ウマ娘に転生したRTA走者   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

2 / 4
人とウマ娘は食べる量が全然違うので食事時間の差が激しく、二人きりのデートなのに携帯を弄り出すトレーナーに対するウマ娘の反応ステークス

優勝は、口では「女の子の前でデリカシーがありませんねー」と嘯くも内心では自分が飽きられているのでは悶々しながら横になるセイウンスカイでした。


第二話 流浪のイレギュラー(逸脱者)

「…?」

 

いつの間に眠っていたのだろうか。

まるでレム睡眠の時に無理やり起こされたような不快感に眉を顰めながら、片手で顔を覆うと妙な違和感があった。

 

社会に出てそれなりの時を過ごした俺の身体はそれなりにガタがあり、しかも若者以上おっさん未満の歳だ。今の掌から伝わる妙にスベスベした触り心地はいったい何だ?

 

そしていつの間にか寝ていた体勢を起こすと更に違和感が増大する。

長時間のRTA配信などで凝り固まった肩の痛みは掻き消え、まるで羽のように軽い上に関節が軋みを上げる事もない。

しかもそれは全身に渡って影響し、端的にいえば《別の生き物》に生まれ変わったかのような新鮮な感覚だ。

…代償とばかりに手足が短く、いや全身が縮んでいるので本当にこれは俺の身体なのか不安になってきた。潤い溢れた掌といい、この見た目といい。これじゃあまるで3歳くらいの幼い子供…。

 

「まさか転生?」

 

ライトノベルじゃあるまいし。咄嗟に出た妄想の代名詞を切って捨て…夢とは思えない妙にハッキリした現実感に少しだけ怯えが芽生える。

 

もし…もし本当なら、物心が付いた瞬間に前世の記憶を取り戻した感じだろうか。

周囲を見渡せば、やたらと低い視界に合わせて設置された棚や道具箱の数々。謎マスコットキャラクターのぬいぐるみに、ひらがなばかりの掲示物。俺が無意識に幼児プレイに目覚めていなければ、この場所は高確率で幼稚園か保育園である。しかも何故かニンジンが多い。

少なくともこの時点で、先ほどまで配信していた自室とは異なる場所に居るのは間違いないだろう。

 

少し落ち着いて頭を捻りながら考えていると、朧げに現在の状況が浮かび上がる。

今の俺は確か、3歳児で…保育園に預けられて自由時間でいざ外に出て遊ぼうという瞬間に倒れてしまったのだ。

 

その原因はほぼ間違いなくこの幼い体には不釣り合いな容量で流れ込む大量の知識と記憶のせいだろう。

その様子に何事かと近寄る保育士が居たが表情はあからさまに面倒そうな雰囲気を纏い、取り敢えず時間が解決するだろうと布団に押し込まれたのがついさっきの出来事である。

 

遠くで聞こえる子供達の喧騒から察するに、俺を放って午後のスケジュールを始めているらしい。

 

…実に好都合だ。

 

こうなってしまった以上、己が何者か確認するのは最優先事項。まずはペタペタと体を触り、ーーー先程からどうしても気になるセンシティブな部分をふにふにと揉んだり引っ張ったりして自分に付いた、もしくは無くなったそれが本物であると確証を得た。なるほど生まれ変わった俺は。

 

 

「ウマ娘じゃん」

 

慣れ親しんだ位置にあったヒトミミは消え去り、代わりに頭頂部からちょこんと生えた毛耳は少し意識するだけで自由自在に動き、進化の名残りで残った尾骶骨に位置する突起部には現役で揺れ動く自前の尻尾がフサフサの毛並みを主張している。

 

つまりは異世界転生。そしてウマ娘はその名の通り女の子しか産まれないので俺は男性からTSしたのも確定してしまった。訳が分からないよ…。

 

「というか、ここはどこの世界線なんだ?」

 

単にウマ娘が居るだけなのか、アニメか、アプリか、漫画か、はたまたRPGか。大穴で同人関連もあり得なくないが、公式の規約で18禁展開は無いはずなのでそこは大変ありがたい。精神的男性なのに男から襲われるなんざ御免被る。

ブルリと背筋に走る怖気を感じながら、今度は部屋の隅に纏められた玩具箱からプラスチック製の手鏡を取り出して顔を見た。

 

ごく普通の黒目黒毛に、やや右にズレて片目を隠す一房の白毛がチャームポイント。目尻は特に鋭い訳では無いがギザギザしたツインターボ級の鮫歯のおかげで凶暴な第一印象を与えそうなのがマイナスポイントだな。

ていうか、この見た目。つい最近まで良く見ていたような…?

