性格の悪いインキュベーター   作:超高校級の切望

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奇跡も、魔法も、あるんだよ

 学校で火災、というよりは爆破テロが起きた翌日。当然学校は休校。

 なるべく自宅に、外に出る場合は制服ではなく私服で複数人でと通達があった。

 さやかは両親に送ってもらい病院に来た。

 

「いや〜、平日の明るい時間から会えるってんなら、休校も悪くないかもね。あはは!」

「………そうだね。平日で昼間に会うのは、久し振りだ」

「だよね。それでさ、今日も恭介が好きそうな曲、持ってきたんだけど………」

「………………そう、ありがとう」

 

 恭介はそう言うとイヤホンを耳につけ。この前は一緒に聴かないかと言われたが、今回はずっと一人で聞いている。

 無言の時間が続き、さやかはつい話しかける。

 

「何を聴いてるの?」

 

 いろいろ買ってきたから、さやか自身も何がどれとか正直わからない。でもどんな曲かはある程度知っているつもりだ。

 

「『亜麻色の髪の乙女』……」

「ああ、ドビュッシー? 素敵な曲だよね……」

「……………」

「………あ、あたしってほら。こんなんだからクラシック聞くとみんな意外って思ってさ。曲名とか当てるとすっごい驚かれるんだよね………ぁ」

 

 から笑いをするさやかに、恭介はしかし何も答えない。

 

「……恭介が教えてくれたから。でなきゃ私、こういう音楽聴こうなんて、多分思わなかったろうし」

「さやかはさ………」

「ん? なに?」

「さやかは僕をいじめているのかい?」

「……………え?」

 

 予想だにしなかった怒りや悲しみを内包したその声に、さやかは思わず固まる。

 

「きょう、すけ………?」

「なんで今でもまだ、僕に音楽なんか聴かせるんだ。嫌がらせのつもりか?」

「だ……だって、恭介……音楽好きだから…」

「もう聞きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない音楽なんて!」

「──っ!!」

 

 その叫び声に身を震わせるさやか。恭介は力の入らぬ左手を頭の上に添える。

 

「僕は………僕は!」

「あ!」

 

 その左手で、CDを叩き割る。破片が皮膚を裂き血が流れ、さやかが慌てて抑え病室に無機質な椅子の倒れる音が響く。

 

「くぅ………うぅ………動かないんだ。もう、痛みさえ感じない。こんな手なんて………」

「大丈夫だよ! きっとなんとかなるよ、諦めなければ、きっと何時か………」

「諦めろって言われたんだ……」

 

 泣き出しそうな、否。泣き出して絞り出された言葉にさやかは目を見開く。

 

「もう演奏は諦めろってさ。先生から直々に言われたよ……今の医学じゃ無理だって。僕の手はもう二度と動かない、奇跡か、魔法でもない限り!」

「……! ………あるよ」

「………え」

 

 そう、ある。奇跡の起こし方も、魔法の手に入れ方も、さやかは知っている。

 

「奇跡も、魔法も、あるんだよ」

 

 窓の外に、よく知る影。契約者が現れやすいというあの言葉通り、彷徨っていたのだろう。さやかは人の居ない場所へと駆け出す。

 

 

 

 病院の屋上。無数の花が咲き乱れるその場所にて、さやかはキュゥべえと対面する。そう、キュゥべえだ。

 

「本当に、どんな願いでも叶うんだね」

『大丈夫。君の祈りは間違いなく遂げられる。でも良いのかい? 彼も言っていたろう、魔法少女は殆どが最後には寿命を待たず死ぬと。まあ、でもただの人間のままでも思いがけぬ事故で死ぬ事はあるけど』

 

 キュゥべえの言葉に思わず固まるさやか。ごんべえがまだ言っていない、最後のエネルギーの回収方法。魔法少女になるのを躊躇ってしまう何かがあるらしい。

 

「………それって、ソウルジェムが穢れ切った時だよね」

 

 でもそれは、以前まどかが解明し、ごんべえも肯定していた。

 

