『裏山で保護した野良犬がニホンオオカミだった。』   作:草原山木

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深夜ネス湖遊覧ツアー ネッシー付

ネス湖で行われた調査は、超がつくほどの大規模で、最新の機器や300に及ぶドローン、ソナー付きの船、そして動員される圧倒的な数の人員。これまで日本、インド、オランダと様々な国で調査を行ってきたが、イギリスに至っては気合いの入りようが頭一つ抜きん出ているといった印象を受けた。

 

捜索主任のミケランジェロさんは、今回の調査に際して国から特任を受けた古生物学者で、捜索のために編成された大隊は全て彼の指揮下にあった。さらに資金に関しては直々に予算が組まれており、膨大な研究費を余すことなくつぎ込むことが出来る、まさに国を上げたプロジェクトと言っても過言ではなかった。

 

かの女王陛下も今回の調査に対して、大変期待していると明言しているだけあって国民全てが注目するニュースとして、連日新聞を賑わせている。

発見した際の迅速な保護を行うため、法案も可決されている他、万が一のための保護施設の建設も完了しているという。

 

こんな期待を向けられながら、いざ捜索して見つかりませんでしたとなれば、帰国するまでの間、白い目で見られそうで怖くて仕方がない。

プレッシャーに押しつぶされそうになるが、ミケランジェロさんが言うにネス湖には必ずプレシオサウルスがいると断定しているため、不安要素はゼロだと言う。

 

国内外問わず注目される今回の調査、日本からも向けられる期待の眼差しも、今の俺には針に刺されるような痛みにしか感じなかった。

 

 

 

到着の翌日。

ようやく調査に参加することになった俺は、専門家の輪に小さく紛れ込みながら意見交換会を行い、船に乗った。

広大な湖にソナーとX線を照射しながら、魚影などを記録していく。基本的にネス湖は周辺の土地の関係で水がにごっているため、湖底を視認することは困難であった。

 

これまでの調査であらかたネス湖全体の捜索は終わっているものの、より水深の深い位置には未だ目の届いていない所もあるので、最近は専らクレバスを入念に調査しているという。

 

水深の深い位置には調査用の小型潜水艦が導入され、水面のソナー船、上空のドローン、そして湖底の潜水艦と三段構えで捜索しているという。ここまでしておきながら影すら見せないプレシオサウルスは余程警戒心が強いと思われる。

 

俺に至ってはそもそも存在するか否かを疑っているが…。

 

 

 

結局明朝から日没にかけて入念な捜査を行ったものの、手がかりとなり得る釣果はゼロであった。目撃が相次いだ昨年に比べて、圧倒的にその痕跡が減少しつつあるのは、先日ここに到着した俺でも雰囲気からわかった。大規模な調査も、若干の焦りが見えつつある。

 

その日の夜は完全にお通夜状態で、シーンっとした拠点はなかなかに異様だった。国からの期待を向けられているのは、捜索している現地の研究員も同じこと、このまま見つからなければ、少なくとも非難されるのは目に見えている。

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

また翌日。

 

 

3日。

 

 

5日。

 

 

1週間。

 

 

時は経過し、調査を続けるものの手がかりは無し。

忽然と姿を消してしまったのだろうかとすら思えてくるほど、しっぽを掴むことが出来ず、ついにはネス湖全体の調査は完了し、また振り出しに戻ることとなった。今までの努力が水泡と化し、もう一度隅々から調べあげる事に、ため息を吐くものさえ現れた。

 

 

 

 

 

夜中3時。

 

拠点の消灯時間がとっくに過ぎた頃合、つい飲みすぎたせいでトイレが近くなった俺は、夜な夜なベッドから身を起こし、用を足した後、寝巻き姿で外に出た。ここしばらくの調査の停滞は深刻で、相当な忍耐力を要していた。

 

通常の生物調査であれば長期間の捜索は当たり前のことだが、今回はイギリス国民から期待の眼差しが向けられているということもあって、意識せずとも焦ってしまうことが当たり前になっていた。早く見つけなければという気持ちが先行してしまうと同時に、膨大な予算にも限りがあるという事実がタイムリミットのように重圧となっている。

 

 

飲みすぎたことを後悔しつつ、月夜の闇に紫煙を燻らせた。

頭を抱え、2,3度肺に煙を送り込み、髪をぐしゃぐしゃにかく。岸から大きく続く水面に映る月の明かりは大きく揺れ、海のような錯覚さえ覚える。

 

ちくしょうと愚痴を呟いても、空虚に語りかけるだけで誰も聞いてはくれない。眠い目をこすりながら、拠点の近くに作られた大きな桟橋を歩いた。傍らに停泊する巨大な船を横目に過ぎながら、端まで歩くと水面スレスレに足を放り出して腰をかけた。

 

「…やっぱりネッシーは無理だって」

 

当初から疑念を抱いていたネッシーの存在に、ついぞや弱音を吐いてしまう。

難易度という言葉は似合わないとは思うものの、今回の調査は圧倒的に難しい。それまで、見つけてきた絶滅種達は自分から擦り寄ってきてくれたと言うだけあって、比較的生物の調査は簡単に思えていたが、今回で考えを改めなければと若干猛省する。

 

生物は気まぐれで、人間の意思が通じない個体も多く存在する。我々の都合に合わせて彼らが動いてくれると思ったらそれは大間違いだ。ましてやネッシーなんてこれまで幾度となく人間が見つけようとしてきた存在だ。未だ詳細が不明な存在という事実は、それまで我々人間から上手く隠れてきた圧倒的なスキルを有していると体現している。

 

「無理ゲーだろ…」

 

上体を倒し、桟橋に寝転ぶとそのまま手足を広げため息をついた。

しばらく東京で過ごしていたせいか、見ることのなかった夜空に懐かしささえ覚えた。

 

そろそろ帰ろうと、伸びをしながら立ち上がった時、湖の遠くに小さな影があることに気がついた。小指の爪程度の大きさに見えるその影を見た時、俺は駆け出した。

 

皆に伝えよう…と思う前に、小さな手漕ぎのボートに乗り込んだ自分はつくづく阿呆としか言いようがない。

 

寝起きの体に鞭を打ちながら力いっぱいオールを漕ぎ、ひたすらに沖合に向かって船を進める。

 

影は。

 

 

まだある。望みは高い。

 

もしも日中に見つけられなかった理由が、夜行性でしかも警戒心が高く、ソナー船や潜水艦のモーター音に過剰に反応していたとしたら、ボートで近づくことが偶然にも最良の選択だったのかもしれない。

 

腕に乳酸が溜まる感覚を気合いで乗り切る。必死に進み、たまに振り返りながら影の動向を観察する。必死に漕いで15分、小さな影と思われるソレの全容が見えた時、俺は思わず呟いた。

 

「はっはは…まんまネッシーじゃん」

 

20m先に見える巨大な生物。水面から首をのばし、月夜に光り輝く灰色の肌。

 

肩を上下に揺らしながら息をしつつ、それを見上げた。

 

 

 




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