 

「あっ、もう起きたのね」

 

そのタイミングで掛けられた声。

様子を見に来た保育士にあれよあれよと捕まり、みんな仲良くお遊戯に参加せざるを得なくなった。正直精神年齢的に勘弁してくれと思ったがここで妙に大人ぶっても不信感を呼ぶだけなのでグッと我慢して耐える。如何に頭の中が成人済みとはいえ、身体は3歳児。社会の輪から外れて生きられるほど強くはないのだ。今はゆっくり今世の記憶でも辿りながら今後の人生プランを考えるべき。

 

そしていくらかのお遊戯を終えて夕方に差し掛かろうという時間帯。保育園児が次々と名前を呼ばれて点呼を取る中、とうとう順番が回ってくると。

 

「今日は少し疲れちゃったかな?ーーーホモちゃん」

 

 

 

 

俺は盛大に噴き出した。

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと一人で帰れる?」

「あい…」

「本当に?お母さん呼ぶ?」

「だいじょぶ…」

 

保育園終了後。

今世の記憶を読み取り、園から歩いて5分も掛からないマンションに住んでいた俺はいつも通り迎えに来ない母親を無視して一人での帰宅を迎えていた。

普段なら距離も近く慣れている事もあり、保育士の人もそのまま帰してくれるのだが、昼間の一件に加え、つい先程の泡を食って吹き出した事件から今度ばかりは本気で心配してくれている。

しかし今ばかりはどうしても一人になりたい気分だ。

 

ホモちゃん。

 

ホモ。

 

ホモかぁ…。

 

同性愛者を表す言葉であると同時に、日本のごく一部でガラパゴス的発展を見せたRTAの解説動画界隈において【入力速度を考慮して】というあからさまな前振りと共に名付けられる伝統芸能だ。

 

つまるところ、俺の見た目は慣れ親しんだ見た目の黒毛片目隠れが特徴的なウマ娘。名前はホモ。

さっきまでRTAをしていたウマ娘RPGのオリジナル主人公に転生したのは確定だろう。

ゲームでは中央トレセン学園に入学する前はフレーバーテキストのみで詳しく描写されていなかったはずだが、ここが異世界?になった事で普通に人生を歩む必要が出てきたようだ。

 

つまりこんな悪ノリで付けたような名前と何十年も付き合っていくのか…。

 

重ねて宣告するが別に俺は同性愛者ではない。だからこそ安易にホモなんて名付けてしまった訳だが…今世の親はどんな気持ちで俺に命名したのだろう。DQNネームにしてもセンスがアレすぎる。

…こんな事ならプロローグをキチンと見るべきだったと今更思いながら帰路に就く。

 

 

ーーーウマ娘RPGでオリジナルキャラクターを作成する場合、アプリ版には無かった初期スキルの要素が存在し、規定量のポイントを割り振る事で個性と能力が決定するが、その際これらを考慮した生い立ちがランダム生成される。

 

例えばこのホモの場合。

【屑運】というマイナス系スキルをあえて取る事で余剰ポイントが発生し、それを使って【練習上手】【影脚】といったかなり強力なスキルを取得している。

…そのお陰で確率系のイベントにクソが付くほど弱く、あのイベントに失敗しまくっていたのはご愛嬌である。

他にもタイム短縮目当てで【愛嬌:×】によるイベント抑制や、孤独系の最上位である【孤高】の効果で更に他ウマ娘とのイベント発生率を下げつつ友情トレーニングが無くとも高い効果を得られるようにするなど、RTA用にガチガチで厳選したスキル構成になっている。

 

それを鑑みると今のところ実感は無いし、まだ走った事もないが…この俺はウマ娘としてかなり良い線を行く才能を持っている筈。

トレーナー編だった1周目と2周目で☆9因子を獲得し、更に【円弧のプロフェッサー】や【コンセントレーション】といった必須スキルも隙なく継承。ポイントさえ稼げばいつでも第一線級のステータスになるよう厳選に厳選を重ねているのだ。

 

…それでも勝てるかどうか分からない真ルートのウマ娘がいるから油断は禁物である。

 

今後もしかするかもしれない予感を頭の隅に追いやり、代わりに今世の記憶を引き出して現実に戻り、帰り道を確認する。

保育園からまっすぐ出た交差点を二つほど超えた先、そこまでちゃんと手を上げながら進んでいくと程なくしてオンボロが過ぎるマンションに辿り着く。

その一室である自宅の玄関横には枯れて土だけになった花瓶があるのでその下から錆だらけの鍵を取り出せばカチリと音がして解錠完了だ。

再度鍵を戻してから人間の子供には大きい鉄製の扉を、ウマ娘ならではの力で開け放った途端。締め切った室内から形容し難いほどの腐臭が外に向かって吐き出され、思わず鼻を塞ぐ。