『そうだね。ソウルジェムが穢を溜め込むと、砕け、君達の肉体の機能は停止する。これを聞けば皆躊躇うけど、躊躇わない子もかなりの数いる。君はどうだい?』

「覚悟は、出来てる」

『じゃあ、いいんだね?』

「うん。や………!?」

 

 と、その瞬間飛来したポールアックスがキュゥべえの乗っていた台座ごと砕いた。

 

「…………え?」

「……あんた、今何しようとした?」

 

 振り返れば、さやかを睨みつける小巻が居た。ポールアックスは彼女の固有武器。彼女がキュゥべえに攻撃したのだろう。

 

「あんた今、そいつと契約しようとした?」

「……はい。何時かソウルジェムが穢に染まって、砕けて、死んじゃうんですよね? でも、私だってそれを解った上で叶えたい願いがあるんです!」

『そうだよ。邪魔は感心しないなあ』

 

 と、新たなキュゥべえが現れる。小巻はチッと舌打ちするも一時しのぎにしかならないと思ったのか追撃はしなかった。

 

「叶えたい願い、ね。それってさっきの男の腕?」

「っ! 何で……!」

「趣味悪いとは思ったけど、ごんべえからアンタが衝動的に契約するなら病院だろうから、って」

 

 何万年も人類と共にあり続けた感情持ちの宇宙人には、さやかの行動など予想の範囲だったらしい。

 

「正気? あんな男の為に、何れ死ぬ運命に身を投じるっての? それとも、自分なら生き残れるとか思ってる?」

「あんな男って………あんたが、恭介の何を知ってんのよ!?」

「そうね、話したことないから知らない。知ってるのは腕が治らないことを幼馴染のあんたに喚き散らす姿だけ。ま、天才少年なんて言われてたみたいだし、努力してきたんでしょうね。人生かけてたんでしょうね……で? 何処かで言う機会があったのに爆発するまで溜め込んで、腕が治らないって言われたから吐き出すって? 甘え過ぎなのよ、あのガキ」

 

 ふん、と吐き捨てる小巻を睨みつけるさやか。小巻はそんな視線など取り合わない。

 

「自分が嫌がってるのを解ってくれる? リハビリを頑張れば腕が治る? 誰よりも治したいくせに諦めろと言われたら諦める? 言葉にしなくて伝わるか。努力が報われるなんて幻想よ。それでも努力したなら、腕が取れるまで諦めんなって話よ。だいたい現代医療ってなによ、ほんの数年でやれ万能細胞だ指を生やすだ発展してる医療の現代なんて、何時迄同じレベルなのよ。未来を見ないくせに自分の未来を憂いてほしいなんてガキだってんのよアイツ」

「そんなこと! だって、あいつはずっと頑張って!」

「それで、その腕を治してあんたはあいつとどうなりたいの?」

 

 嘘偽りは許さない、とさやかを真っ直ぐ見つめる小巻。さやかはえっ、と固まる。

 

「腕を治してあげたんだから私に付き合ってとでも言いたいの? 夢を叶えられてよかったねって言いたいの?」

「私は……ただ、恭介に夢を叶えてほしくて、それだけで………」

「その結果、あの男が他の誰かと付き合っても?」

「…………え?」

 

 想像もしなかった、とでも言うようにキョトンとしたさやかはすぐに顔色を変える。赤ではなく、青に。

 

「な、何を……言って………」

「好きなんでしょう、アンタ。いずれ死ぬ運命受け入れてまで、夢を叶えてほしいんでしょ?」

「や、やだなあ……私は、そんな………別に………」

「そういえばキュゥべえ、動く死体になった私達って子供作れるの?」

「………へ?」

『作れるけど、おすすめはしないなあ。妊娠中は魔力を胎児に流さなきゃいけないし、その結果生まれた子供にどんな影響も出るかわかったもんじゃない。そもそもとして、わざわざ体を老化させる必要もないのに老化させる君たち人類が、さらに重しをつけるなんてどうかしてるよ』

 

 聴き逃がせない言葉。そして、特に訂正しないキュゥべえ。小巻はやっぱりか、とでも言うように肩をすくめる。

 

