嵌められた。
国会議員の席をほのめかされて、私は犯罪者におとしめられてしまった。
彼ははじめからそのつもりだったのだ。
私を…いや。
彼の政敵である兄をおとしいれるために私を貶めたのだ。
「おや、こんな時間に珍しい客だ。ただ、窓からとは感心しない」
黄昏時。
誰そ彼を語源とする、人の顔が見にくくなる薄暗い夜へと至る時間帯は、しかし現代に於いては人工の光により闇が払われ、そこにいるのが誰であるかなど、考えはしない。
その男もまた、訪ねてきた者が誰であるか確かめず、夕焼けの赤い日差しに照らされた窓際に立つ少女に笑みを浮かべる。
「お父上は躾をしてくれなかったのか。織莉子君」
八重樫健三郎。織莉子の父、美国久臣が政界に深く関わろうとした際に手を貸した、祖父、美国修一郎からの政敵。
「私を糾弾しにでも来たのかね。それが無駄であることを頭のいい君には解ると思うが。まるで捨て犬のようだ、大事なものを喪ったかね?」
「……うるさい」
落ち着いた、子供に言い聞かせるような優しい口調。その内容が、声色が、全て癪に障る。
「人を呼ばないんですか? 八重樫先生。私は貴方を殺せるのに」
「ああ、そうだろうね」
突き出した片手に魔力を込め、何時でもただの人を殺せる状態の織莉子に、やはり八重樫は落ち着いた様子で話し続ける。
「……冗談だとでも?」
「いいや。君はそういう人間だ。私は解っている。お菓子屋に住み着く妖精が見初める身内のいない私では、太刀打ちできないだろう」
「………妖精?」
妖精と聞き一瞬思い浮かぶ白い異星人。しかし、お菓子屋に住み着く、の意味が解らない。
「君の父は、他の兄弟に比べて政界への野心も度量もない男だった。なのに国会議員の席をひたすらに欲しがった。私には都合が良かったが、何故この男が? と首を傾げたものだ。だがある時その理由が解った」
「………何故?」
自分も知らない父の一面。それを知るという男に、織莉子は話だけでも聞いてみようと魔力を霧散させる。
「美国修一郎、君の祖父だ。君は会ったことがないだろうがね。彼は政治手腕もだがその人柄でも人気があってね、その穏やかで上品な佇まいから皆に慕われたものだ」
懐かしむような言葉で唐突に語られる、顔も知らぬ祖父の話。訝しむ織莉子を無視して八重樫は話を続ける。
「ただ、彼の近く……特に子供達は彼がそれだけの人間でないことを知っていた。邪魔者を陥れ、無能を切り捨てる。それも彼の手腕のうちだが、恐ろしい人だった」
「話を逸らさないで。祖父と父になんの関係があるの」
「切り捨てられた無能には彼の子供も混じっていた。美国久臣だ」
織莉子が祖父の顔を知らぬのは、祖父が早く亡くなったからではない。美国久臣の家族は本家の敷居を跨ぐことを許されなかったからだ。
公秀は反発し続け、修一郎亡き後再び敷居を跨げるようになったが。
「それでも久臣君はなお父上を恐れていたようだよ。私が修一郎氏の話をすると、顔色が変わっていた」
「話を逸らさないでと言っているの!」
父の事を聞こうとしても、語られるのは祖父の話。漸く父の話になったかと思えば祖父を恐れていたという、どうでもいい話。初めからはぐらかすつもりだったのだろう。
「もういい。父を貶め死に追いやった貴方を許さない!」
「私が? 何を言っているのだね」
魔力を再び練る織莉子に、八重樫は不思議そうに返し、漸く織莉子に振り返る。
「殺したのは君だ、美国織莉子」
由良子が亡くなって、織莉子は変わってしまった。
泣き虫だったあの子が全く泣かなくなった。なんでもそつなく熟すようになり、進学すると多くの人望を集め人の上に立つようになった。
僕の子とは思えないほどに「出来すぎる」ようになった。
「そうか、国政をやるのかね。もちろん後押しをさせてもらうよ」
「お願いします、先生」
僕は怖い。
僕は知っている。
能力が高く、人望があり微笑みの中に冷たさを湛えた人間を。
「親にも子にも捨てられては堪らん。自分の無能さを悟られたくなくて、国政などと不相応に背伸びをしたのだろう」
結局は国政を、政争を行う覚悟も知恵もなく魔窟に飛び込み罪を着せられ、何もしなかった場合より無様を晒したわけだが。
「君は誰よりも彼に似ている。「美国」に……美国修一郎氏に………」
もう僕は疲れた。
逃げようと思う。
「知らない。会ったこともない人なんて関係ない」
「殺す! 貴方を殺す! 父の無念を晴らす! 私は、私は父の理想を…!」
「君は、こちら側の人間だ」
自分の理想のためなら他者を平気で切り捨て、消してしまえる。それを躊躇うことなく行え、理想を理由に後悔することなく先に進める。
「だから私は思う。君が、
「────っ!」
切り捨てた。友を騙り己を信頼させた少女を、聖者を演じ啓蒙させた少女を。
消そうとした。世界の滅びの要因を、それ以外について何も知らぬ少女を。
「君は、泣くべきだった。母が死んだその時に、頼れる大人を演じさせてやるべきだった。………可哀想にね、涙を我慢して、誰にも泣かせてもらえなかったから、溢れぬように上ばかり見て、何も見てこれなかったし、誰にも見てもらえなかった」
父は娘を恐れ続けた。娘がただ自分を支えようとしている事を、最期まで理解しなかった。
娘は父が己を恐れていることに気付かなかった。
支えることを言い訳に、父親に己の理想像を重ね続けた。
「君達親子は、どうしようもないほどに互いを見なかった。その結果がこれだよ」
「っ!」
この感覚を知っている。
心の奥底を全て見透かされるかのような……。だけど、あの時とは違う。否定出来ない。否定することで己を奮い立たせることが出来ない。
逃げるように立ち去る織莉子の背を、八重樫は静かに微笑み見送る。
「先生、どなたかいらっしゃってたのですか?」
「いいや、一人で呑んでいたよ」
「そうですか。人の声が聞こえたと思ったのですが」
「風の音じゃないかな」
逃げる。逃げる。逃げる。
何処に?