 

そういや【そういう家庭】に産まれたんだったな…。

 

玄関すら含む家の9割近いスペースを生ゴミ不燃ゴミが混ざった山で汚染された空間。雑に撒かれた防虫剤と洗剤のお陰で虫は発生していないが、そこかしこが湿って腐りかけている。

そんな地獄のような中で、残り1割の空間だけが別世界だった。

 

ブランド物のソファとオシャレなテーブル。壁紙もそこだけ新品で床にはファーをあしらった高級絨毯が敷かれるばかりか、僅かな置かれたインテリアには、これ見よがしに宝飾品が添えられている。

そしてそこには掌に収まるサイズのスマホを握り締め、自撮りを繰り返す母親の姿。

…きっとその画面越しのネット世界では優雅な午後を過ごすセレブ妻が持て囃されているのだろう。

しかしその横にある、様々な面を犠牲にした現実はこんなものである。

 

ただの3歳児ならいざ知らず。今となってはただいまの一言もなく、そもそも我が子を気に留める様子すら無い母の姿に反感よりも悲しみが優ってしまう。

 

「……なに見てんのよ」

 

思いに耽るあまりじっと傍観していると、厚い化粧の奥で疲れ切っている母親がこちらの視線にようやく気付いて声をかけてきた。

 

「なんでも……いやえっと…」

 

触らぬ神に何とやら…ではあるが。

今後のためにも気になる事は先に聞いて置いた方が良い事があると判断し言葉を選ぶ。が、出てきた言葉はあまりにもシンプルだった。

 

「おとうさんは…どこ?」

 

ポツリと出た言葉は時間を止め。

瞬間。

 

気怠そうにしていた母親の姿が掻き消えたと思いきや蹴り飛ばされた。

衝撃で浮いた俺の体がゴミ山に突き刺さる。もしこの緩衝材代わりが無ければ即死もあり得る…それぐらい洒落にならない威力だ。蹴った側の筋力も凄いが蹴られた側もウマ娘なのも幸いしたらしく骨折まではいかないだろう。無茶苦茶痛いが…。

 

「この…バカ娘!!あの人を、トレーナーを口に出すな!」

 

流石に追撃は無かった。

ギリギリ理性が働いているのか、それとも夫になるはずだった人への想いが強すぎるのか。聞こうとしていた我が家の事情について堰を切ったようにボロボロと喋り始めた。

 

 

ーーー母は一般家庭に産まれた寒門の出でありながらほんの数年前まで中央トレセン学園に在籍していたエリートとも言うべき存在で、重賞こそ逃したが歴代最多出走数に並ぶレースに参加しながらも最初の3年間を見事走り切った誇るべきウマ娘である。

しかし、当時を担当していた男性トレーナーがとんでもなく曲者だった。

 

出来る限り多く走らせて入賞数を稼ぐ為、言う事を聞かせやすいよう意図的に恋人関係を結んだのだ。

 

ウマ娘が走る事に特化した才能を持つのは広く知られた事実ではあるが、同時に好んだ行動に強く固執する本能的な面が存在する。

特に学園に集められたウマ娘達は恋に恋するうら若い年頃でありながら、普段から親身に接してくれる異性は担当トレーナーのみ。その事もあって恋愛に関するキッカケが少しでもあると依存しやすくなる傾向が危惧されていた。

だからこそ学園側も、ここは婚活会場では無いとばかりに恋愛禁止をトレーナーの就労規約に盛り込んでいるのだがプライベートの観念もあって完全に徹底されているとは言い難い。

 

担当トレーナーである男はその隙を突いて「3年間を全力で走り切ればその後は二人でゆっくり過ごそう」と甘言を漏らし、やる気を底上げする事でヘビーローテーションという表現では生温い連続出走を可能にしたのだ。

 

…当時はかなり苦しかったのだろう。

吐露する母親は震える両脚を殴りつけて悔しさを少しでも和らげようとしている。

 

そして事件が起こったのは3年目。

トゥインクルシリーズへの出走は叶わないものの全盛期を見事走り切った母が、さぁ2人で結ばれましょうというタイミングで倒れ

担ぎ込まれた病院で妊娠が判明したのだ。

詳しくは語りたくないが、トレーナーとの関係は親密を超え、文字通り肉体にも及んでいた為に起こった必然だったらしい。

当然のように夫婦になれると思っていた母。

しかし現実は最悪の形で裏切られてしまう。

 

