『裏山で保護した野良犬がニホンオオカミだった。』   作:ウーメン梅田

9 / 40
笹壁の話は長い。

衝撃の事実が全世界を駆け巡った。かのオランダにて、絶滅したはずの幻の鳥、ドードーが発見されたのである。オランダ政府及び欧州連合は、ドードーに対する迅速な保護及び生態調査を行うと同時に、(つがい)であることを利用して、慎重な繁殖活動を行っていくことを発表した。プロジェクトチームのリーダーはオランダの生物学者、カローラ・デ・ビュール。彼女の功績もさることながら、その美貌も注目の的になりつつあった。

 

日本で発見されたニホンオオカミ、ニホンカワウソに続いて三件目の絶滅種の発見は、大いなる盛り上がりを見せており、SNS上ではリアルジュラシックパークの到来だと話題になった。

 

ドードーの発見は日本にも大きな影響を及ぼし、この流れならもしかしたら、エゾオオカミや野生のトキも探せば見つかるのではないかと、調査に乗り出す人もチラホラ見受けられた。

 

そんなドードーの話題に尽きない日本において、それを覆しかねないニュースが発表の翌々日に駆け巡った。

今まで発見されたニホンオオカミ、ニホンカワウソ、そしてドードー。これらの生物は全て、同一人物によって発見された。という、にわかには信じられないニュースが全国に流れた。

 

名を笹壁 亮吾。28歳の男性で、数日前までオランダにいたことも明らかになっている。真相の解明が急がれる中、内閣官房長官定例会見において、一人の記者が満を持して質問した。

 

「昨今、絶滅種と思われていた生物が見つかったというニュースが流れていますが。政府として、絶滅危惧種及び絶滅種の保護の指針、そして絶滅種発見の功労者と噂されている笹壁 亮吾氏の真相をお聞かせ願えますか。」

 

「まず、絶滅危惧種及び絶滅種の保護の指針に関する質問ですが。その答えは、早急な保護を政府としても推し進めていると共に近く開かれる有識者会議において、必要事項等を練り上げていく予定であります。そして笹壁 亮吾氏に関しましては、えぇ...

 

 

 

 

 

紛れもない事実であります。」

 

 

笹壁 亮吾とは一体何者なのか、全国のマスコミが調査したものの、確信に迫る情報は掴めなかった。彼の大学の同期や勤めていた会社先の人間にも連絡をとってみたものの、出てくるのは過去のエピソードばかり。彼が今どこで何をしているのか、知る人間は極わずかで、当のひとりはオランダにいるため情報を得るのは困難であった。

 

元々、笹壁の住んでいる村は半ば外から隔離された超田舎、ご近所付き合いも限られ、彼の住居を知っている人間もかなり少ない。マスコミはかなり苦戦していた。

 

そんな最中(さなか)、ついに有識者会議が開かれることになった。首相官邸で開かれるこの会議は報道陣立ち会いのもと行われる公開会議で、普段に比べ多くの有識者の出席、そして会議の議題も相まって日本国民にかなり注目されていた。

 

フラッシュが焚かれる中、首相の挨拶によって会議の開会が宣言される。まず初めに議題に挙がったのが、レッドリストの見直し及び記録されている絶滅危惧種の動植物に対する保護法案であった。

既に『絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律』は施行されているものの、より詳細かつ厳重な保護を行うために新たな項目及び改正案を加えるべきだという認識が強く、様々な意見が飛び交った。

 

今まで国内希少動物に関しては、販売目的の陳列や広告、そして譲渡、捕獲、採取、殺傷や損傷、輸出入が固く禁じられていた。しかし今回、絶滅種の発見により捕獲及び保護しなければ生命に危機が及んでいた可能性があったことを踏まえ、一時保護に際する民間人の捕獲は軽減されるべきではないかという声が上がった。

 

この案に関しては賛否両論分かれたものの、実際、ニホンオオカミ発見時は栄養失調状態にあり、保護しなければ大変に危険な状態だったという実例がある。

 

当然ここで待ったをかけた者もいた。

 

ニホンオオカミ発見時、当時の状況は捕獲ではなくオオカミ自ら民家に上がり込んだに過ぎない、よって今回の捕獲に対する案とニホンオオカミの件は全くの筋違いであるという意見が上がった。

 

そうだとしても、絶滅種が危篤状態にある場合、その実情が捕獲であろうがなかろうが、生命の持続が必要と判断されるのならば捕獲もやむを得ないだろうという声が大多数だった。

