『裏山で保護した野良犬がニホンオオカミだった。』 作:草原山木
『こちらVFR、第5挺近辺に巨大な生体反応を確認、状況を伝えてくれ』
機械越しに聞こえてきたのは、イージス艦内に設置されたVFR...つまるところ管制室からの緊急の連絡だった。手に持ったモニターを眺めるとそこにはどんどんとこちらに近づいてくる赤い点が5つあった。大きさを表すポイントも今までのものとは比べ物にならない。クジラの群れかと錯覚するほどの大きさだった。
連絡を受けて乗っていた軍人の一人が応答した。
『こちら第5挺、モニター上で接近を確認した、目視は出来ないが警戒を続ける』
『了解した、念の為そちらに救護用のヘリを向かわせる』
『了解』
一連の会話に緊張感が高まる。生体反応を示す赤い点はスピードを落とすことなくこちらへ近づいてきた。2マイル、1.5マイル…とどんどんと近づいてくる巨大生物。小型ボートのエンジンを止め、念の為積んであった麻酔銃を俺以外の全員が構えた。クジラ用の麻酔銃だと言うが、威力に関しては心もとない。
プロペラの音がだんだん大きくなってきた。もしも巨大生物に衝突され転覆した際に、迅速な救護ができるよう予め上空をホバリングしながらスタンバイをしている。めちゃくちゃ段取りが良くて感心する。
0.5マイル、つまるところ800m地点に接近したところで暗視スコープ越しにようやく魚影を確認することが出来た。
「…あれ、なんか見覚えあるな」
海中から出てきた背鰭。サメ映画を彷彿とさせるような小さな影がこちらにどんどん近づいてくる。独特の光沢感、鼠色の背鰭。間違いない…久方ぶりの再会だ。
「ダンクルオステウスだ…」
『マジか!?』
ここにいるメンバーは初めて古代生物を目の当たりにしたのだから驚くのも無理は無い。
ダンクルオステウス、俺の窮地を救ってくれた命の恩人もとい、海の
余談中の余談だが、絶滅動物が見つかってから日本の民放番組で度々動物関連の特番が放送されるようになった。今まで見つけた生物の生態や、今後発見されるであろう可能性を秘めた生物まで、あらゆる趣旨で放送される中に、生物界における強さをランキング形式で発表するという番組があった。
今まで、生物の中で最強格を争っていたのはゾウやサイ、カバなどの陸上に生息する大型哺乳類がほとんどだったが、最新のランキングで専門家が軒並み口を揃えて1番強いと豪語したのが、何を隠そうダンクルオステウスそのものなのである。専門家の中には、武装した軍艦ですら勝てるかどうかも怪しいと言う物も入れば、新たなる海の支配者と興奮気味に答える者もいた。
つまるところ何が言いたいかと言うと。
彼らを刺激したら我々は海の藻屑となって終わるということだ。
故に最低限、刺激しないように息を殺して近づいてくる海の殺し屋を静観することにした。
のだが。
「…こ、こんばんは」
ダンクルオステウスとの距離。現在約1メートル。
海面から装甲車のようなイカつい顔を出しながら、さも挨拶するようにこちらへ近づいてきたダンクルオステウスはじっとこちらを見つめたまま動かない。ボートの周りを他4匹がグルグルと周遊している。
ボートに乗った一流の軍人ですらも、息を呑み、冷や汗を流している。
『こ、わ』
『しずかに…』
恐怖のあまり誰かの声が漏れる。
初めて地球上最強の生物と間近で触れ合えば誰しもそんな反応になるだろう。しかし改めて見ると本当にイカついフォルムをしている、何かを殺すために生まれてきたと言っても過言ではないほどの凶暴な見た目。歯なんて触れただけでも指がスンッと飛んでしまいそうなほど鋭利で、金属製の体表は対戦車ライフルをも防げそうなほど分厚くイカつい。
一部の学者では彼らが体表に生成する金属は、独自の物質である可能性が高いという見方も挙がっている。生物学者のみならず鉱物学者をも魅了するダンクルオステウスには、無限の可能性が秘められていると言っても過言ではないだろう。
そんな彼の額部分に手を置く。
見た目に反して紳士的で人間慣れをしている。怒ると手が付けられないが、怒らせない限りは襲ってくることは無い。
しかし初めて手で触れたけどマジで硬い。銀行の最奥にある重厚な金庫の扉を触っているような感覚だ。
腕を食いちぎられるんじゃないかという懸念は不思議と抱かなかった。
彼らは暴力の権化でもなければ神の化身でもない。ただの生物に他ならない。
今まで動物に傷をつけられたことがない俺だからこそ、恐怖心を忘れ去り彼らに触れることが出来たのかもしれない。
「しかし何故ここに…前見た時はカルフォルニアだったはず」
ハワイからカルフォルニアまでの距離はかなり…というかメチャクチャ遠いはずだ。正確な値は知らないが恐らく5000km(実際は約6300km)ほどあると思われる。
「ここまで、なんで来たんだ…」
俺の問いかけに答えるはずもなく、ダンクルオステウスはじゃれ合いながら周りを泳いでいた。
とりあえず本部へ連絡するべきだと判断した俺は、チームに指示を飛ばした。
「すいません、本部に連絡をお願いします」
『了解、こちら第5艇聞こえていますか』
『こちらVFR聞こえている、状況報告をしてくれ』
『了解、現在我々の船をダンクルオステウスと思われる海洋生物が目算のべ5匹周回している、ボートの損傷もなく、全員無事だ』
『了解、そちらに向かわせたヘリコプターから状況は確認している、今応援をそちらに向かわせているところだ、くれぐれも刺激しないよう静観を貫いて欲しい…とは言いたいが、ミスターササカベ』
「あ、はい」
『貴方は、かの海の殺し屋を随分と手懐けているようですな』
「まぁ…恐らくは懐いてくれているかと」
『では、彼らをその場に留めて置いて頂きたい、迅速な保護を行うためにもできるだけ刺激せずに』
「あ、分かりました…」
その時、ダンクルオステウス達が周遊をやめ、急にボートの下に回った。まさかこのままパックンといかれるんじゃ…と内心ヒヤヒヤしていたが、次の瞬間ボートが海面から浮き上がり、ダンクルオステウスの屈強な背中に、乗り上げた。
「え、」
『おいマジかよ…』
『あぁ…神よ…』
勢いよく進み始める。今までボートで感じていた速度間の更に倍、捕まっていないと振り落とされそうなほどの凄まじいスピードで、ズンズンと移動し始めた。
我々の進行方向と真逆の位置にイージス艦があるため、本部からどんどん離れていっていることになる。
一体彼らは我々をどこに案内する気なのか…。