走って、走って、気付けば家に戻ってきていた。ホテルではなく、自分の家。数日空けただけでまた落書きが増えている。割られたガラスが増えている。
父は確かに汚職をしていなかった。正義感に酔った、或いはただ他者を攻撃したいだけの連中の、勝手な攻撃。今はもう、不快に思うことすらできない。
中に入る。父の書斎に入り、本棚を叩き壊す。
魔法少女の力に棚板はあっさり砕け、木片が僅かに刺さるが気にせず暴れる。
壺を壊して本を千切って机を投げて爪が剥がれた手で、家族写真の入った写真立てを割る。拳から滲んだ血が割れた硝子の隙間から入り写真を汚す。
「………っ! こんなもの!」
「織莉子君!?」
もう一度拳を叩きつけようとした織莉子の手首を誰かが掴む。魔法少女の力を止められるわけもなく、振り下ろした勢いそのままぶん投げてしまった。
「………え………お、伯父様!?」
「………暫く会わない内に随分逞しくなったね。いや、本当………」
ひっくり返った伯父に、冷静になれた織莉子。腰を抑えながらなんとか立ち上がる公秀は、幸いにも大丈夫そうだ。
「……何をしに来たんですか」
「君が最近学校に行ってないと連絡が来てね、立ち寄ったら物音がしたものだから………」
「………………」
「知ったのか、君の父……久臣について」
「………知っていたんですね」
「どうぞ……」
「ありがとう、三枝くん」
公秀の言葉にニコリと微笑み、お茶を運んできた三枝は部屋から出ていく。二人っきりの空間、沈黙が支配する。先に沈黙を破ったのは公秀だった。
「君が久臣に憧れていたのは知っている。だからこそ、ショックだったろう」
「……………私、は……」
「すまないな、口が下手で。なんと言えばいいのか………」
「………私は、お父様のことを知ったつもりでした。尊敬していました。それが……間違いだったのでしょうか」
間違いだった、などと誰が言えようか。
母亡き後、父を支えようと頑張った娘を何故責められようか。
彼女が泣いていれば、弱さを見せていれば、また違った結果にはなっていたかもしれない。だけど、なってもいないのにそれが最良か最悪かなど、誰にもわからない。
「間違いがあるとするなら、彼奴の手を取ってやらなかった私にもある」
己の無能さを知っている久臣なら、公秀の手は取らなかったろう。だが、差し伸べることすらしなかったのは自分だ。
「妹の前でなら、お互い選んだ結果だと格好をつけられたんだがな」
「伯父様は、後悔しているのですか?」
「この年になっても……いや、この年になったからこそ後悔する時は増える。それでも、答えは誰にも解らない……君がただの子供であったとしても、それが久臣が背伸びしない理由に、嵌められない理由になるのかね…………」
織莉子が優秀だから見栄を張った。なるほど、確かにそうだろう。だが織莉子が側に居らずとも、身内である公秀が地位を上げれば、やはり劣等感を刺激されるだろうし、八重樫に別の利用をされていたかもしれない。
「死者は今を生きる者に、思い出しか与えてくれない。結局は、自分で決めるしかないんだ」
「…………自分で……でも、私には…」
何もない。
父の理想を勝手に夢想し、それを叶えるためと行動し、生まれたのは死した魔法少女と残された者達。
「私に、生きる価値なんて………!」
と、その時窓ガラスが割られる。
『きゅぶ!』
ガラス片が突き刺さりハリネズミのようになった白い生き物に、織莉子と公秀は目を見開く。
「ごんべえ!?」
「キュゥべえ!?」
織莉子は伯父がごんべえの名を呼び姿を見ていることを疑問に思い、公秀は姪が違う名を叫んだことを疑問に思う。が、さらに窓から人が入ってくる。
「美国織莉子!」
「っ!? こ、小巻さん?」
「……とりあえずグリーフシード使いなさい。その人まで巻き込むわよ」
その言葉にはっと、黒く染まりかけていたソウルジェムに気付く。グリーフシードを当てて穢れを吸い、孵化寸前のグリーフシードを硝子を抜いていたごんべえに向かって投げる。
「君は………」
「はじめまして。それと、すいません……ちょっと、急いでたので」
「あ、ああ………」
「少し、こいつ借りていいですか?」
ジロリと織莉子を睨む小巻という少女の目には、敵意は僅かに有れど、不思議なことに害意や悪意は感じなかった。
「魔法少女なのかね?」