この議論の決定打になったのは東京大学教授 花神 誠司教授だった。

 

「確かに、今現在の法律では絶滅危惧種及び絶滅種の保護に関して、膨大な申請を要すると共に、安易な捕獲が禁止されていることから、目の前に傷を負っているイリオモテヤマネコなどが居たとしても、簡単に保護できる状況でありません。これは由々しき事態です。一時的な保護によって助かるはずだった希少動物はかなりの数がいます。実際に私も調査しました、人間の手を加えることは野生生物にとって必ずしも良いとは言えませんが、生命に危機のある状態ならば、野良猫だろうが野良犬だろうが、ニホンオオカミだろうがドードーだろうが、全て平等に救済の余地は与えられるべきだと思います。迅速な対応をするためにも、申請の簡略化及び特別措置は十分に必要だと考えられます。

 

 

我々は学者です。専門家です。絶滅危惧種が倒れていれば保護して自然に返そうという思考に至るのは当然のこと。しかし一般の方々はどうですか、絶滅危惧種だから触らない方がいい...という意識や、捕獲後に非常にめんどくさい手続きがあっては、保護する気も失せるでしょう?確かに、捕獲を安易にすることによって、希少性のある動物に危険が及ぶ可能性もありますが、法の厳罰化と現実のすり合わせは必要です。いい塩梅にするべきです。今のこの厳しすぎる法案は辛すぎます、生命の存続のためにも緩和は必要だと思います。」

 

彼の意見に、その場の専門家たちは深く頷く結果となった。

どれぐらい緩和されるのか、についてはまた深く話し合いが続いた。複数の案が出され、そのほとんどが考慮しうるものとなった。

 

次に、レッドリストの見直しであるが。

これはかなり早く終わった。ニホンオオカミとニホンカワウソを最も絶滅の可能性が高いとされる絶滅危惧ⅰ類に加えようという結果で満場一致となった。個体数や繁殖状況の善し悪しから見て、向こう20年程度はⅰ類のままだろうという見解であった。

 

次は絶滅種の生存状況に関する見解である。

絶滅したと思われる生物三種が新たに発見された、だとするのならば、今後さらに発見される可能性も往々にしてありうる。生きている可能性の高い生物、そして低い生物はどのようなものか。一見多くの意見が出そうなこの議案については完全なる憶測なため、専門家たちの意見は終始、出詰まることとなった。

 

 

そんな中、一人の男が手を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

渋谷、スクランブル交差点のビジョンを多くの人々が見上げていた。

今現在、生放送で中継されている有識者会議。国民の興味も高い絶滅種の議案は白熱を迎えたかと思いきや唐突に鎮火した。

最後の議案、絶滅種の生存の可能性の有無。半ば妄想に等しいこの議案、専門家たちもどう答えていいか分からない状況だった。

 

「...先輩、ニホンオオカミって展示されるんすかね」

 

「いや無理だろ...確かに見たいって気持ちもわかるけど、展示してストレスで死んじゃったら元も子もないだろ」

 

「俺は見たいですけどね...でも想像してるのより迫力は無さそう」

 

「映像を見る限りは、結構かっこよかったけどな」

 

人混みの中で大型ビジョンを見上げながら話すサラリーマン二人。片割れの上司は、最近娘と妻がニホンカワウソのグッズにドハマリしているせいで、カワウソを飼いたいと強請(ねだ)られた、一家の大黒柱。

 

もう片割れは、秋田に住む母親が、飼っているミックス犬をニホンオオカミだと言いふらしたことにより、地元の友達から笹壁 亮吾なのかとひっきりなしに連絡が来て困っている新卒の社会人。ちなみに下の名前が同じ亮吾のせいで、笹壁に改姓したのかと疑われている。もちろん、改姓した覚えもないし年齢も20代前半のため、笹壁 亮吾の特徴からは大きく外れるだろう。

 

そんな二人が見上げるビジョンに大きく映ったのは、20代後半と思われる若い男性だった。特徴的な点はなく、平凡な顔をした彼は軽く自己紹介をした。

 

『あ...笹壁 亮吾です。』

 

瞬間、周囲の人がざわつき出した。スマホを向ける人もちらほら。

 

「アイツが笹壁 亮吾か...」

 

「なんていうか、フツーって感じですね」

 

「俺もてっきり、髭を蓄えてるだとか、銀縁の眼鏡をかけてるだとか...もっと学者とか探検家っぽいのかな...って思ってたから...うん、普通すぎて逆に驚いたわ」

 

