どちらの話が正しいのかは定かでは無いが、今の人類が魔法を扱えるのは、紛れも無くその四人のおかげであり、その四人の
つまりゆかりさんの力は未だに解明、それどころか発見されているかどうかすら不明の、全くもって未知の魔質という事になる。
「うーん、大戦に関する記録を見れば、少しは役に立つかと思いましたが……」
そもそも古代の大戦に関する記録はあまり多くは残されていない。その中でも四賢者に関する記録は極めて珍しく、ノハネの様な辺境の地では扱えない為、基本的には王都の大書庫、その最奥にある禁書庫にて宮廷魔術師や魔術協会員達の精鋭の手によって、経年劣化を抑える為に、封印魔法を用いて厳重に保管されている。その部屋には例え王都のギルドマスターであったとしても、火急の用が無ければ立ち入ることを禁じられており、王族家や一部の上級貴族には閲覧が許可されているが、それにも正当で面倒な手続きが必要とされている。
「はぁ……仕方ありません、
あの家の事を考えると、思わず溜息が零れた。堅苦しい規律と息の詰まるような生活に嫌気がさし、父と多くの使用人達と暮らしていた王都の家を飛び出し、母の元へと身を寄せたのが三年程前の事。その母も七年程前に、母の両親が経営していた村酒場を引き継ぐ為に、生まれ故郷であるこの地に戻っていた。その為、私達母娘は父とは別居という形を取ってはいるが、家族仲は悪くは無く、寧ろ良いと言ってもいい位だ。立場と責務に奔走しながらも誇りを持って全うする父を、尊敬しているし、頑張って欲しいと思う。だが、それとこれとは別の話であり、あの家、もとい父に貸しを作ると後々何かしらで面倒な事になる為、なるべく関わり合いにはなりたくない。それが今の私が、自らの血筋に対して求める距離感だった。
「せっかく帰省までするんですから、少しでも得られる物があれば良いんですけど……」
そんな愚痴を吐きながら、手にしていた本を棚に戻し、早速連絡をば、そう考えていたのとほぼ同時に、書庫と外界とを繋ぐ唯一の扉が開かれた。そこに在ったのは私がこの村で働き始めるより以前からギルドの事務を勤めている女性職員の姿だった。
「おや?ここに来るのは珍しいですね。書庫に用事、という訳では無さそうですね。私に何か御用ですか?」
普段はまったりマイペース、仕事の時はキッチリと。とても面倒見が良く、常に周りを気にかける彼女の姿は、まさに理想の同僚とも言えるもので、そんな彼女が支えてくれたおかげで、私はこの村の一員としてすぐに馴染む事が出来た。この村に越して来てもうすぐ二年になるマキさんも、私と同じ様にこの人にお世話になったはずだ。
「忙しい所失礼します。火急の用がありましたので、報告させて頂きます」
普段は私の方からお願いし、敬語を外して貰っているため、気さくな喋り方をする彼女だが、本当に大事な話をする時には立場を尊重してなのか、敬語に戻る時が稀に存在する。
「……分かりました。聞きましょう」
私にとっては恩人にあたる彼女が立ち振る舞いを正す時は、大抵ロクな事が起こらない。そう判断した私は、少し緩んでいた気を引き締める事にした。
「ギルド本部から、周辺区域全てのギルドへの通達がありました。
魔素乱流。空気中を漂う魔素は、自ずと引かれ合い、その魔素が集まりやすい場所に、魔物が生まれる。魔物が出現する区域は魔区と呼ばれ、その魔区を適切に管理する為に、ギルドが建てられ、そのギルドを運営する為に人が集まり、その集まった人達によって村が生まれる。これは村だけでなく町、王都であっても例外ではなく、人の営みの始まりは、常に魔区と隣り合わせの関係にある。
人が近くに住まう事で魔区の異常活性を抑制し、魔物が溢れ、人に危害を加える前に対応する。それが冒険者の役割である。そんな一種のサイクルの中で稀に起こりうる
「魔素乱流が確認されたのはここから東に位置するテソンの町。詳しい事は現在調査中との事です。ここからは距離もありますし、直接的な関係はありませんが……」
「何か気になる事でも?」
「……テソンのギルドには友達が居て、その子が言うには、マキさんがその乱流が発生したと思われる魔区での仕事をしていたみたいなんです」
「テソン、確かあの町には戦乙女の支部がありましたね。そこなら確かにマキさんが居てもおかしくありませんね」
「一応、ノハネには現地への救援要請は来てません。万が一の際の避難民の受け入れの要請しか来てないんですけど……」
そこまで言うと、一瞬だけ何かを口にしようとした素振りを見せるも、気まずそうに視線を下方へと泳がせた。それもその筈だ。これは私の予想でしか無いが、おそらく彼女は私にこう言いたいのだろう。
『友達を助ける為に、死地へと向かってくれ』と。
魔素乱流の規模は、乱流が発生した魔区の強さに比例する。強い魔区になればなるほど空気中のマナの濃度が上がり、それに比例して魔物もより多く、より強靭に育つからだ。テソンの町の近くにある魔区はノハネ村の魔区より少し強い程度。その程度ならば、私一人でもマキさんを保護し、連れ帰るくらいの事は出来るだろう。
「先方と本部への連絡をお願い出来ますか?私も現場に向かいます」
幸いテソンの町には何度も行った事があり、転移の登録も当然済ませてある。後はちょっと行ってササッと魔区に潜り、サクッと帰ってくるだけの簡単なお仕事だ。
「わ、分かりました!あ、でも、一人で行くんですか?」
「そうですね......。現場にも手隙の人間が居るとは思えませんし、それに──ッ!」
『足でまといは要らない』
そう口にしようとしたその時だった。背筋が凍る。ゾクリとした感覚が、私の身体と思考を硬直させた。
「い、今のは一体......?」
隣から戸惑う様な声が聞こえた。彼女も、ギルド職員として必要最低限の教育を受けており、その中には、魔法を使った不正を防止する為、周囲での魔法の発動を感知するという項目が存在する。彼女もそれを使って、今の感覚を感じ取ったのだろう。だが、今の感覚は異質な物だった。魔法の発動、つまり魔力が形を成したというよりは、湧き出た魔力が肉体という器から零れ、周囲に溢れ出た様な感覚。本来ならば、魔区に何らかの異変、それこそ魔素乱流の発生を疑うべきなのだろう。だが、今の感覚を受けて、私が真っ先に思い浮かべたのは、異常事態でも無く、巨大な化け物でも無かった。
「......ゆかりさん?」
それは、ただ一人の可憐な少女の姿であった。