母の頑張りで名が売れるようになったトレーナーの男は、それを自分の成果だとチラつかせ新年度の中で最も才能があると評判のウマ娘と契約を結ぶのに成功したのだ。

そうなれば、結局のところ重賞に勝てずに終わってしまった母とこれからG1も狙えるような若いウマ娘を比べてどちらを優先するのか、彼の中では明白だった。

 

「子供は堕ろして無かった事にしよう」

 

トレーナーはどんな無理だろうと愚直に従い自分の望み通りに走った母ならば、無条件で言う事を聞くと思ったのだろう。

何の変哲もない喫茶店で話を持ちかけ、顔だけは申し訳なさそうに、しかし手に持ったスマホでは新しいウマ娘へのラブコールを送信しながら柔かに笑う彼は当然のように了承の言葉が得られると思い込み、そして堪忍袋が切れた母の蹴りをマトモに喰らって顎を砕かれしまい、半死まで追い込まれる結果となった。

 

…そこから先の事はあまりにも胸糞悪く、そして悲惨過ぎたせいか、あまり思い出したくない。

ただ、母が白昼堂々及んだ突然の凶行はマスコミが大好物な性的問題も合わさって、もし事件が明るみに出れば特大の爆弾として機能するのが目に見えていた。

当時のURAを始めとする関係各社はその大スキャンダルを前に、てんやわんやで事を収めようとしたのだろう。

その成果は大変素晴らしかった。

 

件のトレーナーは大怪我こそ負ったものの資格を剥奪するような大きな咎めは無し。どうやら名門一族産まれだったのが幸いしたらしく、今でも何食わぬ顔で中央トレセン学園に在籍しているそうな。

翻って被害者であるはずの母は全ての発言を封殺され、見ず知らずの上役達から気遣いという名の言葉のナイフを何度も振われ、なし崩し的に監視下へ置こうとするURAへの不信感から全てを捨て去る事を決意した。

俺から見れば祖父母に当たる両親にすら連絡先も告げず、単身地方へと身を隠すように流れ着き、そこで人知れず孤独に俺を産んだらしい。

 

そして先のセレブを装ったネット投稿も、キチンと話を聞いてみれば夢見ていたトレーナーとの結婚生活を模した空想の数々を再現したトレースであり、精神的にかなり病んだ結果の行動だった。

よく見れば投稿者である母の正体がバレないよう顔は必ず隠していたようだ。

 

「トレーナー…トレーナーぁ…」

 

ショックが強すぎるあまり、幸せだった頃の記憶の中に閉じ籠った母の姿はどうしようもなく小さく見える。

一児の母とはいえ、まだ20歳前半の少女としての面を残す泣き顔を呆然と見つめると同時に自然と胸が締め付けられた。

 

考えてみれば前世の年齢を合わせれば俺の方が歳上なのだ。我が身可愛さで子供っぽく振る舞おうとした自分を恥じる他無い。

 

蹴られて痛む体に鞭打って、膝から崩れ落ちた母に近づき両手を握る。何事かと振り払われるがそれでもめげずに必死に小さな手で包み込む。

やがて落ち着いた様子になるとブツブツと呟きながらも抵抗をしなくなる。

 

ーーー全てを捨て去った母。

育児放棄さながらの生活に溺れながらも、それでも唯一身内として扱ってくれる事に僅かな希望を託して。

 

…この人の味方になれるのはきっと俺だけなんだと心に刻み込む。

 

今でこそ、URA在籍時代の貯金があるようだが、このまま過ごせば間違いなく資金は底を尽きる。それにいくら節約のためとはいえこんな小さな家に閉じ籠っては健康に悪い。今はまだ身体が育っていないので無理だが、この世界が本当にウマ娘RPGと同じなら年齢不問で稼ぐ手段がある。

正直、さっきの話を聞いてしまったのでURAに出走して一攫千金。という気分には到底なれないのでRTAのキャラクターに生まれ変わった身ではあるが、ゆくゆくはモブキャラとして周囲に溶け込んで生活したいものだ。

 

唯一の難点であるクセが強すぎる名前は…うん、そうだな。母親の名前を拝借するとしよう。

一見すると俺達は似ていないが、前髪に隠れている片目には母親譲りの美しい碧眼。エメラルドに輝くオッドアイってやつだ。

ゲームの時は厨二病全開だなぁと思っていた見た目が悪い気はしない。

 

…新たな目標と燻るURAへの怨みを胸に、俺は二代目【ハングドマン】を勝手に名乗る事にした。

 

「…でも、面白そうな転生だよ、確かに…。ッマ!父親を殺しちゃうかもしれないけどさ!ギャハハハ!」

 

 

 

次回 ハングドマン

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。