「すぅ……」
一度その感覚を理解したからなのか、何故今までそれを知覚出来なかったのかが分からないくらいには、それが当たり前にあるものの様に思えた。目を凝らす、という言い方が適当だろうか?目に力を集中すると、ぼんやりとモヤの様なものが漂っているのが見える。おそらくこれが、魔力と呼ばれるものだろう。
「ふぅ……」
吸った息を少し溜め、肺から絞り出す様に大きく吐き出していく。自身の心臓が、トクントクンと脈を打つ。
「……よし!」
腰を少し落とし、臍の高さに握り拳を構え、先程掴んだその感覚を、忘れぬ内に拳に込める。標的は、眼前にそびえ立つ、一本の樹木。樹径はだいたい、三十センチくらいだろうか?高さは凡そ七メートル。本来の私であれば、愛用のナイフを全力で振るっても、樹皮を切り裂く事は出来ても、辺材の表面を薄くなぞる程度しか出来ないだろう。
「せぇ───のッ!」
喧嘩のやり方も知らない私だが、この世界に来てからは冒険者として、身体の動かし方を少しずつだが学んでいる。その為以前よりは多少マシになったであろう私の右拳は、派手な音を立てながら樹幹を捉えた。
「……あれ?」
ドッと派手な音を立てたその場所は大きく抉れ、もう二、三発ほど叩き込めば、眼前の樹木を完全にへし折る事が出来るだろう。だが私が気になったのは、木の方では無く自分自身の方だ。一切手を抜かず、持てる力の全てを持って殴りつけ、普段からは考えられない程の戦果を上げながらも、私の拳には何のダメージも無い。身体強化によって強くなるのは"殴る力"のはずであり、その上昇した威力の分だけ、拳に帰って来るであろうフィードバックが、全くと言っていい程感じられなかった。
「身体強化は攻撃力と同時に耐久力も上昇する?……いや、これ、もしかして……」
先程と同じ様に、右拳に魔力を集中させていく。
「やっぱり。これ、魔力をグローブみたいに纏ってる……?」
地に手を触れ、砂を掬おうと試みるも、小石や小砂は私の掌からこぼれ落ちていった。
「ふむ、魔力の……鎧?と呼ぶのが正しいんでしょうか?結構便利そうですね」
自身の内側に意識を広げ、右手に集中していた魔力を他の場所にも移していく。
「全体的に散らしても良さそうですけど、やはり何処かに集めた方がその分恩恵は大きくなる、と」
先程と同じ容量で脚部に魔力を集め、その場で軽く飛び跳ねてみる。跳躍は目線の高さからして、普段の倍くらいあるだろうか?殆ど力を入れず、軽く跳ねるだけでこれならば、就撃は勿論、走る速さにも大きな恩恵がありそうだ。
「目に集中させれば視力を、耳に集中させれば聴力も強化できるみたいですね。嗅覚は……他ほど変化がみられませ──ッ」
突然襲い掛かる酩酊感に思わずたじろぎ、片膝を着いてしまった。
「な、なるほど……?五感の強化は脳への負担が多い、って事ですか……」
五感の内、どれか一つを強化するのなら問題は無さそうだが、複数を同時に強化するのは辞めておいた方が良さそうだった。
「ふむ。大体は理解出来ました。あとは……」
腰に付けられたホルスター。私は武器を抜刀し、腰を落として逆手に構える。
「はぁあああああ!!」
手にしたそれに魔力を流し、先程殴りつけた樹木を標的に、私は相棒を振り抜いた。
◇
甘栗色の髪の少女は、ギルドが管理する書庫に居た。村の図書館としても使われるこの本の海の中で、限られた者にのみ閲覧が許可されている物は禁書と呼ばれ、ここヨハネ村のギルドで禁書として扱われているのは、どれも魔法の成り立ちに関するものだった。
この世界で最もありふれた魔法"窓"。様々な文献で見る限り、これはかの"大戦"よりも後に生まれたものだ。そもそも魔法の始まりがこの大戦であり、それ以前は人は魔法を使う事が出来なかったとされている。
「現存する全ての魔法の源流たる、四人の英雄。彼等によって魔法の基礎は作られ、窓が出来たのは彼等が死んだ後の事、魔法がありふれたものになってから……」
つまり、だ。その四人が使っていた"特殊な魔法"については未だ詳しく分かっていない。いないが故に、日々改良が行われている窓の魔法にも、未知なるそれは映らない。
「ありふれた窓には、ありふれたものでない魔法は映らない。じゃあ、ゆかりさんの魔法は……」
今となっては担い手の居ない、四賢者が使ったとされる魔法。それは魔法を使い、魔法を愛する者達から、畏怖と尊敬の念を込めてこう呼ばれていた。
「