「...なんて掴みどころのない見た目なんだろう。」

 

平凡of平凡。

見た目が普通すぎてイジり甲斐も無ければ褒めるところも特にない。いや、功績はめちゃくちゃ褒められるものである。

 

「何話すんだろ」

 

「さぁ...」

 

画面が真っ白になるほどフラッシュが焚かれる中、笹壁はマイクを手に取り話し始めた。

 

『絶滅した生物がいるかどうか...についてですが、私はほとんどの生物が生きている可能性があると思っています。そうですね、生きてる可能性はどちらかといえば高いかと...』

 

『どうして、そう思われるんですか』

 

『ニホンオオカミやカワウソ、それにドードーと触れ合った時、どことなく感じたんです。ちゃんとこの子達は知恵を振り絞って、どんな環境になろうと生きてきたんだな...と。いずれの生物も絶滅した理由は人間が影響しているということは花神教授から聞きました。この有識者会議に選ばれた時に...』

 

『...』

 

『全てとは言いません、ただまだいると思います。一匹でも二匹でも、少ないでしょうが、世界を探せば絶対にいるはずです。大事なのは、彼らをどのように扱うかです。今までの議論を聞いていて思いました、確かに絶滅の危機にある動物は保護すべきだと思うし、この世から存在を消してはいけない大切な存在である...と』

 

『...』

 

『動物の保護に関する働きが本格的になったのは、長い歴史を見てもここ最近だということも聞きました。それまでの過ちや悲惨な出来事を鑑みて、積極的に保護しようという動きがあるのはいい流れだとは思います。ただ、そういう状況になってしまったのは、全て過去の出来事が影響しているからに過ぎません。大規模な乱獲や開拓によって失われた命は多く存在します。今現在もそうです...オランダでドードーを発見した時、重装備の警察たちがすぐさま駆けつけて、ネズミを一匹も通さないような意思でドードーを守っていました。密猟者の危険があるからです。』

 

『...』

 

『動物を保護する流れが主流になってきているのはいいとも思います。ただ、世の中には動物たちを違法に搾取する人間がいるのも事実です。日本は密猟者に対する意識がかなり低いと思います。実例が少なかったこと、例はあれど実感しにくいこと...原因は多くあると思いますが、もっと密猟者に対する意識を強めるべきだと思います。』

 

『...』

 

『動物の保護も大事ですが、その後のことも考え...彼らを自然に帰してあげるためにも、そういった人間は一刻も早く居なくなるべきです。今後、絶滅種が見つかったら、もしかしたら密猟者に先を越されているかもしれない...由々しき事態です...本当に。』

 

 

 

 

「...なんか異様に長かったけど、ようは密猟者絶対許さん、いなくなれってこと?」

 

「そういうことだと思います。で、結局...絶滅種はいるんですか?」

 

「確実にいる、とは言ってたけど全てじゃないともいってたろ。」

 

「あぁ...そんなこと言ってましたっけ。でもそうっすね...野生のニホンオオカミが増えたらちょっと怖いけど...なんかかっこいいっすね。自分はいいと思いますよ、密猟者が居ない...どの動物も野生で安全に暮らしていける世界」

 

「まぁ、密猟なんて正直アフリカとか、海外の話だと思ってたけど...ニホンオオカミとかニホンカワウソなんてレートで言うと今一番高いんじゃないの?」

 

「そうですね、いま密猟者が一番欲しいのはその二匹とドードーでしょうね」

 

「なんか...日本が狙われてる感あるな...」

 

「だから、危機感持てって言ってたじゃないですか。笹壁が」

 

「そうだな」

 

笹壁の意見は、異様に話が長いことが多少は影響したものの、結果密猟者に対する意識が全国民改まったと確実に言えた。『密猟者から動物を守るためのボランティア基金』がネット上で開設されたこと、その年のチャリティー番組の主題が『動物保護』に決定したこと等、反響は随所で見られた。

 

 

そんな中、当の笹壁は防護服に身を包んで自宅の前にいた。

家の中には簡易的な研究本部が設置され、パソコンやトランシーバーなどが大量に導入された。山岳救助隊の隊員や、科学者、自衛隊員等で構成された調査部隊は総勢12名に及んだ。全員が防護服に身を包んでいる。病原菌を持ち込まないように消毒もされた。

 

調査には最新のX線スキャナー、サーモグラフィーを搭載した望遠鏡や、同じくサーモグラフィーを搭載したドローンが導入された。

 

ついに魔境 笹壁家の裏山の完全攻略の時が来たのである。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。