「伯父様、知ってるのですか?」
「ああ、以前ごんべえがうちに来てね……」
『俺は気分で人の前に姿を現すからな。先輩方は無駄というが……もう刺さってない?』
「…………一つ残ってる」
と、小巻はごんべえの後頭部に刺さっていた破片を抜いた。
「なんの目的があって伯父様に………」
『んなもんお前の目的を知るためだ………公秀、まだこいつに伝えたいことはあるか?』
「…………織莉子君。君が犯した罪が、本当に行われたのか知らない。それを裁く手段は、我々にはないのだろう。せめて罪を背負えとも、言えない」
ごんべえの言葉に公秀は数秒目を伏せ、口を開く。
「私が言えることは、一つだけだ。生きてくれ………」
「………………」
「君が私達を嫌いなのは知ってるが、せめてそう願うことだけは許してくれ」
「…………はい」
そう、嫌いだった。自分を見下す、驕慢な人達だと嫌っていた。でもそれは違った。父の劣等感を無条件に信じ込み、父が見る色眼鏡で彼らを見ていた。
「話は終わった? じゃ、表出なさい美国織莉子」
「先生、先程の音は………って、なんですかこれ!?」
割れた窓硝子を見て思わず叫ぶ三枝。部屋の持ち主である公秀は落ち着いてお茶を飲んでいたが。
「ああいや、外から
「え、誰に? 投げ返してきましょうか?」
「いや、いい………え? あ、いや………うん、いいんだ」
サラリと過激な発言をした部下にぎょっとする公秀。と、三枝は織莉子の姿が消えていることに気づく。
「先生、織莉子ちゃんは?」
「友達が迎えに来てね………修理費も律儀においていった。織莉子君に急用があったようだ」
「はあ、だとしても随分過激な…………」
「ここなら丁度いいわね」
工場跡地。人の気配はなく人の目も遮られるその場所で、小巻は織莉子に向き直る。
「それで? あんたは、これからどうしたいのよ?」
「これから……?」
「父親の理想もなくなって、世界の危機を知ってるあんたはどうするかって、聞いてんの」
「………」
どうしたいのだろう。どうすればいいのだろう。
結局全部無駄だった。父の理想はなく、理想を守ろうとしたのはただの自己満足。
「そもそも、何であんたまどかを殺そうとしたわけ?」
「それは、彼女が世界を滅ぼすから」
「そうね、すごい魔女になるんでしょうね………で?」
「………え?」
小巻は魔法少女姿になると斧を担ぎながら首を傾げる。
「どうしてあんたは魔法少女にならないように説得するでも、キュウべぇから守るでもなく殺すことを選んだの」
「それ、は………」
「ま、解りやすいものね…………」
言葉に詰まる織莉子に小巻が呆れたように呟く。
「悪の少女を説得するより、悪になる少女を犠牲にしてでも未来を守ったって方が、悲劇のヒロインぽいものね。感動的ね。騙されて逃げるように死ぬ奴とは大違い」
「………………」
美国織莉子は考える。何故小巻は
彼女は人を馬鹿にしない。攻撃はするけど、蔑むけど、見下さないし、死者を冒涜したりはしない。
それが何故似合いもしない笑みを浮かべて織莉子を、織莉子の父を嗤うのか。
(……あ、そうか……………)
怒らせているのだろう。
喧嘩を売っているのだろう。
何故わざわざ? 決まってる。落ち込んでる
何時だってそうだ。彼女は落ち込んでいる人間に手を差し伸べない。そんな暇あるなら顔を上げろと、喧嘩を売る。
「小巻さん………」
「………何よ?」
言葉を遮られ不機嫌そうな顔になる小巻に、織莉子はクスリと微笑む。
「私、貴方のそういうところ、凄く好きよ」
魔法少女姿に変身し、純白の衣を纏う織莉子。魔力を攻撃性の光に変換する水晶を輝かせ微笑む。
これから行うのは、正義? そんな殊勝なものではない。
悪? そんな上等なものじゃない。
馬鹿な少女が、愛を間違え、理想に敗れた少女が起こす、ただの癇癪。八つ当たりだ。
「受け止めてやるわよ美国………ガキはガキらしく、落ち着くまで泣き喚いてなさい」
「迷惑、かけるわね」
「ふん。私はあんたと違って大人だもの……かけられてなんぼよ。来な……
『………人間って面倒くせえ』
『そう思うなら───』
ごんべえはモグモグと獲物を食いながら成り行きを見守ることにした。
本編後
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