「私達魔法少女の本体は、こっち。ソウルジェム……だから穢を溜め込んで砕ける時私達は死ぬの。もっとも、穢を溜め込んでなくても砕けたら死ぬし100メートル離れたら体も動かせなくなるけどね」

『特に訂正するところはないね。よく知っている』

「隠し事がバレても慌てないのね?」

『? 心外だなあ。僕達は君達に隠し事なんてしないよ。聞かれたら答えるさ』

 

 特に気にした様子もなく、そう返すキュゥべえ。知られれば契約に影響の出ることを知られ、しかし慌てている様子もない。

 

『強いて訂正するとしたら、砕けたら死ぬってところかな。君たちは肉体ではなく魂をこそ個体と認識するんだろう? なら、ソウルジェムが穢に染まった後君達は死ぬ訳じゃない。その魂は魔女となり、この世界に残るじゃないか』

「…………キュゥべえ、今……なんて言ったの?」

 

 自分では間違いだと思った問題を、あってるじゃないかとでも言うような声色で放たれたその言葉に、さやかは目を見開く。

 

『魔法少女が魔女になって、その魂が世界に残るって言ったのさ。まあ、直に魔法少女に狩られるけど。僕としては本人の意志が残らないなら死んだと言ってもいいけど、君達人類はあれを元になった者として扱うからね。尊重して訂正させてもらったよ』

 

 何処までも親しげに。だからこそ、ああ、この目の前の生き物は本当に自分達を何とも思ってないのだと解る。

 

「何で……何で、そんな……私達に薪になれって言って、最後に化け物になれっての………」

『誤解だよさやか。僕達だって最初は魔女として顕現するエネルギーも宇宙に回そうとはしたんだよ? でも、この世に残りたい、この世を壊したいという君達人類の思いがあまりに強すぎてね。ごんべえには制御の利かない力を使用するなんて、とあの頃は言われてたなあ』

 

 懐かしむように尾を揺らすキュゥべえ。その結果人類が受けている不幸など、まるで知らぬと言わんばかりに。

 

「でも、ごんべえも契約自体はしてるのよね?」

『ごんべえは君達を家畜と呼んでたね。その理屈を考えると、他の星にも彼の家畜がいるんだ。感情を持つ種族に僕らを通して助言を送るだけだけどね。昔は僕等が真似してただけなんだけど、急速に発展させすぎた星が魔女に滅ぼされてしまってね。今は彼の助言に従い少しずつ発展させているんだよ。その数は人類の人口を大きく上回る』

「………当然、その発展度合いをあいつは知ってんのよね?」

『もちろんだよ』

「……他に滅んだ星は?」

『あるよ。あれは単純に星の寿命だったけどね……』

 

 ごんべえが消極的であれどインキュベーターとして活動する理由は、それだろう。

 宇宙全体の生命とこの星に住む個人個人を比べ、宇宙全体の生命を選んだ。なるほど、確かにそれは人類にとっては敵だ。どんなに優しかろうと、彼はだからこそ敵を名乗るのだろう。

 

「まあ、つまりそういう事よ。こいつは宇宙の他の種族の為に私等に不幸になれって言ってんの」

『そんなつもりはないよ。さっきも言ったけど、魔女を生み出すのは君達の未練だ。それに、君達は魔女が殺すより多くの命が増えていってるじゃないか』

 

 目を瞑ったように弧を描かせ、笑みを浮かべるキュゥべえ。こいつは、こいつ等は人間を人類の一匹としてしか見ていない。人間個人を、まるで見ていない。

 

「コイツと本気で契約する気? 結果は同じでも、まだごんべえの方が散々罵倒してくるけどマシだと思うわよ」

「…………私、は」

『まあ、無理強いはしないよ。ごんべえと契約したって魔法少女は魔法少女だしね。ただ、この程度で戸惑うようならやめろって、彼に引っ掻かれるだろうから気をつけてね』

 

