようもなく・・・。
「あ!?」
『八番ジャストナウ!カーブを曲がり切れずに転倒した!』
足元が疎かになり盛大にスッ転んでしまった。
「・・・終わった」
脚を捻ったりしなかったのがせめてもの幸いか。しかしジャスタが立ち上がる頃には大きく離されてしまっていた。ここから巻き返すのはいくら主人公補正をかけても難しいだ—————
「おねえちゃんがんばえー!」
挫けてしまっていたジャスタの耳に
「まだ終わってねーぞ!」
空っぽになったジャスタの心に
「走ってくださーい!!」
チームの
「負けるんじゃねーぞ、ジャス!!」
愛する
今こそ全世界の芦毛の力を一つにする時!
「
突如暴走モードに突入した人型決戦兵器以上の咆哮を上げたジャスタ。ドン!と爆弾が爆発したような音が響いたと思った直後、ジャスタはもう中団の中ほどにまで位置取りを上げていた。
「なんだなんだアイツ!?急に覚醒でもしたのか!?」
「こわいこわいこわい!何なの、このヒト!?」
コーナーを曲がり切れずに脱落したと思われた人物がいつの間にか隣に居る。それも紙袋を被った不審者がだ。鬼気迫るオーラを纏わせて猛追してくるのだから恐怖を感じない方がおかしいというもの。
この捲くりに会場は一気にヒートアップした。しかしただ一人、クロフネだけは嫌な予感がしていた。
「え?曲がれない!?」
「ああ。このまま行っちまうと曲がり切れずにまた転倒しちまうぞ」
中山は他の競技場に比べてコーナーが急になっている。慣れない足場に加えてあのスピードでコーナーに突入すればまた転倒する危険がある。この終盤でそんなアクシデントが発生すればそれこそ一大事である。
「何か方法はないんですか!?」
「もうアイツを信じるしかねーよ」
固唾を飲みこみながらなんとか無事にコーナーを回ることが出来れば或いは。そんな微かな祈りを込めてスノーは固く拳を握りしめた。
『先頭は第三コーナーに突入。後続も差を詰めてきた!』
(内は無理なら大外からぶん回して・・・)
体力的にも外を回す余力はないがスピードに乗ったこの状態でコーナーに入れば間違いなく外に膨れる。距離ロスを嫌って内を選択することもできるが、そうなれば接触による転倒もあり得る。だったら多少の無理を承知で大外から一気にゴボウ抜きする他ない。
が、ここでまたしてもジャスタに悲劇が降りかかった。砂煙による一時的な視界不良に見舞われ一瞬、足元が疎かになった。
「まずっ!」
このままではまた転んでしまう。そうなればレースで敗北。チームは解散してしまうだろう。この半年、共に過ごしたゴルシとスノーとクロフネと愛する芦毛ちゃんとの蜜月が走馬灯として甦っていた。
(ゴメン、みんな。私、また勝てなかったよ・・・。)
完全に諦めかけたその時だった。
「曲がれー!」
大歓声に搔き消されそうな程か細い、しかしジャスタの耳にはしっかりと
「おおおおおりゃああああぁぁあああ!!!」
『外から八番ジャストナウ!今度は完璧にコーナーを回り切った!』
転倒しそうなところを気合と根性でギリギリ踏みとどまった。スタミナが切れかかっていたが愛する芦毛の応援を力に変えて全力で先頭を追う。
「はあああああああああっ!!」
勢いそのままに先頭に取って代わる。後方から差し返そうと懸命に迫るも芦毛を宿したジャスタに届くこともなく―――
『ジャストナウ先頭!ジャストナウ一着!チーム・モーニンググローリー、最後の最後で貴重な勝ち星を掴み取りました!!』
ジャスタは世紀の大逆転勝利を自らの脚で掴み取って見せた。
「勝ちやがったよ、アイツ」
「もうわけわからねーな」
覚醒したジャスタの走りを見たゴルシとクロフネはチームの勝利による喜びよりも信じられないものを見たことで呆気にとらわれていた。
「ジャスタさんってあんな走りが出来たんですか?」
「たぶん私たちにイイ所見せようとしただけだろうが、芦毛が関わったらアイツはマジで化けるからな」」
今回奇跡的に勝てたのはゴルシ達の応援があったからこその勝利である。多少のギャグ補正や主人公補正があった感は否めないが。
「でもあんな勝ち方すると後が怖いぞ」
「後、ですか?」
「おう」
一人疑問符を付けるスノーだったが、その解答はとあるウマ娘の登場ですぐにわかった。
「おめでとう、チームモーニンググローリー」
「え、エアグルーヴ先輩!?」
もの凄い笑顔でやって来たのは鬼の生徒会副会長であり大会の運営委員会の一人、エアグルーヴだった。
「チームメンバー表に聞きなれない人物がいたから査察に来ていたのだが、これは会長にも御足労してもらった方が良かったかもしれんな」
「・・・・・・」
終始ニッコニコなエアグルーヴに対してゴルシとクロフネは嫌な予感がして引きつった笑みしかできなかった。
「聞けば大井からの助っ人らしいじゃないか、ジャストナウというウマ娘は」
「はい!」
「む?」
何も知らずにお姉ちゃんを応援していたジャストナウが自分が呼ばれたと勘違いして大きな声で返事をしてしまった。そしてその返事に「やっちまった・・・」と事態の拙さにモーニンググローリーの三人は思わず天を仰いだ。
「君、名前は?」
「じゃすとなうです!」
「そうか。ところでゴールドシップ?」
「な・・・なんでしょう、副会長殿?」
この場にいては余計なとばっちりを食らいそうと脱走を試みたゴルシだったが、副会長様に呼び止められてしまったんじゃ仕方がない。もう洗い浚い全部ゲロっちまった方が楽になれるってもんだぜ?
「チームリーダーと話がしたい。リーダーのジャスタウェイは何処にいる?」
(スマン、ジャス)
心の中でジャスタに詫びを入れてゴルシはバツが悪そうにターフにいる一人のウマ娘を指さした。
「?」
ゴルシが指した方向にいたのは観客席に向けて両手を振り声援に応えている紙袋を被ったジャストナウを名乗る不審者。
ふざけているのかと言いたいのだろうがクロフネも、スノーもエアグルーヴに視線を合わさないように気遣いながらゴルシと同じ人物を指さしていた。
後にこの時のことをゴルシはこう回想する。
「恐ろしいウマ娘だった」