 帰り道に気をつけて、とでも言うような気安さでキュゥべえはそう言って踵を返す。小巻も息を吐いて、さやかから距離を取る。念の為、近くにいるようだが。

 さやかの頭に残るのは、この程度で戸惑うようならやめろと、ごんべえなら言うという言葉。自分を犠牲にしても恭介に夢を叶えてほしかった。なのに魔女になると聞かされ躊躇った。

 その程度、なのだろう。自分は……これで良かったじゃないか。恭介に、これまでの事を謝って……

 

「………さやか?」

「え? きょ、恭介?」

 

 と、そこに恭介が現れる。壁に手を付きながら歩いてきたのだろう。肩で息をしながら、ぼんやりした目でさやかを見る。

 

「どう、したの……こんな所に……」

「さやか……さっきは、ごめん」

「え、あ! いや、そんな……私の方こそ、恭介の気持ち知らずに………」

「うん。さやかは、僕のためを思ってくれたんだよね………なのに、僕は……最低だ」

「…………恭介?」

 

 何か、様子が変だ。恐る恐る話しかけた恭介の首に刻まれた、不気味な模様。

 

「──っ!」

「美樹さやか! 今すぐそいつから離───」

「だからもう、死んだ方がいいんだ!」

 

 空間が歪む。世界が染まる。

 かつて誰かが抱いだ希望が絶望へと沈み、自分だけがこんな目に、と呪った世界に刻まれた染み。

 魔女の結界が、二人を飲み込んだ。




タルト達の時代のとある風景

『だから──』
「ああ、そうだな……」
「…………………」
「どうしたんですか? お二人に何か?」
「あの二人って、聖女の教育方針というか戦わせ方では何時も言い合うくせに普段はすっごく仲いいわよね。なんか近づき難いぐらい」
「え、そうですか? 私も最初は何故かそうでしたけど、今はそうでもありませんよ?」

 メリッサとエリザの会話にタルトがヒョコッと入ってきた。エリザはインクとリズを改めて見る。

「あれに近づけるの?」
「はい! 見ててください! リズ〜! 天使様〜!」

 タルトはリズに抱き着きリズの肩に乗っていたインクに頭を近づける。

「タルト……いきなりどうしたの?」
『今は次の作戦の会議だ。とはいえ、話しすぎたな。飯にでもするか』

 リズが微笑みタルトを撫で、インクもタルトの肩に移り尾で頬を撫でてやる。タルトはほらね、というようにエリザ達に笑顔で振り返った。


またとある日

『タルトの奴、寝てるのな。こんな昼間から』
「ここ暫く戦闘続きだったから。今ぐらいは、ね……」
『ま、お前の求める英雄様候補の中で、一番だからな。しかしそうしてると英雄を支える者ってより母親の方がしっくりくるな』
「1歳しか違わない。それに、本当に母親だというのなら、こんな戦場に連れてくるべきじゃないてしょ」
『ま、確かにな。お前も、そして俺も本当に魂があって、地獄なんてもんがあったら落ちてたろうよ』

 と、インクはタルトに膝枕しているリズの僅かな膝に飛び乗りタルトの頬に肉球を押し付ける。

「あの時の……覚えていたの、あんな戯言」
『まあな。あの頃から騒がしく、寝ないと大人しくしない奴だった』
「………あの頃から貴方、タルトのお父さんみたいだった」
『タルトの親父は存命だろうが。第一、俺がお前等に向ける感情は家畜のそれと………いや、そうだな。育てるものって意味じゃ、ここまで一緒にいりゃ似たようなもんか』

 尾を揺らし目を細めるインク。タルトを起こさぬ様リズの肩に飛び乗り首に体を巻きつける。

『今回ばかりは家畜ではなく共犯者として、対等の生き物としてみてやるよ。ま、それはそれとしてやる事終えるまで、せめて此奴がフランスを救えるまでは死なずにそばにいようぜ、お母さん?』
「………ええ。貴方もこの子にもう少し優しくしてあげなよ、お父さん」

「メリッサ、この紅茶砂糖入れた?」
「いいえ、一粒も……」

本編後

  • マギレコでも魔法少女を誑かす
  • たるマギで家族3人でフランスを救う
  • たむらの旅につきあわされる

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